第七十二話:目玉の価値
記憶という物は、不可思議である。様々な感情を掘り起こす。
しかしながら、もっと不可思議な物がある。
それは、私たちが日頃から触れている、現実である。
______ホスロは、意外と商談やら要人との会話に手慣れているらしい。
次期アッディーン伯爵として、期待されていた表れなのだろう。
ダンテの言葉に従い、ゼノンを追ってゆくと……小ぢんまりとした、一室に案内された。
龍竜人族の使用人が三名だけおり、それぞれが部屋に等間隔で居並んている。
内部の装飾は黄金を以て成されており、飾られている絵画の中には、東洋風の物もある。ドラグーンが、交易地としても盛んである証拠だろう。
「なるほどのぅ……聖地の噂で、持ちきりか」
「はっ」
通されてすぐ、皇帝は席に着き、話を振ってきた。
ホスロは(せっかちな人だな)とは思いつつ、自然体を装って返してゆく。
この当時、会話術という技術が研究されていた。
貴族の子弟であれば、遅かれ早かれ、目上の者共と席を共にし、場合にもよるが、話を合わせたりもするだろう。
ホスロはその会話術を、幼少期から叩き込まれている。ゼノンの機嫌を損ねないように注意しつつ、話を進めてゆく。
少年が皇帝に申すには。
_そもそも、公国とマラレルが戦争を始めたのも、聖地ホルセリアの『不死鳥の目玉』が動いた為ではあるが、その"正確な目的"自体は分からぬのだと。
聖地の確保という、政治的な印象付けが狙いであるのか。そもそもの、目玉自体が狙いなのか。
また、ホルセリアが実は要地であり、都市自体の有用性を見込んでなのか。
しかし、こうもあやふやでは、一体戦争の当事国として、どうなのだ。と言われそうではあるが、彼の為に弁明すると。
少年としては、伝説での聖地と戦争の関係性など、ただの与太話であり、この様な場所でするような話題でも無いため、先ほどまでサッパリ忘れてさえいたが……あの扉の記憶を見た後では、そう言ってもいられなくなったのだろう。
それに、皇帝が、まさか、こんな話を本気にしているとは、露にも思わなかった。
「のぅ…ホスロ殿」
一応、円卓には、ダンテも居るが、ゼノンは殆ど目を向けない。興味が無い云々よりかは、元々話し合いの想定に無いためだろうか。
「勇者の子孫は、苦労が多いな」
「ははっ…?」
「……まぁ、良い」
「その、南方諸国と、公国、オアシス村との同盟だが……貴殿が、ある条件を飲んでさえくれれば……果たそう」
ホスロの話を聞き終え、何処か満足そうに、ゼノンはニコリ…と竜のような鋭い口をガパリ…と開いて微笑む。
すると、ホスロの眉があからさまに上がり、ダンテも内心 (おぉ…)と身を乗り出した。
この同盟が締結されれば、オアシス村にも、多大な利益が降ってくるに違いない。
_「目玉、目玉じゃよ」
「もし、我ら南方連合で、マラレルを討ち、聖地に至ったならば……貴殿の目玉を寄越せ」
笑いつつ、ゼノンは大胆にも言った。
___『"不死鳥の目玉の持ち主"が、願いを叶える』これは、未だに研究者の間で議論が交わされる難題である。目玉を持って産まれた者を指すのか、それとも…どの様な形であれ、"所有していれば良い"のか。
どうやら、ゼノンは後説を信じているらしい。
だが、この男のいやらしい点は、その目玉の効能をこの場で明かさない所であり……それは、読書が趣味のダンテですら知らない。
「……な、なるほど…我が目玉?を、くり抜けば良いのですね」
「うむうむ、そうじゃ…おっと、今では無いぞ、聖地に至ってからじゃ」
ホスロはゼノンの態度を見て、安堵する。
(なんだ……意外と、欲の少ない人だな)
同盟の為ならば、少し痛むが……目玉だろうと、くれてやろう。
しかし…なにゆえ目玉が欲しいのだろうか。まさか……この老人も、ただの伝説を信じているのだろうか。
(あんなの、ただの物語よ)
目玉を聖地に持っていくだけで、あらゆる願いが叶うのであれば、今頃世界は平和に違いない。
(それとも、そういう趣味か?)
