第六十八話:来客
「陛下、ニクスキオン朝と、マラレル王国との戦争が始まったとの報告が」
「ほぅ……またか」
大トカゲの大鱗で作られた、ゴツゴツとした、座ったら痛そうな椅子の上に、男が腰を下ろしている。
だが、ただの男では無い。頭部が小さな龍、体が人間の、龍竜人族であった。
マラレルの玉座の間とは違い、質素な木造りの……だが、魔液入りの漆で表面をコーティングした魔木で作られた、一見要塞の様な部屋である。
反魔法と、催眠無効の魔法も練り込まれており、それだけで…この館の主の性格が良く分かるであろう。
「全く…リュクリーク王は戦好きなお人よのぅ」
「はっはっは、陛下がソレを申されますか」
部屋の中には、皇帝と、四人の家臣が居る。
だが身分制の世の中らしく、面と向かって皇帝と会話が出来るのは、その内の一人だけであった。
その、例の、先程から皇帝と話をしているのは、頭が完全に竜の、体の大きな騎士である。
赤塗りの鎧を着込み、腰には直剣。筋肉はたくましく、背も二メートルは超えている。
「……それにしても、始まったのであれば、アッディーン公国で研究者を任せられておる儂の娘は無事かのぅ……」
「ふむぅ……まだ正確な情報は届いておりませぬが、公国とマラレルの戦争に乗じて、ニクスキオン朝も参入する予定との事ですし…長期戦になる筈、まだまだ健在であらせられよう」
「なぁに、あのホロロセルス・サラーフ・アッディーン様が治められている地で御座います」
「陛下も、あの方であればこそ、レマナ様を預けられたのでしょう?」
すると、大きな椅子の上の皇帝は「ふむふむ、そうじゃの」と言って朗らかに笑った。
遠方の為、中々中央の情報が掴めぬ中で、公国、マラレル王国、ニクスキオン朝間で戦争が始まる予定であるとの事を、この短期間で知っていると言うのは、優秀な方なのかも知れない。
そして、まだ皇帝は、目の前の大男との会話を続ける。
「よしよし、まぁ…この話はここまで……ところでタレスよ、話は変わるが…やはり、西方諸国の貪欲さは恐ろしいばかりじゃ…近頃我が国の国境付近の鉱山帯に、騎士団を派遣して来よる」
また皇帝は、憂鬱そうな顔に戻る。
「十竜騎士は……動かせぬし、否、ウェルギリウスは問題ないか」
続けて、目の前の家臣の方を向くでも無く、虚空を見つつ考えて
「ウェルギリウス、ウェルギリウス」
そして、高らかに吠えた。
「はっ!」
すると、能力の関係だろうか。ヌルリ…とコレまた大柄な男が、部屋の隅にそびえ立つ、巨大な柱に出来た影から湧いて出て、皇帝の眼前でスチャリ…と膝を付く。
「ウェルギリウスよ、お主の武勇を儂はよう信頼しておる、そなたならば、たとえ西方諸国が十万の兵で山を駆け上って来ても、残らず追い落とせる筈じゃ」
「ははっ」
そして、男はソレ以外は何も言い返さず、消えた。
幾つの兵を与えるやら、誰々を与力として付けてやるやら、そう言う事は一切言わないし、また部下も尋ねない。
この当時では珍しい主従関係と言えよう。部下が、自分の意思で、王の直営隊から兵を引き抜けるのだ。
「……全く、将軍殿らも休まれる暇が有りませぬな」
今度は、質問を投げられた割に、勝手に皇帝自身が決めたせいで、少々不服そうな表情をする……先程の、タレスと言う名の男が憐れむように言う。
「何を申すか、タレス……彼らにとっては、いや、そなた等にとっては、暇こそ不名誉であろう」
タレス。ドラグーン皇国の将軍である。
齢四百と少し。皇国出身で、神話の時代の大戦期の人物として、大抵の歴史書にその名が刻まれている。
