第九十四話:勇者の代償
________
__
「貴様…その、魔力は……」
銀仮面の巨人は…リュクリークは、微笑んだ。懐かしい様な、顔をする。そうだ。懐かしい気配、懐かしい匂い。
誰も知らない祭壇の前に佇む少年は、水晶達に祝福され、照らされ、燦々と輝いている。
しかし、光は既に無い。光とは、勇者が持つべき光であった。人の理から外れた存在のみ、持つべきなのだろう。
「朕の祖先の…美しい記憶の……アヴェルナのようだなぁ」
言った後で、だが、今度は、マラレルの王は、首を大きく横に振る。
振れば、周辺の小さな水晶片が舞い上げられ、キラキラと乱反射を繰り返す。
「朕は…いや、俺はな、小僧よ」
「ずっと…縛られて来た」
ホスロも、微笑みつつ、聞いている。勇者の聖剣を誇らしげに持ち、優しい左眼を細め、聞き続ける。
「俺は、産まれた瞬間から、先祖…初代リュクリークの、戦闘の記録を持っていた」
「呪いなのだ」
「貴様の……勇者アヴェルナの子孫を絶やさねば、消えぬ呪い」
「毎晩、毎分、毎秒……恐怖が、俺を襲うのだ」
「あの、記憶の中の、勇者アヴェルナに襲われると言う……危機感に、俺はずっと、苛まれ続けていた」
「……ずっと、自信が持てなかった……記憶の中の人物達は、皆、俺よりも、何倍も、何十倍も強いのだ」
「平和な時代に、なったものよのぅ……こんな小僧でも、勇者を名乗れるのだから」
それに対し、ホスロは、簡潔に返す。
「ふむ………やけに説明が長いな、要はお前も、私も、目標がある」
「叶えたい事がある……その為に、今はただ」
スッ……と、聖剣、アヴェルナを、スルリ…と構える。
「さぁ、殺ろう」
「おや、もっと…昔話をしたかったがのぅ、色々と、知りたくないのか?」
それに、切っ先を向けながら、ホスロは
「秘密は秘密のままが良い、俺はその方を好む」
すると、リュクリークは、声に出して……ブルブルと喉を震わせた。
「そうか……グッふふふ……がっはっはぁ………興奮するよ、小僧」
「もう、周りに気など、使う必要はない……ここは不死鳥の宮殿…」
「目いっぱい、技を出しても構わんさ」
「そうだ、恐れる必要など無いさ……殺してやろう、アヴェルナの紛い物よ」
と、リュクリークも、『王家の霊剣』のオリジナルを、虚空から具現化させる。
パキパキ…と、稲妻の様な魔法で象られた後に、ズシリ…と、王の手に握られる。
ゼノン・ロ・タロが、確か以前に同じ様な技を使っていた。
「少々想定外だが……その聖剣を奪い取り…今度こそ……呪に終止符を打ってやるさ」
そして、マラレルの王は…同時に、彼の持つ唯一の能力であり、心力系統の魔法……『虎狼ノ心』を発動させる。
配下達に、その一部を譲渡していた魔法である。
発動すれば、単純に、瞬発力と膂力、持久力が大幅に上昇する。ただ、それだけの魔法。
『魔術王』リュクリークは、努力で勝ち取った称号であった。
霞む記憶の中の、初代リュクリークに憧れた王は、ひたすらに、誰でも扱える普遍魔法を、最高レベルにまで磨き続けたのである。
王の素質自体は並であった。だが、膨大な体内魔力が空になるほど、連日魔法を放ち続けた。
彼の普遍魔法の性能は、その極致である。
「お前が…いや、お前の先祖と、私の先祖が始めた戦争だ」
だが、勇者は言いつつ、アヴェルナの…否、ホスロの聖剣を向けたまま、睨む。
「終わらせてみよう、リュクリーク、私は、その先に興味があるのだ」
リュクリークも、笑みを消し、眉を下げた。
そして、銀仮面をズシリ…と外す。
顔は、戦傷ばかりで、元の輪郭がはっきりと分からぬ。それ程に爛れ、切り刻まれ…数多の戦場を、くぐって来たのだろう。
唯一、目だけはホスロと同じく、キリッと鋭い。
