第七十三話:嫉妬心
私はここで、ゼノンの擁護をしなければならない。
神話の時代も終わり、マラレルが覇権を握り始めた時期、『婚盟』が流行った。
自分の長男以外の子供やら、甥などを他家に嫁がせたり、養子にさせ姻戚関係を結ぶのである。
当然、老人と言えども新時代の流行に乗ったドラグーン皇帝も例外では無く、実際にレマナの姉妹は皆東西南北、様々の国に出向いている。
ゼノンにとってみれば、レマナをホスロに嫁がせるのは、言ってしまえば"褒美"のつもりでもあった。
___
さて、ゼノンからの提案をことごとく受け入れたホスロであるが、同盟の詳細な取り決めは、流石に彼単独では成せない。
結局の所、エレノアとゼノンが話し合わねばなるまい。
だが、ホスロとしては
(流石に…ここまで纏まってしまえば、エレノア様も同意せざるを得んだろう)
きっと、ホスロに正式な使者として書状を持たせなかったのも「先ずは、国内の問題を収めてから」との慎重な理由なのだろうが、それでも、ホスロは進めてしまった。
エレノアの負けだ。
しかし、悪い話では無い。公国へのデメリットと言えば、せいぜいホスロの眼球が引っこ抜かれて、彼が痛い思いをするくらいであり、実のところ、メリットしかない。
たまたまとは言え、公国に殆どプラスな交渉内容にしたのは、ホスロの手柄と言っても良いだろう。
そうして、ゼノンとの話し合いは、一段落付いた。
やはりどうも、先にも述べたが……「公国の主である、エレノア殿と、オアシス村の村長の筆頭らが揃わねば、まぁ細部は決め難い」と、老人は主張するのである。
コレには勿論、魔法を介しての契約を結びづらいとの問題があるが、それでも……
(意外と、慎重なジジイだ)
と、ホスロはやけに感心した。自分の感情に沿ってしか動けぬ猛将気質な人だと決めつけていただけに、見直す思いである。
「で、ホスロ殿、儂の娘との式は何処で挙げる」
「はっ、公国にて」
「まぁ、言うと思ったわい……信用出来ぬから、儂の眼前でやれ」
しかし、自分の事となれば頑固であるし、面倒くさい。
「……とは、皇国にて…との意味ですか?」
「当たり前だろう、用意はしてやるから、二週間後に来い」
「へ、陛下…それは」
「二週間後だ、タレスに準備させてやる」
(…なんだこの…傲慢爺は)
呆れと言うより、怒りが湧いてくる。
しかし、聞こう。受け入れよう。公国の為である。
あの説教しがちな魔道士と結婚するくらい、別にどうと言うこともない。
唯一の気がかりとしては、サイエンが少しばかり可哀想なくらいだろう。
(英雄は色を好むのだろう、だが、俺は不思議と好んでいない)
コレが、あの高名な…古代の戦士バルバロッサであれば、どうしたか
(きっと、喜んだろうな)
ホスロは、レマナに対しても、サイエンに対しても、「美しい」やら「抱いてみたい」という人間族の男らしい感情を抱く事はしばしばあるが、それが彼の脳全体を占めるまでには行かない。
この男の感情が顕になるのは、自分のプライドと所有物が傷付けられた時だけなのだろうか。イマイチ感情が読めぬ少年である。
___
更に、ホスロは短気であった。
大まかな話し合いを終え、十竜騎士連中を始めとする、今後付き合うであろうドラグーンの人物達に軽く挨拶して回った後は、長居せず、「頼むから、まだドラグーンに残りたい」とだだをこねるアステルドのみを残して、さっさと公国へと帰ってしまった。
国の重役としてのアレコレもだが、単純に、少年自身の性格に依るのだろう。
ヴァレンシュタイン・ドールや、ジルレド・アキナスを斬ったように、敬意やら感情移入をする時はするが、決断すれば冷たかった。
それに、ホスロにとっては皇国自体、居心地もあまり良くは無かったらしい。
だが、考えれば考える程に……例の。レマナとの婚約の件は、どうするのだろうか。また、契約をかわすだけで…逃げるのか。
