↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/105

第六十七話:油断大敵


『操炎』は、一応炎系統の魔法の中では最上位に位置する。

ある時は勇者パーティーの魔術師が用い、またある時は"魔王"と呼ばれた魔族の長が好んで使った。

千と百数年の歴史を持つ、伝統的な……ひたすらに、古い魔法である。


「火柱(アッシュ)」


__精霊の女王が「さぁ来い」と立ち止まったと同時に、ホスロはみぞおちの辺りからズズズ…と魔力を捻り出し、高火力技である"火柱"を放とうとする。

数百年前から魔術師達に好まれた、コスパの良い技である。周囲の塵や砂に火を付け、『操炎』で操り、巨大な火柱を形成し火砕流の様に対象を削り取り、あらゆる鎧を灼き砕き、内部まで溶かし破壊する。


そんな殺傷能力の塊の様な技を、ホスロは三本程、自身の周囲のヌメヌメとした地面から、ゴォォッと練り出し、勢いそのまま、未だに薄ら笑いを浮かべる精霊に向かって飛ばした。


「懐かしい技じゃ、確か……フォルクス一族の者が……いや、勇者パーティーの…誰だったかな、アヤツの得意技であったのぅ」


ブツブツと言いつつ、思い出に浸りつつ、精霊は迫りくる火柱を目の前に、一切動かない。驚かず、瞬きすらせずに、森の如く悠然と直立している。


ガガガッ!と岩すら崩す大技は、空気を裂き、地面を抉りながら、嵐の如き速度で、モロに炎樹の精霊の顔面に直撃した……が、彼女は涼しい顔をして、モクモクと湧き上がる蒸気と砂塵と煙の中で、飽きたように爪を研ぎ始める。


「さぁ、コレで十秒ほどかな、経ったぞ」


「小僧よ、どうで__まぁ、そうじゃのぅ……それで良い」


火柱(アッシュ)が効果無しと判明しても、ホスロも表情を崩さず、ノータイムで詠唱を始めた。

ソレは普遍魔法の原点たる『火』の詠唱である。

『操炎』の火力を、普遍魔法との詠唱による相乗効果によって高める戦法を取ったのだ。


「火よ満ちよ、火よ満ちよ、我の手中に汝の廃火を」


「……だが、それで足りるかな」


「廃火は主を棄て、杖を灼き…彼の大盾を貫かん」


「生命の根源たる大火よ、炎樹の化身より生まれし灯火よ」


「母なる火は赤子を抱き、不死鳥の卵を妊み沸かす」


「火を求めよ、火を求めよ、宮を破りて再誕せん」


炎樹の女王は、目の前で詠唱を続ける少年を前に、愉快そうにしている。

魚が陸で苦しそうに跳ねるのを見て楽しむ様に。足をもいだ蟻がのたうち回るのを観察するように、愉快そうに、心底楽しそうに、精霊は、邪魔をせず、ただ見ている。


「__火の女神の寵愛が、我にあらんことを」


(…ぬるい)


三段階詠唱(完全詠唱は五段階となる)の『火』の普遍魔法に加えて、己の中に残る全魔力を消費する代わりに、火力を底上げする契約を体内で結び発動させた『操炎』の効果により、いつの間にか……ホスロの掌の上の小さな炎は、黒に近い青色をしていた。


炎樹よりも暗く、熱く、そして龍炎に匹敵する密度である。相手が炎の象徴たる女神で無ければ、たちまち灰と成って居ただろう。


つまり……(ぬるい)。ソレは、炎樹の女王としては、最上級の褒め言葉であるに違いない。温度を感じる程度には、認めているのである。


__精霊(サラマンダー)が仕掛けた『火』の地雷原のせいで動けずに居る仲間や、部下達が生唾を飲み込み、息を殺している。緊張故なのだろうか、もう、死ぬ事が分かっているからなのか…いずれにせよ、ジタバタしないのは立派だなぁと、精霊は周囲に魔力網を張り巡らしつつ、感心した。


