第九十話:血で汚れを落とす
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この辺りで、ライオリックの動向も書かねばなるまい。
南方諸国連合の到着後、ライオリック率いるマラレル騎士団は、丁度二日遅れで伯爵領に到着した。
皆、青と黒の、伝統的な服である。その上に金属製の鎧を被っている。
そして、それらを率いる主たる将は、ライオリック・ノルマンドを始めとし、ロザリエ・ルメイ、エンティエゴ・サール、テル・グラディウス、ブラッドリー・フォルクス、ルード・フォルクス、ウルク、アウラング・ルノー、ルナティー・ラドリア等……王家の霊剣たるロザリエや、ライオリックの参謀であるウルクを除くと、皆猛将気質かつ、性格に難があったり、生まれつき精神に異常をきたしている者が多い。
ライオリックは、遠くに高々と旗を掲げているホスロの本陣を眺めつつ、早速この部下達を招集した。
ちなみにホスロの旗印は、この世界の神を象徴する土色をベースに、アッディーン家の紋様である戦槍(長槍)を縦に垂らしている。かなりエゴイスティックな造りである。
一方のライオリックの旗は、シンプルに青一色であった。本陣も同じく、簡素なマラレル製の戦場机……それも、円卓である。皆、平等に意見を出すためであった。
ライオリックの招集に応じ、集まった上記の者共は、席に着くや否や、何か言いたげにライオリックの顔を見る。
そして、先ずはルナティー・ラドリアが口を開いた。ラドリアの姓から分かる通り、ネロの姉である。
「ライオリック様、ライオリック様、御覧ください……あれぞ、我が伴侶である、ホスロ・アッディーンの本陣ですよぉ」
にへぇ、と微笑みつつ、甘い声で話し出す。
「……ルナティー殿、見れば分かるさ、それより、今後の方針を話しても構わんかね?」
(こいつらは…何故、自分たちが招集されたかが分かっていないのか?)
上司である自分をさしおき、ウズウズと喋り出すルナティーを見て、ライオリックは少しこめかみをピクピクとさせ、不快気な顔になる。
「ライオリック様……なんとお優しい…あっあぁ…我が妹の仇を取る為の作戦を、今から、今から、たった今から仰るのですね……!」
すると、ルナティーの言葉に、今度はブラッドリー・フォルクスが同調する。
「あっはっは、ルナティー将軍、仇ですかな、ならば、私も取らねばなるまい」
「えぇ…と、ブラッドリー将軍も……ですか?」
「あぁ…あの、シモン…シモン・フォルクス殿のですか?」
それに、ブラッドリーは、涙を流し、鼻水を垂らし、首を何度も縦に振る。
「シモン……シモンよ、なんと……哀れな子よ……」
「あの様に、ゴミの様に弱く産まれたせいで…死ぬなんて……」
ブラッドリーは続けて
「しかし、良かった……ヤツも、あの、何でしたっけ、イザベル………イサベルとか言う想い人の所に行けて、さぞや満足でしょう」
「流石は、ライオリック将軍!」
「で、何故我らはここに集められたのですか?」
だが、急に態度を変えて、ブラッドリーはやけに神妙な顔付きでライオリックに尋ねた。年の程は三十半ば。見た目だけは、白髪の、丸眼鏡を掛けた紳士のようである。
「……ははは、いや、だから、我が軍の方針を、共有しようとな」
「喋っても良いか?」
ライオリックは、少し苛ついているらしい。証拠に、更に、貧乏揺すりをし始めている。
ドロリ…と周囲に魔力が漏れ、天幕内の圧力が高まった。
故に、急に、一座、沈黙する。
「……我らの方針は、一つ」
「向こうが攻めて来るまで…待つ事だ」
「堀を深くし、柵を高くし、ひたすら待とう」
この消極的な方針には
