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第九十五話:救世主


______

__


「ゲルフ…殿」


一方、ホスロが不在の間、南方諸国連合は、どうなったのだろうか。

ホスロが宮殿へと赴き、王と戦っていた間、勿論伯爵領でも戦闘は続いていた。


…ホスロが大将である以上、身勝手であっても、彼の想定する作戦が成功すれば、とにかく勝利を得る訳である。


しかし、現場の実情は悲惨なモノであった。

思えば、大局的には、そもそも無理な勝負であったのかも知れない。

双方の、将兵の質に差が有りすぎた。


連携も取らぬまま、自儘に攻める南方諸国連合に対し、ライオリックの軍は……なるほど、単独行動はパラパラと目立つものの、それでも互いに援護しながら戦を進めていたのだろう。


殆ど初日から二日目にかけて、南方諸国連合の敗は決する事となった。

先ず崩壊したのは、他でもない、ホスロの部隊である。前線を担っていた、ホスロの部将の一人であるゲルフが、ルナティー・ラドリアに討たれた事により、動揺が広がったらしい。

基盤である、前線の将を失った兵達が後方へとなだれ込み、戦列を崩し、水のように波紋が広がった。


___


「おや…その顔、ヴァレンシュタイン・ドールの娘だね」


ホスロの方面を担当していたルナティーと、彼女の部隊はその後、猛進し、ホスロの側近の尽くを殺し、そして後方で指揮を執っていたクレアの陣まで迫ったのである。


「アステルド、ヨナタンの両将軍様も、今は崩壊する自軍の収拾に手一杯みたいだけど……大丈夫かな?」


「……ええ、別に」


ルナティーは、クレアの余裕がありそうな回答を受け、「あっははは」と、頬を赤くして笑う。

彼女は常に頰が赤い。赤子の様な純粋さと、大人の狂気の両方を象徴するかのような、色である。

そして、右手には、老人の首が握られていた。

名を、ゲルフと言うらしい。

首は、顔の形も分からぬ程に殴打され、青くなっていた。


「あぁ、そうそう…クレア、クレア・ドール」


「可愛らしいお嬢ちゃん、私の人形の仲間入りをしてみませんか?」


「捕虜にして、四肢を落とし…話し相手になって貰おう」


ゾクリ…と、何か不気味な予感が、クレアの髪を撫でる。対抗すべく、ホスロの参謀は剣を抜いた。

スラリ…と。


軍師は覚悟を決めた。ソレは、死よりも辛い現実に向き合う覚悟である。


…周囲に人間は居ない。武将達は皆出払い、衛兵すら居らず、クレアとルナティーのみが、だだっ広く真っ白な天幕の中、相対している。


天幕。破られ、布の隙間から映し出される平原を望めば、ガサガサと無数の旗が蠢いている。

しかし、その大半がマラレルの物にも関わらず、クレアは尚も冷静さを崩さなかった。


主を、信じて居るのだろう。


______


「思ったより…だな」


ライオリックは、同刻、馬上である。

腰には王家の霊剣を差し、兜は着けず、鎧は黄金製の逸品であった。


「そこいらの賊軍と、変わらぬでは無いか」


この二日間…彼は、南方諸国連合の意外な脆さに、拍子抜けする思いであったらしい。


「ロデッサ伯国と、病院騎士団を除けば、何とまぁ…脆い事よ」


確かに、最前線を担っていた二国は、相応に強かったが、途中から彼らに代わって出て来た国々が、どれも半端な強さであり……故に、完全に撤退まではしていないものの、見るからに戦線がガラガラと崩れ始めている。

公国のオルレアン公叔が、逃げる兵士達を斬り殺し、テル・グラディウスとエンティエゴ・サールの部隊に突撃し、荒らし回って居なければ、今頃伯爵領はマラレルの旗のみであっただろう。


(まったく、女傑だな)


