表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/105

第七十七話:惜別


___


最初は、哀れな小僧だと思った。

大した魔法の才も、魔力も無く、別に剣術も優れている訳では無い。

唯一『アッディーン公爵家の血』を引いているから…という理由で庇ってやっていた。


精霊を渡したのも、ちょくちょく魔法の指導をしてやったのも、全部血のせいである。


全部、血のせいである。

あの、暗く濃い黒髪の、鷹の様な瞳の人。

結界も貼れない、私が軽く魔法を唱えれば、コロリ…と死んでしまうであろう弱者。


少し難しい魔法を披露すれば、大きく口を開けて笑ってくれる。純粋な子。

笑った顔は、どこか幼くて、可愛らしい。


数ヶ月間ではあったが……意外と教え甲斐もある。ホスロは努力家でもあり、レマナの言うことならば、メモを取りつつ聞いてくれた。


「哀れな小僧」


だが、最近は、目の下に隈を作り、葉巻(魔草を粉末状にした物を、紙に巻いて棒状にした嗜好品)を口に咥えるのを見かけるようになった。

まだ、日に一、二本ではあるが。

葉巻を咥えている時は、ホスロは必ず一点を見つめて、悲しそうな顔をする。たまに、涙も流している。


『「……こんな、俺と年齢が変わらなそうな少女が、公国の研究者だとはなぁ…信じられんわ」』


あの時、初めてヨナタンと共に私の眼前に現れた時、殺してあげれば良かった。

寒い寒いコンスノープルの私の家の中で、ゆっくり、ゆっくりと、彼の首をこの手で絞めて行くのだ。

ギュッ、ギュッ…と。やがて呼吸は止まり、窒息するのだろう。


近頃、ホスロを殺す夢ばかり見てしまう。

だって、死んだ方が……彼にとっては幸せだろう。

もう、悩む事など無い。あのような顔をする事も無い。


悩みがあるから、あのように性格が拗じ曲がったのだ。恐怖が、あの可愛らしい少年を、あのような化け物にしたのだ。きっとそうに違いない。


いや、だが、もう、彼を憐れに思わなくとも良い。

別人なのだから。あの、寒さで顔を赤くするような純粋な子供は居ないのだ。卵は孵ってしまった。

私の役割は、きっと、その孵化する前の魔獣の卵を粉々に砕く事だったのだろう。


(夢を見てはならぬ、情が湧く、止めておこう)


そうだ。たった数ヶ月で、人は変わる。ソレを、嫌と言うほどに見せつけられた。


化物だ、化物だ。触れぬ神に祟り無し。

あのようなモノに構わぬ方が良いだろう。


__ふと耳を済ませば、遠方より、錆びた大鐘が鳴っている。

ゴーン、ゴーン……と。ドラグーンの町々に響き、そして跳ね返る。


加えて、なにやら気持ちの悪い歓声が、私の足元からも響いていた。


私は夢を見ているのだろうか。ならば、悪夢なのだろう。これから暗々と続いてゆく、濃い悪夢なのだ。


そして……魔物が、遠くから歩みを寄せて来ている。逃げなければ。

だが、逃げ場はない。父兄弟が周囲に募っているからである。主君、エレノアの姿も見えた気がする。

皆が、祝福しているでは無いか。


「……なぜ…君が、そのような顔をするんだい?」


「は、ははは……そうかな、そんなに俺の表情は暗いか……占い師さん」


恐ろしい男だ。悪魔の様な人だ。

自分の望みを叶える為に、人を踏み台にする事を躊躇しない。人の魂など、この悪逆非道な男に備わっているハズが無い。


だが、その悪魔と、私は今日、唇を混ぜた。

夜には、肌も、重ねた。無機質で、とことん気味が悪かった。


濡れた布団の冷たい感触は、私の背筋をズルリ…と伝い、少年の大きな体と、私の小さな体が触れ合う度に、ふつふつと鳥肌が湧いて出た。


(この男は、エレノアを裏切るに違いない)


