第七十一話:勇者の執着
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リューク、リューク、我が…愛しのリュークよ。
勇者は、アヴェルナは、全てを持って産まれてきた。"愛"以外の、全てを。
アヴェルナの両親は、彼女が四つの時に病でこの世を去ったのだ。その為、本来ならば、大量の愛を降らしてくれる存在が彼女には居なかった。
__孤児は村の掟で、共同で育てられる。
が、誰もがアヴェルナを気味悪がった。
赤い瞳。赤い瞳。
流れる体液と同じ色。
「リューク、リューク」
「アヴェルナ、今度はアソコの山まで行こうよ!」
だが唯一………彼女に寄り添った者がいる。ソレは、同村の同い年であった、リュクリーク・ノルマンドである。
自然な成り行きとして、彼女は常に、リュクリークと一緒であった。
たった一人の家族であり、友である。モノを食うときも、何をするにも、少年と一緒であった。
暫く経ち、正式にリュクリークの家に保護された時、アヴェルナは嬉しさのあまり涙を流し、マラレルの土地神に感謝をした。
「あぁ……リュークと、本当の意味で、家族になれた……」
勇者は、リュクリークだけを見ていた。
世界を見なかった。
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「リューク……その、私達、もう十分強くなったろ、だからな……冒険に出ようぜ!」
「剣を持って、薬草を携えて、モンスターを、魔物をやっつけるんだ!」
「……馬鹿を言うな」
「このご時世に、全く……出ても死ぬだけさ」
小高い丘に、二人揃って寝転びながら、何事かを話している。
この年頃の男女であれば、この様に……村から離れた場所でもあるし、睦言を言い合うのであろうが、彼らは最早、そういう時点を超えたのだろうか。
「何言ってんだリューク、このご時世だからだろ!?」
「魔物が蔓延り、ノーム様もお嘆きになっている、今こそ!」
「魔物の王……カール・ロ・タロを倒して、私達が!世界に!平和をもたらすべきだ!!」
ガバっと起きつつ、アヴェルナは銀髪を靡かせ、叫ぶ。
だが
「…俺には無理さ、君ならば…まぁ…身体能力がゴリラだから、なんとかなるかも知れんが」
「……」
「…わ、悪かったよ、ゴリラじゃねぇ、脳筋ザルの間違いだった」
止まない悪口の嵐に、すぐさま勇者は腰の木剣をスラリと抜き、振りかぶる。そもそも何故木剣を常時携えていたのか自体が不明だが。
「待て待て待て、冗談冗談、まぁ旅に出るのも悪かねぇなぁ……カールとまでは言わんが……もしかしたら、将軍首でも取りゃ、領主か何かにでもなれるかも知れんしな」
すると、ピタリ…とアヴェルナの動きは止まり
「ほ、ホントかリューク!?」
「ならば、お前は私の、第一の仲間だ!」
と、ガッハッハと豪快に笑いつつ、勇者は右手を掲げた。
コレは……(この、記憶?……は)勇者の伝記にすら書かれていなかったハズである。
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「勇者は、アヴェルナ・アッディーンは、このように…元はマラレルの生まれじゃった」
「何もない、辺境の地、マラレル」
「そんなマラレルに産まれた、突然変異、時代の寵児」
ホスロとダンテは先程から、ゼノンの渋い音声にも聞き入っている。もしかしたら、副音声付きの映画のように、彼らには聞こえているのだろう。
「『操炎』『操風』『操土』『操水』『操電』『操氷』『操光』『操影』……そして『操能力』」
言いつつ、ゼノンは苦しそうな声になった。
「いくら…時代の寵児とは言え……笑えるだろう?九つ……九つじゃぞ?」
一方の、先程からの視界の中では、やはり楽しそうにアヴェルナが剣を振り回しつつ、リュクリークと共にじゃれ合いながら、野原を駆けている。
「聞くだけで、嫌になるわい」
「……まぁ、ともかく、続きを見ようか…そうして村を出た二人は、そのまま魔物を狩りつつ、二年程をかけ、徐々に南下し、今度はオアシス村へと至った」
「我が……」
すると、ほほぅ、とダンテが喜ぶように声を上げた。
「ふっふっふ、そうじゃ、其処で、お主の先祖と、大魔法使い『ゲラマド』と出会ったのだよ」
