第四十九話:契約
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マドラサでは貴族の意見が重い上に、基本的に、あまり統治者に協力的でない。
コレはジルレドの在任中もそうであり、かつての戦では、ヴァレンシュタインが必死に彼等を説き伏せて、ようやく戦争の費用の一部を負担させるという有り様であった。
皆、自領の為とは言え、極力金は出したく無いし、「協力して欲しかったら、我らに有利になるよう動け」と、根本がそうなのだ。
ただ、彼等は厳密には、マラレルで言う聖職者や……広大な領土を持つが故の貴族では無く、小国の宰相や公爵に匹敵する程の財力を持つが故に貴族と呼ばれているだけである。
そのため、財こそが発言力の根拠のため、支援を渋ってしまう……というのも、勿論ある。
信用が無いホスロならば、尚更彼等は課税に反対するであろう。少年にとっては、なんともやりにくい連中。
登城後、レマナに掛けられた術で、未だに軽く昏迷しつつ、再びホスロは自邸へと戻り、数時間休み…日を跨ぎ、完全に自意識を取り戻した後で、クレア・ドールを呼び寄せる。
一応議会を開かせる事に成功したと、伝えるのだ。
だが、呼び出した場所は、この前の、レマナに作ってもらった防音室では無い。
(もしかすると、占い師さんが盗み聞きしとるかも知れん)
余程怖かったのだろう。
ちなみに、ホスロの館には堀も高い壁もなく、小さな洋館の様な見た目である。
少年は、クレアをその内で最も広い部屋に招き、座らせた。
彼女がやってくると、少年は「時間が無い」と言いたげに
「それで、幾人かの頭領達は……納得したか?」
「はっ、まだ二人程ですが「ホスロ将軍に宜しくお伝え下さい」と、民は殺さず暴れ廻り、奪った金品も仕えた後に返還するとの事です」
「ほう、重畳々」
ホスロは、珍しくにんまりと笑う。
(貴族連中も、流石に自分の屋敷や周辺の民まで襲われ始まれば、課税に同意せざるを得んじゃろ)
「……俺の方もな、議会の開催、エレノア様は賛成じゃ」
ホスロは、またガパリ…と意地悪く笑う。
対照的に、クレアは一切広角を上げぬ。
「そうですか」
「俺に諸将と貴族への議会招集権を渡されたわ」
「……公国の皆様はどうか分かりませんが、マドラサ貴族衆はそもそも会議に来ない可能性すら有りますね」
すると、ホスロは途端に「痛い所を付く」と不満げな顔になり
「まぁ……もしかしたら、な」
「そこでです、我が主よ、私ならば確実に貴族衆を議会に招き……マラレル全域への課税案を通せれましょう」
クレアは椅子に座っているものの、下を向いたまま
「故ヴァレンシュタイン領土の、当家による半永久的な自治権の付与と、保障を……今この場でして下さい」
ホスロはソレを聞き、同じく椅子に座り、足を組み対面しながら
「……それが、何になる」
「私が永遠に、貴方様に忠誠を誓うようになります」
少女は、ずっと顔を下げたまま、続けて
「それに…正式に私がドール家の当主となれば、貴族達にも融通が利きましょう」
「ドール家は昔から誠実である、とマドラサでは大変評判です、誓った約束は必ず守ると……」
「いやらしく、狐狸のような怪しい瞳の我が主が説得するより、私が赴けば彼等は必ず、"議会への参加"はしてくれますよ」
勿論、その後上手く纏めれるかはホスロの手腕に掛かってはいる。
「よし」
そして、細部を聞くまでもなく、少年は頷くと、椅子から立ち上がり、少し歩き……彼女の額に手を当てて
「クレア、君は魔法が使えるんよな?」
「はい」
「ならば魔術師同士の契約を、今から執り行う」
口約束ではなく、肉体的な繋がりを、ホスロは求めた。運好く、クレアも拒まない。
つまり双方が合意した。
ならば、契を
ポォォ…とクレアの額に翳す、ホスロの手から微かな光が湧き上がり
「……ドール家領は君が俺に仕える限り、保証し、完全な独立性を認めよう」
「はい」
クレアは、「はい」と言った。
取り敢えず、彼女の要求は無事に飲まれる。
今度は、ホスロ側の要求である。
「……じゃけど、君が途中で、事故や戦で死んだならば……先に言った内容は、破棄する」
「……?…それは」
契約の儀式中にも関わらず、合意しかねます、と顔を大いに上げ、クレアは青髪を振って、言おうとするが、ホスロは被さるようにして
「もし君が現在行っている契約を中断するのであれば、俺は公国兵を率いドール家領に攻め入ろう…コレは必ず執り行う、公国の名の下に」
(…この……犬めが)
ハッ!として、クレアは内心、毒づいた。と同時に、性格の悪いやつ…と思った。
クレアの要求を先に認めた…というのもあるし、そもそも、現在進行している契約の主はホスロである。故に、彼の意見が優先されるのだ。
(私の死と同時に解約されるのであれば……)
無能と判断されれば、捨てられるかも知れない。
こんなあくどい事はせんだろう、と高を括って安心して同意した自分を、クレアは軽く呪う。
「分かり……ました…」
「おう」
それきり、ホスロは彼女の額から手を離すと、じっくりと見つめる。
当然…睨みつけるようにして、コチラに赤い眼が向いていた。
「流石は…小知恵だけで成り上がっただけはありますね、本当に、律義さの欠片もないお人」
「…我が軍師殿よ……無駄口は叩かんでええ、話を戻すぞ」
「さっきも言っとったように、君には引き続き頭領達の懐柔と……貴族達が議会に赴くように説いて回って貰いたい」
「それとは別に、俺は……ほら、…マドラサの国立の図書館があるから、アソコに行かんとな…」
「…何故ですか?」
悪感情を押し殺しつつ、クレアは拳に爪を立てながら会話をしている。
「図書館の…一部の人間しか入れぬ…禁読所と呼ばれる場所には、マドラサの人口を常時反映し続ける魔導書や……未知の聖導機の製法書があるとか無いとか……アーディルって言う俺の弟が言っとったんよ」
アーディルは昔から本を読むのが好きだったので、マドラサに来てから…随分と目を輝かせて居たものだ。
「税を取るなら戸数の把握は肝心じゃ」
「……ほう、なるほど、課税の実現性を説明する上で、その魔導書は役に立ちそうですね……ですが、聖導機とは何ですか?」
クレアの体がピクッと左右に振れた気がする。
興味を示したのだろうか。
「古人が著した、武器の作り方じゃ」
「……それが何の役に?」
「今更、古い技術など……」
「昔の技術では実現が難しかった武器の数々さえも、ソレには描かれている、"もしかすると"な」
「運が良ければ、公国の軍事力を強化する事に繋がるじゃろう」
「……そう、ですか…お気に召す書物が見つかると…良いですね」
(なんだ、ただの骨董品巡りではないか)
実情を聞くと、そう判断せざるをえない。
議会への招集任務を疎かにし、趣味を優先するとは…意外と、この男の器も小さいな。
とクレアは思う。
初めて会った時には、(将軍らしい、爽やかさもある男)とそれなりに評価していたが、コレか…と失望さえ感じる。
だが、一方のホスロは図書館に行くことを仕事の一つだと捉えており
(公国には、とにかく力が足りん…少しでも、使える武器が見つかればなぁ……)
と藁にもすがる思いである。