「早く撃て、もう三十秒と少ししか無いぞ?」


「賭けの途中は契約の影響で動かぬ、否、動けぬが、コレが終われば……そうじゃのぅ、ほれ、あの東洋の女から殺そうか」


ニヤリ…と精霊は、先程自分で吹き飛ばした、左衛門尉の方を見つつ口角を上げた。

舌舐めずりを、ベロリとまたやって、赤色の眼で少女の小さな全身を鋭く見渡している。


「良い体付きじゃのぅ……特に肩の肉が美味そうに出来て__」


だが、その言葉が、戦士にとってはある意味褒め言葉のような、恐ろしいセリフは……途中でキャンセルされた。


精霊の視点は、安心したように笑う左衛門尉の口元から、自身の身体へと移る。


「申し訳御座いません…偉大なる炎の女王よ、アレは私の部下だ……代わりにコレでも如何かな?」


何処からとも無く声が聞こえ、ドスッ!

と、鋭い刃物が自分(サラマンダー)の心臓部を貫いていた。


「……はぁ゛?」


驚いた様に首だけ回し、振り返る。

見れば……長髪の小虫(ダンテ)風情が、レイピアを片手に、自分の臓器を抉っているでは無いか。


「貴様……どうやって…」


「設置式の魔法陣、アレ、中々のだったな」


「陣の上に居る生物の情報を解析し、少しでも移動すれば勝手に発動する」


「その゛…通りだ……体重、魔力の増減に……関係なぐッ……何故……」


更に、メリメリ…と刃物が硬い精霊の体内を、這うように抉る。


「ソレに……どうやって…妾の炎甲皮(フレアテスタ)を……あの゛小娘の様に…魔力量も少なき貴様が……」


どうやって、貫いたのだ。と口から血を流しつつ、目をひたすらに、怒りながら、張り裂けるように丸くした。


「『鋭いレイピア』俺の先祖の相棒だよ」


「ただ、ただ、鋭いだけの剣さ」


__メフメル一族の宝剣。ソレは、初めはただの剣であった。金も無く、特別な血筋でも無かったメフメルの初代は、己の武器を伝説にしたのだ。愛する親友の為に、勇者パーティーに相応しい様に。


「そんな事より女王陛下、目の前をご覧あれ」


今度は、ホスロの方が悠然と歩み寄り、先程ダンテが付けた傷口に向かって、掌に乗るサイズの、小さな火炎を近付けてゆく。

まるで、こうなる事が分かっていたかの様な落ち着き具合である。実際は、極度の集中と恐怖で、今の状況に適応しているだけなのだろうが。


(不味い…!耐熱性能が有るのは、あくまで魔法を練り出す甲皮のみ……体内…特に心臓部は過熱状態(オーバーヒート)せぬように一定の温度に保っておる……!)