「さぁさ、次を見よう」
______
「そうか、ルーナか、良い名だな!」
また視界がボヤけ、グルリと反転し……そして、流れ込んでくる……なるほど。
砂漠の中に出来た小さな都、オアシス村。
きっと…この日勇者とリュクリークがこの場を訪れていなければ、ダンテは居なかったのかも知れぬ。
「して、そこのお嬢さんは……」
大斧を肩に担ぐルーナ。ルーナ・メフメルの背に隠れるようにして、紫髪の小さな魔女が、勇者の方を一切見ずに、リュクリークをギロリ…と睨んでいた。
「へっ、リューク、このおチビちゃんに随分と嫌われてんなぁ」
「そうみたいだな、残念だよ」
賢者ゲラマドは、恐ろしい魔女である。
西方の魔女。深い霧に潜み、魔物を使役する。
その名は広く東方まで響いており、時代を席巻した、古い名でもある。
そして、その魔女の供。
ルーナ・メフメルは、ゲラマドの弟子であった。ゲラマドがその生涯、見出した才能の中では一番であっただろう。
ただ、唯一残念な点として、彼女は高貴な騎士の家の出で無い上に、血筋も平凡であったため、魔法使いとして一流になる事は、ついぞ実現しなかった。
__勇者は徐々に仲間を集めていった。皆、勇者の力を前にして、屈する他無かったのだ。
「彼らは、どうなのだろうなぁ……幸せだったのだろうか」
ふと、ゼノンは、ボソリと喋りつつ、同じく『不死鳥の門』を通じて視界を共有する、ホスロに問いかけた。
「……と、申されますと?」
ホスロも、滑舌良く、声のみ返す。
「当時、この世界を統べていたのは、精霊王、『ノーム・ホルセリア』じゃ」
「人間でも無ければ、魔物でもない」
「ソコに、彼らの……ヤツの無理があったのだ」
「魔王と呼ばれ、蔑まれた龍竜人族の王、カール・ロ・タロを殺したとして、アヴェルナ一行……彼らは人間である」
「人間である以上、ノームは彼らを正式な英雄として、遇する事は出来んだろう」
「な、なるほど…?」
ホスロは分かったような、分からぬ様な曖昧な返事をした。
「ふっふっふ、いや、良いよい、この先を見れば、きっと分かるさ」
また、視点は切り替わる。
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ズ……ズズ……ツーツツ……パッ!と、今度は荒野が見えた。
「勇者様は、どこに居られるか!」
ホスロの眼前で、ガガガッ、ガガッ…と、大きな馬が、地を踏み石を砕き、戦場を駆けている。
(戦か…)
今のはどうやら軽装騎兵らしく、主に伝令の役割を担っていたのだろうか。当時と現代で、戦術から何から違うため、正確には言い表せぬ。
「ここだ!」
(おやおや)、と。声がした方を向くと、勇者が高々と聖剣を挙げ、馬を巧みに操り、大音声で語るには
「諸君、私は決して退かぬ!」
「ここに居よう、たとえ敗れようとも、私はここに居続ける!!」
「ノーム様の御加護は、常に我らに降り注いでいる、さぁ、剣を掲げよ!盾を構えよ!槍を揃えよ!!」
また、今度は遠くを望めば……なるほど、全身甲冑に身を包んだ、龍竜人族の重騎兵部隊が、砂塵を巻き上げて突撃して来ている。
上空から俯瞰できぬため、断言はできない。
しかし、ホスロは(遮蔽も無く、真っ向勝負)と予想する。
「アレを見よホスロ殿、あの中に、当時の儂がいたぞい!」
「カール・ロ・タロの一族としてな、いやはや、名誉な事よのぅ!!」
そして、対する勇者の軍勢は、大きく二個に軍を分けており、縦に向って大きく二段に展開していた。
幅の広い、剣の様な陣形である。
前陣を勇者アヴェルナと、リュクリークが請け負い、後陣を、戦士メフメルと、ゲラマドが指揮していた。
龍竜人族、勇者軍、双方それぞれ一万。そして、見晴らしの良い荒野地帯。
「コレが、かの有名な、神話の時代の幕を開けた……きっかけの戦じゃよ」
お互いに、小細工を弄さず、力と力の真っ向勝負。
本来ならば、身体スペック、魔力量共に多いはずの龍竜人族が勝つハズである。
「ホスロ殿」
まだ、ゼノンはホスロに向って語り掛ける。
少し、朗らかな声である。
「お主の言う、『ライオリック』は、きっとこういう風にしてマラレルから公国まで、ほぼ一直線に勝ち、進軍したのだろうよ」