サイエンの様に、なぁなぁで済ませるのか。
この男の腹は分からない。覚悟がある時は、根を張った様に動かないのに、少しでも揺らげばコロン…と転がる。
本当に、一か零なのだ。
前に「ホスロが勇者の子孫に産まれていなければ、平凡で、楽な生活を送れただろう」と書いたが、今一度、彼の性格を鑑みるに、ある意味ホスロは良い運命に巡り会えている最中なのだろうか。
一般の家庭に産まれ育っていたならば、彼は、零しか無い、変わり映えのない生活が続くことに絶望し、もしかすると狂い、自ら命を絶っていたかも知れぬ。
生き死ににしてもそうだが……つまるところ……興味のある事以外、無駄足だと考えている。
この男の場合の、"興味のある事"とは、即ちライオリックを殺してみたいという純粋無垢な子供の様な衝動であり、同時に、マラレルを滅ぼしてみたいという、愉快犯のような好奇心であった。
マラレルを滅ぼせば、自分は崇められるのだろうか、それとも危険人物として国を追われるのだろうか、その先を見てみたい。との。
だが、誰にも言わない。誰も、察そうとしない。
あくまで、純然たる、正義なのだ。『アッディーン一族の国家を、悪しきマラレルを退け、繁栄させる』との、甘美な響きの正義を、ソレを……ホスロは信じ、皆も信じている。
誤解を生むかも知れないが、本当にホスロ自身は、きっとその正義を根っこから信じ切って居るのだろう。
自分は英雄だ。悪に立ち向かう勇者だ。と鼓舞しているのだろう。少年自身も、また己の深層心理を察そうとしなかった。
一度信じれば、狂信者になるほどのめり込むのも、少年の数少ない良い所である。
_____
「ホスロ殿、ヤレヤレ……疲れたなぁ…全く」
ドラグーンからの帰り途。
また、来た道を辿る。今度はサラマンダーも居ないため、すいすいと進んでゆく。
まぁしかし、疲労はあまり取れて居ないが……それでも時間が惜しい。ホスロが不在の間、何か大事が起きるかも知れない。そんな予感がした。
そのため、少年は兎に角イライラしている。
だと言うのに……この、ダンテという男は……空気が読めぬヤツだ。構わず、喋っている。
そう言えば、炎樹林の中でも喋り続けていた。
なんでも、教師の様な良い声をしているため、耳にキぃぃんと、疲れているから、余計に残る。
「…じゃあ黙れや」
返し方も、何となくキツイ感じになってしまった。
すると、ソレを受けたダンテは悲しそうな顔で
「ホスロ殿…貴殿は友達が居ないだろう」
「短気過ぎる」
「……チっ」
「はっはっは、図星か、図星か」
あまりにもダンテがウザったいので、ついついホスロは理性を失い
「戦が弱いヤツは、その分、口が達者で無ければならんからな、流石はダンテ殿、良く心得られておる」
イヤミを言ってしまった。この余計な一言が、今までホスロにどれだけの敵を作って来たか、本人も自覚していないのだろう。
「……ほぅ?」
すると…向こうも短気だ。
ダンテの纏う魔力が、スル……と、砂のように湧き上がる。対するホスロも、ドロリとした、粘着性のネバネバとした魔力を練ってゆく。
「おいおい……二人とも…」
先ほどから単眼を細めて観察していたヨナタンが、形だけでも諌めるが、その実、楽しんでいる節がある。
「『ダンテ様、油を売ってないで、早く手綱を取って下さい、揺れて寝れません』」
すると、(自分が止めねば)と思ったのか、ダンテの馬の後ろに乗っていた左衛門尉が、不快そうな顔になり、一応自分の主のハズだが、ダンテの背中をバシッ!とはたき、紙に先の文字を書いて見せつけながら、睨む。
「あ、あぁ…すまんな尉よ」
すると、ダンテはすぐに魔力を引っ込め、殺気も収めた。
「……」
ホスロも、向こうがコレでは喧嘩のしようが無く、ふてくされ、口を膨らませつつ、馬の上で横になる。
器用なモノだ。足で馬の首を押さえながら、方向を定めている。
少年は、馬術の才能もあったらしい。