とも、推察した。
「……しかし…ソレだけで、本当に宜しいのですか?」
当然、横に座るダンテも、対価の軽さに、思わず問う。
「勿論じゃ、いやさ、目玉を貰うほど、良いことはない」
「……さ、左様ですか」
そして、皇帝はその雰囲気のままに
「まぁ…相互協力を約束するからには、必ず守ろう」
「破れば面子に関わる」
「ほれ、ホスロ殿、ダンテ将軍、契約を」
だが、尚もホスロは訝しげに……というか、試してみたかった。
「恐らく…目玉には……何か……妄想を具現化する能力があるのでしょう?」
「あぁ…あの伝説か」
「ふむ、ふむ…」
少し、ホスロは楽しい気分になり始めている。
「それで、儂が、何を求めるのか知りたいのか」
(ほうほう、本気で信じとるんか……)
今の返答は、真剣な目をしていた。
「知って何になる」
「そもそも…目玉を交渉材料として、貴殿が提出せねば、この話は白紙に戻る」
続けて、そんなホスロの内心を知らず、ゼノンはニタリ…とし
「どうせ…断れまい」
「まぁ…ドラグーンが味方せねば、貴様の主、エレノア殿は、きっと、マラレルにより晒し首になるであろうよ」
「高い、たかぁい塔の上に引きずり出され、万民の前で」
そのまま、ストン…と、ゼノンは手刀をして見せた。
「で、どうする、我が国が"味方をしてやろう"と言っておるのに、断るのか」
不可思議である。実は、今の会話で、ホスロの気分はガラリと変わってしまっている。
軽い気持ちであったのに、ゼノンの今の発言を聞き、覚悟を感じ取り、彼の言う『目玉の効果』という物に興味が湧いた上に、少年自身もまた、信じ始めてる。この場で、である。
「そ、それは……」
ゼノンの方も気分が乗ってきて、また、口角を上げた。
「馬鹿よのぅ…」
「本当に、貴様らがノコノコやって来てくれて、良かったわい」
どうしてだろうか。何を考えているのか。皇帝は、そのまま椅子から飛び上がると、ズルリ…と、影から巨大な槍を引きずり出し、ズバンッ!と、横薙ぎに払った。
魔法により拡張された斬撃は、部屋の隅に立っていた龍竜人族の使用人の左腕をズバッと切り落とし……びちゃびちゃ、と血が垂れる。勿論、切られた本人は、表情を変えず、ケロリ…としているが。
そして…穂先を、ホスロの眼球に、ピタリ…と合わせる。
一瞬の出来事であったため、多少遅れたものの、バタッ!とダンテがレイピアを抜き、ホスロを救うべく体に魔力を込めるが…
「今、ここで、貴様が儂の申し出を断れば、この場で剥製にし……目的を果たす」
(おい!レマロナ……!!)
先ほどから、会話自体に頭が追いついていない上に、狂ったとしか思えぬ老人の行動を目の当たりにし、仰天したホスロは、思わず体内の精霊に助けを求めた。
(『あぁ……助けて欲しいのか?』)
(見りゃ分かるじゃろ)
(『……無理だ』)
(何を……)
(『"アレ"は、無理だよ』)
だが、レマロナの声はどこか弱々しい。
(『あの化け物は、勇者アヴェルナを相手にし、三十合以上剣を交じ得れる』)
近接戦闘態勢に於いては、神話の時代でも指折りだったそうな。
(『今の弱体化した私程度では、相手にならんさ』)
「さて、ホスロ殿、サラマンダーも儂相手では弱気なのだろう?」
「……」
(…この爺…狂っては居ないのか?…何なんだ………察しが良いな)
と、ホスロは思わず頭をフル回転させつつ、悪態をつく。
「早く選べ、マラレルに滅ぼされるか、儂にその目玉を渡すか」
何か返さねば。一秒、二秒と時が過ぎてゆく。
だが、不思議と焦っては居ない。それより、疑問という感情が、今のホスロを支配している。
「では……陛下、一つだけ、約束して下さらんか?」
「ほぅ」
「不死鳥の目玉で願いを叶えた後は、アッディーン公国を害さぬ?…と」
「はっはっは、何故、儂がその約束を守らねばならんのだ」
「守らねば……」
(俺はどうすれば良いんじゃろ……分からん、分からん……不味い、何か行動を起こさねばな)
言うと、スルリ…と、滑らかにホスロは自分の心臓部を指差し
いきなり、張った声になり
「私は、サラマンダーと、絶命の契約を結んでおります」
「そのため……殺せば、心臓の機能停止と同時に、内臓が弾け飛び、体は灰となるでしょう?」
(『えっ、そんな契約結んでおらんぞ?』)
実は、レマロナも、目の前で繰り広げられる唐突な命の取り合いに困惑している。
(いや今の会話の流れで納得しろや!)
