第八十九話:戦友
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病院騎士団の長。その天幕は、ひたすら豪華であり、骨太である。
(相変わらずの)
見栄っ張りな男よ…と、ホスロは無表情を決め込みつつ、内心笑った。
そして、バサリ…!と、衛兵に挨拶もせずに、いきなり中に入った。当然、天幕の内外にいた騎士達は驚き、すぐさま柄に手を当てたが
「ホスロ殿か」
そう、中でどっしりと構え、座っているダンテが余裕そうなので、自然、その場の緊張も解かれる。
「ああ、挨拶にな」
「はっは、ホスロ殿、君は意外と律儀者だな」
ちなみに、騎士団長は、ホスロ達と同じく小高い丘の上に本陣を構えている。その為、少し寒い。
少し、ダンテから視線を外し、室内を見渡せば……なるほど、簡易の暖炉を置いていた。
そして、その暖炉から燃え出る火は、鉄の枠を軽々と越え出て、轟々と音を立てている。
「寒いのは分かるが…ダンテ殿……屋根が燃えるぞ?」
あまりの火力に驚き、注意したが、ダンテは苦笑いを向けつつ
「あぁ、これか……左衛門尉がな」
「小さな火では寒い、寒いと言うから…仕方なく天井が焦げるほどに燃やしている」
見れば、なるほど、ダンテの天幕には耐火の魔法が施されているのに、それでも多少黒くなっている。
「はっ…アンタは部下に甘いな」
最高戦力かつ、お気に入りとは言え、部下の要求にこうも過剰に応えるとは……先の戦で、彼の左腕であったであろう、タウルスに加え……側近を殆ど喪った為に、敏感になっているのだろうか。
小馬鹿にしつつ、ホスロもドカッ!と、ダンテの真正面に、腰を下ろす。
戦場にしては、随分と豪華な石製の椅子である。
そのまま、二人は目を合わせたまま、黙り込む。
たまに視線を落としたり…手をいじったり、つま先を見たり。
暖炉の火だけが、異様に暖かい。
「なぁ、ホスロ殿」
すると、沈黙に耐えかねたのか、ダンテはやけに小さな声でホスロの名を呼ぶ。
「君には……心から愛した生物は有るか?」
ダンテは、漆でコーティングされた木の椅子に腰を据えたままに、穏やかな顔で、ポツリと言った。
ふとした、雑談だろうか
(急に、なんだ)
とは思ったが、ホスロは頬杖をつきつつ、眠そうな顔で返す。
「いやぁ、無いな」
「…そうか、俺には有るぞ」
一方のダンテは暖炉に片手をかざしつつ、続ける。
「"ソレ"は、貰い物だ」
「貰った最初は別に、愛着なんぞ無かった」
「せいぜい、俺の身代わりに死んでくれる置物か、多少腕の立つ猟犬程度にしか、考えていなかった」
(それに、なんなん、戦場でわざわざする話か?)
と、思う訳だが、聞いてやる事にする。
その為、頬杖は止めて、背筋を少し、ピシリと浮かせる。
「だがな、アイツの…こう、真剣な態度と……無邪気さやら、無垢な心に触れる内に情が湧いてきたのだよ」
「情だ…愛情、親愛の情…でも形容しきれぬ、ひたすらな情だ」
「その、犬の飼い主の気持ちが、分かった気がした」
だが、その発言に、ホスロは思い切り喉を鳴らして笑った
「クックッケ……ダンテ殿、そりゃ、その者を真に愛して無いがな」
「愛玩動物として、見とるんじゃ」
その言葉に、ダンテも、また、口元に手をやり
「まぁ…言い方が悪かったな……でも確かに、家族や、友達、そして女に向ける感情ではない」
「愛しい生物さ」
「見れば見るほど「体中を撫でてやりたい」と、衝動的に思わせる様な、そういう生き物なのだよ」
ココまで聞いて、ホスロは
(まさか…な、左衛門尉の事を言っとるのか?)
と思ったが、そこは流石に無粋であり、尋ねなかったが…ダンテは最後に、奇妙な事を言う。
「飼い主を喪った犬が、一人で生きて行けると思うか?」
「……まぁその、新しい主でも見つかりゃ、生きて行けるじゃろ」
すると、ホスロの返しに、ダンテは不機嫌そうに
「ホスロ殿、我が家の犬は、俺にしか懐いていない」
「俺しか主と認めていない」
「きっと…俺が死ねば……あぁ…どうなる事やら」
(けっ、気が弱くなりやがって)
戦を前にして、同僚がこうも弱々しければ、こっちまで陰鬱な気分になりそうである。
「ダンテ殿、案ずるな」
「この戦、必ず勝てるさ」
無責任に喋りつつ、ホスロは四角い小さな箱を懐から取り出すと、そのままカパリ…と開き、太くて大きな葉巻を取り出すと、咥え…ボッ……と、己の魔法で火をつけた。
天幕の中では火気厳禁…は、どうやら自分には通用していないらしい。
「ホスロ殿、葉巻は止めておけ、中毒になるぞ」
気持ちよさそうに葉巻から立ち上がる煙を吸い込むホスロを、ダンテはニヤニヤと眺め、注意する…が
「…野暮な事を言うわ」
「それに、中毒になったからと言って、何だ、まさか君までも、健康に悪い等とくだらん事を言うんじゃ無いよな?」
そして、また、ぷはぁ…と吸う。吸えば、肺いっぱいが、気持ち良く、爽快になって行く。
「……ダンテ殿、今まで、世話になったわ」
「急になんだ、気色の悪い」
急に気分でも変わったか、と言ってやるが、ホスロは真剣であり、しんみりとした表情である。
(なんだ、その顔は)
そう言ってやりたくなり、思わず、騎士団長は困ったような表情を作る。
「君は、まだまだ俺に世話になるのだろう?」
そして、彼は剣を杖とし、立ち上がる。
「我が騎士団は…もう少し、前に出ようかな」
「陣を変えるんか?」
「あぁ、前線へ、前線へ」
「この丘を捨て、前に行かねば」
おや…ダンテも、気が変わったのだろうか。
「さぁホスロ殿、いつまでも俺の天幕に居座るでない」
「自陣に戻り給え、柵やら櫓やら、まだ整っていないのだろう?」
ダンテの方を見つつ、ホスロはまた、すぅ…と葉巻を咥え、吸い…白い煙を、ぷはぁと吐いた。
「達者でな、ダンテ殿」
その言葉は、どこか寂しさを含んでいる。
大事な人に贈るような、友に向ける様な。
そして同時に、詩のような儚さを帯びていた。
「……」
もしかすると、ダンテは、その言葉に隠された真意を否定したかったのかも知れない。
だが、つい従ってしまった。止まらなかった。
「あぁ、また、会おう」
最期ではない。そうに、決まっている。
だが、自然と、ダンテはホスロに向けて、死者を送るための祈りを捧げてしまっていた。両手を合わせ、惜しむように。
ホスロもホスロで振り返らず、歩いてゆく。
ひたすら、歩いてゆく。
少年の背中が小さくなるまで、ダンテは見送り続けた。
___余談だが、ダンテ・メフメルと、ホスロ・アッディーンが会話した記録は、この訪陣を最後に残されていない。