殺すには惜しい人だ、とオルレアンの名を連呼しつつ、若将軍は馬の腹を蹴った。


「ウルク……アウラング・ルノーとロザリエに、病院騎士団団長、ダンテ・メフメルを討つように伝えよ」


「はっ」


実はダンテは三度目の総攻撃の際、両軍が撃ち合った瞬間、不幸にも右肩を弩で深々と射抜かれ、前線から離れていた。

ライオリックとしては、あの隻眼の猛将は、何としても討っておきたいのだろう。

彼が回復し、戻ってくれば、再び押されかねない。


ダンテ・メフメル……指揮能力、戦術眼、個としての力。どれもが、マラレルの一等宮廷魔術師の平均を上回っているのだろう。ダンテが前線に居ただけで、それ程に現場の兵の動きが違ったのだ。

現に、彼が離脱すると、この惨状である。


(このまま流れれば、勝てるな)


肝心のホスロの部隊に至っては、殆ど潰走しており、報告によれば、彼の参謀の、クレア・ドールと言う者まで捕らえたのだと。


逆にライオリック側は、南方諸国連合を囲うように展開しており、ジリジリ…と追い詰めている。

おまけに、伯爵領の地形。特に、南方諸国連合の背後はなだらかな丘陵地帯であり、スムーズな撤退が難しい。

味方側に手違いが無ければ、殲滅は、容易だろう。


「ウルク、ホスロは俺が捕らえる……供をせよ」


「ははっ」


ここで、ついにマラレル側の実質的な総大将までも、前線に出るようである。


「しかし若様、現在ホスロ将軍の陣地付近は、ルナティー殿やテル・グラディウス将軍の部隊で渋滞しておりますぞ」


皆、敵将の首を挙げてやろう…と押し寄せ、狭い道でぎゅうぎゅうになっているらしい。


「はっはっは、どかせば良い…邪魔なら蹴り飛ばして進め」


(やはり……勝ち戦は気持ちが良いなぁ…)


と、ライオリックは優雅に馬を進めてゆく。

途中で幾人かの兵を下敷きにし、跳ね飛ばしたが、顔のみは晴れやかである。


病院騎士団も、遥か後方に追いやっており、自由にライオリックとウルクは、伯爵領の平原を駆け回れる。駆け回れる。


(これで…義父上に楯突く者は居なくなる……なんとも喜ばしい事よ…!)


「おお若様、テル将軍の天幕が見えて参りましたな」


ライオリックの横では、フォルクス兄弟の部隊が、また、ヨナタンとアステルドの部隊を大いに破っていた。

全線に渡って、南方諸国連合は崩壊しつつある。


「テル、テル・グラディウスよ、首尾はどうかな?」


いつもは(同僚の弟だが…生意気なヤツだ、どうにも好きになれん)と、テルを疎んでいるライオリックだが、この日だけは笑顔になりつつ、ぴらりと彼の天幕を開いた。

ニコニコとしており、過剰なまでに目を細め、口を斜めに開いている。


(……おや、意外と静かな…)


静かな…そして、一歩、更に一歩と足を交互に出す。


「いや……は…?」


が、中に居たのは、思いもよらぬ人物である。


天幕の中は、血で溢れ、肉が飛び散り、一面に張り付いている。首や手、指…新鮮なのだろう。うざったい程に爽やかな匂いを、放っている。


「……お前…」


「やぁ……ライオリック・ノルマンド、遅かったじゃないか」


天幕の中の人物は、右手から、大きな首を、ブラン……とぶら下げている。そして、首には、判別出来るようにと、わざわざ仮面が被せられていた。

銀製の、仮面である。


「義父……上…」


一目で、分かった。全てが。そう、ライオリック・ノルマンドの目に映る全ての事象を、この男は飲み込まざるを得なかったのだ。


(コイツは…成ったのか?)


それとも___


「…つまらん奴らだ、何と…骨の無い事よ」


呆れた表情を取りつつ、語るホスロを見て、ライオリックは静かに激昂しながら、霊剣を構えた。

王から授けられた、唯一の神聖なる武器を。


「…貴様、何を、得たのだ?」


それに、その言葉に、ホスロも得物を以てして端的に応える。


「聖剣(アヴェルナ)」


得物の名は、アヴェルナと言うらしい。




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