アイル王国1
私がみんなに全てを打ち明けてから、物事は急速に進みだした。
ネロは新規の依頼を停止した。既に受けていた依頼を遂行する時間以外は、私のために動いてくれた。
ブランも、毎日家にやって来て、どこから仕入れたのか、アイル、バビー、クケットの状況を教えてくれた。
「バビーとクケットがエリンを探しているのは、あなた自身を手に入れるためのようですね」
「私自身?」
「詳細は出ていませんでしたが、アイルの姫は国のためになると。恐らく、あなたが魔法も精霊術も使えるからでしょう。
元々はアイルの元王と二国の間で行われていた話が、今は王代と二国の取引になっているようです。元王はアイルにより利益をもたらした方に娘を捧げるとしていましたが、王代は先にエリンを見つけた方に姫を渡すと」
そう聞いてずきりと胸が痛む。
父も母も、そして師匠までも、私をただの道具としてしか見ていないかったんだ。
「アイルの国民は酷く疲れているようですね。
王代は税を上げるなどの悪政を行うわけではありませんが、国民を国に閉じ込め、批判を許さないといいます。消えた姫君を心配することさえ許されないと。
元王についても、王妃、そして王弟ともに塔から落ちて亡くなったとしか説明されておらず、現王代が殺したのではないかといった噂も耳にしました。
疑惑と不安の中で逃げることも許されない暮らしがつらいと嘆くものが多いそうです」
ほんの少しだけほっとした。師匠は国民を苦しめる政策を取ってはいなかった。
自由な思想を奪っていることも悪いことだが、財を使い果たして国を破綻させるようなことはしていない。不安の中暮らすのはつらいだろうが、貧困に喘ぐ者がいないだろうということだけが唯一の救いだった。
「アイルは王代の指示により、捜索範囲を狭めてより多くの人材をこの国に送り込んでいます。
あなたの姿魔法が解け、占術の効果が戻ったのでしょう」
「姿魔法と占術に何の関係があるの?」
「あなたの使っていた姿魔法は、単に精霊術を取り入れたものではありません。精霊の加護があるのです。精霊の加護が解けない限り、占術で水晶に映ることはありません」
「そうなんだね」
そんな効果があるとは知らなかった。元々は師匠に教えてもらった魔法だが、師匠が占術を使うから隠されていた情報なのだろうか。
「いずれ居場所は割れますから、行動に移すなら早い方がいいでしょう。
今この国に入って来ているバビーの兵士がそろそろ引き上げると言います。一部の者は報告のためにアイルに戻ると聞いています。それに紛れてアイルに向かいましょう」
アイルに戻る。逃げ出した場所に帰るのは怖くもあるが、それでもみんなが一緒にいてくれるなら先に進みたいと思った。
アイルに行ってどうするかは、ネロとブランが考えてくれた。
「アイルに入ったらまずは王代への反対勢力と合流しよう。
エリンを逃がしてくれた人は城の兵士だっただろうが、そういった立場の人間が捕まったという情報は入っていない。エリンを逃がしてくれた人は、朝になったら迎えが来ると言ってたね。それなら複数人で動いている可能性が高い」
「エリンの師匠が王代となれたのは、協力する勢力があったからでしょう。それなら事件が起きる前から、その動きに反発する勢力があってもおかしくありません」
「彼らが今動いていないのは、エリンを見失っているからだと思う。戻れば喜んで歓迎してくれると思うよ。
もし彼らと目的が違ったら、アイルから出てもう一度考え直そう」
私とバイスは二人の話し合いについていくので精一杯だった。
「二人ともありがとう。本当なら私が考えないといけないのに」
「気にしないで。君が考えるべきことは、アイルの国民を助けることだよ。
流石にアイル国内の動きの詳細はわからないから、一度アイルの人と話してから具体的に考える必要があるけどね」
「ええ。私達を頼ってください。
バイスもそんな顔しないでください。いざとなった時、あなたが頼りになるんですからね」
ブランの言葉に、バイスが大きく頷く。
「ああ、そういった時は任せてくれ」
師匠は占術だけじゃなく魔法全般に長けている。魔法で対抗できなかった時は身一つで向かう必要がある。
「私は何をすればいいの?」
「アルケミラはアイルから逃げる時のために備えててもらう。俺が合図したら、ドラゴンの姿で飛んできてほしい。それまではアイルの外で待機だ」
「他にも役に立てるよ」
アルケミラは置いていかれると受け取ったのか、少しむくれて言った。
「アルケミラは水や氷に縁があるでしょう?今の時期に力を使えばみな凍えてしまいますよ」
ブランが宥めるように言うと、
「火も出せるよ」
予想外の答えが返ってきた。
「それは、珍しいですね」
「信じてない?」
「いいえ。ドラゴンのことはドラゴン自身がよくわかっていますから。
けれど、まだ扱いになれていないでしょう。氷や水は実害が少ないですが、炎は他への影響が大きいですから、今は使わないでおきましょう」
水ならば冷たいくらいで済むが、炎は他に燃え広がる可能性がある。
