表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/104

第四十五話:ハイスペック王家


ホスロは多忙である。

殊に、マドラサ陥落後は目に見えて動き回るようになった。

占領後、領民を安心させる為にサンレノ以下の諸隊長を都市の境界に配置し、常に野党山賊に備えさせ、自ら馬に乗り、市中をゆっくりと回り、更に村に要請して公国から逃れた人々を、少しずつではあるが、順々都市へと入れて行った。


だが、それらよりも……特に大変だったのは、宗教問題である。

なにせ、不思議な事に、今の所公国の軍事面での最高指揮官である、ホスロ自身がマラレル教徒なのである(この当時無教徒、というのはほぼ居らず、マラレル教圏から追い出された時点で破門されたと同義だが、ホスロは体面上、そう主張している)。


そのため、都市に多くいるマラレル教徒の前評判は良いらしいが、如何せん、少数派のアヴェルナ教徒や、別宗派からは危険視されている。


(あの人は、無理矢理マラレル教を敷くのではあるまいか……?)


との。


故に、政治面はエレノアが統治し、その下でホスロ達武官が治める…といった形式にせねばなるまいと、前々から…マドラサ陥落以前から少年は考えている。


別宗派や別教に関しては、その方面の人材をぼちぼち登用し、要職に置けば、不満も収まるであろう…と、一応反乱が起きぬよう最大限の配慮を施すつもりらしい。


十万を超える住民の群れを治めるのは、一筋縄では行かぬようだ。



__________


(マドラサの新体制の為にも……まずはエレノア様を迎えに行かにゃいけんわ)



そして、構想通り、オアシス村に居るエレノアを迎えに行くのは、オルレアン、アーディル、ホスロの三名である。

ついでに諸々の報告を彼女にはせねばなるまい。


(じゃけど……不安じゃな……特にオルレアン)


どうしよう、エレノアが思ったより病院騎士団に粗末に扱われていたら…きっと、マジで殺し合いになりかねない。


「あの…オルレアンさん、その、ね、もしエレノア様がどんな状態であっても…」


俺達の目的は達成されたし、連れ帰るだけじゃけんな、とホスロは、公槍の目をしっかりと見て言った。

このクソ忙しい時期に問題を起こして貰っては困るのだ。


「当然ですよ…ホスロ殿……私は大人ですよ……?」


それくらい分かっています、と胸をふふん、と張る


「兄上、心配し過ぎですよ、オルレアンさんだってソレくらい弁えているハズです」


アーディルがコソッと耳打ちをして来た。


「そぅ……かな、ぅむ……杞憂、か」


ホスロも小声で返す


いや、それでも不安だ……そう感じつつ、ホスロはオアシス村までの山岳地帯を抜けてゆく

やはり何度往復しても、険しぃなぁ、と…まぁ守る時には頼もしそうだが。

馬が通るのですら、ギリギリの細道。ここに兵を置けば、あそこに『火』の不変魔法を応用した設置式の火薬を置けば……と、ホスロはついつい考えてしまう。

功名心とプライドさえ無ければ、少年は猛将というより理知的な人物であったのかも知れない。


三人は昼を通して、山を越え抜く。


__________


一方、そんなエレノアは、この二日間、一切食事が取れて居らず、無理に詰め込めば吐き戻してしまう。ストレス故だろう。

結局、それらしく家臣達を戦地へと送ったものの、後で後悔したに違いあるまい。


しかし、ホスロの不安は外れており、騎士団からは手厚く保護を受けていた。

というか手厚過ぎる程で、殆ど過保護に近い。


ただ、言っても、十四、五で、ただ送った部下達の報告を待つのみ、というのはやはり辛かろう。

負の感情は溜まる一方であった。


透き通る白髪を儚げに揺らしつつ、少しやつれている。眠れても居なかったのかも知れない。

目にはクマができ、雰囲気だけ痩せて見えた。


彼女はオアシス村の会議室近くの、病院騎士団本拠地で寝起きし……今日は騎士団から付けられた供回りを連れて、陽の光を浴びながら歩いていた。


トボトボ…と


「…エレノア様、そろそろ戻られては……顔色が…」


「いえ、このまま歩きます」


彼女にとって最も辛いことは、じっとしている事であった。不安になってしまう。気を紛らわせねば。


今、家臣たちはどうしているのだろうか、マドラサを完全に包囲し、陥落させた。との報告は…即日でポータルを単身用いて帰還したダンテから受けているが……どうしよう、民衆に逆上され、討たれてしまってはいないだろうか。


(………オルレアン…でも、貴女がいれば…きっと、無事ですよね……?)