「そうだな…勇者アヴェルナが、我が先祖に執着した事から…始まった話だ」
ホスロは、その言葉に、頷く。
「ははっ、その通りさ、マラレルに…片田舎に籠る事を許さず、束縛したせいだ」
続けて、チャキ…と、ホスロが、先ず、聖剣を掲げた。
「火」
そのまま、滑らかな動作で火の魔法を唱えた。
唱えた、だけである。
勇者の言霊は、魔力となり、聖剣を伝い……圧縮され、魔法となる。
高密度の、純粋な炎の塊であった。
それが、リュクリークに向かって、ザッ…と、雨あられ、降り注ぐ。
それに対し、手を広げ、マラレルの王は真正面から堂々と受けた。火は王を包み込み、まとわり付き、灼く。
轟々とした火炎は、質量を持ち、宮殿の一室を破壊し、そしてガラガラと天井を崩す。
別名『崩火』と呼ばれた、勇者の十八番である。
ある時は国を灰にし、またある時は精霊を焼いた。
「火…かぁ……ふむ、聖域は避ける空間も、あまり無い……このまま喰らえば、死ぬかのぅ」
だが、平然と……モクモク…と、瓦礫と、立ち込める黒煙の中から、王は、渋い声と共に、勇者ホスロに向かい、黙々と歩み寄ってゆく。
そのまま、煙と共に、カツカツ……と、リュクリークが歩き、歩き……二歩目が、コトリ、と地面に着く前に、フッ……と消えたかと思うと
「なるほど、聖剣を得ても、反射速度は上がらぬか」
バキィ、と、一瞬でホスロの背後に周り、胴体を回転させつつ、首を切る。
だが、ホスロもホスロで、上手い。
自分の身体能力自体がそこまで上昇していない(おそらく、まだ、慣れていないのだろう)のを自覚し、体表に薄い結界を貼っていた。
それも、ただの結界では無い。聖剣から得られる、殆ど無限の魔力を、極限まで凝縮し、固めた、分厚い鉄板の様な結界である。
ホスロは、そして…グシャ…と、そのまま吹き飛び、聖域を支える柱の一本にぶつかり、ずり落ちる。
その隙を逃さず、リュクリークは蛇のようにしつこく、追撃を行った。
「小僧…お前、戦闘慣れをしていないな」
空中で殴りつつ、斬りつつ、煽る
「その結界」
また、ゴウンッ、と天井まで蹴飛ばし、そして落ちてきた所を、今度はボレーシュートの様にして、また、横に蹴飛ばす。
先程とは違い、ガンガン、と三本ほど柱を貫きつつ、ホスロの体は、されるがままである。
「発動中は…動けぬのだろう?」
だが、ホスロは必死の握力により、決して聖剣だけは離さない。
「火よ……」
そして、ポツリ…と、ここで詠唱を開始する。
なるほど、リュクリークの戦法は、確かに正しい。ホスロが聖剣に慣れる前に、再生も追いつかぬ程の速度で、殴り、蹴り、斬り殺す。
肉体強化系の心力系統を保持するマラレルの王ならば、本来……可能だろう。
だが、ホスロは、無情にも、王の戦術に対し、真っ向からの殴り合いを選択しなかった。安全で、それでいて堅実な策を採ったのである。
「満ちよ…火よ、満ち…」
今度は、リュクリークが口を裂こうとして、強引に指を突っ込むが、結界に阻まれ、断念する。
「…よ、我の手中に汝の廃火を」
また、バキィ、と真下に叩きつけると、次は牙突の構えと共に、王家の霊剣の切っ先を、ホスロに向け、二秒ほど静止し、何やら準備時間を設けた。
そもそも、霊剣とは……津波の様な、英霊達が遺した莫大な量の魔力を保存するための、ダムの役割を担っている。
『王は騎士に剣を与え、騎士は生涯その剣を携える。そして…騎士が死ぬ時に、ようやく……無銘の剣は、霊剣として完成するのだ』
三代目マラレル王、ルインが遺した言葉である。
霊剣の保持者が死ねば、持っていた魔力、魔力の性質は、同じく、他の霊剣を携える者へと譲渡される。
時代を経れば経るほどに、霊剣はその価値を輝かせるのだ。
「霊剣」
