小話三:ホスロとラヴェンナ
ホスロの日常は、バサリ!と、警戒心の強い猫の様な起床と共に始まる。
なぜなら。少しでも遅れれば、未だに背中に残る大きなアザが、ソレを鮮明に思い出させるからだ。
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「ホスロ!また寝坊したのか、こっちに来なさい」
アッディーン家屋敷の廊下の奥から、父の声が聞こえてくる。
そう。幼少期は、よく寝坊をしていた。特に理由は無い。
そして、そのたびに父は、分厚くトゲトゲした木の棒で、私の背中を思い切り殴りつける。一度、二度、三度……十回も立たぬうちに、バタリと気絶するのが常であった。
そうだ。
意味もないシゴキが終わった後、倒れ込む私を毎回介抱してくれたのは、他でもない__実質的なホスロの専属の使用人であった、ラヴェンナである。
「うーわ、ホスロ……お前…コレ痛くねぇのかよ」
「……痛いに決まっとるがな」
毒虫を触るかのように、嫌そうながらも、薄目で薬を塗ってくれるラヴェンナが、未だに寝る度に思い返される。
村での記憶も、友と遊んだ記憶も覚束ない…と言うか、あまり関心が無かったのだろうか。一切出てこないのに、ラヴェンナの姿形だけは、鮮明だ。
目の色、眉毛の形、ホクロの位置まで、全てが鮮明である。
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「はぁ……はぁ……ラヴェンナ、ラヴェンナ」
最近は、ホスロは寝床に杖を…ラヴェンナを持ち込み、毎夜毎夜話し掛けている。
今夜もそうらしい。その日やった事、これから更に忙しくなりそうだと言う事。あらゆる会話を試みる。
彼女は優しいらしい。サイエン達が生きている事を報告すれば、心から喜んでくれたし、嬉しそうにした。
だが、コレは彼にとっては恥ずかしい事かも知れないが……ホスロは更に、風呂場にも杖を持ち込むのも日課になりつつあった。
コレも、幼少期の習慣のせいに違いない。
……確か…よく家臣達に注意されたモノだ
「若様、全く……あの小娘と、風呂まで共にするのはお止め下され」
「ああ?」
「別にエエがな、何がいけんのん」
アッディーン屋敷の大浴場の目の前で、成長期らしく、少し背の高い少年を注意をしている主は、あの宿将、三狗の一人、オドアケルである。
「その……ギベリンやサラージュ、それにヴァロワですら「遊びが過ぎる」と」
「…申す、か」
「ははっ」
ホスロは、この小うるさい叔父の様な男を、このまま顎から真上に蹴り飛ばし、更に諫言を行ってくる部下達を殴り付けたい気持ちで一杯になりつつ
「……はぁ、許せよ、次なるアッディーンの当主は俺じゃで?」
「好きにしても良かろう」
だが、こう言う時期の年相応に、わざと、大きく言ってみる。
「……」
「ふんっ」
どうやら、もう、(これ以上はどうしようもない)とオドアケルは諦めたらしく…流石に若当主の裾を引っ張ってまで諌める気は無かったらしい。
トボトボ…と浴場を出、帰ってゆく。
すると、廊下には、少し申し訳なさそうにする、ラヴェンナが立っているでは無いか。
(この娘も……好きにしたいだろうに)
何となく哀れに思ったオドアケルは、すれ違いざま
「お前も、難儀だな」
「…いや、別に」
ラヴェンナはそうは言うが、どう考えてもおかしい事は、実は彼女自身が、使用人としての様々な教養を身に着けて行く度に分かってきていた。
ホスロが、友とは言え、なぜこんなにも…言えば怒られるが……奴隷の自分を構うのか。
ペットの様に思っているのだろうか。
分からない。
____ラヴェンナが杖になった後でも、ホスロの感情は変わらなかった。
「殿下、おい、おい、聞いているのか?」
「もー、何なん」
会う度に、風呂場でヨナタンに言われる。
「だからなぁ……杖を持って入るなよ」
「けっ、じゃあお前は自分の屋敷の風呂を使えや」
だが、ホスロの返しに、ヨナタンは静かに首を振ると
