第九十一話:濃霧
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両軍の布陣は完了した。
後は、お互いの鎧を削るのみである。
「若様、前線のロデッサ伯から攻撃要請が出ております」
自陣の石椅子に座りつつ、ムスッとした顔で頬杖をつきながら……ギベリンから報告を受けたホスロは、そして、少し苦い顔をした。
同様の内容は、ガーレイル伯国や、カラファヴィー王国からも来ているのだと。
「ダンテ殿は…病院騎士団は、どうなん?」
苦い顔のままに、ホスロは、少し優しく尋ねる
「未だ、動きはありません」
最前線に陣取りつつも、千を超える騎士団員全員が剣先を揃え動かず、岩のように押し黙っているらしい。
「なるほどな……」
(ダンテ…待っているのか)
深夜…と言うより、早朝。濃霧で、敵の様子が分からぬ。
分からぬからには、こちらも動きようが無い。
恐らく、ダンテは霧が晴れてから、行動を開始するのだろう。
ちなみに、ホスロが旗印を立てている丘。実は、伯爵領を一望できる要地であり、大量の敵が押し寄せて来るであろう事が予想されている。
「ギベリン、俺は陣を変える」
「……若様」
「エレノア様に伝えておけ」
(戦は、出来ればこちらから仕掛けたい)
実はロデッサ伯国、オアシス村以外の国々も、敵軍の数が意外と少ない事に気分が逸り、次々と陣を丘陵地帯から平地へと下げ始めている。皆、手柄が欲しいのだろう。
(エレノア様の顔を立てる為にも……アッディーン公国のみ後方…と言うわけにも、いかんなぁ)
だが、ここの丘だけは、死守せねばならぬ為、後はアーディルに任せるのだそう。
その為、弟に陣替えを伝えた時、彼は
「兄上、私も前線に出て戦いたいです」
と、腕を組みつつ言って来たので、逆に、ホスロはなだめる様に弟の両肩に手を置きつつ
「アーディル、この丘を奪われれば、それこそ南方諸国連合の崩壊に繋がってしまう」
「大役じゃ、泣き言は許さん」
尤も、ホスロの心理的には
(ここならば、もしも当方が負けても、アーディルやエレノア達だけは撤退出来るだろう)
との、計算も入っている。
協議の末、結局、ホスロ、ヨナタン、アステルドの三将のみが丘を降りて、前線に張り出ることとなった。
この決定に、頭鹿族特有の、ギラギラとした牙を見せつつ、ヨナタンは声を上げて笑う。
「はっは、最後の最後まで、この三人か」
「……俺は不満だな、まるで並んでいる様ではないか」
だが、アステルドは口をすぼませ、そんなヨナタンを睨んだ。
そして、ホスロも何故か不満げである。
「じゃなぁ、こん中だったら、俺が一番優秀じゃけん、一緒にされるのは……」
ホスロ的には、並んでいる…と言うより、自分の部将の一人として連れてきた、と言う認識らしい。
だが、そんな事を言い合いつつも、三人は獣の様な速度でそれぞれの部隊を率い、濃霧を掻き分け進んでゆく。三将それぞれの旗印が、平原へ、平原へと、ぞろぞろと移動し始めた。それに釣られ、周囲に展開していた、小中国家群の旗印も動いた。
ちなみに、先の三将が率いる兵は、民兵部隊や、山賊上がりの雑兵を除いた、正規の兵のみ。
内訳としては、近接部隊が五百、魔道士部隊が九百と少し、砲撃(火炎弩)部隊が数十……併せて千五百。
加えて、百五十の死鶏の部隊も、連れて来ている。騎手は皆、あらかじめ薬漬けにしており、恐らく、死を恐れずに敵に突っ込んでくれるだろう。
丘陵地帯を抜け、平坦な道を走って数キロ。更に霧の海を、泳ぐように進んでいけば、ようやく晴れ始めた。顔中に着いた水分を手で拭い、視界を良好にする。
そして、敵の群れを目視後、すぐさま護国卿は陣形を整え、死鶏部隊を前線に配置した。
彼らは、象兵や、戦車の様な役割を担うのだ。
「若様、霧が…!」