_____
忙しなく、濃い旅であった。
公国に帰るとすぐに、護国卿は自邸へと戻る。
馬を全速力で駆って、堂々と。だが、殆ど早馬の様な速度であったので、格好はつかない。
新築した、立派な正門から入れば、アッディーン騎士団の古参であり、部隊長(マラレル騎士団、魔術師団とは独立した、アッディーン騎士団独自の軍構成の一つ)であったヴァンダルが出迎えてくれた。
ヴァンダル。歳は四十ほどの、人間族とエルフの混血の、耳長な魔法使いである。
同じくアッディーン騎士団所属のヴァロワと、故オストアと並ぶ程の使い手であり、性格は実直かつ剛健。主君に対してズケズケと物言いが出来る、貴重な男である。
「若様、若様!」
「おうおう、ヴァンダル、帰ったぞ!」
角の生えた黒馬から降りつつ、ホスロはヴァンダルのハゲ頭をすれ違いざまに、ぴしゃりと叩く。
「ご帰宅早々であらせられるが、報告を宜しいかな?」
「うむ、申せ」
ホスロは、どうもこの男と息が合う。せっかち同士、思考が似ているのだろう。無駄な世間話をするでもなく、必要な報告のみを行うこの男を、ホスロは心底気に入っていた。
「半日ほど前から、実はマラレルより使者が参っておりまして……」
「現在、マドラサ本城にて、エレノアお嬢様(最近のアッディーン騎士団は、皆親しみを込めてそう呼んでいる)と対面しているのだとか」
「なるほど…ふむ、使者…か、このタイミングで……」
「で、面しておられるのは、エレノア様だけか?」
「いえ、レマナ殿も随伴しておいでです」
「ふむ…」
「参りますか?」
ホスロは、長考の後(と言っても、なぜマラレルの使者が来たのか、など、ホスロの想像力で察せられたのだろうか)大きく頷いた。
「うむ、ヴァンダル、付いて来よ」
「ははっ」
アッディーン騎士団の重鎮達(主に部隊長以上の役に就いている者)は、もう十数名程になってしまって居るものの、その全員が最低でも宮廷魔術師最上位、一等騎士候補の実力を有している。
勿論、ヴァンダルもその一人であり、『疲労回復』と『解毒』の普遍魔法を扱えるのは、今も昔も、騎士団ではこの男だけである。
ホスロはすぐさま長旅の疲れをヴァンダルの魔法で癒す
「ふむ……ヴァンダル、そう言えば…双翼は、来ているか?」
魔法をかけて貰いつつ、ホスロは聞いた。
「…ダリク・ユユ殿と、ダマ・ユユ殿ですか」
「ああ、そうそう、有翼人族の、あの兄弟よ」
「ダリク将軍は、公国に来る途中で竜に襲われ死んでおりますが、弟…ダマ殿はご無事です」
「なるほど、今、屋敷におるか?」
「勿論」
ヴァンダルは、下を向きながら言う。
「呼んでくれ」
「ははっ」
アッディーン騎士団は、マラレル国内では珍しく、様々な種族に騎士爵を与えた。
実力があれば、それこそ、下賤な生き物として忌み嫌われている小鬼だろうが、豚人族だろうが、引き入れる。
有翼人族のダマも、そのような中の一人であり……
筋骨隆々、並々ならぬ背丈をしており、翼は東洋の鳳凰のように赤黒く、そして目玉は鷹のように鋭く。
幅の広い大槍を用い、『槍鳥』の名でも、有名である。戦場に現れれば、まるで武神のよう。
しかし、何のために呼ぶのであろうか。戦場では無双の働きをするが、頭が弱く、外交やら戦術面では一切頼りにならない男でもある。
「おうおう、ダマ、来てくれたか」
「ははっ、若様」
「少し、城まで付きおうてくれんか」
「はっ、なんなりと」
(この…騎士団随一の巨体を侍らしておけば、マラレルの使者方も驚くじゃろう)
見栄っ張りな……ただ、それだけの目的だったようである。しかし、効果はあるかも知れない。
なにせ…ヴァンダルも、何だかんだ二メートル近くはある。
ダマと並べば、壮観だろう。
だが、この行動からも分かる通り、この時のホスロは楽観視していたのである。
まさか…やって来た使者が、"あの男"だとは想定外であった。
_____
「護国卿、お帰りなさいませ」