お供の二人は、エレノアの五歩程後ろを歩いており、その動きに乱れは一切無い。

水晶と黄金が散りばめられた…ただ、センスはあまりない、病院騎士団の本拠地…もといダンテの館である。

これは団員達からも「普通にダサい」と日頃から言われており、美纏狼の唯一の、文化面での欠点であろう。素人目に見ても不格好な装飾品が多く、目がチカチカとしてしまう。


「……もう、朝日は過ぎましたね……」


フラリ…と、エレノアは倒れかける。

が、自力で正し、尚も歩こうとする。


(私が、公国の後継者なのだから)


あの日、ホスロが正式に公国に来た時、軍事から政治まで、あらゆる……全ての権限と責任を与え、楽になるつもりであった。


が、それは弱さである。そう、今ではエレノアはひしひしと感じている。


(私が成るのだ、王に)


サラーフの名と共に、公国の鉄杖まで与え無くて良かった。よく、この二日間向き合えた。とエレノアは右手に収納している杖を触りつつ、思う。


その時……コツコツ、と床の大理石を、正面から鳴らす音が近づいてきた。

重い甲冑音。


「………エレ…ノア様……?」


すると、廊下の先からホスロ一行が、歩いてくる。

偶然ではあるが、村長への挨拶がてら通っていたら、丁度鉢合わせたのであった。


目の前の女騎士を、少女は薄く目玉に水を浮かべて凝視する。


「…ホスロ殿、アーディル殿……オルレアン…!!」


主従は似るらしい。彼女の姿を見ると、オルレアンも見つめ、走り飛び、ザッ!とエレノアの眼前で跪く。


「公槍、たった今、帰還致しました」


が、その後が、不味かった。

エレノアが安心のあまり泣き出してしまったのである。髪を濡らしながら。わんわん、と幼子らしく、だが声を多少抑えながら、兎に角目いっぱい、人の目が有るというのに泣く。


「エレノア様……!!」


「やはり…やはり村の連中に…!!」


そして、なんとオルレアンの目つきが明らかにギロリ……と変わり


「あの……ダンテとかいう…………殺す………」



何かオルレアンが悪い誤解をしてしまって居そうだ、とホスロが彼女の早とちりに突っ込んで、宥めようとする


「いやぁ…オルレアンさん、エレノア様が泣いておられるのは、その…再会の嬉しさ故かとぉ……」


と。

が、不幸な事に、更にタイミングが悪い。


なんと奥の方から、ダンテが満面の笑みでポニーテールを解いた状態で悠々と歩いて来たのだ。

軽そうに、貴族のような上品な歩き


「おぉ、ホスロ殿、来ていたか………ゆっくり話したい事がある、どうだ、この後一緒に酒でも__」


オルレアンが振り向く前に、ホスロがダンッ!と鋭い踏み込みを行ってダンテに近付き、口を抑える。

急に何をするホスロ殿、と言おうとしたが、それより恐ろしい面でホスロが


「オルレアンは俺が頑張って説得する、じゃけんアンタはすぐにここから離____」


「ダンテ…メフメル………エレノア様を……よくも……」


流石に聞こえていた。すでに立ち振舞が騎士のソレになっていた。


彼女の変化した空気を敏感に感じ取り、これは…マジで殺り合うな、と思ったアーディルもオルレアンを抑えようとしたが、片手でバキィッと吹き飛ばされ、壁にボコッ…とめり込んだ。


「おいアーディルッ!!」


なんて軽いんだ……と思わずホスロは実弟の脆さを残念がったが、今は、一刻も早くダンテを逃がしてやらねば。

エレノアは……ほぅ…色々あって疲れたのだろう。

ほぼ寝不足続きであったため、オルレアン達に会った安心感故にすぐに眠ってしまい、お付きの人々に介抱されつつ、寝室へと向かった。


無言で、オルレアンは炎を上げつつ、ホスロとダンテに近寄っていた。


「……何か…誤解されているのか……?」


「うむ…お前の言動をよぉく思い出してみ、多分気付くハズじゃで」


「ふむ……身に覚えが無いな」


(………コイツ…本気で言っとんのか……)