鋭い雄叫びとともに、アヴェルナは、華奢な体の割に、燕の様な速度で右手に握る聖剣を、ゴシャリ……と振る。
『操風』『操炎』の魔法を纏った聖なる、空中を裂く刃は、迫りくる敵軍を横一文字に払い斬り、ソレだけで、数百の敵兵の胴体やら首が、分厚い鉄を貫通し、ぶらり…と宙を舞った。
「……なんと…!」
ダンテが、ソレを見て思わず声を漏らす。
「結局、どんなに良い武装をし、体を、精神を鍛えたとて、"圧倒的な個"には敵わぬ」
言いつつ、ゼノンは、ハラハラと涙を流した。
「あぁ…じゃが、美しいのぅ……もう、金輪際……このようなお人は地上には現れぬのか………」
「出来れば儂も、部下に促されて帰るよりかは、この場でアヴェルナの剣技を喰らうてみたかったわい」
続けて、銀髪の、赤目の少女は、楽しげに戦場で舞っている。死神の目のような、赤い瞳は、敵を刻み殺すたびに、ポワァと、淡く光っていた。
「陛下…土の王は、ノームは、ノーム・ホルセリアは……コレでも、勇者様達を厚遇しなかったのですか?」
ホスロは興奮しつつ、喋る。
「そうじゃのぅ……次の視界に写る前に……」
「ノーム様は、恐れていた」
「自分の地位を脅かす彼女らを……な」
「『ノームは、アイツは猜疑心も強かった、我ら同僚の精霊には優しかったがな』」
落ち着け、と言いたげに、ふと、サラマンダーが追って説明をする。
「『全く…面白い記憶……いや、魔法だな、"コレ"は』」
「『この記憶の世界には、もう死んだ、私の仲間も未だに居るのだろうか』」
「『ウンディーネ、シルフ、ジン、イフリート……ニンフも…』」
「『そして…ノーム』」
「ノームは、良い戦士だった…と、お前は言っとったな」
すると、ダンテが面白そうに
「ホスロ殿、サラマンダーと話をしているのか」
と、『不死鳥の扉』の記憶の中で、更に自分の脳内で精霊と会話をするホスロを、器用だなぁと感心したらしい。
「『ふっふっふ、確かに、良い戦士ではあったさ、だが……上に立つには、ヤツは小心過ぎたのだよ』」
サラマンダーは、眉を落とし、残念そうに言う。
「『調子に乗らず、我ら上位精霊と共に大陸の奥地でゆったりと暮らせば良かったモノを』」
「……」
「おや……ホスロ殿、サラマンダーを宿しておるのか」
目の前では依然とし、勇者軍と龍竜人族の争いが展開されている…が、尚も彼らの会話は止まない。
「はい、炎樹林にて、宿しました」
「ソレは良い者を拾われたな」
「この時代の空気を存分に吸った、数少ない生き残りじゃ」
まだ、勇者は笑いつつ、剣を振るっている。
ソレを後方から、寂しそうに見守る魔法使い、リュクリークの姿が、なぜか、ホスロには悲しく映り、印象的であった。
「……ふむ、この時代はまだ、龍騎兵による上空からの火炎放射等の戦術も開発されておらんかった」
「左様で」
「だから、アレを……勇者軍の、後方を見られい」
言いつつ、ダンテとホスロに、皇帝は自慢げに促す。
視線の先には、巨大な車輪付きの魔導式カタパルトが設置されている。十五、六門程。
「時代を感じるのぅ…」
「陛下は……「この場所が好きだ」と仰っておりましたな」
ダンテが、優しく言う。
「やはり、過去が……自分の全盛期が、恋しいのですか?」
「それとも、あのように……勇者様の武勇に魅入られたのですか?」
「おい、ダンテ」
ホスロが怒る。が。
「はっはっは、良いよい」
そして
「さぁな、その、両方なのだろう」
今度は、必死に敗軍を指揮し、勇者軍からの追撃を逃れようと奮闘するゼノンが視界に入って来る。
「退けい、退けい!」と叫び、声を震わし、何度も馬から転げ落ちそうになっていた。
「魔王、蛮地の覇者、儂は今でこそ……ローズバリアごときが地上最強などと叫ばれている時世だからこそ、皇帝を名乗れておるのだ」
また、ダンテとホスロに向けて。
「良かったな坊主ら、この時代に産まれんで」
また、視点がガラリと切り替わる__
この移動が、何となく、最後の気がした。
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「やっと……長かったな……コレで」
ソコは。長い、長い、廊下である。
その廊下は黄金一面!