二時間程音を立てずに剣を揃えていると…とうとう、完全に晴れた。
やはり、二、三キロ先に、くっきりと……赤と黒の縞模様の旗が見える。
「…ギベリン、あれは誰の旗か分かるか?」
「………アレは…中々目にせぬ旗ですなぁ…」
大体、単色なのだ。
余程変わった人物なのだろう。
「護国卿、敵が…」
すると、その、前方の敵がにわかに動き始める。
数は千と少し。
「よし…迎撃を」
「ギベリン、射程圏内になれば、すぐに申せ」
確認すると、ホスロは魔道士部隊に詠唱を始めさせた。それは、ホスロの部隊を象徴する、『火』の詠唱である。
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同刻、ライオリックは焦っていた。それは、彼の部将の単独行動のせいである。
「ルナティー…何を…!」
ライオリックの陣では、一応、全部隊に「待て」との命令を出していたのだが……ルナティー・ラドリアの行動を契機に、他に付随していた部隊も、勝手に南方諸国連合と、小競り合いをし始めた。
「まぁだが、幸い、ホスロの本陣に行ってくれて助かった」
「アレは元から、ホスロに当てさせる予定だったからな」
王家の霊剣、準筆頭のロザリエを除けば、ライオリックの麾下の中で最も強く、指揮能力も高いのは、ルナティー・ラドリアなのである。
(出来れば…向こうから攻めさせ、消耗した所を反撃…と行きたかったが、まぁ良いわ)
実は、ライオリックも猛っており…早く戦に参加したいのだろう。証拠に、しょっちゅう剣をイジっている。
「ウルク、我らは病院騎士団に当たるぞ」
「はっ」
そしてライオリックは獅子騎士団、総勢三千を率い、ダンテの旗目掛けて突撃を開始する。上空には竜騎兵を常に滞空させ、空と陸、両方面からの攻撃を図る様である。
そして…病院騎士団とホスロの部隊は殆ど隣接しているため、ここで、完全に主戦場は、ホスロの部隊の付近となってしまう。
「近接部隊、全て、前に!」
クレアが号令をかけつつ、何故か、ホスロも殆ど単身、前に出てゆく。
「ご、護国卿!」
当然、(軽率な…)と、止められるが
「心配無用、過度に突出はせぬ」
(このように積極的に殴り掛かってくる奴だ、きっと、俺と同じく目立ちたがりだろう)
(聖地には、ソイツを打ち取ってから向かうかな)
すでに、その件は密かにエレノアと、ギベリンを始めとするアッディーン騎士団に伝えてある。
エレノアからは、一応許可は出たが「代わりに、セレネを連れて行くこと」と、彼女の部将を監視役として付けられる事となった。
(…どこだ)
無言で、だが楽しそうな表情で剣を振るい、雑兵の首を刎ねつつ、ホスロは前に、前に、前にと出る。
血が顔中に飛び散り、視界を遮る。その度に拭い、拭い、戦闘を続けた。
(先程から、魔力だけは感じる……どこに…)
「ホスロ様、ここですよぉ」
すると、先ほど斬った雑兵の、首無し胴体の背後から、ヘビのような甘い声と共に、スルリと人影が浮かび、振り返りざまに…ドゴォ!と、ホスロが乗っていた馬を、反応出来ぬ程の速度で蹴り上げて来た。
「ッ…」
(魔力探知を行っといて良かったわ)
咄嗟にガードしたため、ホスロ自身に怪我は無かったが……
(武器も使わず、なんつぅ威力だよ…)
なんと……馬は、鎧越しに腹を貫かれ、舞い上がり、即死していた。辺りに臓物らしき物が散らかる。
「あー、三倍かぁ…今日は、ツイてるねぇ」
目の前の女は、ブンブンと腕を回しつつ、ニタリと口を上げた。
「ほぉ…絵に描いたような…」
(道化師の女)
だが、顔は、何処となくネロに似ている。特に、目元など。髪型も、多少似ていない事もない。
「さぁホスロ様、我が家に帰りましょう」
「ん……あ?」
自分の名前を急に呼ばれ、ホスロは、思わず「どうした」、と言いかけた。
「我が家ですよぉ…ラドリア家」