本人としては、マドラサが無事に落ちたから良いではないか、との考えらしい。いや、それはホスロも、最終的にはそう思ったが、オルレアンは違うだろう。

彼女にとっては、ダンテが軍事力を振りかざし、エレノアに迫った、という事実が耐え難かったのだ。

事実は消えぬ。


「聞け、ホスロ・サラーフ・アッディーン」


「は、はいッ、何でしょうか……?」


距離を詰めながら、朗々とオルレアンは呼んだ。


「貴様も…その男を庇うのであれば……突き殺す」


目がマジだった。


続けて、ダンテは相変わらず何が起こっているか分からず困惑しているが、そんな彼を無視してオルレアンはズズズ……と詠唱しながら、胸の辺りから極太の公槍を抜き出した。


「……スゥぅ……ダンテ殿」


「……」


「俺は…その、済まん、後は頑張ってや」


勝手に見捨てられ、ダンテが悲しそうな目でホスロを見ている。


「……ぇ、ぁッ……」


だが、間髪入れずにオルレアンが長槍をブゥゥン、と振り払った為、ボゴンッとついでと言わんばかりに、ホスロも槍の柄の部分で吹き飛ばされる。

もし、もう数メートル奥に居れば、そのまま胴体は千切れていたであろう。

勿論、実際にその間合いに入っていれば、流石に彼女もそうならぬよう、手加減はしたハズだろうが。


(この……女……脳…筋………がッ!)


バンッと思いっきり石壁に頭を打ち付け、白目を向き、ぐったり……とホスロは倒れ、そのまま短時間呆気なく気絶する。


____


……スースー、と暫く壁を枕に寝続け、パラパラと崩れる音で目がボヤけ覚め、起きて、アーディルからその後の顛末を聞くと、まぁ酷かったらしい。


その日は一日中爆炎が爆ぜる音が響き渡り、病院騎士団本拠点の二割が焼失し、ダンテは右往左往して逃げつつも、オルレアンによる炎と槍撃を受け続け、全身に打撲傷を負ったのだと。


事後の夕方、痛そうにベッドに横たわり、涙目になっていた。


「ま、まぁ…治療費は良いが………屋敷の修理代だ修理代!ホスロ殿、アンタにも出して貰おうか!!」


「いやなんで俺も負担しなアカンねん!!」


「お前の従者だろ!?あの人!」


「ちゃう……いや、そうでも……いや、とにかく俺は払わんぞダンテ殿!そもそも______」


ホスロは病院騎士団の財政官にも訴えたが、聞き入れられなかった。

飼い犬の責任は飼い主にあるとの事。


(…………ダンテが大きな怪我なく、無事なだけでも良しと……いや、足の指も叩き折られたらしいけど、ええか)


左衛門尉が間に入っていなければ、そのまま両手も折られていたに違いあるまい。

オルレアンはホスロの全力の説得により、一応気は静まったが、やはり彼女は、ダンテの悪辣な、半ばエレノアを恐喝し、領地の許可を得たのが許せぬらしい。


主君の名誉を傷付けられれば後先考えず暴れる……本当に狂犬だろう。

もっと考えてから行動して欲しいと、前々からエレノアに言われ、自身に枷をし続けて来たが、外れると、すぐにこうだ。


ただ、エレノアを連れて行く際には、村長達、特にエラルドには感謝の意を示し、民衆達の前をわざわざ通ってホスロ一行は遷都先、マドラサへと向かった。


(まさかマドラサ占領時に降将達からむしり取った賠償金の一部をここで払うとはなぁ……ホントに……コイツ…)


