第六十六話:大地の化身
何故……言ってしまえば、"ただの人型のドラゴン"が炎の精霊、サラマンダーと呼ばれ畏怖されるのか。
『操火』『操炎』『練爆炎』……
全ての炎系統の固有魔法は、元を辿ればある生物に行き着く。ソレは神話の時代よりも、遥かに遠く…そして、まだ魔法という概念が無い時代、全ての大地を支配下に置いた、偉大なる炎樹の女王の魔法から派生したのだ。
__「壁!早くしろッ!!」
若き護国卿の眼前には、今にも熱光線を打ってきそうに腰を少し屈ませ、巨大な尻尾を地面に突き刺し重心を安定させ………バリバリ!…と口の周りから甲殻が付着した触手の様な器官を凝縮させ纏め上げ、紅く爛れた光を発するするサラマンダーがいる。
炎の精霊、その所以たる熱息吹は、かの勇者の大盾を溶かし、その鉱石の如き腹を抉った。
始祖の魔法『操熱』の奥義……
女王の放つ眩い息吹は数多の戦士を虜にし、何千人もの魔術師が、ソレを自らの物にしようとし、自熱に耐えれず命を落として行った。
唯一、リュクリーク・ノルマンドを除いては__
「…さぁ……避けてみよ」
ニタリと赤トカゲの少女は笑いつつ、光を放つ。
数百年ぶりに顕現されたその古技は、尚も衰えては居なかった。
赤黒い光は、四重にも張られた『影』と『光』の普遍魔法で作られた壁を貫通し、二人の公国騎士の胴体を溶かしながら両断し……
「グッ……」
「ホスロ殿!」
ホスロの右腕を消滅させる。
「おっと、いかんいかん」
「喰える部分を減らしてしまったわ、妾とした事が……自制力が落ちたかな」
ペロリ、と舌舐めずりをしつつ、ドラゴンと人間の女性のキメラの様な生物は、更に目を細め、懐かしげな表情を取った。
「ヨナタン……アステルド…このまま…待っていてもジリ貧じゃわ…仕掛けよう」
ホスロは右腕を抑えながら、部分的に『操天狗』を発動させ、ズリリり……と先程焼けただれた右腕を回復させる。
幸いにも、相手は自分達を敵とは認識しておらず、連続して攻撃してくる様子も無い。
一応、会話をする暇は有る。
「殿下…その技は…なんだ?」
「レマナから教えてもらった、普遍魔法じゃ」
目の前の赤龍の少女に悟られぬように、味方にもバレぬように…ホスロは『操天狗』を秘密にするらしい。切り札は、誰にも知られぬからこそ生きるのだ。
「さて、小僧ら、どうするのだ」
「このまま部下の騎士達を盾にしつつ好機を窺うか?」
「ソレとも、犠牲を覚悟で妾に突っ込んで来るか__」
バキィッ!