「これはこれは、老将軍」
登城(屋敷からマドラサの主城へ移動しただけ)すると、真っ先にアッディーン公国の兵隊長である、サンレノと門前にて出会った。老人らしく、目をしわしわさせている。
どうやらマラレルからの使者が来たため、念の為に立っているのだそう。
「エレノア様の指示に御座います」
「なるほど……賢くなられたな」
「……はっは、ホスロ殿、貴方は本当に意地が悪い」
本来であらば、公国の隊長級の上位層(マラレルで言うと、宮廷魔術師の最上位クラス〜一等宮廷魔術師下位)を対談の席に近い門前に配置する必要は無いのだが……いつでも突入出来るようにとの、配慮だろう。
勿論、威圧の意味もあるだろうが、相手が思ったよりも高位の人間であった場合の対処法ともなり得る。
「…して、後ろのお二人は?」
「はい、私の家臣達に御座います」
「……なるほど」
サンレノは、この歴戦の魔術師は、ホスロの背後にそびえ立つ、ヴァンダルとダマの体躯、魔力量を見つつ
(儂とどちらが強いかの)
と、少し興奮する。
「……入っても良さそうかな?」
「ふむぅ…分かりませぬなぁ……この更に上階に、オルレアン公叔が控えておいでです、彼女に聞いてみられよ」
「……」
(げっ……オルレアンかぁ)
前の議会の事もあるし、話し掛けたら問答無用で斬り捨てられそうだが……しかし、行くと決めたならば、行くしか道は無い。
勇気を出しつつ、ホスロは更に石製の冷えた階段を登ってゆく。
なるほど、エレノアの玉座の部屋のすぐ横に、彼女は居た。
アンナ・オルレアン。一般には、公槍オルレアンの名で通っている、長い茶髪の女傑である。
「……ホスロ殿か」
彼女は、エレノアと使者たちが面して居るであろう部屋の真ん前で、剣に両手を乗せ、銅像のように立っている。
「は、はい」
「何の用です?」
「いやですね…そのぉ、マラレルから使者が来たらしいじゃないですか」
「あぁ…今、エレノア様とお話されていますね」
「そ、そうか……なら俺も、遅れながらではあるが、入っても良いかな」
「……ご勝手に、エレノア様も反対されないでしょう」
何処か棘のある感じだ。見れば、目の奥に赤々とした怒りの感情が透けている。
すると、急に脳内で声が響く。
(『ホスロ、ホスロ、この女、強いな』)
レマロナである。魔力の質を感じ取り、起き、興味が湧いたのだろう。
(あぁ、公国の大将軍ローズバリアに次ぐ、豪傑じゃ)
(『魔力による身体強化が、常人の"ソレ"とは桁が違うのぅ……もしかしたら、サラマンダーの時の私よりも、その一点では上やも知れん』)
(…馬鹿な事を、流石にそこまでじゃ無いじゃろ)
レマロナ…いや、歴戦のサラマンダーであっても、負ければ気が弱くなるのだろうか。
オルレアンは、一等宮廷魔術師相手に深手を負っていた。ホスロとしては、せいぜい左衛門尉か、サイエン程度の強さだと見積もっているらしい。
「エレノア様、護国卿殿が戻られましたッ」
右手で扉を開けつつ、オルレアンは気の強そうな声で、部屋の中を震わせる。
ホスロも臆する事無く、中へと進んでゆく。
部下を引き連れつつ……ゴゴゴ…ガチャリ…と、ホスロは、玉座の間の大扉が開く音と共に……中の景色が明瞭になって行く。
赤いカーペット、長机の足、そして……
そして、エレノアと向き合っていたのは。マラレルの使者は。
「おうおう、ホスロ・アッディーン、久しいな」
「…あらホスロ……!」
ライオリックと、ネロであった。
まるでホスロが来ることが分かっているかの様な口ぶりであり、ドスン…と柔らかそうな椅子に腰掛けている。
彼ら二人は……恐らく、ホスロがこの世で最も疎ましく思っている女と、そして妬ましく思っている男でもある。
だが、そんな事より、ホスロは、目の前の化け物たちを見て、脳に電流が走り、思考を早めた。
背中から…冷や汗が垂れる。
(…エレノア様を、殺しに来たのか?)