すんごく良い笑顔でエレノアを馬の前の方に乗せつつ、二人乗りをするオルレアンを見て、ホスロは頭を抱えた。

この賠償金の一部で、外国からいくつかの最新式の兵器を買い、分解し、マドラサの鍛冶屋に、その中で作れるモノを作らせ量産する予定だったのに……と。


__________



「ネ、ネロ様……報告です」


ホスロ達が喧嘩騒ぎをしていた反面、マラレルの動揺は燦々たるモノであった。

ジルレド、シモン両名の戦死に加え、マドラサ陥落の知らせは、風雲のようにして各地を疾走った。

それは、けしかけた当事者が一番早い。


木造りの屋敷の大庭に、ネロが立っている。服装はいつもと変わらぬ東国の装い。


「何でしょうか」


アルブレッドが死んだことで、ラドリア家の全ては彼女が引き継ぐ事となった。一応、弟が二人程いたが、彼等はすでに他家に養子に出している。


ラドリア家の騎士が、顔面蒼白となり、跪き、彼女にどもりながら言ったことには


「さ、先程……アヴェルナ教圏への足掛かり…よ、要塞都市、マドラサが陥落しました」


「ジルレド・アキナス閣下、シモン・フォルクス将軍のみならず……ヴァレンシュタイン・ドール辺境将軍も、お討ち死にとの事で」


「そうですか、で、他に…何か……報告は有りますか?」


正直、ネロは焦った。象徴するように、変にイソイソと庭を歩いて回っている。

が、続けて配下に尋ねる。



「はっ、加えて、マドラサ陥落と前後し、キルルワの村から……サイエン殿以下七十余名が…抜けられました」


ラドリア家の騎士は、そのままのペースで報告を行う。コチラの報告の方は、大した事が無いとでも思っていたのであろう。なんとなく流し口調だ。


だが、聞き、ネロはピタリと止まった。


「もう一度……言いなさい、なんと?」


ただでさえ青かったネロの顔色が、赤黒くなる。


その豹変具合に、男は思わず困惑し、ビクッと固くなり


「も、申し訳御座いません、カンウ元将軍は討ち取ったものの、思ったより彼の対処に手間取ってしま__」


グシャ……と、騎士の左手首から先が弾け飛び、破片が土と混じる。


「……ツッ…!!」


「……追い……いえ、もう無理でしょう……ね………」


ネロは、必死に怒りを隠す。

顔には張り裂けんばかりの青筋が浮かんでいた。


「私は……陛下に………村の連中に逃げられた旨を……伝えます……ジルレド将軍については………すでに……ご存知でしょうから………」


村の連中が逃げたとて、きっと、リュクリークはネロを叱責する事は無いだろう、彼は少年を甘く見ている。

いつでも捕え、眼前で親族部下達を一人ひとり殺し、心を折った後に……野望を叶えるための道具にする事など。

それよりニクスキオン朝連合の対処に注力するに相違ない。


それにしても、ホスロがマドラサをこんな短期間で落すとは……


顔中に汗を垂らし、死の恐怖に怯える配下の男を無視して、少女は考え始めた。


「預言書には、そんな事……」


いや。待てよ、と思う。

預言書の未来予測は、あくまで大体の確定した事項。自分の選択次第で、その日の記述が変わることはある。


書には、ザルクを信ぜよ、とは書かれて居なかった。あくまで『五老杖に接近すれば、少年への悲願が叶う』との主旨であった。


(……あの男…ザルクを信用したのが間違いだったか?そのままフォルクスの命に従い続けていれば………)


クソッ、と爪を噛んだ。


それに、そもそも、村の連中を逃がしたカンウとかいう元騎士、アレはザルクの部下であった気がする。父が昔言っていた。


……ネロはもう一度、左手を吹き飛ばした男に尋ねる。


「……貴方、カンウ殿以外にも、誰か見ましたか?」


「……ハッ、カンウ殿と、数名の老騎士……」


それと……と男は恐る恐る、ゆっくりと、ネロに付けられた傷口に治癒魔法をかけつつ


「魔法で作られた…人形とも交戦致しました」


『人形造りの棺』五老杖、ザルク。その名前の所以かな。


「そう…ですか」


途中で行動を変えれば、未来も変わる。

ネロは五老杖との理由で、ザルクの命を聞いた事を少し後悔した。


左手を飛ばされながらも、尚もネロの次なる命を待つ部下に向けて、少女は


「ザルク様の屋敷まで…調査に行きなさい」


「……?中までは…私如きの身分では………入れぬかと……」


「はぁ…入らなくとも宜しい、外から…監視しなさい、慌ただしく人が出入りしていないか……家財を積んだ荷車が出ていったかなどを」


ソレを聞き、男はネロの言っている事の意味と、彼女の心中をすぐに理解する。


ネロはそのまま何も、後は何の指令も与えず、自身はリュクリークが座すマラレル本拠地、カロネイアへとポータルを経て向かった。

マラレル王国は、何処の地域で反乱が起きても瞬時に対応出来るように、国内のあらゆる要所に大口径のポータルを多数設置している。

これにより、食料武器の輸送の効率も上がり、今の軍事大国マラレルを形作る所以となっていた。


ポータルに入り、カロネイアに入城する道中、同僚やら騎士達がいそいそと走り回るのを見つつ、とにかく王のお膝元へと進んでいった。

今は彼等の部署配置や、どこに穀物を何キログラム送るのかやら、一緒に考えてやる暇は無いのだ。


王への拝謁を__


「おや、ネロ殿ではないか」


横から突然声をかけられ、ネロは煩わしそうに


(なんの用ですか)