(もしかすると、散り散りになった南方哨戒部隊が集まってくるかも知れぬ)という期待も、勿論ある。
だが、それよりも
「ネロとイグニス・フェニキス将軍率いる南方哨戒部隊が大敗を喫したのも、自ら動いた為である」
ライオリックも、もちろん、自分から攻める事自体を下策である。と思っている訳では無いらしい。
(だが、兵力差的に……こちらから動かぬ方が良いだろうな)
連れてきた兵力は、丁度一万足らず。恐らく、ホスロ側の方が多いだろう。
「向こうの布陣を見れば、いくらかの部隊は、すでに平原での決戦を望んでいる様子」
中でも病院騎士団と、ロデッサ騎士団などは、今にも攻めてきそうな迫力を醸し出している。
「反転、我らは待とう」
ライオリックの発言を受けて、ロザリエとウルクは「了解しました」とだけ言い、その後はすぐに口を閉ざした。
だが、またしても、ルナティーのみは、自分勝手らしく、落胆して
「えぇ…ライオリック様、つまんない!」
「あ、やだぁ…敬語を使わねば」
「ライオリック様、作戦がつまらない」
すると、それに、ライオリックは困った顔で、優しく返してやる
「ならば、どうしろと?」
ライオリックの言葉に、ルナティーはニタァと笑い
「当方から攻めては、どうでしょうか?」
「幸い、ここに居るのは、戦上手ばかりで御座います」
「私を筆頭にね」と、ルナティーは軽くウィンクをした。風貌は、ネロを多少大人にしたような感じである。だが、服装は道化師のような、サーカスのピエロのような、そんな奇抜さを感じる。
面倒な事に……なんとルナティーの発言に、アウラング・ルノーと、フォルクス兄弟、そしてエンティエゴ・サールとテル・グラディウスが賛同した。
皆、個人としての戦闘力は、一等宮廷魔術師の平均値を大きく上回り……マトモな人格を持っていれば、きっと特等魔道士か、それ以上になれたであろう、猛者である。
次に、テル・グラディウスは鼻毛を抜きつつ、喋る。彼もグラディウスの姓を持つ、マラレルの貴族階級の出身である。ちなみに、姉は王家の霊剣の方の、グラディウスだ。
「ライオリック様、多数決ですぜ、我らの方が多い、ならば決まりだ」
不服か?と、言わんばかりにテルは目を細め、ライオリックを睨んだ。
もちろん、それに、ライオリックは相応の圧を纏い、睨み返す。
二十代前半の、赤髪の男だ。顔に大きく十字の切り傷がある。
「そうかい……まぁ、アンタが動かなくとも……丘の上で俺らが、南方のカス共を蹂躙する様子を、指を加えて見とくんだな」
そして、傲慢にもテルは同僚を促し、その場から去ろうとする……が、ザクッ…という音と共に、なんと、机の上に置いていた彼の左手は、豆腐を斬るようにして、肩から切り離された。
「…うん?」
その暴挙を行った主は、他でもない、ライオリックの忠実な犬の、ロザリエである。
「テル・グラディウス、座れ……未だ、ライオリック様は「解散」と仰っていない」
「なるほど、確かに」
イテテ…と、テルは左手を押さえつつ、『再生』の普遍魔法を唱えながら、再び円卓に着いた。随分と痛みに強いらしい。
そして、野太い声で、再度テルは言った。
「ライオリック様、どうか更なる前進を、この面々ならば、いかに一万を超える南方諸国が相手であろうと、勝てますぜ」
だが、ライオリックは首を横に振った。
「いや、前には進まぬ」
「あっははは、ケチだ!」
それを聞き、ルナティーは大きく笑ったが、また、口をツーンとさせて、口笛を行う。
彼女の隣に座るエンティエゴ・ サールも、暇そうに、自分で囀る鼻歌に合わせて首を振り始めた。
「……はぁ、もう良いぞ、解散だ、これ以上話すことは無い」