と、サラマンダーの視線が再びホスロに向いている隙に、左衛門尉が竹笠を捨て、彼女の固有魔法である『操燕』を最大出力にして斬り掛かった。
銀色に光る東洋刀が、三回程虚空を斬る音が遅れて聞こえてくる。
鋭い刃はサラマンダーの尻尾に食い込み……甲殻を破壊し、肉まで切り裂き、一部が切り上げられ宙を舞う。
「小娘…!良い動きじゃ!」
ここで、初めて精霊は獲物を見つけた様な目をする。虫取りから兎狩りになった様に、体中に血を巡らせ、足腰の筋肉を躍動させる。
「アステルド殿とホスロ殿は、左衛門尉の援護をしてやってくれ、後の者達は炎の精霊を囲むように並べ!」
彼女が飛び出すと、すぐさまダンテが叫んだ。事前に耳打ちでもしていたのだろう。
騎士団長の言葉に誰も反論は無く、ホスロも「そうせよ」と麾下の兵達に素早く指示する。
「ダンテ殿、俺も行かせてくれ」
ヨナタンが泣きそうな声で頼むが
「駄目だ、ヨナタン殿は固有魔法が『操力』のみで、身体強化も…速度に関してはそこまでだろう」
「行けば足手まといになる…君のお得意の力比べに持ち込む前に、首を折られるさ」
__実際、ダンテの言う事は正しく
『操炎』で身体強化を施したホスロが、ついて行くのがやっとのレベルの展開の速さであった。
ちなみにもう一方の、アステルドの固有魔法は『纏獣』であり、純粋にフィジカルを鍛える魔法である。『操』や『練』が頭に付かないのは、人狐族固有の能力で有るためだろう。
当然、そんなアステルドであっても、やや足手まとい気味である。
三人で四方八方から斬り掛かっても、サラマンダーは一切崩れない。涼しい顔をして、いなす。
手の表面には、赤龍の甲皮で生成された鋭い爪。ソレはどんな鉱石よりも硬く、柔らかく、そして鉄をも貫く。
「どうした炎使いの小僧よ、もう疲れたのか?」
「まだ……まだぁ!」
ホスロは鼻血を出しながら、脳を魔力強化する事により動体視力を引き上げ、何とかついて行こうとするが………ばごっ!と、逆に精霊は苛ついた様に、ホスロの顔面に蹴りを入れた。
「ッ!」
「青二才…くそっ!」
だが、誰も気に掛ける余裕は無く、地面に叩きつけられたホスロは、ボタボタと今度は口から血を垂らす。
「軽い、遅い、未熟」
「先程から…弱いのだよ、お前だけ」
「本当に……腹立たしい…こんな者が、妾と同じ炎系統の魔法使いだとはな…」
言いつつ、残ったアステルドと左衛門尉にも、「遊びは終わりだ 」と言わんばかりに、いとも簡単そうに、それぞれみぞおちに正確に拳を入れて吹き飛ばした。
「ダンテ殿……加勢しよう!」
「待て、動くなヨナタン殿!」
仲間の窮地を見ていられなくなった鹿頭の騎士が、大剣を抜きつつ征こうとするのを、ダンテは叫び、止める。
ヨナタンの方も場数を踏んでいるだけ有り、直ぐに冷静になり、彼の言葉に従い、地面を見ると……
いつの間にか…無音で、『火』の普遍魔法の魔法陣が真下に敷かれていた。
しかも、高等魔法となる、設置式の魔法陣である。
「正解じゃ、長髪の小僧…動くなよ……そこで、この男が死ぬ様子を、よぅく見ておけ」
言いながら、コツコツ…と精霊は、未だに傷が回復出来ずにうずくまるホスロへと歩み寄る。
そして、ガシリと少年の髪を掴んで血まみれの顔を無理やり上げた。
「はぁ…はぁ……全く、炎の精霊様らしゅう…無いなぁ……」
「結局は、魔力強化に任せた力技ばっかじゃがな」
この男は、死に際になっても何かを言わねば気が済まぬらしい。相手が、グリフォンと並ぶ様な神話の化け物で有るため、わざと怒らしてみたいという気持ちが有るのだろうが。
だが、この意地っ張りな性格が、少年の命を救った。
ホスロの言葉を聞き終えると、何故か精霊の動きが止まる。
「くっふふふ…そうか、"魔力強化だけ"……か」
偉大なる、炎樹の精霊は、少し青筋を立てながら、笑顔で
「ならば小僧、賭けをしよう」
「今から一分間、妾は何の防御魔法も展開せず、魔力による身体強化もせず……動かぬ」
「その間に貴様の『操炎』を以て妾の体に傷を負わしてみよ」
大地の化身、神話の時代の象徴たる、その分厚い炎甲皮のみで耐えるのだと。
「もし少しでも傷が付いたならば、貴様の言うことを何でも聞き届けてやる」
「されど…出来なければ……うずくまる貴様の目の前で、仲間を一人一人…首から上を灰にしてゆく……良いな?」
そして、馬鹿にする様な表情のまま、精霊はホスロの髪を掴み、放り投げ、立たせた
「さぁ、遊戯の始まりじゃ、来てみよ!」
炎の女王は、赤い眼を大きく裂き開き、吠えた。