と、危うく出かかるが、その正体を見て、あっ、と即座に口を閉じた。相手は、ライオリック・ノルマンドであった。


「これはこれは……ライオリック殿下」


そして、そのまま、公国軍をほぼ単身手玉に取った武勇を褒めてやろうとしたが、彼は手を振り、ネロが言おうとしていた続きを遮ると


「挨拶は良い、それより、ザルク殿を見なかったか?」


五老杖の、あの『人形造りの棺』を。と


「いえ……ザルク様が何か……その…」


「あぁ、少し前から、陛下にお前と共に招集する様に言われててな」


だから探しておる、とライオリックは何食わぬ顔。


「……え、招集……ということは、何か重要な軍議でも…?」


「うむ、そうだぞ、既にザルク殿とフリーナ様以外の五老杖、それに王家の霊剣の筆頭格三名が着席している」


(この男……先に言っとけよ……舐めやがって……)


ネロはライオリックに聞こえる様に舌打ちしたが、少年は何の事かわかっていなさそうに


「……何か腹が立つ事でもあったのか…?まぁ、落ち着き給えよ」


「それより早く会議の場に行くぞ、ついて来い」


遅刻だ遅刻、言いつつ、サッサと歩いてゆく。


「……ふぅ……」


「殴りてぇぇ……」


「何か言ったか?ネロ」


「いえ、何も」


脳天に矢を突き刺してやりたい気持ちを抑え、ネロは大人しく蛮征将軍の後ろを付いてゆく。


薄暗くて、不気味な城の廊下を小走りで行く。

何故カロネイア城は、夜はこんなにも嫌な雰囲気なのだろうか、とネロはイライラしているだけに、それすらも癪に障るのだ。


そして…ギギギ、とある部屋の扉を開ける…と…なるほど、すでに城の謀議室には英雄達が座していた。

五老杖が三人、王家の霊剣が三人、それにネロ達は遅れながら加わる。


「……遅えよ、早よ来いや」


ゆらゆらと、息を吐きながら入ってきた二人を見て、五老杖の一人が大声で叱責する。


「……ふぅ、まぁまぁ義兄上あにうえ、若いと色々と、身だしなみのアレコレが有るんですよ」


「……俺とお前……二歳くらいしか年齢変わんねぇだろ…………」


「二歳の差はデカいですよ、ウブな心とか無くしたんですか………それに、孔子も若者には優しくしろ……的な事言ってたじゃないですか」


後輩イジメは良くない、とライオリックは髪をかき上げながら、何故か格好つけて言い切った。


「何を言っとるか分からんが、はぁ…、取り敢えず座れ、父上も、ほれ、全員居る」


男は片手に持つ大槍を回しながら、続けて


「まぁ、ライオリックはまだ良いとして、特に小娘、貴様は唯一『ゲラマドの預言書』が使えるという理由で呼んでやっているのだ、少しはその自覚を持て」


低位ゆえ、ネロはどうしようもなく、頭を垂れる。


他の面々も同様、ライオリックには強く言いにくいのだろう。単純な強さも勿論理由の一つだが、彼は妙に抜けた所や、素直な愛嬌がある。

が、ネロにはそれがない。ただただ冷静な、役人のような雰囲気のせいだろう。

それだけに、少女に対する視線が冷たい。


「ほれほれ、お主ら、そこまでにせい」


流石に軍議を進めたくなったのかも知れない。

奥に座するリュクリークがつまらなさそうに言った。

待たされたというのに、随分と寛大なお人だなぁ、とライオリックは改めて自分の義父を見て、ふと感心した。


が、二人が大人しく円卓に付くと、一気に雰囲気が重くなり、どういう訳かリュクリーク自身が一言も喋らず、ガサガサ、と鉄仮面の位置を直している。


「……義父上ちちうえ……?」


ライオリックが堪りかね、王の言葉を仰ぐが、やはり彼は石像のように口を開かなくなってしまった。


ガサガサ……ガチャリ……ひたすら鉄仮面を弄る。


「う……むぅ……おぉ、スマンな…少し観ていた」


「……は、はぃ……?」


蛮征将軍は尚も不思議そうにしていたが、リュクリークは何事も無かったかのように


「では……早速本題だが…端的に言おう、ジルレドが死んだ」


ソレを聞き、諸将はすぐに姿勢を改め、王の話を傾聴する。ジルレドの死に関心が有るというより、王の次のセリフを求めるように集中する。