「小僧ら、ナメッ__「宜しいのですか、陛下?」」


「"動かぬ"という契約ですよ?」


「ッ…!……!!」


この時、産まれて初めて……精霊は、後悔という感情を会得したのかも知れない。

それは、千年を超える生の頁(ページ)の中に、初めて出てきた単語であった。恐ろしく、軽蔑すべき感情。弱者の為の言葉であった。


「ようやったダンテ殿……さぁ精霊様、観念なされよ」


時間もない、手短に、サッサとホスロは終わらせる。

精霊は、目から小さく血を流しつつ、ホスロを睨みつけるが、当然契約が有るため止まらない。


ボッ!………ジジジ……


「間に合ったな」


「…チィ、どけぃ!」


えぐり出された傷口に、高密度の、別魔力での炎技を喰らい、精霊は確実に"ダメージを負った"。

致命傷では無いにしても、確実に負ったのだ。


つまり、賭けは彼女の負けである。敗者となった以上、ホスロとの約束を守らねばなるまい。


だが愚かな事に、傷口を抑えつつ、炎樹の精霊は必死に逃げようと画策する。

己の、本来ならば戦闘にしか使わぬノウハウをフル活用して、何とか道を開こうとする……が


「動くな、まだ何も言っとらん」


ピタリ…と、"契約の内容"を消化していないため、ホスロと距離を取ることは叶わなかった。


「"レマロナ"、出て来い」


ホスロはそう言うと、懐から魔力で充満する小瓶を取り出し、続けて小さく光る、レマナと共同開発した精霊をバサリと解き放った。

炎の精霊は、目の前でビュンビュンと飛び回る同胞を見て……嫌な予感が、即座に脳を支配する。


……まさか


「取り込め、自我が混ざっても構わん、サラマンダーの記憶は全て、そのままにな」


「この……妾が……」


(こんな、固有能力すら無い……精霊とすら呼べぬ塵芥(ちくしょう)に……!)


「覚えておれ……炎使いの小僧!妾が取り込まれたとて、対抗手段は有るわ!貴様は自分の使い魔を無駄に…ごぇぇ……かハッ!」


有無を言わせず、ホスロはレマロナをサラマンダーの口にねじ込み、続けて魔力による遠隔操作で脳まで貫き、渡らせた。


「……がっ……待て……!悪かった、もう一度、そうじゃ……ぐがっ!……み、見逃してやるッ…ん゛ん゛………」


「レマロナ、そうじゃ、壊さずにな」


「ンがっ……くそ……がぁぁ!!」


精霊にとっての脳とは、人間とは違い、あくまで感情と記憶を制御する装置の様なものである。

複雑な作りで無いため、少しでも異物が混じれば、誤作動を起こし、情緒が乱れる。


「お゛、ごッ……まって……ヤバイヤバイやばい゛…!中枢きかん゛じゃ、そこは!!」


「良い駒が手に入ったな、ホスロ殿」


ダンテが少年の肩にポンポン、と手をやりつつ、労った。

地面には、頭を抱えながらのたうち回る赤龍の少女が、短く叫び続けている。


「じゃけど…多分、弱体化するよな、使い魔(精霊)にすれば」


「そりゃあな、なにせ取り込む器が新米の精霊だからな、良くて一等宮廷魔術師レベルで収まるだろうよ」


「そか……所でダンテ殿…ヨナタン達……」


サラマンダーが張り巡らした『火』の地雷原は健在であるので、未だに、微動だにしていない。一応、魔法陣自体は本人にしか解除出来ぬのだ。


彼女としては、この地雷原を交渉材料にするつもりだったのだろうが、アテが外れてしまった。


「良い良い、後で解除すれば……というより…」


「たのむから゛!許せ!」


「この女王様が、貴殿の駒になってからでないと、無理だな」


二人は、そのまま暫く眼下の精霊を見下ろした。




______


「で、どうやって『火』の普遍魔法の地雷原から抜け出したのだ、ダンテ殿」


サラマンダーの叫び声も止み、彼女の魔力も切れたのだろう(設置者の魔力切れでも、自動で解除される)。設置式の魔法陣の数々も薄れると、ようやくヨナタン達は自由に動けるようになった。


「ヨナタン殿……俺が誰の子孫か知らぬのか?」


「ルーナ・メフメルの直系…つまり、黄金造りの鎧の継承者だ」


ダンテは、そして誇らしそうに黒外套を脱ぐと、その下に着込む鎧をガシャリ、と見せびらかして


「別名『解呪の鎧』、あらゆるトラップに引っ掛からなくなり、魔力による探知(魔力網の事全般を指す)を無効化する」


「……なるほどな、設置式の魔法陣も言わば罠(トラップ)の一種…精霊様は、油断が過ぎたな」


ヨナタンは、その黒々とした、縦に大きな単眼を、ニィと細めて笑った。


「ハァ……はぁ゛……小僧共が………ぐっくっく、ホスロとやら…残念だったなぁ、お前の飼う精霊ごときでは、妾の制御なぞ不可能であったぞ」


「おや…女王陛下はまだまだ元気であらせられる」


だが、見れば、まだ炎樹の女王は地面にベタッとしており、鋭い眼で、先程からアステルドと一緒に横木に腰掛け、剣を研いでいるホスロをギロリと睨んでいた。


だが、誰も、最早彼女(サラマンダー)が脅威の存在では無いと分かっている(目視できる残存魔力量より)ので無視しており、ダンテに至っては、ニコニコしながら指でさし、馬鹿にしさえしていた。


