アイル王国3
ロッドミン夫人から指輪と通花の鎖を受け取って、私達は隠れ家に移動した。
隠れ家は居酒屋の地下にあった。ロッドミン夫人の家からはかなり離れており、着いたのは夜中だった。それにも関わらず、中の人びとは喜んで私達を迎え入れてくれた。
「エリン様!よくぞご無事で!」
「お話は聞いております。アイルのために立ち向かわれると」
「姫様、共にアイルを取り戻しましょう!」
一定の距離を空けながら声をかけてくれるが、視線は痛いほど熱く強く、緊張する。
「これ、お前たち。そう騒いでは姫様が怖がってしまう。
明日は早いのだから休みなさい」
どうしようかと迷っているところで、ここのまとめ役となっているであろう人が現れた。緑がかった黒髪の還暦くらいの男性だ。
「オリバー様!」
「オリバー?」
聞き覚えのある名前だった。
「エリン様、オリバー・カンリアンです。
お会いしたのは姫様がまだお小さい時。覚えてはいらっしゃらないでしょう」
「オリバー……お会いした時のことはよく覚えてはいないのですが……お祖父様のご友人だと聞いております」
「ご友人とは畏れ多い。ただの従者ですよ」
オリバーは謙遜した。
「姫様もお休みになった方が良いでしょうが、少しだけお話に付き合ってくれますか?」
「わかりました」
更に奥にある部屋に案内された。
入ったのはオリバーと私、ネロ、ブラン、バイス、アルケミラだった。
「姫様、まずご安心いただきたいのは、姫様の味方は多いということです」
薄暗い室内でオリバーの緑の瞳は静かに光を湛えていた。
「今ここにいる兵士は多くはありませんが、姫様が現れれば、王代の支配後も城に残る人間も、姫様の味方となりましょう。多くの者は正式な王の味方です。
元々、王族の支持については、三つの派閥がありました。次期王として姫様を望む者、シラード様を望む者、そしてどちらかを望むわけではないが正式な王を望む者です。
元王はシラード様を後継としましたが、それには納得していない者も多くいました。お披露目が行われていなくても、正式な継承の儀式が行われていなくても、姫様が元王の娘であることは周知の事実です。そこに王弟の息子が割って入るなど、本来ならあり得ないことでだからです。
ここにいる多くの者は、姫様を支持しています。城に残っている者はほとんどが正式な王を望む者です。メラン様も噂はあれど、王に認められた王代です。姫様が行方不明の今はメラン様を支持していますが、姫様が戻れば姫様側につきましょう」
「オリバーはお祖父さまが亡くなって城を出たと聞いていますが、随分と内情に詳しいですね」
「私を慕ってくれる者もいるので、情報は入ってきます。
それと、私は城を出たのではなく追い出されたのですよ」
オリバーはさらりと言った。
「本当は城に残る予定でした。王に息子を頼むと言われていましたからね。その頼みもきけないままとなってしまいましたが。
先代王は元王を心配していたのですよ。身内、特に弟に甘く、そのくせこの国への贈り物でもある自身の娘を蔑ろにしていた。民にとって悪い王ではないが、この国の未来を歪めてしまう王となるだろうと。
結局は私を遠ざけ、自身の意のままにシラード様を王代とし、身を滅ぼされた」
「待って、この国への贈り物って?」
そんな言葉は初めて聞いた。師匠にだって言われたことがない。
「先代王は姫様に負担がかからぬよう、そして民が身勝手に心を乱さぬよう、ごく限られた者にしかお話しになられませんでしたが……今がその時。お話ししても問題ないでしょう。
姫様はご存知でしょうか。この国には泉を所有するバビー王国とクケット王国により、たびたび脅威が訪れるのです」
その話は師匠からも何度か聞いていた。アイルの王となるのであれば、知っておくべきだと。この国の者ではないネロだって知っているくらい、よく起きることだ。
「数十年に一度起こるのですよね。
そういった時、いつもアイルは大きな力に助けられたと聞いています」
「ええ、その通りです。それは人であったり物であったりしますが、どうしてそう毎回、大きな力を手にできるかおわかりになりますか?」
「それは……考えたことがなかった」
私が産まれてから二国による脅威はなかった。遠い昔のおとぎ話のような感覚だったかもしれないが、稀なことでもないのに、常に解決されているのは不思議にも感じられる。
「アイルの王は、その力を見つける目を持っているからですよ」
「力を見つける目……」
「ええ、この国への贈り物がわかるのです」
オリバーはじっと私を見つめた。
「それが、私?」
「左様でございます。
あなた様がお生まれになった時、先代王はたいそうお喜びになりましたよ。王族に祝福された子どもが誕生したと。
そして同時に、何も起こらなければいいと祈っておいででした。この国への贈り物があったということは、その力を必要とする事態が起きうるということですからね」
寂し気な声に、つい下を向いてしまいそうになる。
私が産まれたから災難が降りかかるわけではない。その有事の際に、私が対処できる力を持っているというだけの話だ。それでも、お祖父様の気持ちを思うと悲しくなる。
「姫様、今までご存じなかったということは、あなたの師であるメラン様もご存じないのでしょう。これは好機でございますよ」
オリバーは慰めるように明るく言った。
「この国に姫様の味方は多いです。私も含め、皆で力を合わせて、メラン様を退けましょうぞ。
ロッドミン様からも支援をいただいたときいておりますよ」
「ありがとうございます、オリバー。そうですね、皆の力があればきっと上手く行きます」
「もちろんですとも。雑兵どもは我らにお任せください。
そして今まで姫様を守ってくださった皆様方、明日もどうぞ姫様をお願いいたします」
話を聞いていたみんなは当然のように頷いてくれる。
「ありがとうございます。
皆さま、お疲れのところ長々と失礼いたしました。狭い場所ではありますが、布団を用意しましたのでお休みになられてください」
私達は僅かな光を掴み取るために、真っ暗な地下で、眠りに着いた。
続きます。