その廊下は、廊下は、聖地ホルセリアに続く、古の橋であった。寂しく、そして忌まれた子が生まれた。
廊下には、一組の男女が剣を、ガチャリ…と構えている。
「リューク、どけよ」
元は精霊直属の聖歌隊が両脇を固め、歌声を響かせる場所。
そのため、声が良く通る。
「……」
「リューク、リューク、リューク、私はな、お前を殺したくない」
「愛しているよ、リューク」
見つつ、視界に入れつつ、ホスロはゼノンに尋ねた
「陛下……この廊下はまさか……ノームの宮殿に……ホルセリアの心臓部に続く……」
「黙って見ておれ」
「リューク、私が……」
「ルーナを生贄にしてまで、ドラグーンの扉を完成させ……どれだけの代償を払って来たか……お前には分からんだろうな」
アヴェルナの……彼女の右手には、巨大な目玉が握られていた。
何処からか抉り取ったような、蠢く新鮮な目玉が。
「……分かって、たまるかよ」
「なぁリューク、薄っぺらい愛じゃあ無い、何年だ、私達が知り合って、何年だ?」
「二十三年と、五カ月……ソレに十日だぞ?」
勇者は、銀髪を靡かせ、喋る。
そして、彼女の赤目は、何故かその片方が無くなっており、深い穴から赤い血がポタポタと垂れ、聖地の床を異物の血で穢していた。
「愛だよ、無限の愛だ」
「私はお前を愛している、お前も私を愛している」
「殺し合う理由など無い」
「……」
リュクリークも、とうとう口をつぐみ、カチャリ…と剣を自身の前方に、牙突の構えのまま、待機する。
「なんと…表現したら良いのかな、ずっと、お前が好きだった」
「脳の片隅に、いつもお前がこびりついて居るんだよ、ずっと見ていたい、遠くから、近くから」
「触れ合っていたい、感じたいのだ、お前の体温を」
「お前は本当に……犬の様で可愛いなぁ………」
そして、勇者は目を細め、頬を赤くする。ヨダレを、垂らす。
だって、彼女の目の前には、恐怖で、そして怒りで震える、リュクリークが居るのだから。
「お前の体液を吸いたい、舐めて欲しい、尻尾を振り、近付いて来て欲しい……」
「抱き締めたい、抱き締めたまま、頭を撫でよう、頬にキスをしよう」
「お前を舐めたい、噛んでみたい、どんな反応をするか確かめたいのだ」
「ビクリと跳ねるのか?それとも許しを請うのか」
「どうしたら、お前は私に甘えてくれるのだろうか、ずっと考えていたよ」
「ずっとだ、ずっと……戦闘の最中でも、ノーム様の御前でも、お前が……ゲラマドを侍らせて居た時ですら……な」
「ずっと見ていたさ、何もかも」
「無邪気に走り回るお前を見ていたい、笑顔を浮かべるお前を撫で回したい、抱き締めたい、潰れるくらいに、抱き締めたい」
「あぁ…良い気分だよ……この、全能感を…私はずっと抱えて生きてきた」
「誰も私を倒し得ない、誰も私に届かない」
「誰も私に甘えてくれない……お前を除いてな、リューク」
「共に遊ぼう、ままごとをしよう」
「終わったら、私の膝の上で寝て欲しい、顔を撫でたい」
「いや、違う、私は愛されているさ、世界に、女神様に、教王に……そして他でもない、お前にな」
ここで、初めて、リュクリークは口を開き
「アンタは変わったよ、口調も…何もかも……人ですら、無くなった」
「ソレは罵倒か……?」
更に、彼女はガバリ…と口を開け、ギラギラと光る牙を見せつけ喜んで
「リューク、成長したなぁ……」
少年と同様に、スッ…と剣を構えた。
「陛下……勇者様は……その…」
「驚いたか」
ゼノンは、下を向き、苦笑いをしながら
「"アレ"が、お前たちアヴェルナ教徒が、神として崇めていた勇者の本性さ」
「自分と、魔術師リュクリークしか見ていない…否、見えていない」
「ルーナ様は…ルーナ・メフメルを生贄にいたと…彼女は申しておりましたが、陛下……どういう事ですか?」
目の前の醜い会話に耐えきれず、ダンテはゼノンに問う。
「知らん」
「ソコの記憶だけは、綺麗サッパリ消えておるわい」
「勇者にとっては、親友の死すら、どうでも良かったのだろうよ」