当然、当のホスロも既に気にかけては居ない


「おっ、アステルド、『水』の普遍魔法唱えてや、ちょい足りん」


「ふむぅ…研ぎすぎるなよ、程々に太い方が良い…折れるからな」


「こっちを見んか小僧!」


精霊は、頑張って声を張り上げる。


「アステルドのロングソードは、いつ見ても光ってるなぁ……油でも塗っとん?」


「あぁ…『油研ぎ』と言ってなぁ、魔蟲から絞った虫油で表面をコーティングする手法だ」


「剣を長持ちさせたいので有れば、オススメだぞ」


畏敬の対象であった女王は、無視される経験が無いのだろう。一向に目を合わせようとしない無礼者達を見て、ビキビキ…と顔に太い血管を浮かび上がらせ……続けてガバリ…と口を大きく開き始めた。


「もう良い…もう良い、この場の……森ごとだ、消し去ってくれよう……熱息吹(ブレス)__」


「さっきからうるさいわ!早よ俺の中に戻れレマロナ!」


反抗期の子供を、先生が叱りつける様にホスロが叫ぶと、ズリズリ……ザザザザー……とサラマンダー……いや、レマロナの体が無理にホスロの方に引っ張られてゆく。

放とうとしていた熱息吹(ブレス)もキャンセルされ、口元に集中させていたエレルギーの塊は、全てホスロの魔力に変換された。


「ぐがっ……このぉ……」


今にも目から血が吹き出そうな程にレマロナは怒り心頭であるが、結局命令には逆らえず、ピタリ、とホスロに密着した後に、ズズズ…と少年の体内に隠れてゆく。


「……!……、……!!」


なにやらモゴモゴ言っていたが、ホスロの体内にすっかり入ってからは、何も聞こえなくなる。


「今はまだサラマンダーの自我が強いが、その内収まるだろう」


ダンテが一連の流れを呆れた様に見つつ、ホスロに近付いてきた。


「…どうだか、レマロナは自我があったと言うよりも、精霊の本能で喋ったり、生きとった様なモンじゃけん、あまり変わらなかったりしてな」


「それもそうかな、まぁ、お喋りなお供が増えて良かったでは無いか」


「良くないわ、あんな煩くてプライド塗れの生き物なんぞ……役に立つのやら」


すると、ヨナタンがホスロの方を見て苦笑いしながら


「殿下の家には鏡が置いて居ないらしいな、家(ウチ)に古いのが何個かあるから、欲しい時は何時でも言えよ」


「………お前は、ホンマに…」


せっかくハプニングを共に乗り越えたと言うのに、終わればすぐにコレである。


「まぁエエ、それより、皆、用意は出来たか」


ホスロは後方に控える部下達に振り返り、ドラグーン皇国への献上品に損害が無いことを確かめ、その後に、再び移動を開始した。


__炎樹を抜ければ、皇国は見えてくるハズである。


当初の目的地である、ドラグーン皇国。

炎樹の女王(サラマンダー)ですら気を使い、踏み込まぬ竜達の都。

ソレは勇者一行が立ち寄り、魔都と名付けた禁足地でもある。


「ホスロ殿、ドラグーン皇国の伝承を聞いたことが有るか?」


移動の前に、ふとダンテが話しかけて来た。


「ない」


「そうか、__リュクリークの杖は竜を灼き、ゲラマドは祈る、その竜殺しはメフメルへの冒涜であり、ソレは同時に病の元であった」


「竜血の病に冒されても尚、戦士は勇者に仕え、竜戦士の異名を授かった……メフメルは己を恥じ、勇者は友の功績と忠誠を祝ったのであった__皇国では、幼児が口ずさむ程に有名だぞ」


「そか…」


(何を言ってんのか全く分からんけど、取り敢えず竜が一杯居る所なんじゃろなぁ…)


龍の都は、もうすぐ其処である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。