何故…ニクスキオン朝と戦争中ならば、ライオリックを始めとする、高級軍人達は前線に固定されるハズでは。
特に、ネロとライオリックなど、若くて活気があり…戦場に欲しい人材だろう。
だが、エレノアの真横にはレマナが座っている為、その不安も多少は薄れた。が、尚も汗は止まらなかった。
「お帰りなさい、ホスロ殿……良いタイミングで帰って来てくれましたね」
二人と相対して座っているエレノアが、優しく微笑みかける。
(ライオリックだけでなく……ネロも…な)
おまけに、これは、好き嫌いの問題を通り越し、戦力的な構図を少年の脳内に描かせた。
部屋の前に待機しているオルレアンと、中にいるレマナ……それに、今日はヴァンダルとダマも連れてきている。
本来ならば十分安心出来るのだが……よりにもよって、ライオリックとネロか。
正直、ライオリック自体の身体スペックは、サラマンダーと比べるとかなり見劣りするものの、彼は獅子心の魔法を持っている。
どんなに切り刻まれようと、再生し続け、戦闘の継続を可能とする。
更に『操風』を保持しているので、この様な狭い空間だと、更に強いだろう。
ジルレドが良い例である。『操風』の奥義など、狭い屋内であったから喰らったモノ…としてホスロは思っていた。
そして、カチャリ……と、ホスロは会釈をしつつ、座った。
当然ではあるが、あくまでエレノアの家臣の家臣であるヴァンダルとダマは、部屋には入ったものの、少し離れた場所で待機させている。
座れば当然、目が合う。視線を下げれば……目の前の小男の服装は、前と変わっていない。
黒髪のオールバックに、マラレル騎士団の正装。
ホスロは、ネロの方は敢えて見ず、ライオリックとだけ目を合わせる。
「……ライオリック将軍…お久しぶりで御座います、今日はどういった御要件で?」
レマナは、ホスロと反対側の、エレノアの隣に座っており、杖に常に触れている。魔道士の帽子も被っているため、殆ど完全武装に近い。
「いやさ、エレノア殿とはもう話し合ったのだが」
目の前の男は、どこか、嬉しそうにしている。
「公国と、一度休戦を結ばんかなと」
「……」
発言に…ホスロの眉毛が、ピクリ…と上がる。
「なにゆえ……」
「…ニクスキオン朝との戦争に集中したいからに、決まっておろう」
「ホスロ殿、どうか穏便に」
すると、エレノアが、トントンと肩を叩き、小声で諌めて来た。
「分かっております」
ホスロも、小声で返す。
「なるほど…理由は、それだけ……ですか?」
「ああ」
尤も、公国にとって見れば、休戦も糞も、現時点でのマトモな兵と言えば公国兵の生き残りと、ホスロ麾下のアッディーン騎士団の残党しか居らず、総数は僅か三百と少し。
しかし、態々向こうから訪ねて来たと言う事は、マラレル側は実情を知らないのだろうか。
「まぁ勿論、タダで…とは言わぬさ、ほれ、ネロ、出してくれ」
すると、ライオリックは後ろに控えるネロに命令し、懐中の巻物を取り出させた。
「貴国を、正式に国際国(君主、一定数以上の軍隊、国民が揃っている国を、当時は国際国と呼んだ)として認めるとの旨だ」
「マラレル以下、北方の貴族からの証書も添えてある」
(……随分と、舐められとるな)
コレが…言うなれば、褒美か。
全く、勝手な事である。聖地を取りたいからと、急に攻めてきたかと思えば、今度は別の国との戦に集中したいから、手を引くのだと。
(……だが、エレノア様は、俺より悔しかろう)
だが、そう思えば、自分がどうこう言える話では無いのかも知れない。
(それに、悪い話では無い)
きっと、ホスロが居ると思って、彼らは訪ねて来たのだろう。証拠として、比較的ホスロと面識が有り、強硬派では無いライオリックとネロを指名している。