ゼノンも自己中心的な性格をしているが、勇者はソレが、更に激しく、悪質だったのだろう。
一種の…サイコパスと言っても良いのかも知れない。
取り立ててくれたノームからの恩を忘れ、初期の勇者パーティのメンバーの死にすら関心が無い。
彼女の世界は、リュクリークと彼女だけで出来ていた。
不幸なことに、彼女には、ソレを可能にするだけの武力があったのだ。誰もが届かず、追い求める力が。
そして……リュクリークとアヴェルナの決闘は、暫く続いている。
リュクリークは一応メインウェポンは剣で有るが、魔術師らしく、左手には常に小さなペンダントを握っている。
『追随する髄脳の随筆』
ペンダントっぽい見た目なのに、一応、本の一種らしい。
自分が今まで放って来た魔法を保存し、その放った時の威力そのままで、いつでも無詠唱で召喚出来る道具である。
ゲームで例えるならば、戦闘中、たまたまクリティカルが出た瞬間、その威力(魔法)をペンダントの中にセーブし、保存する。
保存された威力(魔法)は、いつでも好きなタイミングで、ロードし、繰り出せる。
しかも、出した瞬間は、自分の魔力を消費せず、クールタイム(魔法を召喚した後、また召喚出来るまでにかかる冷却時間)も僅か一秒。
見た目の割に、随分と有能な道具。
相手が、全魔法への耐性と、異常なまでの再生能力。加えて、女神の加護(あらゆる魔力を媒介した攻撃による被ダメージを、百分の一にする。上限無し。常時発動。固有魔法の一種と思われる)を持つ勇者で無ければ、きっと勝利の剣はリュクリーク授けられたに違いない。
「リューク……良い魔法を……放つなぁ……可愛い……ヤツ……!」
それでも、肌を灼き、白い骨を剥き出しにし、目玉をベロン…と垂らしながら、細身の勇者は笑いつつ、リュクリークの方へと、獣のように四足歩行で向かってゆく。
勇者は、特別な道具も、何もかも、全て仲間に与えた。ソレは、神と崇められる…彼ら勇者パーティですらも、勇者アヴェルナからすれば、守ってやらなければ儚く死んでしまう、一介の塵に過ぎない為である。
そのまま、数十メートルはあろう間合いを、リュクリークの大魔法を防御もせず、真正面から受けつつ、わずか六秒程で詰め寄り、勢いそのまま、剣を彼の腹部にずぶり…と突き刺す。
「あぐっ…」
そして、リュクリークの内臓から、苦い血が溢れ…ツゥ…と剣を伝い、その血は、アヴェルナの薄赤い舌まで届く。
ズリュリュ…ズゾゾ…とその血を、アヴェルナは長い舌を出して吸い取る。
「はぁ……お前は…魔術師のクセして、剣を使いたがる」
リュクリークは焦り、間髪入れず、回し蹴りをアヴェルナの顔めがけてガツン!と入れると、そのまま距離を取った。
「私とそんなに離れたいのか?」
「陛下…リュクリークの体術も、相当なモノですね」
「そうだな…現代の、自称武術家達などとは比較にならん程の、実戦で使える動きばかりじゃ」
ゼノンは、先ほどからダンテの発言をウザがっている節がある。少し、強い口調で返した。
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改めて、リュクリークの左手のノートについては、既に解説した。
今度は、右手に備える宝剣についてである。
彼の右手には、『王家の霊剣』が握られている。
後々まで、マラレル王家の、その象徴となる宝剣。
能力の詳細は、一切不明である。
ただ、この記憶の戦闘の中で、リュクリークは何度も霊剣を隠す様な仕草をしており…恐らく、何か溜めてから放出するタイプの、制限を設けている魔導具なのだろう。
一撃必殺の、しかし外せば終わりの、いかにも…一見冷静そうに見えるが、その実ギャンブラー気質なリュクリークらしい装備である。
『追随する髄脳の随筆』
「『火』と『風』」
魔術師が叫ぶと、ゴォォ…と巻き上げ、抉り取るようにして、火柱が、廊下を埋め尽くす程のやや液体状の炎が、風に飛ばされ飛散しながら勇者に向かう。