「あぁ、ネロの親戚かぁ…どうりで話が通じん訳じゃ」
だが、そんな事を言いつつ、ホスロは少し嬉しそうである。
「いえ…親戚どころか、実の姉ですよ」
それに対し、ルナティーもパチリとウィンクで応える。
「まぁ実家から縁を切られたので、姉じゃ無くなっちゃいましたけどねぇ……」
「…?」
「まぁエエ、名を申せ」
ホスロは、剣を構えつつ、微笑んだ。
「ルナティー・ラドリア」
「しかし…ホスロ様、貴方を殺せば、ルナティー・アッディーンになるでしょう」
一方、目を弛ませ、ルナティーは興奮している。
「家に連れ帰るやら、殺すやら、はっきりせん女だ」
それに、ホスロは正直に応えてゆく。応えつつも、体勢を整えてゆく。
「肉を食らうのです、貴方の肉を、カプリ…かぷりと、頭から」
徐々に、足に力を入れてゆく。
「血も残さず、地面まで舐めて、頂きましょう」
「そう……かよッ!」
そして、スッ…と、音も出ぬ程の速度で、ホスロは刺突を行った。
だが、それを、ルナティーは跳躍し、軽々と躱すと…なんとホスロの体に寄り添い、頬に口付けさえした。
「お前……」
舐められている、とホスロはイラつき、そのまま剣を真横にブンッ、と振ったが、それすらも避けられる。
(思ったよりも、すばしっこいヤツ…くそっ、時間が掛かりすぎてもダメだな)
時間を掛ければ掛けるほど、リュクリークが、ニクスキオン皇帝を退け、救援に向かって来る確率が上がる。
アレが戦場に居座るだけで、一万のマラレル騎士に匹敵する程の影響力が有るのだ。
(………冷めた、やはり、コイツは無視するか)
こんな……武器も持たず、素手で戦うような戦闘狂に構ったせいで聖地に至る機会を逃しては、元も子もない。
「あっは、ホスロ様、今度はこちらから」
だが、向こうは向こうで、勝手に盛り上がり始めている。
今度は燕のような速度で飛び掛かってくると、落下の勢いそのままに、縦方向の回し蹴りを食らい、ビキッ……と、骨にヒビが入る。
「この……重っ」
「六倍、うんうん、今日は調子が良い良い」
(さっきの一撃とは重みが違う…打撃に種類でもあるのか……?)
(分からぬ)
蹴られた箇所の肉を抉り取り、骨を剥き出しにした後、その骨に直接『再生』の普遍魔法を掛けつつ、ホスロは思案する。
「若様、若様」
だが、ここで、具合良くゲルフが参戦して来る。
一応、彼にも聖地に至る案を伝えていたのだ。
「はっは、面倒な者に引っかかりましたなぁ…後は、お任せあれ」
(なるほど……しかし、ゲルフでは、無理だ)
「ゲルフ…アステルドも、後ほど向かわせる……死ぬなよ」
「ははっ」
(だが、アステルドが到着するまで、持たんだろうな)
とは思いつつも、少し辛そうな顔をしながら、ホスロは戦線から離脱して行く。
だが、この対応に、ルナティーは激怒し
「ホスロ……様?」
「な、なななんで……私と…殺らないのですか?」
口を震わせ、手をブルブルと麻痺させ、目を血走らせた。体中に力を入れ、バキバキと、筋肉と骨が擦れ合う音さえ響く。
「小娘、俺を見ろ」
だが、エルフの老将は、鉄鞭を持った。
先端にトゲのついた鞭である。
数千もの敵兵を撃ち殺し、魔道具までになった、ゲルフの鉄鞭。
すると、ソレを見てルナティーは表情を明るくする。
「あらぁ…その武器……アッディーンの三狗の」
「あぁ、ゲルフだ」
「奴隷将軍、ゲルフ様……お待ちしておりました」
そして、ルナティーは丁重に礼をした。
もう、完全にホスロへの興味は削がれた様である。
その数分後、護国卿は、すでに戦場から離れ、簡易のワープゲートを用い、自陣へと帰っている。
そして帰りざまに…ギベリン、ダマ・ユユ、ヴァンダルらの、アッディーン騎士団の隊長クラスをも呼び出した。
どうやら聖地へと至る準備は、そもそも整っていたらしい。




