第七十九話:魚を釣る音
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ホスロ達のドラグーン到着、二週間後。
大方の…南方諸国の使者が集まると、ゼノンは遂に、彼ら全員を同じ卓に付かせた。
円卓である。古くは勇者が用い、その従者達と共に語り合い、そして道を違えた机。
「あー、まぁ、ここに居る者達は皆、気付いて居るとは思うが」
「オアシス村と、更に、アッディーン公国が…我ら南方連合に加わる事となった」
ゼノンは、対角線のエレノアに優しい瞳を向けつつ、手を挙げたまま
「待て待て、何も言うなよ」
「既に、決まった事じゃ」
「そして…その意味も、勿論皆々様、ご存知であろう」
単なる防衛強化の為に、村と公国を同盟に引き入れたのでは無い。マラレル王国が連戦で弱っている今ならば……牙を、突き立てれるやも知れぬ。
それは、勿論。ニクスキオン朝がどれだけやる気であるか…だが、今、マラレルの目が北に向いている隙に、背後から刺し殺す為の集いである。それだけは確かだ。
「儂の…いや、この場合は」
「皆様」
ゼノンの演説を遮る…というか、ゼノンが言いつつ、空いた方の手で合図をし、受け取ると、エレノアは席を立った。
自然と、皆の視線が少女へと移る。
「勇者の血が、この同盟にある限り…正義は我らに付いています」
「この世で神はただ一人」
「アヴェルナ教の始祖たる、勇者アヴェルナのみ」
「その血が、子孫が、命ずるのです」
だから何の憂いもなく、好き放題に攻めよ。
マラレル同盟側の国であれば、ソレは謀反人に加担しているも同義である。
滅ぼし、何をしても咎められる事など無い。天罰が下ろうハズが無い。正義は我らに有り……勇者様に刃を向ける方が、絶対の悪なのだ。
「偉大なる正義は、こちらに有ります」
「南方哨戒部隊を蹴散らし、聖地を奪還すれば……まぁ、後は好きにされよ、好き放題に攻め、金を奪い、土地を広げられよ」
エレノアはこの場で、アドリブで、餌を垂らした。
途方もなく、大きな餌を。ひとまず自分の目の前に集まるように、ドボン…と一塊の肉を、撒いた。
きっと、聖地ホルセリアを奪還するまでは、これである程度同盟の形を保つつもりなのだろう。
『逆賊マラレルに追われた公国を救け、聖地を再び回復する』
そもそも、ソレが南方連合側に出来た、この新たな正義の目的であり、これ以上は解釈の拡大のしようがない。
なにせ、マラレル公国戦争の発端が、聖地ホルセリアの領有権の有無である。
落とし所としては、丁度良いのかも知れない。
後は弱りきったマラレルを、彼らに食わせるのである。公国の取り分は、少なくて良い。マラレルを滅ぼせさえすれば、アッディーン公国のメンツは保たれる。
そして……エレノアの発言に、各国の代表達は喜色を見せた。
中でも、対マラレルの勢力の中でも、過激派であるロデッサ伯国の盟主(珍しく、この国は使者では無く、君主本人が来ていた)ルートヴィヒ・ヴァン・ロデッサ伯などは、膝をバンバン、と叩き、大声で笑いつつ。
「よう申された、エレノア殿」
「当家は出来る限りの支援を致しましょう」
と言い、更に他国の代表達をギロリ…と尖った眼球で睨みつけつつ
「貴公らも、異論あるまいなっ」
「領土が増える好機ぞ、さぁさ、帰ってこの慶事を報告されよ」
と、なんと、いきなり涙ぐみつつ、鼻水を垂らしながら、透き通る大声で語るでは無いか。
三十半ばの、薄くヒゲを蓄えた、人間族の茶髪の大男である。腰にはロデッサ家の白紋章が入った長剣を佩びている。纏う魔力量は、恐らくホスロよりも多い。
__一座、声が無い。
先程まで元気良く演説していたエレノアも、ルートヴィヒの豹変具合に驚き、呆気に取られた。
(こんなにも感情的な人間族も居るのだな)、と不思議がる。
「なぜ誰も声を挙げんのだっ」
更に、ルートヴィヒは声を荒げた。その声は、部屋の壁に跳ね返り、円卓に座する、使者たちの鼓膜を揺らす。
ロデッサ家の狂犬__穏やかな男では無い……当主になったのも、実兄を二人殺して、無理矢理奪い取っている。
おまけに猛将気質であり、戦争になれば当然の如く先頭を走るため、将兵達からの人気も絶大である。
「さぁ、何とか申せ」
すると、その圧に堪りかねた使者の何名かが、恐る恐る
「誠に…すぐさま復命致します」
「ロデッサ伯の申される通りよ、アッディーン家に杯をっ」
と、誰かが言い出せば、押し流されるようにして、どんどん人々が席を立ち、エレノアを、アッディーン一族を讃えはじめた。誰もが狂相を帯びており、その上目が泳いでいる。
この異様な光景を、ホスロは見つつ
「クレアよ…ルートヴィヒ・ヴァン・ロデッサ伯……あの男、使えるな」
「そうですね」
なんとも微笑ましそうにする。
すると、更に背後に控えていたグリヴェルも
「護国卿、ルートヴィヒ卿のご機嫌を、どうか損ねられぬように」
「……あぁ」
あのような、立場もあり、感情で周りを引っ張るタイプの人間は、制御下に置いておけば強い。
だが…同時に、怖くもある。
彼がホスロ達の作戦方針に従わず、自国の利益を優先し、自儘に動けば、逆に全てが瓦解する可能性も出てくる訳である。
「……ルノンの様な男じゃな」
ふと、ホスロは思い出しつつ、呟く。
「ルノン…?」
それに、クレアが聞き返す。
「勇者アヴェルナの、使徒の一人よ」
「最近、マドラサの図書館で知った」
伝記好きのホスロは、暇が出来れば、密かにマドラサの図書館に足を運んでいる。
「正義感が強すぎるがあまり、あの勇者アヴェルナの命令すら聞かず、狂犬使徒と恐れられた」
「だが、アヴェルナもそんな彼の性格を愛し……大役を与える事は無かったが、味方が迷っている時は、真っ先に名乗りを挙げるように仕向けたらしい」
「……護国卿も、勇者様のようにあろうと?」
クレアが、(また、歴史の偉人に感化されおったか)と、馬鹿にして薄ら笑いを浮かべつつ、聞いてくる。
「俺にそんな器用な事が出来る訳無いじゃろう」
すると、今度は笑みを消し、クレアは小さな声で
「ならば……邪魔になりそうであれば、私を頼られよ」
「…うむ」
ホスロも、今度は笑わずに、返す。
コソコソと良からぬ会話をする二人の目の前には、同僚の肩を叩きつつ、涙ぐみながら酒を煽るルートヴィヒの姿があった。