「ついでに、シモンの坊やもじゃ」


そして、わざわざリュクリークは、『断金の大鎌』フォルクスの方を向く。


フォルクスはあいかわらずの死装束に身を包ませ、実弟の戦死を聞き、無機質な声で


「そうですか、まぁ、私には関係の………ない……事だな」


だが、体は正直なようで。

バキィ!と円卓にヒビが入る。そして、能力の関係だろうか、血の匂いが貫くように漂った。


「…なぁ……止めてやフォルクス、陛下の部屋やで?」


ホンマ野蛮なんやから……と、やけに訛りのある声が聞こえて来る。


「………五月蝿い、貴様如きが私の行動に文句を付けるな、下衆めが」


「ハッ、下衆ねぇ……相手の実力考えて言った方がええんとちゃう?」


王家の霊剣を佩びた女性である。

身長はかなり低く、百五十前後……まぁ、コレはフォルクスもあまり変わらないが。


下位の騎士候補ですら判別出来るような、膨大な魔力量……恐らく、量だけならばこの場に居る誰よりも多かろう。


「待て待て、グラディウス、フォルクス…………本当に…頼むから仲良ぅせぇよ」


ライオリックに義兄上と、呼ばれていた大男が円卓の対角線から、二人を牽制する。


そんな言い合いの中でも、珍しくフォルクスの…鎌を持っていた手が不自然にギュッ…!と悔しそうに握られたのを王は見逃さなかった…が、言及はせず。


「…二人共……進まぬ、静かにせぃ………さて…そうそう、フリーナは…西方諸国への使いで呼んでおらぬが………ザルクは、まだか?」


「はて…確かに、おい、招集書状、しっかりと渡したんだろうなぁボードウィン?」


先程から発言が多い……リュクリークの嫡子であり、ライオリックの義兄、『黒目』のシャルルは、右隣に座る、同僚の五老杖を見る。


見られた男の名はボードウィン、彼もノルマンドの一族…王族である。リュクリークの甥であり、『錬金』の名で知られている。

一応、本人は錬金と呼ばれる事を極端に嫌がるが。

戦う前から使ってくる能力がバレている事ほど辛いことは無い、ボードウィン程能力が公に、民草にまで知られている王族は中々居ないだろう。


「はい、ちゃ、ちゃんと送りましたよ!」


黒髪で短髪の青年であり、暗い部屋の中でも、何故か彼の周りだけは妙に明るかった。


ほら、ライオリックだってウンウンと頷いてるじゃないですか、と腕を振り上げて指し示す。


「きっと…ザルクさん、ほら、変わった方ですし、忘れてるのでは……?」


「いや、彼奴が朕の招集に遅れた事は無い……何か領内で異常事態でも起きておるのか、そうとしか____」


このままでは、ザルクへの疑惑が流れてしまう…と危惧したネロがすかさず手を挙げ


「……宜しいでしょうか…?」


ワンテンポ置き


「………まだ、不確定では有りますが…此度、ホスロに…極短期間でマドラサを落とされた旨、実は預言書には示されておりませんでした」


全員が、今度はネロの発言に興味を示し始めた。


「ザルク様の命により、ジルレド様達が戦うように仕向けられ、初めて記述が変わったのです」


ネロは多少、事実を変えて言った。自分が軍使として行った事は意地でも秘密にするらしい。


「………ほう」


「加えて、先程、キルルワの民達が我がラドリア家の精鋭部隊と、陛下直属のマラレル騎士団員達を退け、幽閉先から脱走したとのこと」


リュクリークはソレを聞き、少しムッとしたが、あまり長く怒りは出さない。


「……それで、ザルクも関与していたのか?」


脱走にも、と。


「ええ、我が部下の証言では……「自分の腕をザルク様の人形兵に吹き飛ばされた」と」


さらり、とネロは涼しい顔で言いのけた。


「……ヤツは…そう言えば、公国侵攻時にも反対しておったのぅ」


「見ておくか」


すると、リュクリークは円卓の右に固まって、一団のようにして座る王家の霊剣達の方を見て


「イグニス、グラディウス、主ら二人は部下を引き連れ……ザルク屋敷周辺の警戒に当たれぃ」


(流石に王家の霊剣最上位層二人がかりならば、まだ疑惑の段階であるが……もしザルクの小僧が翻意を起こしても………)