「アルケミラ、今回は待っててくれる?」
「エリンがそう言うなら、わかった」
アルケミラはしぶしぶといった様子で納得した。
*
バビーの兵士が引き上げる頃には、冬の寒さも本格的なものになっていた。
国を出る時は一斉に出ることになっているのか、バビー王国の兵士は国境付近で集合していた。まだ来ていない者も多いのか、兵士達はまとまっておらず、数人単位で別れて談笑している。
「あの辺の三人から制服を奪いましょう。かわいそうですが、まあ死にはしないでしょう」
ブランは他から見えにくい場所にいる兵士たちを指して言った。
ネロはその言葉に苦笑しながら、対象の三人を私たちの元に魔法で移動させた。
そのまま口を塞ぎ、気絶してもらう手筈となっていたが、目の前に現れた内の一人に見覚えがある。
「ネロ、待って」
既に布で口を塞がれたが、まだ意識はある。見覚えのある兵士は、私の声に反応して振り返り、目を見開いて私を見た。
「この人が、私を逃がしてくれたの」
あの夜、森に連れ出してくれたアイルの兵士だった。
「どういうことだ?なぜアイルの兵士がバビー王国の兵士に?」
「ネロ、一度話を聞いてみましょう。他の二人も暴れる気はないようですし」
「そんな時間あるかな」
兵士は訴えるように大きく頷いた。
「それじゃ、いったん引き上げよう」
ネロがパチンと指を鳴らすと、国境付近からネロの知り合いのカフェに移動していた。
「ここは他の客からも見えにくい場所だし、盗聴防止の魔法もついてる。好きに話していいよ」
八人掛けの席の奥側に兵士は口が自由な状態で座らされていて、私達は通路に近い方に座っていた。アルケミラは私の膝の上だ。
「姫様、ご無事で何よりです」
私を逃がしてくれた兵士はまず最初にそう言った。
「そして、どうかご理解ください。私達はバビー王国に下ったのではありません。姫様を探し出すために潜入していたのです」
「私を逃がしてくれたから、わかってる」
「本当に?」
ブランの鋭い声が間に入る。
「エリンを逃がしたふりをして、バビー王国に売るつもりだったのでは?」
他の兵士は大きく顔を歪めたが、私の知っている兵士は二人が言葉を発するのを制した。
「お疑いになるのも無理はありません。けれど、丘の女神に誓って嘘偽りは申しません。
追手をまくために姫様を置いて森を出て、翌朝戻った時、姫様がいなくなっていました。初めは捕まえられてしまったのかと思ったのですが、王代はバビーとクケットを使って姫様の捜索を始めました。姫様はお逃げになられたのだとわかり安心しておりました。
何故かメラン様は占術が使えないご様子でしたので、力のある者が逃がしてくれたのだと思っておりましたが、つい最近になって姫様の場所が絞られたという情報が入りました。王代の反対勢力となりずっと身を潜めておりましたが、何とかして姫様をお救いしたいとバビー王国に潜入することにしたのです。バビー王国は他国からも兵を雇っていましたし、アイルに頻繁に出入りしていましたから。
バビー王国の兵士としてアイルを出て、こうして姫様を探しておりました」
ブランはまだ疑いの目を向けていたが、今度は口を挟まなかった。
「それで?エリンを連れて帰ってどうするつもりなの?」
代わりにネロが問いかけた。
「エリン様に王となっていただきたいのです。
王代はあくまでも王の代わり。王が戻ればその座を退くことになります」
「でも私はお披露目すらしてない。正式な王にはなれないよ」
「ええ、そうですね……」
兵士は目を伏せて悔しそうに言った。
「ただ、民の力となります」
「そして大義名分にも?」
「はい」
ネロの言葉に兵士は力強く頷いた。
「今の王代に正当性を感じる者は少ないです。元はシラード様が王代となるはずでしたが、そのシラード様も牢に入れられたと聞きました。
正式な王となっていなくとも、姫様がアイルを王代から取り戻したいと願っているのであれば、人々は力を合わせて王代に立ち向かいましょう。元王の娘である姫様がいらっしゃることが国にとって大事なのです」
「姫様、信じてください!」
「私達は姫様の味方です!そして何よりアイル王国のために命をかけられます!」
黙って聞いていた兵士達が懇願するように言う。
「お前たち、落ち着きなさい。
姫様、王代はかつてのあなたの師。そして恐ろしく強いお方です。姫様にもご負担がかかるのは承知しております。
それでも、アイルのために国に戻って頂けないでしょうか」
国で私を知る者は少ない。お披露目なく、城から出たこともない。彼らは城で働いていたから私を知っているだけ。求められているのは私自身ではなく、アイルの姫君。
それでも、その立場をここまで必要としてくれる人がいるなら、そして何より、私がアイルの王族として国を救いたいと願っているから、師匠にだって立ち向かえる。
「もちろんだよ。アイルの王族として、私は国に戻る。一緒に、戦ってくれる?」
「はい、もちろんです!」
兵士たちは表情を引き締めて、けれどどこか安心したような嬉しいような声でそう言った。
続きます。




