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剥がれ落ちる時2

 家に戻ると、アルケミラの他にブランとバイスがいた。

 ネロに手を繋がれた私を見て、彼らはほっと息をつく。


「ネロ、ありがとうございます。ミレを見つけてくれて」

「無事でよかった」


 怒ってるんじゃなくて心配している二人に、申し訳ない気持ちにになる。


「ミレ!」


 瞳を潤ませながらアルケミラが飛びついてきた。


「早く帰ってくるって、言ったのに」

「ごめんね、アルケミラ。みんなもごめんなさい」

「とにかく座ってください、ミレ」


 ブランの言葉に従って私はいつもの席に着く。アルケミラは私の首に腕を回したまま離れないので膝の上に乗せた。


「俺はミレの帰りが遅いから、何かあったのかと思ってドクトルさんに連絡を取ったんだ」


 ネロが私の前に温かい飲み物を置きながら言った。


「ドクトルさんはネロの様子がおかしかったと。やけにミレが幼く見えてしまって、失礼なことを言ってしまったかもしれないと気にしていた」


 私の前の席に座ると、伺うようにそっと私の顔を見る。


「……今の君は、魔法学校に入学する前くらいの年に見える」

「うん」


 目の前のカップを手に取って、ゆっくりと口に含む。あたたかな液体は喉を通って腹に落ち、じんわりと体をほぐしてくれるけれど、カップを持つ手に自然と力が入ってしまう。


「隠してて、ごめんなさい」


 カップを置いても手の力が抜けなくて、握りしめたままでいると、アルケミラがそっと私の手を包んでくれた。


「私、姿魔法を使ってたの。普通の魔法とはちょっと違うから、ネロも気づかなかったと思う」

「精霊術が主となっているのですよね」

「ブランは気づいてたの?」

「ええ。精霊達があなたを取り囲んでいたので」

「精霊が?」

「やはり、気づいていなかったのですね。あなたの周りには常に精霊達がいましたよ。

 精霊は自然の中に存在しますから、家の中では術の効果が弱まります。それであなたが姿を変えているのだと気づきました。精霊術も使えるのかもしれないと。

 それなのに、私がディアナとのハーフだと明かして、ディアナの存在に驚いていたでしょう?あれほどの精霊――ディアナに囲まれているのに、不思議だったのですよ」


 ブランはそれでも何も言わずに隣にいてくれたのだと思うと、何も言わずに彼の元から去ろうとした自分がとても情けなく思える。自分から、一緒にいようと言っておきながら。


「そんな泣きそうな顔をしないでください。あなたにも事情があるのでしょう?

 姿を変えていた理由は何ですか?」

「年を誤魔化したかったの。追われてたから」

「追われてた。バビーとクケットに?」


 ネロも街の噂は入っていたのだろう。確信したように問うてきた。


「黒い髪に青い瞳の、十四の少女を探してるみたいだった。たしかに、今のミレはそう見える。

 アイル王国の姫君、エリン・アイル」


 久し振りに聞いた名前だ。


「そう、私はミレじゃない。エリン・アイル。

 アイル王国の国王の娘」

「アイルの、姫……王族なのか?」


 バイスはまじまじと私を見つめる。


「そうだよ。そうは見えないけどね」


 王族に生まれたからって、素晴らしい人間になれるわけではない。然るべき教育を受け、経験を積まなければ、その地位に見合う人間にはなれない。私はそこから逃げ出した。


「どうして追われてるんだ?それもアイルじゃなくてバビーとクケットに?」

「それは……わからない。逃げたから追われてるのはあるんだけど。

 逃げるより先に、事態を把握しなきゃいけなかった。でも、私はあのままあそこにいられなかったの」


 射貫くような金の瞳が怖くて仕方がなかった。


「ミレ、いやエリン様、あなたにいったい何があったんです?」


 他人行儀なネロの言葉がどこか遠いものに感じる。

 私にいったい何があったのか。自分自身でもよくわかっていないが、ネロたちとの距離を取り戻したくて、とにかく自分の知っている全てを話そうと思った。



*



 私はアイル王国の国王とその王妃のもとに生まれた。両親と接する機会はほとんどなくて、乳母、そして魔法と精霊術の師匠が私を育ててくれた。

 両親は、私が魔法も精霊術も使えるのを見て、とても喜んだ。そして師匠のこともいたく気に入っていた。

 城の外には出られなかったので、師匠とずっと魔法や精霊術の勉強をした。いつかまた両親に褒めてもらいたかったし、優しい師匠が大好きだったので私は何の不満もなく暮らしていた。


