第四十六話:獲師の訪問
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マラレル王国の突然の国境封鎖が発表された一日後。
別の表現では、マドラサ陥落から三日後。
エレノアはマドラサ城を見上げていた。
城の正門から堂々入城し、今からこの地一帯の主が誰であるか、民にこれでもかと見せつけるのだ。
「エレノア様……今日よりここが、貴女の都となります」
オルレアンが、はらはらと涙を流しつつ、言う。
(……思ったより…壁が高いですね……)
だが、エレノアは山のような城壁を見て、ただただ感心していた。両者の間には結構温度差がある。
そもそも、オルレアンがエレノアの前で感情過多なのもある。
「…ホスロ殿、では、市内を案内して頂けないでしょうか……?」
「はっ」
一応、軍事の最高指揮官であるホスロが、率先してエレノアに付き従い、護衛する姿を見せる。
あくまで少年はエレノアの一臣下である、という事実を市民に覚えさせねばなるまい。
公国の主は少女なのだ。断じてホスロでは無い。
だが、そんなエレノアの申し出を、オルレアンは眉をピクッと動かして
「エレノア様、私が先頭に立ち案内しましょう、ホスロ殿は…あっちで適当に遊んでおいて下さい」
ホスロの方が気に入られている、とでも妬んだのだろうか。オルレアンは恐ろしい顔で、ホスロを見据える。
「いや張り合うなやッ!」
そういう体裁だ体裁、別に自分の方が信頼されている訳では無い……とホスロは煩わしそうに説明する。が、オルレアンは悔しそうな表情を浮かべるばかりである。
全く何も分かっていないのだろう。
「そう……ですね、オルレアンも一緒に案内して下さい」
「ははっ、勿論です!」
(……甘いなぁ、一喝すりゃええのに)
彼女ら主従を見て、思わずホスロはため息を漏らした。
「兄上、エレノア様、では、私はここで」
すると、後ろをずっとついて来ていたアーディルが、役目を終えたとばかりに列から抜けようとする。
「おう、アーディル……あ、そうそう…お前に一つ使いを頼もうかな」
だが、それをホスロは呼び止めると、腰袋から手紙を取り出し、弟に、ほれ、と投げて渡した。
「コレは……?」
「ドール家の誰かに渡してくれ、手紙じゃ」
すると、ほほぅ、とエレノアが横から銀髪を靡かせ、顔を出しながら
「……ホスロ殿、まさか……女性関係の書状ですか…?」
おやおや、と言いたげに、小さく笑いながら聞いてきた。
「いえ……いや、確かに送る相手は女性なのですが、決してその様な色目的の手紙では………」
「冗談です、しかし、ドール家はヴァレンシュタイン元辺境将軍の生家……ホスロ殿自ら赴いた方が良いのではないでしょうか」
「ほぅ…」
ほう、何故だとホスロはエレノアに対し、目で訴えかけた。
「ホスロ殿がその立場になれば……弟をよこして目的だけ告げ…まるで勝者の余韻に浸るかの様な傲慢さと受け取るのでは?」
傲慢か。されど、勝者にはソレが許される。
(エレノア様、それは違いますよ)と反論を言おうとしたが、
(いや……待てよ)
と考え直した。
確かに……ホスロが敬愛する英雄達も、賢人が居れば自ら赴き対話し、後に家臣に加えたではないか。
だが、今からエレノアと共に行うマドラサ巡行も大事である。
「オルレアンは先の合戦にて、単身渡河を成功させ、名前は明かしてくれませんが、敵将を討ち取ったとのこと」
「ホスロ殿に次ぐ、戦争の英雄ではありませんか」
それに何故だかマドラサ内での評判はオルレアンの方が良いらしいですし、とエレノアは悪気はなさそうに付け加える。
「この子でも、私の立場を表す、という目的は十分達せれましょう」
「……なるほど、では」
では、と、アーディルが持っていた手紙を奪い取るようにして、パシッと手中に入れると、そこいらを駆けていた公国兵をとっ捕まえ、馬を奪い、衣服を正し、単騎駆けようとする。
雀のような素早さと判断に、周囲に居た人々は少し驚く。
「兄上ッ、ドール家の場所をご存知か!」
「無論、心配無用、それよりお前は帰らず、エレノア様が狂うた民衆に襲われんように……しっかりとな!」
ドッドッドッ、と嵐のように駆け去った。
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ドール家はマドラサでも辺境にある。
意味としては違うが、なんというか当に辺境将軍という号通りの立地であった。
都市マドラサから小さな山を二つ程隔てた先にあり、北には大河が通っている。
この当時の家は、城壁の中に建てられているのも多くあるが、壁外に作った者も多い。
なぜならポータルが出来てからというもの、家と城をダイレクトに繋いで、家財や家族を城中の安全な場所に送った後に、壊し、自分は直接戦いに出るという手法が可能となったからだ。
故に城の付近を彷徨く野党は大いに減り、城攻めをしても実が取れないと、嫌われるようにもなる。
辺境将軍の家は、立派でもあった。
武家らしく質素ではあるものの、一目で身分の違いを感じさせられる。
簡易の塔が二つ建てられ、浅い堀が三重に巡らされ、本気で攻めるとなれば軽い攻城となるであろう。
ホスロは、昼を通して馬を走らせると、ドール屋敷を目視後、カッポカッポ、とゆっくりと近付いてゆく。
屋敷までは一面の花畑であり、マドラサの自然の穏やかさを感じられた。
(……中々、良い景色じゃなぁ…………おや?)