__十竜戦士の筆頭、ドラグーンの出身であるタレスは、ゼノン・ロ・タロの部将であった。兵を指揮すればフォルクスの如し、自ら戦えばラエリウスの如し……ただ、堅実な将であったため、大勝を得ることはついぞ無いであろう__
そして……ドラグーン皇国、皇帝ゼノン・ロ・タロは不機嫌そうに椅子に座る。
それは、自分が最も信頼する十竜戦士の、しかも筆頭が……功績を得る機会が与えられることを、面倒くさがった為である。
「なるほど、確かに、昔の私ならば「自分が行きましょう」と勇んでウェルギリウス殿を押しのけていたでしょうなぁ」
「くっくっく、戦闘卿も、老いたなぁ」
「陛下、陛下、またまた御冗談を、貴方が言えることでは有りませんよ」
また言われ、ぴしゃり、とゼノンは、舌を出しながら自分の頭を軽く叩いた。
近頃の皇国には西方諸国からの圧力の他には、北方地域との交流も薄いため、特に大きな問題は無い。
反乱も起きず、財政はやや赤字気味では有るが、ソレでもこの先二百年は大丈夫だろう。
王の治世も中々良く、このように、毎日タレス老人を始めとする十竜騎士連中と相談しつつ、なぁなぁと決めてゆくのが皇国のスタイルなのだ。
__「陛下、陛下!」
だが突然。そんな老人二人でのんびりと、政治の延長線上の無駄話を続けていると、いきなり、若い龍竜人族の将軍が、無礼にも取り次ぎもせずして、バンッ!とドアをやや破壊しつつ部屋に入ってきた。
「……なんじゃ、全く…近頃の若造は加減も……いや、良い…またホラティウスが問題を起こしたのか?」
ゼノンは、目を細めて気が乗らなさそうに、若い将の無礼を叱らず、やれやれと聞いてやる
「いいえ、それが……オアシス村のダンテ将軍と、アッディーン公国のアステルド卿が急に訪ねられて、陛下に会わせて欲しいと……」
「公国に…オアシス村……」
「ふ……むぅ、なるほど、久方ぶりの来客じゃな……取り敢えず、宮殿の一室に案内せよ」
「はっ!」
若者は、人の良さそうな声と共に去っていった。
皇帝、ゼノンはすぐさま部下に問う。
「…タレスよ、ダンテと言えば、恐らくダンテ・メフメル(ダンテは、メフメル一族に多い名である)……メフメル一族の者だろうが、アステルド……儂は聞いたことが無い、分かるか?」
「はて…事前に通達も有りませんし、何でしょうなぁ……されど、出来れば北方の面倒事に首を突っ込まぬ方が宜しいかと」
「追い返せ、という事か?」
「はい」
将軍タレスは、淀み無く返した。
「……じゃが、ふむ……しかし…のぅ、儂の直感が「会ったほうが良い」と言っておる、会おう!」
「今すぐじゃっ」
皇帝は小さく叫び、続けて付近に侍る家臣の何名かを、ダンテ達の部屋に向かわせた。
「ふっふっふ…陛下の直感は、あまり当たった事が無いのでは?」
「いや、今回こそは本物よ、ビビッと来おったわい」
ピンッと皇帝は、指を自分の頭に当てつつ言った。
「なるほど……ならば、もう何も申しませぬ」
____
少し時が経ち__一方、長旅の末に到着したホスロ一行は、通された部屋で皆自由に寛いでいる。
皇国に付くと、そこから先はダンテが色々と取り計らってくれ、今に至る。
全く、優秀な男である。彼はこの世界の共通語であるマラレル語(南方は少し訛っている)にも堪能で有るため、大抵の地域に使いとして出されても、卒なくこなすのだろう。
「おっ、この道具……どうやって使うんじゃろ……」
「おいホスロ殿、あまり部屋の物に触るな…っておい、左衛門尉、お前もだ」
