小話二:敗将と炎の守り人
古い時代の小話です。
ズル……ズルズル……静かな炎樹林に、今日は不思議な客が来たようである。
木の葉が爆ぜ、幹は常に熱を帯び、一面の赤色の林。燃え盛る炎が、常にアチラコチラで地面を焦がしている。
遠くを見ても、赤色はまだまだ続く。水平線の彼方まで。
だが、少しずつ、少しずつ、その林に、一粒の、小さな茶色の泥が、ゆったりと蠢いている。
薄暗い、茶色をしていた。
「…サラマンダー……やぁやぁ、久しいなぁ」
「あぁ」
その泥の正体は、土の王。この世界の……いや、神話の時代の、神である……神で、あった。
しかし…どうしたのであろうか。今では既に、体から魔力が抜け切り、燃えかす、泥くずのようになってしまっている。所々に穴が空いており、人の形すら保てていない。
「お前ともあろう者が、情けないのぅ……」
「はっ……はっは……そうだなぁ……」
そして、少女は、名を呼ばれた、サラマンダーは、近くに生えていた炎樹の切り株に腰を下ろし、そばにノームを、ぴょい、と拾って、ポスン…と優しく置いた。
「クックック…その様子では、長くは持た無さそうだなぁ」
「ふむ、そうらしい……全く、勇者の魔法は恐ろしいばかりだよ………回復阻害の効能すらあったとは」
会ったばかりだと言うのに。
つまらなく、徐々に、その泥は、ノーム・ホルセリアは言葉を紡ぐ分だけ小さくなってゆく。
「……なぁ、ノーム」
「なんだい、サラマンダー」
「お前は一体…何がしたかったんだ?」
少女は、頑張って微笑みつつ尋ねる。
「あー、分かってる、分かっているさ」
少しの修正を加えつつ。
「野心家のお前の事だ、別に、教主となり、弱い奴らから崇め奉られたかった…ってのは十分知ってるさ」
傲慢にも、まだ、少女は喋る。
「だがな、ノームよ」
「なぜ…何故……ホルセリアを、聖地を、汚らわしい人間風情が多く住み着く、アソコに置いたのだ」
「ホルセリアは……ホルスの…お前が敬愛した、あの方の象徴……一部だろうに」
すると、サラマンダーの悲しそうな表情を見たノームは、声をあげて笑いつつ
「サラマンダー、サラマンダー、忘れたのかい、ホルスはあの場所を愛したんだよ、俺と一緒に長年暮らした、あの場所を」
少し、何か言い返したそうにサラマンダーは、ムッと口を膨らませたが、止めて。
「そうかい……自信家め…まぁ、ホルスもそう言うかな」
そのまま、サラマンダーは、今にも崩れそうで……もう消えつつあるノームの体を、そっと撫でた。
予想通り、バラバラ、と表面に張り付く泥が落ちてゆく。
「俺は本当に…何がしたかったんだろうなぁ……」
「全部、中途半端だった…何もかも」
すると、ノームは、愚痴をこぼすかのように、自嘲を始めた。
「人間族、魔族、竜族、自我を持たぬ植物まで…俺は、全ての生き物を救いたかった」
「この気持ちだけは、確かなんだよ」
「はっ、ご立派なこった」
先ほどから、サラマンダーの目は、何処か遠くを見ている気がする。
「あらゆる判断を誤った」
「アヴェルナ……あの子を信じきれず、愛せなかった………」
「ふふっ……あの子は哀れだよ、心からそう思う」
その言葉に、「勇者が哀れ」というセリフに、サラマンダーの耳が、ピクリ…と動く。
「あの子が"ああなった"のは、元々の性格なのだろうか」
「全く……いくら……後悔しても、分からんよ」
すると、サラマンダーはボソリと
「愛が足りなかったに違いないさ、そう言う事にしておけ」
「その方が、優しいだろ」
熱い風が舞っている。先ほどから二人の周囲に漂い、そして…更に舞い上がる。
秋の日の陽気の様な。冬の寒い日一番に、朝日を目一杯浴びるような、そんなふわふわした雰囲気も、この季節の炎樹林は醸し出している。
だが、時間は待たない。
更に、土は薄く、削れ始めていた。
「……そろそろかな」
「サラマンダー、爪を出し給え、手合わせを」
「……あぁ」
唐突に発せられた、その言葉は、命令であった。
そう。戦士への、手向けを。
精霊の王への…せめてもの、感謝を。
サラマンダーは、炎樹の女王は、命令と共に切り株から立ち上がると、己の体表に溢れんばかりの魔力を込めて、目の前の小さな王様と向き合う。
その姿は、弱々しくも、しかし、信念を纏って見えた。
「……ノーム様、死出の旅を………ただただ、良い道に巡り会える事を…願っております」
「ありがとう、炎樹の女王よ」
実はこの時。ノームはふと、勇者が自分の傘下に加わった時を思い出している。
思い返せば、あの時も…アヴェルナ(あのこ)は物足りなさそうな顔をしていた。世界の全てが不満の様な、退屈そうな。
アルマスという名を与えた時も、聖剣を与えても、あの子の顔は、薄く目を伏せ、曇ったままだった。
(俺は何が足りなかったのか)
否。正義はあった。偉大なる、正義が。
聖歌隊も、その正義に忠実であった。
更に、思い出す。
_____
「ノーム様、一足先に参ります」
聖歌を。精霊王への賛美歌を歌いつつ、戦場へと…勇者が忍び寄る廊下へと赴く、部下の爽やかな顔がありありと、しかし恐ろしく蘇ってくる。
あぁ…エマよ。止めてあげれば良かった。
最期まで、馬鹿正直に皆正義を狂信し、 ソレに殉じた。
愚かな奴らめ……皮肉なモノである。その、正義の創始者自身が、結局は信じきれていない。責任も果たさず、逃げた。逃げた。逃げ続けた。
ノームは、精霊は……努力が嫌いだった。ずっと、そんな自分の為に努力を怠らない、聖歌隊からも逃げ続けた。
疎ましいハズだった。彼らを設置したのも、ただの趣味。そういう格を作るため。
恩義など感じなくても良かったのに。わざわざこんな自分に、忠誠など誓うな!と、叱りつけてやりたかった。
聖歌隊隊長、エマの声が、崩れつつあるノームの空っぽで、泥だらけの頭の中で反響している。
「ノーム様、生きて……"生きてさえ居れば"良いのですよ」
その言葉は、勇者アヴェルナを獲得した晩年以降、殆ど常時、鬱状態に陥っていたノームにとっては救いだったのかも知れない。
面白い事に、精霊のクセして、この男は、誰よりも人らしかった。
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「全ての生命に、光あれ」
だが、ノームは、ただ願ったのだ。途方もない夢を。
ソレを叶えれるだけの力が無いと、突きつけられつつも、ひたすらに、願った。願いだけは、忘れなかった。
それも、誰に託す事もなく…今となっては、すっかり忘れ去られている。