エレノア、もとい、アッディーン公爵家を。

私の……レマナの、全てを肯定してくれた、唯一の人々。大いなる一族。


「不出来な弟子よ、器用貧乏で、コレと言った取り柄もない」


「フォルクスよ……あぁフォルクス、お前はなんと優れた子かな」


忘れたかった…レマナの師の声が、彼女の脳内で解き放たれた。




___寝床の中で、記憶は巡る。

続けて、若き日の……部下と話す父の肉声も、ふと蘇った。


「陛下……レマナお嬢様の事ですが……」


「……儂にはレマナという名の子が複数おる、どれじゃ」


すると部下は、申し訳なさそうに


「レマリエ様の……」


「あぁ、あの側女の産み子の方の」


「あの……そうそう、確か人魚の良い女だったわい」


「それが、どうした?」


ゼノンは木製の古ぼけた椅子に座りつつ、鼻毛を抜きつつ、眠たそうな瞳のままに、尋ねる。


「はっ、見た所、中々に魔術の能力がお有りのようで」


「なんでも、あのゲラマド先生の下で研鑽を積まれたのだとか」


「なるほどな…近頃見かけんと思ったら……旅に出ておったのか」


「ふーむ…にしても、ゲラマド……あの小蝿コバエか、うざったく、だが良い魔法を使う小娘…だった」


どうでも、良さ気である。


「ならば何処かの国に、寄越してやるか」


「更なる修行になるじゃろうて」


その日の夜、先の会話を盗み聞きしていた事を知ってか知らずか、急に部屋にやって来た父が、アッディーン公国への推薦状を手渡してきた事を、未だにありありと覚えている。


(良いのだ)


父は、長男であろうと、末子であろうと、そもそも子供達全員にそこまで興味を持っていない。

対面すれば、優しくしてくれるが、その実、心の奥底ではどうでも良いと思っているのだろう。

気まぐれな人だから。


_レマナは、誰かに愛して欲しかった。

認めて欲しかったのだろう。

何十年と魔術の技を磨き続けても、誰も、何も言ってこない。誰も、レマナを褒めようとしないのだ。


あのゼノン・ロ・タロの娘なのだから。ゲラマドの弟子なのだから、出来て当然。大魔道士など名乗って良いのは、勇者アヴェルナか、その旅に列した者達のみである。

故に許された二つ名が、『牢知のレマナ』なのだ。古い知恵。二番煎じ、紛い物、劣化品。


(覚えている、確かに、覚えている)


だが、そんな自分を、唯一……公国だけは、評価して下さった。


「おぅおぅ、流石じゃ、牢知のレマナよ、天晴天晴」


アッディーン公王、ホロロセルスと、その子達だけは、レマナの魔法に目を輝かせ、尊敬してくれた。

師として、仰いでくれた。

(覚えている…あの、高揚感、感覚を……)その瞬間、保護欲が、湧いたのだ。

何があっても、この血を絶やしてはならぬ。この美しい人々を、守らねば。何があろうと、この命が枯れようとも……


(……化物め)


レマナは、揺れている。激しく、揺れている。

どうするべきか。


(エレノアにさえ、手を出さなければ……)


一応、この男もアッディーンの一門である。無闇に殺すなど、畏れ多くて出来る訳が無い。

だからこそ、殺したい程に憎い。恨めしい。


覚悟の足りない自分が憎くてたまらない。

流されるままに、この様な玉の小さな餓鬼に体を預けてしまっている。


(それにしても……)不器用な子供だ。女慣れをしていないのだろう。

時折、ふと少年の顔を覗けば、まぁなんとも加虐心を煽る表情をしている。

それも、たまらなくレマナを苛つかせる。

この、汚れ切った、真っ黒で、美しい宝石を粉々に砕いてやりたい。

目の前で希望を失わせ、更に色を深めてみたい。

この子が周囲の人々に可愛がられる理由が、何となく分かった気がした。


「ホス君や…君は、人たらしだね」


うなる様な声で、そう、霞んだ視界のままに言ってやる。


「……」


彼には、伝わらなかったらしい。

首を小さく傾げる。


__勇者アヴェルナに魅入られた数々の戦士達のように……私にも、恐ろしい結末が待っているのだろうか。


(あぁ…これだから、人間族は)


良い種族だ。私の心を、散々に満たしてくれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