(となれば、ドラグーンへと、遠路はるばる同盟を結びに行った事は、知られて居ないのか)
ホスロは、ライオリックの獅子の様な瞳を見ながら思った。
「いやぁ、それにしても、まさかホスロ……君が護国卿になっているとはなぁ…」
蛮征将軍は、世間話のように、切り出してきた。後ろに立っているネロも、ホスロの話題が出たので嬉しそうにしている。
「いやはや、位も、器量も、未だ若将軍には及びませぬよ」
すると、エレノアが、どうしてだろうか。ちょいちょい、とホスロの服を引っ張った。
(別の話題に変えろとの合図かな……それに、もう休戦についての話し合いは終わったと見える)
ホスロも、確認したい点は無い。この程度の内容であれば、後から聞けば良い。
となれば……確かに、今はマラレルの情勢も知っておきたい。
「ふむ…聞くところによると、将軍はニクスキオン相手に、進めば勝利、退く事は無いのだとか」
わざとらしく笑いつつ、ホスロも切り出す。
「そ、それを言うとホスロ、私も勝ちまくってますよ…!それこそ、この人よりも……」
すると、ネロがもじもじと、我慢出来ずに自慢をしようとしたが、ライオリックは黙殺して
「う…む…まぁ、私はあまり前線に出ぬタイプなのでね……北方の情勢は、良く分からんさ」
(嘘つけや狐野郎が)
ホスロは思わず舌打ちをしかけるが、「どうか穏便に」とのエレノアの言葉を思い出し、止めた。
(にしても…リュクリーク王も余裕なモノだな、コレほどの男を…一時的だろうが、前線に留め置かず、公国に遣わすとは…)
「…マラレルは、今頃、ラーレシアの花が咲く季節ですね」
今度は、エレノアが紅茶を一口すすり、ライオリックに向って微笑みつつ、言った。
「おや、エレノア殿、よくご存じで」
「はい、一度貴国の首都、カロネイアに行った事がありまして……それはもう、美しい眺めでした」
(…何を聞きたいのだろうか)
ホスロとしては、ただの世間話か、否か、分かりかねる。なにせ、少女だ。心から華に興味が有るのかも知れない。
「確か…ニクスキオン地方にも、同種の植物があった気がします……ふふっ、ライオリック様、貴方と共に見てみたいですね」
「はっはっは、止めて下さいエレノア殿、私には妻がおりますので」
「まぁ……」
エレノアは、両手を口に、大げさに当てる。
「それに…ニクスキオン地方に生えているラーレシアは、少し毒々しい色をしておりました、貴方のお気に召すかは分かりませんね」
「ラーレシアと言えば、烈火の如くが代名詞、赤色ですから」
すると、今度は、ライオリックの後ろに控えるネロが、バッ!と驚きつつ、焦り、若将軍の背中を叩いた気がする。
「はっはっは、ライオリック君や、その花は紫色だったのだろう?」
「ならば触れなさんな、アレは猛毒を含んでいる」
「おや…レマナ殿、流石ですね」
だが、気付いて居ないのか、ライオリックは、レマナの言葉にも微笑みつつ返した。
(…あの花は、ニクスキオンの花か?……いや、マラレル最北の…国境付近に良く生えとった……休戦を申し込んで来るくらいじゃし、意外と…苦戦しとるんか?)
会話を黙って聞きつつ、ホスロはエレノアに感心する思いであった。
早い会話ペースの中で、世間話を装いつつ、着実に情報を得ようとしている。
ここが、ライオリックの弱点だろう。今まで何でも、武力により解決して来た。その上、今回の面会は、自分たちの方が立場的には、圧倒的に上である。
_____
「ライオリック、ネロ、主らは今より……公国の新都、マドラサへ向かえ」
数日前、リュクリークからその命令を受けた時、この男は
(……暗殺の意味か?)