そして、開放すると……反応する間もなく、音速を優に越すであろう速さで、王はホスロに向かいつつ、ガキンッ、と霊剣を喉に突き刺す。
だが、やはり、結界は硬いらしい。
膨大な魔力同士で押し合った結果、一応、パキィン…と、ガラスの様に一部が割れたものの、内はわずかに傷付いただけである。
(やはり、老いたな)
同時に、王はそう嘆いた。
__そして、リュクリークは、何かを察したらしい、今度は、思い切り距離を取り、強固な結界を自身の周囲に構築し、徐々に貼り始める。
「火が、好きなんだな……知っておったか…?、それは、拝火の詠唱とも言うのだよ」
己の最高火力の霊剣を叩き込んでも、内部までの貫通が不可能である事を認め、無謀にも、持久戦を選択したようである。
「廃火は主を棄て杖を灼き…彼の大盾を貫かん」
「美しいだろう、言霊を、効率的に魔法として抽出する……最適の形さ」
「俺が、考えたんだぞ?」
多少、リュクリークは自慢気である。
「……生命の根源たる大火よ、炎樹の化身より生まれし灯火よ」
だが、構わず、ホスロは唱え続ける。祈りの言葉のように、美しいリズムである。
「そして…今貼った、この結界は……俺自身の完全詠唱『火』の普遍魔法すら防ぐ事が出来る」
リュクリークも、そして、プライドを優先した。
ホスロが捨てた感情を、この男は、最後まで持ち続けたのだ。このまま宮殿から、逃げる事だって出来た。聖地の入り口付近に待機させている、グラディウス達、王家の霊剣以下と合流し、共に対処すれば良かった。
……だが、魔法の世界の王として、マラレル最強の個体として。(ぽっと出の小僧に、負けるハズが無いだろう)。
「アヴェルナが何だ、ゲラマドが何だと言うのだ……!」
「……母なる火は赤子を抱き、不死鳥の卵を妊み沸かす」
「俺が、俺こそが……歴代随一の、魔道士だ、戦士さ」
「今貴様が、貴様らが唱えている普遍魔法も、何もかも…俺が一から作り上げた物だぞ!」
「全て俺の功績、俺の魔法だ…」
王の結界は、殆ど完全に、整った。四方。最上級反魔法結界で固め、ソレの上に、更に物理耐性がある結界を無数に敷いている。
ジルレド・アキナスの秘技(ライオリックも同程度か、それ以上の威力を出せる)、『穿嵐』であっても、傷が付くかどうか怪しいだろう。
「つまらん男だ、聖剣を得るほど、戦に飢えておきながら…何故、殴り合いをせぬのだ」
「気分屋めが…!」
口惜しそうに、リュクリークは言葉を吐いた。
「火を求めよ、火を求めよ、宮を破りて再誕せん」
王が吐くだけ、ホスロの声音の勢いも、増してゆく。
「宮は火竜の中にあり、炎はアヴェルナの内にある…」
「どうか……火の女神の寵愛が、我にあらんことを」
「普遍魔法、『火』」
そして、唱え…一秒も経たずして、辺りを、眩い光が照らす。ひたすらに朱き、気高き炎は、空気を焦がした。
大火が宮殿中に蔓延し、水晶をドロドロに溶かし、割った。火。この場合は、完全詠唱の崩火となるのだろう。
その魔法は、魔法と呼ぶには、暴力的過ぎた。
そして、無数の光が晴れた頃には…バキバキに割れた反魔法結界の瓦礫に尻餅をつき、ヒュー…ヒュー……と、激しく呼吸をするリュクリークが見え始める。
「小竜狩りと同じだ」
見下しつつ、ホスロは嬉しそうに喋る。
「じわじわ、じわじわ……追い詰め、魔力を枯らし、仕留める」
「さぁ……リュクリーク陛下、立ち給え、あと何発耐えられる?」
「俺に見せてくれ、お前が修めてきた…あらゆる魔法を、剣技を」
そして、遂に結界を解く。
大魔法を放ち、そろそろ、聖剣にも慣れて来たのだろう。
「図に……乗るなよ…小…僧…」
満身創痍の老人を眺めつつ、少年は、再び聖剣を構えた。
この世界の勇者は、狩りが好きなのかも知れない。