仕方なく、ライオリックはそう言った。本当は、まだまだ言い足りないが、「コイツラに何を言っても、どうせ無駄だ」と諦めているのだろう。
当然、それとは別に、彼らは陣張りの名人でもあるので、細々と戦場での注意が要らぬ。
「解散、かいさーん」
ルナティーが言いつつ、笑顔になると
「ルナティー殿、違う、散開だ」
と、ルード・フォルクスが謎の訂正を行う。
「えぇ、うーん、解散」
と、だが、ルナティーも引かぬ。
そのまま二人は、謎の議論をしつつライオリックの天幕を去って行った。後の面々も同様、去る。
残ったのは、例のロザリエと、ウルクのみである。
「まったく…義父上も、大変な人物達を、俺に預けられたものよ」
その言葉に、ロザリエは深く頷き、ライオリックの直臣であるウルクも、俯く。
「特にあれだ、ネロの姉」
ライオリックは、一呼吸置き
「……だが、『操運』の保持者」
「珍しい能力よな」
少年は、苦笑いしつつ喋る
「殴ったり」
空に向かい、パンチを繰り出す。
「斬ったり」
今度は、手で空を斬る。
「……する威力を、倍増させれるのだと」
「だが、放った時の倍率は、先の行為をする度に変動する」
「まったく…面白い」
ライオリックが説明を終えると、バサッ!と急に天幕の一部が剥ぎ取られ、ピエロ服のルナティーが姿を見せる
「もぉ、ライオリック様、こうも私の能力をペラペラと喋られては、困りますよぉ」
「別に困らんだろう、広まった所で対処出来る能力では無いしな」
能力自体は、『完全に運任せ』という決定的な弱点があるものの、それを彼女は圧倒的なフィジカルで補っている。
そもそも並の相手であれば、能力を使わずとも素の力だけで殴り殺せるのである。
「ルナティー・ラドリア、貴様の行動には…目に余る物がある」
すると、ロザリエが物凄い形相で、そんなルナティーを睨み付け
「…あまり調子に乗るなよ、ラドリアの狂人」
「あっは、ライオリックの忠犬を怒らしてしまった……あちゃぁ…」
だが、何故かルナティーは心底嬉しそうである。頬を赤らめ、ニタニタとする。
「もぅ、君がそういう反応するから…益々ライオリック様にちょっかい掛けたくなるんだよねぇ」
「あは…はっは、ホント…飽きないなぁ……」
その言葉に、とうとうロザリエは顔中に青筋を走らせ、王家の霊剣を引抜き、ガタッ!と立ち上がる。
「ロザリエ」
だが、ライオリックがたしなめ、落ち着かせようとする。
「ライオリック様…しかし、この女……」
「あっ、やだぁ…もうこんな時間かぁ、捕虜、ほーりょ」
「……?」
すると、急にルナティーは気分が変わった様であり、自陣に帰ろうとし始める。
「いやぁ、最近可愛い捕虜ちゃんを手に入れまして…その子と遊ぶ時間になりましたぁ」
「……そうか」
そして、ルナティーはさっさとその場から立ち去る。音も立てず、フッ…と風のように消えた。
そして、ライオリックは、またロザリエの顔を見つつ
「猛獣だな」
と…先のルナティーと、どちらの事を言っているのか分からぬような口調で、微笑を向けた。
すると、その言葉にウルクが静かに返す。
「若様が一番猛獣でしょう、笑っておられる」
「ははっ、かも知れぬ」
「……さて」
そして、最後にライオリック自身、カタリ…と席を立ち
「我らも、戻るぞ」
遠くの山々に、無数の旗が靡いている。
「今夜は、どちらの旗が、燃えるのだろうなぁ」
両軍、伯爵領に兵を敷き詰めたらしい。
その光景に、ライオリックの顔は狂気的な笑顔でひきつり、武者震いを始めた。
「戦……クフ…ふふっ…戦かぁ……」
目を血走らせ、手を震わせつつ、蛮征将軍は、馬に跨った。
手綱をギチギチ…と握り
「戦、戦だ!」
と、獅子のように吼えた。