(あれじゃ、ハッタリに決まっとるがな)
「左様か、で、ならば現当主、エレノア殿の目玉を使えば良い」
すると、今度はホスロが汗を流しつつニンマリと笑い……理由は一切分かっていないが、楽しくなってきてしまっている。
「陛下、我が主、エレノアは勇者の末裔と言えども遠い血筋」
「確実に…その、陛下の仰る"目玉"?を有して居るとは言い切れませぬなぁ……」
本能的な返しにしては、上出来なのだろう。
まだ、ゼノンはエレノアの顔を見たことが無く、正確な出自(公王ホロロセルスの実子か否か)も知らぬ。
おまけに、彼は、アーディルの存在も知らない。
見れば、流石に、少し老人らしく狼狽えた。
「……ほぅ………ふむ……」
(絶命の契約じゃと…?聞いたことが無いが……いや、炎樹の女神でアレば、可能か)
だが、実際は、サラマンダーは攻撃魔法しか習得していない。
否、そこまで知能が高かった訳では無い上に、頭を使うような……契約の効果を利用した魔法など、一つも覚えていない…が。今回は、彼女のネームバリューに助けられた。
そのまま舌打ちをしながらゼノンは槍を収めると。
「ふむ…分かったわい、良かろう、貴様の目玉は貰う事とする、だが、公国には金輪際害を与えぬし……まぁ、守ってやらん事もない」
「相互協力、ふむ、ふむ……西方諸国からの嫌がらせに困っておるのも事実だし…のぅ」
止めると決めれば、すぐに諦めがつくのも、美徳だろう。
皇帝は、また席についた。
「固まっておけば、嫌がらせも減るかな」
禍々しい槍は、いつの間にか消えている。
「じゃが…コチラからも、提案を宜しいかな?」
(先ほどから何なのだ、この老人は)
老人の気紛れさには、閉口する思いであるが、ソレでも聞かねばなるまい。
ホスロとしては、目玉の効果……伝説の『何でも願いを叶える』うんたらが、本当なのかどうか。
その点を先ずは解明したいのだが、なんだ。まだ謎が増えそうでは無いか。
「ホスロ殿、お主、嫁はおるか」
「……っ……」
「いえ……"正式には"、居りませぬ」
「ほぅ、ならば遊び女か」
だが、それすらホスロは首を振る。嘘なのは、自分自身が、痛いほど知っているのに。
「そうでも…有りません」
その答えを聞いて、ゼノンは更に目を細めた。
「怖いのか、家庭を持つのが」
(この人が、恐ろしい)
素直な感想である。ポツン…と心にそれだけが、浮かんだ。
「……さぁ、難しい事を仰る」
すると、またもや急に始まった二人の会話を見て、ダンテは呆れた様に乾いた声で
「宜しいかな……陛下、ご息女をホスロ殿に与えようとお考えですかな?」
ゼノンは、更に更に、大きく笑った。
「はっはっは……そうじゃのぅ…中々小生意気だが、可愛げのある小僧だからな…それに」
「勇者の血に、我が一族の血を混ぜるのも、一興よ」
そして
「ほれ、どうじゃ…儂の娘、レマナ・ロ・タロを娶らんか」
「人魚族との…まぁ側女の子だが、魔術にもそれなりに精通しておるし、役には立つぞい」
老人への返答……僻地の英雄への答えは、沈黙である。しばらくホスロは黙った。この男が黙る時は、即ち不機嫌を意味する。
「……」
「陛下……その、レマナ殿は、私には勿体ないお方です」
「ですから……」
「いや、今、儂が決めた」
「陛下」
しかし、ホスロも、引かない。
「陛下、レマナ殿を、不幸にさせてしまうでしょう」
「ならば……この同盟を締結するか否か、についての話は……終いかな」
ゼノンは、実は、先ほどこの小僧の条件を飲んでしまった事を、恨んでいるのだ。ただ、それだけのこと。
「それは…」
「さぁ、決められい……言っておくが、ホスロ殿」
「ドラグーンが味方になれば、更に東方諸国すらこの同盟に加わるやも知れぬ」
「どうする、どうする」
「私情を捨て、女を拾われよ」
ゼノンは、腰に巻いた黄金の輪を撫でる。何故この老人は、自分の娘を与えようと本気で思ったのか。
きっと、気まぐれだろう。
更に、今度は横に座るダンテも、不思議そうに立ち上がり、耳元までやって来て
「ホスロ殿、レマナは当代きっての魔道士だ、相手として悪くないだろう、なぜ迷うのだ?」
違う。良い悪いの話では無い。ホスロは……自分は、今まで様々な事を棄てて来たつもりである。
友を棄て、親を焼き、家も……数多の人間を殺した。当然、良い最期は迎えぬだろう。
(私情も、棄てるべきかな)
そうだ。
自分は、この道を選んだのである。
良いじゃないか、無責任でも。
(責任は……取れんだろう)
そうだ、もし、全てが終わり、レマナなどの……ホスロが主に、迷惑を掛けてきた連中が自分の首を所望するならば、喜んで差し出すつもりである。
英雄は皆、良い最期を迎えてないじゃ無いか。
(しかし……それは責任取るという行為では無い)
知っている。痛いほど、知っている。
迷っているのだろうか。この時期になっても。
(いや、無責任であるべきだ……そうだ、ラヴェンナが死んだ時点で、もう、俺の道は決まっていた)
そう、何度も、心の中で、言い聞かせる。これから更に多くの人を死なせるのだ、今更、今更……
「分かりました…陛下」
「レマナ殿を、貰います」
そして、ゼノンは勝ち誇った様な表情となり
「がっはっは、よう申したわ!」
老人ながら、少年のようにして、はしゃぎ、手を叩いた。




