第五十話:パンドラの箱
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勇者は神のような人であった。
天賦の才を授かり、九つの異能と、僧侶、魔法使い、戦士を従え旅をした。
彼女の旅は困難を極め、いつしか……覇道の途中で魔法使いと僧侶と仲違いをし、別れ、戦士を夢の途上で失った。
孤高の勇者は国を建てるも傷は癒えず、目玉をくり抜きアヴェルナを創り祈った。
アヴェルナは人であり、魔法使いであった。
王の名は廃れ、代わりに教祖となった彼こそ、真なる魔法使いなのだ。
真贋は関係無い、勇者は彼を伴侶とした。
眠りに就くまでの______
「アホらし、別の書物を……」
少年が、暗い図書館内をカツカツ、と歩いている。
クレアとの契約から更に一日経ってから、ホスロはマドラサ国立図書館へと赴いた。
しかも、ただの調べ物ではない。
「やぁ、管理人さんか、ちょっと悪いんじゃけど……禁読所、開けてくれんかな?」
と、来るや否や、司書に頼みこみ、「いやぁ、ソレはちょっと……」と断られかけるも、小一時間程説得し、漸く…二時間だけ入れさせて貰えた。
どうやらジルレドでさえも、あまり来なかったらしい。
『勇者の記録』
とタイトルにある本を、禁読所に入った瞬間くらいに、手にとる。
内容は勇者の才を讃え、履歴を書いただけである。
(…アホらしい、こんな本、わざわざ限られた人しか目に出来ん場所に置かんでエエのに)
クモの巣のように本が宙を浮き、漂っている禁読所、ソレの中で一際目立って居たから読んでみたと言うのに。
(そこら辺に投げて、別のを読むか)
…そう思い、行動しようとする………だが、それは麻薬のようであった。閉じようとしたのに、磁石のようにホスロの手は本から離れない。
(魔術の類いか…!!)
逃げなければ、そう感じ、『操炎』を発動する。
が、不発に終わった。どうやらこの本を取ってから…固有能力が制限されるらしい。
「…なんなん…コレ……「『勇者の話の…続きをしよう』」」
自分の声であった。口が、レマナに操られた時のように、自然と動く。
(…やはり……!設置式の魔法……!?)
設置式ともなると、使用出来る人間もかなり限られる。最上位難度の魔法なのだ。
今度こそ、コレはいかん、と離れようとしたが、バキッという鋭い音と鼻を突く匂いと共に、ホスロの意識は奪われる。
そして……少年の意識は、本の中へと入ってゆく。
コクリ……コクリ……と
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「……なぁ、リューク、私と……、どっちが強いと思う?」
「…さぁ、知らんな、近接では脳筋ゴリラの勇者様、遠〜中距離なら…………だろ」
「次ゴリラって言ったらブッ飛ばすよ?」
「……」
本の中では、四人の男女が道なき道を歩いている。
一面の、荒野である。
ラクダが通った跡のような窪みも無ければ、本当に……砂のみが、見える。
太陽は天を貫くようにして昇り差し、見るだけで暑そう。
「なぁ………よ」
四人の内、先程大柄で、両手剣を肩に担ぐ女性から「リューク」と呼ばれていた男が、前を歩いていた別の女性の騎士に声を掛ける。
「はい、どうされました魔法使い様」
「いや、道が合ってるのかな…と思ってな、いや、絶対この道違うよな………全然オアシス村に着かねぇじゃねぇか!!」
(なんなん……この景色は)
目の前で、顔は判別できないが、どうやら四人の冒険者がワチャワチャとしている。
一人ひとりの名前も曖昧で、「リューク」という人しか鮮明でない。
(こんな…いや、思い出を保存しとくのはエエ事じゃけど……)
早く出よう、今、自分には時間が無いのだ。
また、次の機会に。
「良いのか?」
砂漠を歩く四人の旅人から背を向け、夢中の体でなく、現実の本体に直接『雷』の普遍魔法を送り、目を覚まそうとした瞬間、先程までにこやかに雑談をしていた四人の首が一斉に、バッ!とこちらに向いた。
だが、不思議な事に、声は一つであった。
皆、やはり顔の細部は見えない。
だが、口がガパリ…と開き、目が抉られたようにして黒ずんでいる。
「良いのか、この先を見なくても」
急な事に、ホスロは少し、恐怖しつつ
「あぁ、エエわ、アンタらと違って暇じゃないけんな」
「……後悔するぞ、きっと、この先…見るべきだ」
「人間、誰でも後悔はする」
ホスロは胸を張って
「俺も、その内の一人じゃ」
「確かにこの記憶の先を見れば、"お前らの言う後悔"はしなくて済むじゃろうな」
「じゃけど、俺の直感は、見ない方がエエって言っとるんじゃわ……そもそも、旅の記録なんか見て何になるん?」
すると、四人は、また口を揃えて
「馬鹿な坊やだ、直感を信じるのか」
「あぁ、そうじゃ、直感を信ずる」
「それに……古代の英雄、リュクリーク1世の名言に「賢人は愚人の言葉に踊らされぬ」ってあるがな」
堂々と、この少年は目の前の者に、愚か者との烙印を押した。
そして舌を出しながら、煽る。
「そうかい、そうかい、リュクリーク……もう、本体は1世と銘打たれたか」
が、返って来たのは意外な反応であった。