左右が壁の、狭い空間内。喰らわざるを得んだろう。
「おぉ…コレは」
ホスロが、勝負あり!と言いたげに呟く…が。
「『操能力』」
バシュッ!と、勇者が固有魔法を唱えた瞬間、ソレラは分解され、全て残らず、ただの魔力となり、パラパラと空気中に撒き散らされた。
己の最高傑作とも言える魔法のハズなのに……無機質に飛び散る魔力の粉を見ながら、リュクリークは絶望を通り越し、思わず笑った。
「……ははっ……分かってたさ…」
そして、辛そうに、だが満足そうにガクリと膝を着く。
「ならば…もう、私を止めるな、そして……」
当然、コツコツ…と、勇者は魔術師に近付いて行く。
「さぁ…私の手を握れ、思い出せ、リューク、あの日を」
「私と共に…過ごした日々を」
「もう、お前は、テレポートも、何もかも使えんよ」
勇者は、最後にニンマリと。
「お前は、一生私と暮らす運命なんだ」
「お前が拒否しようが、どうしようが、関係ない」
「そういう風に、世界が出来ている」
「私が居る限り、お前は何処に逃げても無駄だよ」
「さぁ帰ろう、リューク、あの田舎に」
「さぁ、さ、歌を、歌いましょう、女神が創りし我が故郷、マラレル、マラレル、ゆーたかなマーラレル!」
「私は……今な、喜びで……泣きそうだよ」
「お前と触れ合えているという……事に……あぁ……いけない、よそう、潰してしまいそうだよ」
アヴェルナの頭には、もう、野原を駆け回った、あのマラレル村の情景しか無いのだろうか。
人の精神を捨て、生物の肉体を超越し、ソレでも尚、リュクリークを求めようとするのだろうか。
「アソコから、全てが始まったんだから……リューク、リューク!」
幼児の様な声で、アヴェルナは、目玉無き瞼から血を流して、叫び続ける。
コクリ…と。流石に堪えたのだろうか。リュクリークは、少し頷いた。
「そうだな……あの日、ははっ……お前が俺に、執着した事から始まった………」
しかし、パシッ…と、だが、ソレでもリュクリークは勇気を以てして、勇者の手を払い除け……
「……哀れな女よ、何度見ても、哀れじゃ」
二人の会話を見つつ、ゼノンは、思わず嘆息した。
____「だからな、もう、終わりにしよう……アヴェルナ」
良く見えない……目が、霞んでいる………パァァ……と、リュクリークの体が、心臓部が光り始めて…いるのだろうか。
「まさか…お前ッ……」
「俺の子に、記憶は渡してある」
「それで…契約は十分だろ?」
「"お前との思い出"は無くならんさ」
________
プツン……と、ここで、視界は途切れた。
そして、また、ホスロの体は、不死鳥の扉の前に立っている。
禍々しい扉。数多の記憶が内蔵された、図書館のよう。更に、恐ろしく見えた。
「どうだ、楽しめたかのぅ?」
「さ、ではでは……マラレル地方の情勢と……まぁ、同盟を結んでやらん事も無い」
「卓に着こう」
ゼノンは、やはり何度も覗いただけはある。ケロリ…としており、また早足で奥の方へと行ってしまった。
「ホスロ殿、ホスロ殿、しっかりせよ」
暫くうずくまっていたが、バンバン!と長髪の騎士団長に叩かれてから、ようやくホスロは落ち着きを取り戻した様で。
「ダンテ殿……リュクリーク一世は、マラレルの始祖じゃ」
「あぁ」
「最後に、言っとったよな……記憶を引き継ぐ……って」
「さぁ…な」
「アヴェルナは、俺の先祖は……不死鳥の目玉で、何を叶えたんじゃろうか…」
「さぁ」
「なぜ、勇者の子孫を……"今のリュクリーク"が…」
「ホスロ殿」
「悩んでも仕方あるまい、昔の事よ、今には関係ない」
ダンテは呆れつつ
「ホスロ殿は、色々と考えすぎる」
「もっと気楽に生きよ、その方が長生き出来るぞ」
そして
「さぁ、陛下を追おう」
「ほら」
あの時の、あの女の目。
抉れつつも、確かに見ていた。
あの、アヴェルナの目が頭から離れない。
夕方の森の様に、不気味で、そして寒気がする。
また、あの目を私は見ることになるのだろうか。