おや、と、屋敷までの道の途中で、井戸水を汲む娘が目に入った。
__バシャッ
と、力強く引き上げ、大樽に入れる。
薄い皮服ではなく、綿が入った仕事着をしていた。
恐らく、ドール一族だろう。
肩まで届く青髪であり、目は餅のように丸く、だが顔はシュッと凛としている。
少年は、また、音を立てて近づく。
当然、呼び止められた。
「……そこの人、止まりなさい、これより先は我がドール家の領地です」
「そうなんか」
「ええ、ですのでお引き取りを」
ホスロがまるで使いの装いをしておらず、少し裕福な商人の様な衣装だったセイであろう、なんだか冷たい言い方であった。
だが、来た目的も禄に尋ねず追い返そうとするとは……少し、少年はムッとして
「じゃけどドール家の領地、というのはジルレド殿が決めた区画じゃろう?」
意地悪そうに言い返す。
「この家が今後あるかどうかも、エレノア様がお決めになる」
「………誰ですか…貴方…?」
少年の言葉に、少女は警戒するように、されど先程とはうって変わって、水汲みを中断して一応ホスロの方を向きながら言った。
「ホスロじゃ、ホスロ・サラーフ・アッディーン」
公国の最高指揮官の、とわざわざ付け加える。
「……」
「……あぁ、あのポッと出の将軍殿ですか、たまたま運良くマドラサを落としたと市内では大評判でしたよ」
「……まぁ、ポッと出なのは否定できんなぁ」
クソ失礼な娘だなぁと思いつつ、全く驚かずに水汲みを再開する少女に向けて、ホスロは
「君の名前も教えて貰おか」
「嫌です」
きっぱりと、断る。
「……」
バシャ、バシャと無言で水を汲み続けつつ
「……親と師の仇に名乗る名などありましょうや」
そこで、ホスロはハッとし、少女が辺境将軍の実娘であると理解した。
確かに良く見れば、なんとなく面影がある。
ヴァレンシュタインの顔は、自分で首を切り落とし、洗って埋めただけあって、しっかりと覚えていたのだ。
それと同時に、実際に会えばやはりこの様な反応になるであろうな、と多少は予想していたが……それでも、こう面と向かって言われるとどうしようも有るまい。
ここから家臣として登用出来るか否かは、ドール家の存亡にも関わる。ヴァレンシュタインの家族だけは生かしておいてやりたい。
「……父君、ヴァレンシュタイン将軍はご立派じゃった」
「……」
「公国軍と戦うと息巻いた諸将もおったろうに、良く取り纏め、降伏まで踏み切った」
「尋常の人間には、中々出来ん決断じゃで、ありゃ」
「……父を褒めれば私が喜ぶとでも………?」
唐突な少年の言葉に、娘は不快げである。
「いんや、違う、俺は、君に、父君のように私情を挟まぬ決断をして欲しいと思ってな」
辺境将軍というプライドと、王への忠誠を投げ打ってでも民を安んじたヴァレンシュタインを見習え、とホスロは何故か得意げに喋り、そして
「俺の軍師として、君を登用する」
「……?」
何を言ってるんだ、この馬鹿は、と言いたげな目で少女はホスロを見つめている。
頭がどうかしているのか、と。
「今、マラレルは大国という地位にあぐらをかき、圧倒的な軍事力を振りかざしてアヴェルナ教圏国家を虐げ、更には異民族や異なる種族の者達を迫害している」
「英雄達が血を流し、涙を飲みつつ平和にしたこの大地を、汚しとるんじゃ」
公国が善であり、マラレルが悪だ。
マラレルを討てば、世界が再び平和になると、ホスロは正義を少女に説いた。
マラレル国民で有った過去と、父を殺された恨みを忘れ、自分に仕えよ……と本気でこの少年は言っている。
なんと図太い男なのだろうか。
「それに、ほれ、あそこの家の中におる……君の弟さん方かな、この家が無くなりゃどうやって暮らして行くん?」
「……脅しているんですか?」
今度は損益の面で説明を始めるホスロに、少女は軽蔑の眼差しを向けた。
「いや、考えてみりゃ分かるじゃろ、君らは伝統あるドール一族、公国軍からの任官話を断ったとなれば、「ドール家は公国軍憎し」と邪推し、いたずらに担ぎ上げる輩も出るじゃろう」
元々、その土地の領主のみならず、一族さえも棄市するのが普通なのだ。
彼女らは、言わば、ホスロの温情で生かされていると言っても過言ではない。
実際に、病院騎士団や公国の諸隊長や兵士からは「根絶やしにせよ」との意見すら出ている。
「……くッ」
やけに舌が回るヤツだ、少女は激しく馬上の男を憎んだ……が、彼の言う通りだろう。
家族の為にも、任官するより他はあるまい。
それに、確かにこの男の家臣となれば今後、家族を食わせる金には困らんだろう。
「反論は無いか、なら、ほれ、これが今日からの君の役職じゃ」
明日、マドラサ城で待っている、とホスロは冷たい顔で馬首を返すと、もと来た道を行った。
「……『…貴家の御息女を軍師とし、馬、黄金を与える』」
やけに丁寧な字で書かれた紙をクシャリと握りしめたまま、少女は走り去る少年の後ろ姿を見続けた。




