第八十八話:旧伯爵領
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冬も、そろそろ終わりにせねばなるまい。
ライオリックとホスロは、遂に、お互いに前進を開始した。それは、それぞれの未来を切り拓くための、一歩である。
ちなみに、ライオリックは、自軍を南下させている最中、部下からフォルクスの返事を受け取っている……が。
『「ライオリック将軍、済まないが、私は前線を離れる事が出来ん……片付ければ、向かえるだろうが、短期間では難しいだろう」』
「……そうか」
なるほど、少し、迷惑してそうな文面である
手紙を少し、クシャリ…と握ると、ライオリックは目に見えて落胆した。
……フォルクスの到着が遅れるとなれば、更に自軍から数千ほどを引き抜かざるを得んだろう。
現在、ライオリックは預けられた二万の兵の内、五千を自ら率い、南方諸国連合の北上を阻止すべく向かっている。
(ロザリエに、北部戦線のその後は任せる予定だったが……呼ぶか)
と、結局、彼の臣下の中で最強の、王家の霊剣すらも招集する事にした。
(もう、ニクスキオン方面……北は多少崩れても構わん)
ジリジリと動けぬままに、挟み撃ちになるほうが危険である……と、この男は判断したらしい。
ホスロとの勝負へと、完全に舵を切ったのだ。
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ライオリックが戦線を変える為の移動を始めた二日後、ホスロ率いる南方諸国連合も、移動を開始した。
行き先は、予定通り、旧アッディーン伯爵領である。
鷹の産地にして、なだらかな草原が広がっている。
その地へと進行中の、一万を超える行列の先頭は、当然の如く、新進気鋭。ホスロの部隊である。
五百の精鋭は、息を殺し、狭い山道を松明で照らしつつ、前進していた。
「護国卿、どうされる」
あくびをしつつ、黒馬に跨るホスロの横には、参謀である、クレアがピタリ…と付いている。
まだ、彼女しか、ホスロの身勝手な計画を知る者は居ない。
「…どう、とは?」
「この軍勢の実質的な大将は、ホスロ・アッディーン護国卿です」
「伯爵領に全軍を入れた後、聖地に貴方が赴き、戦場に不在となれば……当然、兵は混乱するでしょう」
やはり、クレア・ドールが代わりに指揮を執るとは言っても、エレノアの一参謀である為、ホスロの直臣達への拘束力は薄かろう。
「俺の天幕を、建てておけ」
「それで暫くは凌げるハズじゃ」
だが、ホスロとしては……そもそも、名目上の大将はエレノアであり、別に、自分が居なくとも、オルレアンやらアステルドやらが代わりに指揮するだけである。
とすら…実は、少年は自分の立場を低く見積もっている。
(俺は、自由な身分のハズだ)
いや、もしかすれば、本人は分かっている…と言うより、自分の立場が低いと思いたかったのだろうか。責任を認めたく無いのだろうか。
馬上、そう思った。
___アッディーン伯爵領までの道中は、小規模な敵集団が砦を築き、必死に防いで来たが、その殆どをホスロは、数に任せた力技で屈させる。
(大軍に計略など要らん)
ただ、何千もの魔法使いを一列に並べ、魔法を放つだけで、城壁は崩れ、敵が悲鳴をあげつつ燃えてゆく。
そのため、一応連れてきていた死鶏の部隊やら、他国の竜騎兵やらを使うまでもなく、スイスイと彼らは進んでゆく。
(こういう細かな戦闘を経る度に、結束力も上がると言うもの)
竜を使わぬ理由は、どうもココにもあるらしい。
人間同士が連携する事により、安心感も生まれる。
その為、アッディーン領までは早かった。
なんと、三百キロ程の道のりを、わずか四日で走破し、着陣する事となる。
ライオリックの軍が、その二日後に到着したため(伯爵領までのワープは、退却した南方哨戒部隊が事前に壊しているため、使えない)、ホスロ達の行軍速度の異常さが、際立つだろう。
