第八十話:ローデルヴィレイ川
取り敢えずの方針は、定まった。
南方連合に所属するどの領主も、『聖地奪還』という点に異論は無いらしい。
あくまで自分達は、逆境に立たされた公国を救うのであり、その到達点が、聖地の回復なのだ。
アヴェルナの目玉が埋まる、始まりの地。
ゼノンが召集を行った翌々週の早朝、ホスロは、腹心のクレアをポータルを通じてマドラサに送った。公国に置いている民兵隊までも、連れて来させるらしい。
正直、あと数週間は訓練やら、薬漬けにする時間が欲しかったが…致し方あるまい。
更に、自身は、皇国に連れてきている麾下五百の内、二百程を引き抜いて、西方へと立った。残りは全てアステルドに率いらせ、北上せしめ、ローデルヴィレイ川という、公国の新都マドラサの北に位置し、マラレルとの間に流れている大河に布陣させた。
冬の河は、驚く程に冷たかったらしい。
__「ホスロ殿よ、誰が漏らしたかは知らぬが……ここ二、三日で、西方諸国の動きが怪しくなり始めた」
「しきりに主らの領地マドラサと、マラレル最南端の間に流れるマドラサ川付近にまで兵を出して来よる」
すると、ホスロは両目を見開き、焦りつつ
「へ、陛下……ならば、もう、あまり猶予は無いかも知れませんなぁ……」
「うむ…マラレルも、南方連合の動きの怪しさを何となく察しておろう…」
「…西方が、黒槍部隊まで出すならば、我がドラグーンはその対処で手一杯となるじゃろう」
「その場合…示し合わせて、逆に南下するであろう南方哨戒部隊の相手は…全て、エレノアお嬢さんが担う事となる」
「あぁ勿論、実際に指示を出すのはお主だろうが……まぁ、ともかく、儂は不安じゃ」
否、ゼノンは一応「黒槍部隊が"攻めてくるかも知れない"」と言ったが、正直、確実だろう。
するとここで、ホスロが取るべき道が二つ出来る。
まず、このまま西方の動向を監視しつつ、西回りで、ゆっくり…グルリ…とマドラサまで戻り、その後北上し、ローデルヴィレイ川付近に簡易な要塞を築き、マラレル側の南下を食い止める方法である。
この場合は、味方の同盟諸国も派兵するであろう、一、二週間程……新築した要塞に立て籠もり、耐えれば良く、西からの攻撃は、ゼノンが自ら抑えてくれるため、一切心配する事は無い。
もう一つの方法としては…西回りでローデルヴィレイ川に行くことは同じなのだが、そのまま馬を駆って更に北上し、マラレルの領土に入り、意表を突いて聖地まで直進する…という、やや強引なルートである。
聖地ホルセリアを奪い、かの地に埋まっている結界を全て発動させ、完全に立て籠もれれば、数千の大軍で攻められたとて、三ヶ月は保つ。
そもそも、公国が一度破れたのも、聖地の完全な掌握が出来なかった為であり…その経験を、ホスロは活かそうとしているのだろう。
後は北上してくる南方連合諸国と、敵を挟みうちにすれば良い。
__冷静であらねば。
だが、ホスロは勝負師では無い。指揮官である。
安全な方を、選んだ。
更に翌朝の未明、その麾下二百を引き連れ、ゼノンの言葉通りに西に向かった。
連れて来ている部将は、ギベリン、ダマ・ユユの、アッディーン騎士団部隊長の二名に加え、公国兵部隊長のセレネ、それに、アルゲンという名の、これまた公国兵の隊長格である。
それぞれに五十騎ずつ率いらせ、山道を進む。
山中、竜も意外と少なく、暇である。
その為ギベリンはセレネに、ずっとちょっかいを掛けており、ひどく面倒くさがられていた。
「ほれ、見給えセレネ殿よ、こうやってな……剣に『火』の普遍魔法を通せば……」
「松明の代わりになる」
「……へぇ」
「他にものぅ……『花』の普遍魔法も扱えるぞ」
「どれどれ、お主の髪に良く似合いそうな……」
「け…結構です」
ギベリンは、多言癖が無ければ、良い感じにヒゲを蓄えた青年の様な見た目なのに………龍竜人族の男は、喋らなければ死ぬ病でも患っているのだろうか。
「若様、今のところ、西の兵共に出会っておりませんなぁ」
ホスロが呆れた顔をしつつ、ギベリンを眺めていると……横合いから、有翼人のダマ・ユユが、大声で爽やかに報告して来た。
どうやら固有の能力を使い、上空を駆け回り、付近の偵察を行っていたのだとか。
だが……(そりゃ、まだ皇国の中だからな……こいつ、地図が読めぬのか?)