「エリンは、城の外に出たいと思わないのですか?」

「うん。楽しそうだとは思うけど、師匠と一緒にいる方が楽しいから」

「そうですか」

「師匠は嫌じゃないの?ずっと私といてくれたけど、最近は毎日お城にいるでしょう?」

「私だって、あなたと過ごしたいのですよ。

 毎日城にいるのは別の理由もありますけどね。前まではあなたの外部の教育係でしたけど、正式にこの国の一員となったのですよ。だから城で過ごしているのです」


 外国の人だった師匠は、いつの間にかアイルの王城に仕えるようになっていた。私はそれをどうとも思わなかった。毎日師匠と会えるなら嬉しいとしか思っていなかった。

 そう、何もなかったはずだ。穏やかで変わらない日々を過ごしていたはずだ。

 それが一日で変わってしまった。


「エリン様!お逃げください!」


 そろそろ寝ようかと寝台に潜りかけた時だった。

 ノックもなく、普段は話すこともない護衛が飛び込んできた。


「何?」

「奴があなたを狙っています!今すぐ外へ――」


 ずんずんと近づいてきた護衛は、途中で言葉を切って床に倒れ込んだ。


「とんだ無礼者がいたものですね」

「師匠?」


 護衛の後ろから現れたのは師匠だった。

 美しい黒髪は乱れていて、顔も青白い。それなのに金の瞳だけが冷たく輝いていた。


「どうしたのです?大丈夫ですか?」


 師匠が心配で、慌てて駆け寄ると、師匠ははあっと息を吐いた。


「エリン、残念なお知らせです。あなたの両親が亡くなりました」


 そして平らな声でそう言った。


「え?」

「私があなたの後見人および王代となり、この国を支えます」

「師匠?何があったんですか?王代となるならシラード兄様ではないのですか?」


 両親が死んだ?上手く理解できない頭は、王代という言葉に反応して、従兄のことを思い出す。


「あんな男を兄様と呼ばなくてよいのですよ。

 さあエリン、こちらへ。私があなたを守って差し上げますから」


 混乱している私とは違い、師匠はいたって冷静だった。だけど、いつもみたいな優しさはなくて、差し出された手を掴む気になれない。


「エリン?」

「師匠、今、何が起こっているのですか?父上と母上が亡くなった?どうしてなのです?」

「あなたが知る必要はありませんよ」

「そんな……どうしてそんなこと……」


 師匠は一瞬私を憐れむように見た。


「私がどうしてこの国に来たと思います?」

「え?」

「あなたも知っているでしょう。東の国はこの地で軽んじられています。西とは違い魔法使いも少ないです。それなのに、どうして私がここに来たと思います?

 私が占術を得意とすることは知っていますね。それでわかったのですよ、この国に特異な子どもが生れると」


 知らなかった。師匠は生まれた時から傍にいて、私にとってはその前があるだなんて想像もできなかった。


「あなたが両親に魔法を、そして精霊術を披露した時、二人はとても喜んだでしょう?それが何故かわかりますか?その二つを扱える者はこの世界に数人しかいないからですよ。

 ええ、子どもの成長に喜んでいたのではない。あなただって薄々気づいていたでしょう。二人はあなたを道具としてしか見ていないと」


 気づかないふりをしてきたことを突きつけられて、息が詰まる。


「あなたはもう十四だというのに、国民へのお披露目もなく、成人となる従兄が王代の認証式を行うなんて随分とおかしな話ではないですか。

 どうしてかと言えば簡単な話です。あなたの未来は既に決められていた。正式な王の子なのにその資格を与えられず、他国へと売り渡されることになっていたのですよ。

 力の拮抗している二国に対して、珍しい力を持つ姫を差し出して、優位に立とうとしていたのです」

「そんな、嘘だ。父上も、母上も、私が大事だって、言ってた……」

「ええ、大事な交渉道具でしたね。

 親としての情があるならもっとましな乳母をつけましょう。その身に合った教育を受けさせ、国民へのお披露目も行って、他国との交流も行わせましょう。あなたの従兄君がそうであったようにね。

 安心してください。今はもういないのですから。私の好きにさせてもらいます。

 混乱に乗じてあなたを奪い合う両国は、丁度いいですね、このまま削り合って勝手に滅べばいい。

 あなたは、どうしましょうかね」


 何も言えずにいる私に、師匠がゆっくりと近づいてくる。


「まだ大丈夫でしょうが、攫われないように光の届かない場所に閉じ込めないといけませんね」


 屈んで視線を合わせてくれる気遣いはいつものものなのに、頬に伸ばされた手は冷たく、瞳は昏い。


「や、やだ!」


 思わず師匠の手を振り払うと、師匠はその手をじっと見つめていた。

 今のうちに、と走り出したが、扉は師匠の後ろだ。あっけなく腕を掴まれる。


「どこに行こうというのです?」


 そのまま腕を引かれて、すぐ目の前に師匠の顔が迫る。


「ここから逃げて、どうするのです。あなたに何ができるというのです?

 王族としての何の役目も与えられずに、鳥籠の中でただ過ごしてきただけの姫君に、何か目的でもあるのですか?ないでしょう?ないなら、ここで私のお人形になっていればいい。

 あなたの両親はあなたを道具としてしか見ていなかった。けれど私はあなたを愛しています。ここにいれば守って差し上げます」


 その言葉がただただ悲しかった。

 私を愛しているといいながら、ここに閉じ込めておくという。お人形になってればいいなんて、そんなこと言わないで欲しかった。


「師匠なんて、大嫌い」


 言いたいことは山ほどあるのに、どれも言葉にならなかった。子どもじみたことしか言えない自分が嫌になる。

 どうしてこんなことになっているんだろう。優しかった師匠はどこへ行ってしまったのだろう。あの笑顔も、優しい言葉も全て嘘だったんだろうか。


「エリン……」


 ぐっと喉が熱くなって、視界がぼやける。堪え切れなくなった涙が頬を流れていくのがわかる。


「姫様!」


 不意に私を繋ぎとめる力がなくなった。


「おや、起きていましたか」

「今のうちに!」


 倒れていた護衛が、師匠の手を振り払ってくれた。


「こちらへ!」


 そのまま師匠を抑えてくれて、扉まで走れば、仲間なのか私を呼んでくれる者達がいる。


「無駄なことを。

 エリン、魔法も、精霊術も、私が全て教えました。ここから逃げてどうするのです。あなたにはなにもできませんよ。

 私がいなければ、あなたは何もできない」


 護衛はすぐに吹き飛ばされて、何の壁もない状態で、金の瞳が私を捉える。身がすくむほど冷たい瞳から逃げたくて、私は腕を引く護衛に身を委ねて城から逃げ出した。

続きます。

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