アイル王国2
バビー王国の兵士が引き上げるにはまだ時間があるとのことで、カフェで話し合ってから、また元の場所に戻った。そして近くにいたバビー王国の兵士を捕まえて服を奪う。
「もう寒いのに、大丈夫かな」
「ミレは心配性だね。大丈夫、ちゃんと室内に置いてきたから」
兵士はブランの薬によって気を失っている。三日後には目が覚めるはずだが、家の中であれば凍え死ぬこともないだろう。
「ミレ……さん、そろそろ時間です」
兵士は私の偽名と敬称に慣れないようできまりの悪そうな顔をしていた。
「うん、行こう」
バビー王国の兵士に紛れて、私達はアイルへと向かった。
アイルに入るのは簡単だった。兵士の制服自体が身分証明となっていて、数の多い他国の兵士は管理が緩かったからだ。
アイルに入った兵士は城の広間で休息を取ることになっていたが、他国の兵士は城には入れず、ほんの少しの金を渡されて待機となった。私達にとっては好都合だ。
「姫様、ここからは私だけとなります。
一人は私達の隠れ家へ報告に、もう一人は先にロッドミン様の元に向かっております」
「ロッドミン様?もうほとんど交流がないと聞いてるけど……」
「はい。シラード様が王代となった時期に、城を出られました。けれど、メラン様に対抗できるとすれば、ロッドミン様しかいらっしゃらないかと」
「ロッドミン様って誰なの?」
「父の弟の妻、シラード兄様――私の従兄の母君。
東の地の植物を研究していて、国への貢献が大きかったから、王族に迎えたの。だけどシラード兄様が王代となる頃に、城を出られた。離縁したわけじゃないけど、そこから一度も見てない」
理由はよくわからない。研究に専念するためで、だから王弟も許したのではと言われている。
「ロッドミン様が城を出られたのは、シラード様が王代となることに反対されていたからではないかとも言われております」
「反対?王代となるなら、母としては嬉しいものではないの?」
兵士は言葉に詰まって、目を伏せてしまった。
「会えばわかるでしょう。
明日の昼にはバビー王国に向かうために再度兵士が集められます。今は先を急ぎましょう」
「うん、そうだね」
ブランの言葉に私が頷くと、兵士はほっとしたように息を吐いた。
*
日が落ちる前に、目的地にたどり着くことができた。
既に先に行った兵士が話を通していたのか、直ぐに部屋に通された。
ネロの家程の大きさの家は一般的な人が住むには広いが、王族に迎え入れられた者が住むには小さい。使用人も侍女一人で、対面したロッドミン夫人は普通の市民のように見えた。
「お久しぶりでございます、エリン様」
ただし礼の動作は美しく気品が感じられる。
「お久しぶりです、ロッドミン様」
「どうぞお掛けになってください」
客間には四人掛けのソファがあり、私とネロ、ブラン、連れて来てくれた兵士が座る。アルケミラとバイスは別室で待機している。
「あまり時間がないと聞いています。早速ですが、ご用件をお伺いしても?」
「はい、ありがとうございます。
ロッドミン様のお持ちになっている通花の鎖をお借りしたいのです」
ロッドミン夫人は眉をぴくりと動かした。
「そんな話どこから聞いたのです?」
兵士はロッドミン夫人の発明品があれば師匠に勝てるのではと考えていたようだった。だが、もう一人ロッドミン夫人に詳しい人がいたのだ。
「会うのは初めてでしょうか?ロッドさん」
私の隣に座っていたブランが笑顔で話しかける。
「まさか、あなたは――」
「ええ、いつも御贔屓にしていただいてますね。ブランと申します」
その言葉に夫人は大きく目を見開き、そして私とブランを交互に見た。
「エリン様、なぜブランさんと――」
慌てたように腰を浮かした夫人を、ブランは手で制した。そしてその手を自身の口元に持って行き、人差し指を立てる。
「余計なお喋りはできませんね、時間がありませんから」
「その子と、どういったご関係です?」
「ご心配なさらず。友人ですよ」
夫人は困惑していたが、再度私とブランを見比べて椅子に座り直す。
「ロッドミン様とブランは薬草の取引をしてるんじゃなかったの?」
それにしてだけにしては、あまりにも緊張感のあるやり取りだった。
「ええ、薬草の取引をしている、それだけの関係ですよ」
「……はい、それ以外に私とブランさんに繋がりはありません」
夫人も嘘を言っているようには見えなかった。
「申し訳ございません、話を進めましょう。
ブランさんと知り合いであれば、知っていてもおかしくありませんね。
ですが一時的に魔力を奪うだけのものですよ。とてもメラン様を抑えられるとは思いません」
「いいのです。一時的にでも師匠の動きを封じられれば。ネロが地下牢に転送します」
「お初にお目にかかります。ジェンドゥーのネロと申します」
ネロは夫人に挨拶した。
「初めまして、ネロさん。
あなたはとても強い魔法使いなのでしょう。ですが、エリン様の言う地下牢とは、特別に誂えられた魔力を封じる牢です。そこへ送ることは難しいですよ」
「はい、転送する時の魔法自体も防がれるからですね」
「それを知っていて、できると言い切れるのですね?」
「はい」
ネロはいつものようににこりと笑う。夫人は人の良さそうなその笑みを見て、呆れたような諦めたような溜息をついた。
「わかりました。一時的に魔力を奪えるのであれば、多少の抵抗はできましょう」
「ありがとうございます」
「それと、指輪もお渡ししましょう」
夫人は侍女に指示をしてから再び私を見る。
「エリン様、本来であればこちらを先にお話しすべきかと思いますよ」
「申し訳ございません……ただ、それはきっとロッドミン様にとって大事な物でしょうから」
王族にのみ与えられる指輪はその身分の証ともなる。
正式に王族として認められていない(儀式ができていない)私は、王族でありながらその証を持たない。城の者でもない限り、私を王族だと思う人はいない。ロッドミン夫人の指輪を借りることで、その証とするのだ。
「それに、私に指輪を貸すのであれば、ロッドミン様の立場は固まってしまいます」
「そんなことですか」
夫人は呆れるというより、怒っているような声で言った。
「私は元より正式な王――エリン様を支持しております。そのことは城を出た時点で決まっておりますよ」
「え?」
「エリン様は、私がなぜ城を出たのか理解されていないようですね。
私は我が息子シラードが王代となることに反対だったのですよ」
兵士が言っていたことではあるが、実際に夫人がそれを言葉にしているのは何とも不思議だった。
「王代はあくまで王の代わりです。それを正式な次期王の戴冠も行わない内に決めてしまうなんて、あんまりですわ。
シラードは特に何かに優れているわけではありません。それを王代だなんて……我が夫も、そして元王も私情に流され過ぎです。
我が夫は息子を、そして王は弟を大事に想い過ぎていました……」
夫人は私に遠慮するように声が小さくなった。
そう、わかっていた。私がただの道具であることも。母の目に映るのは父だけで、父の目に映るのはその弟で、その弟の目に映るのは息子だけであることも。
私を見ていてくれたのは師匠だけだった。その師匠も今は――。
「ロッドミン様、何から何までありがとうございます」
何も考えたくなくて、ただ目の前のことだけ処理していないと動けなくて。
私は夫人に感謝を述べることしかできなかった。
続きます。