(無駄に体力を使っただけじゃがな……)
しかし、言えば恥じるだろうから、言わぬ。
「護国卿、兵に疲れが見えております、ここいらで休憩なされよ」
すると、もう右後方から、公国兵部隊長のアルゲンが馬を飛ばし、提案して来た。
珍しく、人狐族の男だ。一応、あのアステルドと同じ種族ではあるが、かなり白毛が多い。耳も所々切られており、体の節々にもアザがある。
ちなみに………『白混じりは、不出来の証よっ』
と酒の席でアステルドが煽り、アルゲンと掴み合いになった場面が何度かある程、二人の仲は悪いらしいが。
メインウェポンは幅の広い槍。だが、魔法もぼちぼち使えるのだそう。固有魔法も『錬薬』であり、毒を即興で作って撃ち込んだり、即席の煙幕弾を作ったり等と、トリッキーなスタイルを好む。
それも、アステルドが馬鹿にする一因なのだろう。
「…うむ、それが良いな」
アルゲンの提案に対し、ホスロは受け入れ、行軍を止めた。
(必ず、西方は動くだろう)
そして、専用に作らせた天幕の中で足を温めつつ、ふと思う。西の山は、既に極寒である。
(にしても、ゼノンが固定されるのが、痛いな)
きっと、彼は…ホスロが構想している、聖地ホルセリアでの決戦に姿を現す事は、ついぞ無いだろう。
(それくらい…西もマラレルも、必死なのだ)
西方諸国にしてみれば、ほぼ唯一の交易圏であるマラレル同盟が崩壊すれば、経済が破綻するであろうし……マラレルからすれば、ニクスキオン朝に攻められている今、ホスロの様な経験の浅い小僧ならまだしも、ゼノンが直々に、二万を超える兵を率いて攻めるとなったら……国自体が、滅びるに違いない。
(俺達も、必死さ)
必死に、自国のメンツを保とうとしている。
世界の覇者たる、アッディーン公国のプライドを……
(少し、足の感覚も…戻って来たな)
そして、天幕から出れば、雪が降っていた。
ポツリ…ポツリ……と。
あぁ…冬が遠のいてしまう。
寒さがホスロの掌から、ヌルリ…と滑り落ちてゆく。雪山が、遠くで悲鳴を挙げていた。
鋭い悲鳴である。何となく、不吉な予感さえした。
「若様っ」
すると、また、空を飛んでいたダマ・ユユが焦りつつ…バサリ……と降りてきて
「黒槍……部隊が…ぜ、前方二キロ程先に…」
_西方の鎧は、ガーフィライト鉱石と呼ばれる、柔軟であり、それでいて鉄よりも硬い素材を使って作られている。
その鉱石は、新鮮な血を吸う特性がある。返り血を浴びれば浴びるほど、鎧は血で赤くなり、そして更に時間が経ち……錆びて、黒くなってゆく。
黒槍部隊に選ばれるのは、鎧が黒く脆い、ベテランのみ。
装備の質が悪くなろうと、ソレが名誉であり、自分の強さを保証する……象徴となった。
「全員、槍をしまえ、旗を畳めっ」
死ぬ事を恐れぬ黒い集団を確認すると、ホスロは自ら天幕を張り倒し、目立たぬ様な軍容にして行く。
そして、すぐさま信頼出来る使者を、二名程ゼノンの元へと飛ばすと、慌てつつ、全速でローデルヴィレイ川へと駆けて行く。
背後に、なんとも言えぬ寒気を感じつつ