魔力で身体強化を施している…というのもあるが、それにしても驚異的である。
食料を、道中の村々から強奪して行った、と言うのを除けば、理想的な軍に違いない。
そして、特に問題も起きず、無事に伯爵領に到着すると、すぐさまホスロは本陣を、小高いお椀型の丘の上に置いた。少年にとって、唯一の成功体験かつ、使いやすい戦術なのだろう。
指揮場所として最適…というのも、勿論あるが。
そして、続々と他国の軍も、伯爵領のだだっ広い平原に展開してゆく。
ダンテの病院騎士団は、ローデルヴィレイの戦の時と同じく右に展開し、ガーレイル伯国と、ユトレイル王国は左に翼を広げる様にして、陣取っている。
各国、なるべく自軍の消耗を抑えたいのか、やや前線となるであろう地点より、遠い。
唯一過激派の、ロデッサ伯国のみは最前線まででており、当主のルートヴィヒに至っては、着陣の翌日から、なんと真っ昼間から酒を煽り、「まだか、まだか」と敵軍の到来を待ち望んでいるのだとか。
一方のホスロは布陣完了早々、未だ堀も浅い中、エレノアの天幕を訪れ、中に居たオルレアンと少々口論しつつも、軽く挨拶を終えると…その足で、長く苦楽を共にした、戦友、ダンテの陣まで歩く事にした。
この行動には、勿論、伯爵領の地形を、今一度把握する…と言う意味もある。
ダンテの陣は、やや前線よりであり…兵の士気は最高。病院騎士団の象徴である、包帯旗を天高く掲げ、絶えず怒号や雄叫びが、聞こえてくる。
先の戦で重要な将を何人か失ったとは言え、まだ左衛門尉が残っており、状態としては、悪くないだろう。
(流石は病院騎士団、戦を前に喜びよるわ)
ホスロは青い草原を歩きつつ、彼らの雄叫びを嬉しそうに聞きながら……やはり、伯爵領は、なだらかだ。懐かしい匂いを、鼻いっぱいに含めつつ、少年は歌さえ囀る。
それは、マラレルの歌である。すると、珍しく、精霊が起きて、ちょっかいを掛けてきた。
「小僧、なんだ、その変な歌は」
体内からでは無く、外に出、フワリ…と着地し、そのまま悠々と隣を歩きつつ、聞いてくる。前と変わらぬ、トカゲと人間の、キメラの様な姿であった。
巨大な尻尾を、傲慢そうにゾリゾリ…と引きずりつつ、歩く。
「……マラレルの民謡だ」
「はっ、今から殺す民達の歌を、歌っているのか」
変わったヤツだな、とレマロナは可笑しそうに笑った。
「殺す、殺さぬなど関係ない、懐かしいと思ったから歌った」
すると、ホスロは不快そうに返した。
それに、レマロナはニタリと笑いながら
「それで……あの、前にクレアとやらと話していた、計画」
「本当にするのか?」
だが、多少怯えつつ、躊躇うような口調である。
「……」
ホスロは何も言わぬ。それは即ち、実行を意味するのだろう。
「はっは、お前は…やはり、ノームとは違うなぁ」
代わりに…レマロナは、記憶を掘り出しつつ、喋り始めた。
「アイツは、一見魔王の様な風貌かつ、無口で、とっつき難かったが……確かな優しさが有った」
「人間を…生き物を愛し、そして、彼もまた弱き者共から畏敬された」
「だがなぁ……お前は…ただ、自分勝手なだけだ」
「自分の探究心を、抑えきれぬだけだ」
それを、ホスロは、肯定する。
「レマロナ、俺は人さ……大なり小なり、人は皆、自分勝手なのだよ」
「何が悪い」
すると、レマロナは、ケラケラと笑いつつ
「あっは、いんやぁ、なぁんにも、悪くは無いよ」
「だが、まるでお前が「自分は、歴々の偉人達と同様、国を守る英雄だ」とでも言いたげな振る舞いを、常々するものだから、滑稽に思えてしまってなぁ」
(そんな事は無い)とは、ホスロは返さない。
図星なのか、「チッ」と舌打ちすると、掌を向けて、無理矢理レマロナを、体内に吸収する。
「はぁ…ほれ、自分勝手なヤツ」
何も言わず、返さず…ホスロは歩く。
戦友の天幕を見上げながら。