「馬鹿か君は」
「使用人も居ない我が家に風呂なんか置けば、誰も掃除をせんだろう」
「そもそも俺は『水』の普遍魔法も使えぬし……君は本当に馬鹿だよ、ソレくらい分かり給え」
「……」
「自分の家に風呂を作るのが面倒だから、貸せよ」と。あまりの傲慢さに、ホスロは少し閉口したが、まぁコレもこの人の魅力かな、と引き続き屋敷の風呂場の使用を許可している。
__少年は、十年以上も、純白の人を縛り続けているのだ。
杖に触れる度に、ラヴェンナとの思い出が、溢れてくる。
溢れて止まない。
「ホ、ホスロ……俺な」
美しい銀髪に、女神の様なあの容姿。
「どうした、ラヴェンナ?」
"コレ"も、ホスロにしてみれば、良い思い出だろう。
「その……」
ホスロが十四、五の時かな。屋敷で、ラヴェンナに魔法を教えている最中、ふと、彼女は口走ってしまったのだ。
「俺…結構お前から魔法を教わったし、その……」
「……」
魔術の教科書が載せられた机は、先ほどから春風でカタカタと揺れており、どこまでも続く青空は、更に澄んだように感じられた。
しかし……次の言葉が発せられるまで、ホスロの呼吸がとまり、拍動も止む。気分は病んだように暗くなる。
ホスロの脳が、何かを感じ取ったのだろう。
「……こんな事、奴隷の俺が言うのもなんだが…」
「が、学校…にな、魔法を教えてくれる場所に行きたいんだ」
「も、勿論費用は全部、自分でさ、コツコツ貯めてたんだよ…竜狩りの協力とか、日雇いの___」
間髪入れず、というかラヴェンナがセリフを言い切る前に、バキィ!と、ホスロの右手に握られていた木杖が凹み、そのままひしゃげる。
ねじ曲がった杖は、そのままポイッと捨てられ、カラン……と二回ほど土の上で回転した。
「行きたいんか?」
「…そもそも、今、コツコツ金を貯めとった…って言ったな」
「どんな仕事なん、後で詳しく…店の名前も教えてや」
「ウチでの仕事の合間を縫って行っとる訳じゃ、ふむ……一、二時間程で出来る仕事……」
「え……あ……」
「まぁ、ソレはともかく……なるほど、なるほど、なるほどなぁ……魔法の学校か」
そして、何を思ったのだろうか。彼女の話を、ソレこそ詳しく聞かず、自分の脳みそで自己解決をしながら………一歩、二歩、三歩とホスロは女神に近づいてゆく。その分だけ、ラヴェンナは後退りをする。
ラヴェンナの、その綺麗な瞳が、濁ってゆく。
「ホ、ホス___」
「ごめんな…ラヴェンナ」
そして……ガシリ…と、少年はそのまま進んで行き、少女の肩を掴み、なぜだか分からぬが、泣いた。静かに、泣いた。更にほとほと、と涙を落とす。
そのまま、抱きしめる。強く。強く。ギュッ…ぎゅっぎゅっ……と。
「そうだよな、そうだな、俺が不甲斐ないばかりに……もっと頑張るけん、許してや……」
「ああ゛……そうさ、そうだ、その通りだ……もっと強くなろう、約束する」
ホスロが、少女の体を抱き締めた瞬間、グツグツ…と、泥臭く、煮えたぎり、腐った様な魔力が……一等宮廷魔術師に匹敵する量の膨大な魔力が、這うように地面を埋め始め、触手のようにベタベタと周囲を汚し始めた。
「え、あ、その……どうして……__」
「…若様、若様!」
すると……ダッダッダッ…と、魔力を感じ取り、冷や汗を流しながら向かってくる、エルフの騎士、ゲルフの姿が遠目に見えてくる。
ラヴェンナは焦った。どうにかして、この人を落ち着かせないと。
「……い、いや、やっぱりホスロ…冗談……だよ」
「俺はお前の指導で…十分だ」
_覚えている。その時のラヴェンナは、嬉しさからだろうか、少し泣いている気がした。
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「ラヴェンナ、ラヴェンナ……ははっ…かっかっか……そうかよ」
寝床で、ホスロは今日も、友と言葉を紡ぎ合う。
記憶の中に入り浸りながら、中毒になりつつ。
第一章で挿入予定だった話を、少し改変したモノです。