残る霊剣の一人は、ライオリックの部下の準筆頭である。リュクリークは、ソレに対してもすぐさま指示を出した。

完全にザルクを逃さぬ事に、方針を決めたらしい。


「ロザリアよ、主は今よりニクスキオン朝との国境付近に騎士五百程を付けてやるから、警護に当たって来よ」


「ハッ…!」


三人の霊剣は、それぞれ急いで席を立つと、ダンダン、と足音を立てつつ出ていった。


少し、謀議室が寂しくなる。


だが、『黒目』のシャルルは、人払いが出来たと喜びつつ


「………さて、父上、今度こそ、マドラサの件ですな」



「うむ……どうだ、ライオリック、お主の師、ジルレド・アキナスを公国軍は討った……とのことだが」


「ふむ………きっと、ホスロの、純粋な公国の実力ではありますまい、流石のジルレド先生であっても、一等宮廷魔術師レベル複数人に囲まれればミスもするでしょう………」


言いつつ、少年はギリギリ……と歯ぎしりをする。


「おい、小僧、違うぞ…公国軍だけでない、公国の残存軍と…病院騎士団が連合して攻めたのだと、我が弟も……それさえ無ければ……負けるような軟弱に育てた覚えはないのでね」


フォルクスがぶっきらぼうに、ライオリックに、少し八つ当たり気味に怒る。


「……もう、マドラサの奪還は諦めた方が良いかの」


病院騎士団も居るしのぅ……と王の言葉に一応、『錬金』のボードウィンが


「叔父上……あそこは対南方諸国に対抗する為の要地ですよ、まだ民心が定まっていない今ならば、すぐに取り返せますって!」


「阿呆、今のマラレル連合(マラレル王国を中心とした軍事同盟)に、兵を出す余裕は無いわ」


……まぁ、千くらいは頑張れば捻出出来るかも知れぬが、その程度では確実に取れるとも言えないため、不安過ぎる……とリュクリークは消極的らしい。


ただ、飛び地マドラサが取られた事による弊害は、まぁまぁ大きく……貿易船の航路を変えなければ行けなくなる可能性が出てくるらしい。


「貿易ルートの変更も…か、だが」


マドラサの事は後でまた、ザルクへの疑惑やらニクスキオン朝対策が色々と片付けば、もう一度話し合おう、とリュクリークは後回しにした。


(そもそも、朕直々に出向けばあんな小城、いつでも)


とのおごりは、勿論ある。


「それよりそれより…近頃、北部戦線への補給路の一つが壊れたと聞いたが……滞りはないか?」


すると、ネロが紙を懐中から出しつつ


「はい、大丈夫です、元々過剰量が運べるように設計しておりましたので、糧秣、武器共に長期間の滞陣に耐えうる量は常時ポータルを通じて輸送可能です」


「更に……陛下、コチラを」


「………あぁ、ライオリックが言っていた新兵器か」


「えぇ、聞いた情報を下に、我がラドリア家の鍛冶屋を総動員して作らせました、追々、増産体制には入れるでしょう」


横で、ライオリックがドヤ顔を作っている。

提案、発想は確かに彼だが、事務や鍛冶屋の重鎮達と交渉したのはネロである。

再びイラッときて、ネロは一瞥後、またリュクリークに向き直る。


「……そう…か」


(多少……ザルクの件が不安だが…………良い、ホスロの小僧らは脅威では無い、朕に不満など)


預言者は押さえてある。ニクスキオン朝が盟主を務める対マラレル大同盟も、書の未来予知を参考に計画を練れば対処可能。


なのに____なんだ、この胸騒ぎは。


「"俺"も、老いたかな…今俺は、何を迷っている」


王は自分の家臣達を順々に見、そして……最後にネロが手に持つ本を見つつ


「なぁ、ゲラマドよ」


目を細めて…笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