寂しそうな悲哀混じりの声。
「……?」
「ええんか、じゃあ俺はもう出るで」
「……坊や、出る方法を知っているのか?」
「ああ、一度掛かっとるけんな」
そして、前と同じくホスロは自分が本を持っていた方の腕に、体内で魔力を練り振り絞ると、集中させ……バチッ…!と、「やっぱな」確信しながら、レマナに術を掛けられた時と同じ感覚が、全身を巡る。
「……愚かな坊やだ、過去から学べる事は…山程有ったと言うのに」
「…何かは知らんが、遠吠えじゃな…ますます記憶を見んで……良かったわ」
(こんなに引き止めるなど、どうせ碌でもない契約を結ばされるのがオチだ…危ない危ない)
「我が弟子が…中途半端な術を掛けたせいで……耐性が……」
更に、彼等はホスロが目を覚ます際に、何やらボソボソと言っていたが、深くは聞き取れなかった。
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夢は、砕けた。
「……終わったか」
そのまま、どうやらホスロは倒れざま、本を顔の上においたまま気絶していたようである。
「それにしても…奇妙な空間じゃったな」
「……早う聖導機についての文献を漁ろう」
一応、興味を戻し、怖いものやりたさに、本を持ってみる。
(流石に…もう術の効果は無いよな…)
少しビクビクしながら、手に極端に魔力を込め持ってみた。
何の反応も無い、ただの本である。
(……念の為、燃やすか)
無言のままホスロは、もう効能も薄れたらしいので、『操炎』を発動すると、ボッ!と勢いよく本を灰にする。
また同じ様な被害者が出ぬとも限らん。
きっとアステルドやオルレアンなどは、本の世界に引き込まれ、怪しい契約を持ちかけられるに違いあるまい。
少年は、そして更に書庫の奥の方へと足を出していった。
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『竜騎兵について』
『弩大全』
『騎馬』
『槍』
『剣』
どれだけ奥へと行っても、景色は変わらず……様々な書物が、蜂の巣のようにして、密集し、連なっている。
(随分と…かび臭い)
だが、ホスロはそんな場所にロマンを感じるどころか、ただただ不服そうである。
(それに…全部、マラレルの公開書庫で読めるもんばっか……)
こりゃアテが外れたな、やはり軍備増強は地道にやれとの神のお告げかな…と少し残念がる。
「じゃけど、それでも一応……隅々まで見るか」
一冊、一冊取り出し、戻し、取り出し、戻し。
宙に浮く本さえ掴んでみた。
すると、一冊だけ。たった一冊だけ、少年の興を引くモノが見つかった様である。
「『人間の武器』」
と付けられた書物。
「……!」
当然、取り出し、開く。
「『第一項、人間を素材とする武器についての研究報告』」
文字が目に入ると、ホスロの瞳孔がカッ!と開いた。そして、また捲る。
「『一、素材元が死後間もなくである事』」
「『二、素材元と扱う人物が深い間柄であること……コレは単純に、相手の固有能力や得意であった普遍魔法についての知識が有るだけでなく、魔術師同士の契約的効果に寄るからだ』」
「いや、アレとは別のハズじゃ」言いつつ、また、ホスロは捲った。
「『魔術師同士の契約は、双方合意の場合だけに執り行われると大半の人は思っているのだろう』」
「『だが、ソレはあくまで"生きている人"にのみ適応されるらしい』」
「『死後、血の繋がりがある人や、親しかった人物に強制的に『契約』を結ばせる事により、魂を現世に留め、武器に修める』」
「『百聞は一見にしかずだ、君も、実際にやってみると良い、その方がわかり易かろう』」
ホスロの呼吸が、短くなる。心臓が、いつもより早いペースでドクン……ドクン……!と鳴る
ペラ……ペリ…
「『第二項、竜騎士兵』」
「『前項にて、人間を武器道具の素材として活用出来る事を説明した』」
「『続いて、人間と龍を混ぜ合わせた、キメラについての製造方法である、尤も、コレはまだ技術的に実現出来るか怪しいが』」
「『だが、個人的に……このキメラが実現可能になれば、戦争の歴史は変わるであろう』」
「『なにせ、人一人、龍数匹で、各国の将軍級に並ぶ雑兵が量産出来るのだから』」
……バタン!とホスロは本を閉じる。魅力を感じてしまう前に、心が、まだ、善良なのだから。
そして、何も見なかった、と言うように本を元あった場所に返し……なのに、印を小さく付ける。
何故か、燃やしはしない。
「……今は、とにかく軍備の増強を……騎馬兵のみならず、竜騎兵や龍騎兵も揃えて……」
だが、少年の胸は、まだ、鳴っていた。
ドクン……ドクン……と。
汗がにじみ、呼吸が短い。
(違う、俺はそこまで堕ちてはいない、夢じゃ、軍備の拡張は、地道にやるべきじゃろう…!)
そして、小走りになり、逃げながら、ホスロは図書館を出ると…真っ直ぐに自邸へと向かう。
(忘れろ、忘れろ、そうじゃ議会が開く前に…ダンテの、病院騎士団の所に行って、最新式の武器防具の流通元の特定も____)
だがどうしてか、忘れられない。
この日以来、あの書庫はホスロにとってのパンドラの箱となったのだ。
いつでも開けられる、パンドラの箱に。