と、推察すらした。
が…マラレルの王は、それを察して、言い聞かせるように
「言うておくが、ライオリック、血迷うなよ……一応、公国には彼の国お抱えの研究者らが、今も数名生き残っておろう」
「当家の霊剣や、強い者では五老杖にも匹敵する」
「あくまで、停戦の交渉よ、良いな?」
正直、コレだけでは、恐らくライオリックはリュクリークの命令を忠実に守らず、隙あらば要人達を殺していたかも知れない。
命令に背いたとしても、功を挙げれば許される…という風潮が、当時のマラレルでは一般的であった。
しかし、その気分を、彼の上司が萎えさせる事となる。
ライオリックの思惑を察し、重ねて注意した人物。
それは、『断金の大鎌』として名高い、五老杖の一人、フォルクスであった。
「…小僧、貴様の為に言っておくが、公国には我が友レマナが居る……あまり無茶をせぬようにな」
実は、レマナは戦闘タイプよりかは、索敵やら陣地構築の魔法がメインの為、純粋な戦闘力だけで言うと特等魔道士とそう変わらぬ。
…しかし、南の魔女。牢知のレマナ。そんな彼女と共に、大魔法使いゲラマドの弟子として過ごす事、三十年。
_フォルクスは先祖を求めて力を得、レマナは魔術の道を選んだ。
レマナは傍から見れば、戦闘は中途半端、かと言って、あらゆる結界術、索敵術を極めたのか…と言われれば、まだまだである。
しかし、この時ばかりは幸いした。
レマナは、フォルクスには成せない事を多くを持ち……自然と、フォルクスは、自分とレマナでは、レマナの方が上ではないか?と密かに思うに至っている。
その上、一度ライオリックはレマナと戦い、彼の腹心が攻略に失敗し、精鋭部隊である獅子騎士団の一部隊を全滅させられている。
コレも、幸いした。
____
なるほど……事実、公国にはレマナに加え、ローズバリアには及ばぬが、膨大な魔力を有する女性の騎士が居た。
(これは……ネロを連れてくるのは…失敗だったかな)
多分、本気で戦闘になれば、彼女は間違いなく足手まといになるだろう。
かと言って、貴重な『ゲラマドの預言書』の保持者を殺す訳にはいかない。
目玉を得るまでは、彼女の力が必要である。
それに、今日の預言書には『軽挙は功多大なるも、身を滅ぼす』と記してあった。
預言書は、おおまかな未来を予知する。恐らく、その通りに行動すれば、ライオリックは誰かと刺し違えるのだろう。
「……おっと、そろそろ…申し訳御座いません、エレノア殿、どうやら部下から催促が参りました」
話も弾みかけた中ごろ、急にライオリックは目を瞑ると、申し訳なさそうにする。
テレパシー(普遍魔法の一種、魔力波を使い、情報を暗号化して飛ばす。傍受される可能性が高い)で部下からSOSが来たのだろうか。
やはり…取り繕ってはいるものの、忙しいのだろう。
「なるほど……ご武運を」
「けっ、前みたいに任せて、そのまま無駄死にさせるんじゃ無いん?」
「ホスロ殿」
「おっと、失礼……」
すると…やはり、ライオリック達が帰ろうとした瞬間に、コレだ。
サンレノも言っていた様に、ホスロは性格が悪いのだろう。象徴するように、部下思いのライオリックが離席したタイミングである。心底、心底意地が悪い。
「いえいえ、大丈夫ですよ………しかし…エレノア殿も…自制の利かぬ獣の世話は大変ですね……」
「……」
「その獣に…敗走させられ、更に部下すら討たれたマヌケな将軍がマラレルには居るとか、見てみたい物ですなぁ……」
例の、レマナと共にライオリックの麾下を討ち取った事を指しているのだろう。
八割方がレマナのおかげのクセして、やはり、態度はデカい男である。
「別に…この場で仇をとっても…構わんが」
一方の、この男も、堪え性が無い。あれほどリュクリークとフォルクスに釘をさされても、闘志が抑えれんのだろう。
これも、彼が勇将、蛮征将軍と言われる所以なのだろう。
「ホス君や、止めておきなさい、一対一なら百回やっても君が負けるさ」
すると、空気を察して、手をアワアワと振りつつ慌ててレマナがフォローする。
更にネロも
「もぅ、ホスロったら……弱いのに調子に乗ってはダメじゃないですか」
ニィ、と意地悪そうに目を細めて、話しかけて来た。彼女の今日の出で立ちは、東洋服ではなく、使用人のような黒装束である。
「…………」
流石に…コレだけダメ出しを受ければ、ホスロも、つまらなさそうにした。
「では、ホスロ、もう宜しいかな、帰るとするよ」
「……お気を付けて」
そして、ライオリックはネロに合図し、さっさと城から出てゆく。
だが、その景色を見ながら、ホスロは、嫉妬の気持ちで一杯であった。
こんな気持ちを、ネロに言えば、きっと彼女は目を輝かせて喜ぶだろう。
(位も、力も、何から何まで、アイツの方が上なんか…)
との現実を、再度叩きつけられた上に。
(ネロとも…随分と親しげじゃがな)
それが、何よりもイライラとした。
迫られれば、嫌がるくせに……この男は、全く身勝手である。
(殺れる…もっと、もっと鍛えれば、いつか……)
小さくも…大きな、遥かに大きなライオリックの背中を見つつ、ホスロはそう心中叫んだ。