豪華な部屋に通されるなり、ホスロと左衛門尉は、好奇心が抑えられないらしく、目新しい物があれば手当たり次第にベタベタ触り、小動物のように部屋中をハイハイと駆け回る。
ガシャガシャ、と飾られた鎧をつついたり、そこら辺に立てかけられた剣をスラリ…と抜いてみる。
「ダンテ殿、この部屋には、どうやら用を足す場所が無いらしい…そこら辺にしていいか?」
「ダメに決まっているだろう、ヨナタン殿…ここは貴殿の実家では無いのだぞ……」
ヨナタンもヨナタンで、下級貴族時代の癖が抜けておらず、と言うか、この男は元来荒い。
見れば大剣も抜き身のまま地面に突き刺して置いているし……ホスロは連れて来る仲間を見誤ったのかも知れない。
「はぁ……アステルド殿、あの子達に躾をしておけ、あれじゃどう見ても田舎者だ」
この先苦労するぞ、と言いつつ、左衛門尉についてはあまり言及せずに、ダンテは部屋の隅で何かを見つめている黒狐に向けて愚痴を零すが
「見てみよダンテ殿、扉の前に立っている女騎士を」
「ありゃあ良い」
アステルドもアステルドで、はっはっと舌を出しながら、近くに居る近衛兵に執心しており、相手もソレに気付いてゴミを見るかの様な薄い目で、アステルドにニコリと微笑み返していた。
「……」
「まぁ……そうだな、不審者をしっかりと見張る、良兵で有るのは確かだな」
「しかしな、アステルド殿、皇国の女性は手強いぞ…なにせ__」
すると、ダンテが再び何かを言う前に、トコトコ…とその女性の騎士が、二人の所まで近づいて来て、そのままダンテの眼前で止まった。
薄い青髪の、龍竜人族の女。ただし、人化を発動させているため、見た目にはソレらしさは無い。
穏やかながら、底知れなさを感じさせる風貌である。
「ダンテ将軍、アステルド殿、お連れの方と共に王室へどうぞ」
「そうかお嬢さん、有難う」
「ようやくか」と言いつつ、ダンテの代わりに、何故かアステルドが出張って受け答えをして
「ついでと言ってはなんだが、どうかな、この後一緒に食事でも」
そして、そのまま滑らかな挙動で、スルリと女騎士の手を取り、黒く長い口で、口付けをしようとする。
「……ぞ」
「うむ?」
「見るだけであれば……良い……が、調子に乗るなよ狐風情、私の手を離せ、さもなくばたたっ斬るぞ」
瞬間、ズドン…と女性の纏う魔力量が五割程増し、特に後ろに居た筈のホスロでさえ、目に見えてビクッとする。この中では一番魔力量が低い為、魔力探知のレーダーが素早く反応したのだ。
「……」
そして、ササッ、と青くなりながら、アステルドは手を引く。
隣に居るダンテは、口を押さえて横を向きつつ笑っており、反対に居たヨナタンも、はぁ…と呆れた顔をする。
「……ふん、女を誘うならば、この程度で手を離すな、私の魔力量を見ても尚も口付けをしていれば、考えてやったのに」
「……ならば…ふむ……代わりに足でも舐めようか?」
「汚いわッ、どういう思考回路をしているのだ貴様は!」
「女騎士さん、女騎士さん、時間が勿体ない、早う陛下のとこまで案内してや」
流石に見かねたホスロが、それでも恐る恐る口を挟む。
「はッ…失礼致しました、ホスロ殿……では、ささっ、こちらへ」
続けて、すぐさま彼女は切り替えて、ガチャリ…とホスロ達のいる部屋の重い扉を明け、先頭をゆったりと歩み始める。
「くっはっは、気合いを入れとけよ、ホスロ殿、"霊剣狩り"ゼノン・ロ・タロに見えるのだ、せいぜい失禁せぬように」
「はっ、ダンテ殿こそ」
神話の時代の群雄の部屋を前にして、逆に少年は興奮している。




