第四十四話:人格
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狭苦しい石部屋。
ソレは要塞都市……マドラサ城の一角にポツンと存在する。何故あるのかは定かではない。茶を喫する場だったのだろうか、密談を交わす場だったのだろうか……皆目見当も付かない。
だが、今宵はその部屋に役割が与えられた。
悍ましい役割であった。
それは、断頭場としての役割である。
正座をし、大人しく目を瞑った中年の騎士と対照的に、起立し、剣を高々と掲げ持つ…魔法使いと言って良いのだろうか、服装だけ見ればそうだろう……少年が、居る。
騎士は首を断たれるのだ。彼の死を以てして、長きに渡りマラレルの手に委ねられていた要塞都市マドラサは、その主を変えるのだ。
それは儀式であった。
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ジルレドが討たれたその日に、マドラサから使者が飛ばされた。それは、降伏の印である。
使者を送ったのは、ヴァレンシュタイン・ドール。十九歳で騎士候補試験に合格後、すぐに従軍した第四次北征戦争にて武功目覚ましく、教王リュクリークよりマラレル騎士へと取り立てられ、続く十年前の第五次北征戦争でも、僅か二十の突撃部隊を率い、ニクスキオン朝の皇帝騎士、ムセイオン・ララノアを討ち取った…
ホスロは、もう抵抗は無くなったものの、引き続きマドラサ城をグルリと包囲しつつ、俄作りの野戦陣地にて、ヴァレンシュタインから提示された城を明け渡す際の条件と、彼の経歴が書かれた書類を見つつ
(なるほど、優秀じゃなぁ)と感心した。その書類は彼の直臣がマドラサ城より単身、軍使の装いで携え出てきて、堂々と渡してきた。
背丈尋常ならざる男であった。きっと、ヴァレンシュタインの日頃の教育の賜物だろう。
「ありがとう」
と、座ったまま感謝をし、ホスロは巻き物を押しいただく。
手紙を見て、一目で、教養深い人物だと分かった。
大胆ながら太く濃ゆい文字…されど美しい字体である。
(ヴァレンシュタイン・ドール…ドール家……確か…マラレルの下級貴族だったな)
別に、見下す等という悪意はない。下級貴族か、と思っただけ。
ホスロは元来こういう所がある、本人が教区長の息子であり、国政の重鎮の一族であった事が原因だろう。真っ先に相手の出自を思い浮かべてしまうのだ。
ホスロが手紙を読む途中、周りには気を使ってか誰も……いや、アステルドは居た。きっと戦争が終わって暇なのだろう、衣服を整え、爪の間に挟まる土を取ったり、ロングソードの刃こぼれを直すのに執心している。
(お前も戦後処理頑張れよ……偵察やら戦争中なら頼もしいのになぁ……)
勿体無い、と、ホスロは残念がる…が、構わず、そのまま読む。
どうやら……短い文であった。それも、大きな紙が二枚と、小さい紙が一枚。
『マドラサの民は古来より質実懸命な所があり、その性は今になっても変わっておりません、コレを農業に用いれば穀倉が張り裂けんばかりに埋まり、軍事に用いれば敵を恐れぬ勇兵と成りましょう』
『加えてマドラサ守備軍は、皆、ジルレド将軍と私の命により、士気も低く、本国に帰りたい欲を抑えられながら戦いを強いられておりました、残る者があれば、どうか進路をよくよく案じて下され』
全て、ジルレドと自分が悪いのだと。
だから、どうかマドラサの民達は許してやってくれ。
「侵略したのはコッチなのになぁ……」
ボソッ、とホスロは呟いた。が、罪悪感は無い。
負ける方が悪いのだと、武人らしい、そういう思考なのである。故に彼の脳内には、なるほど、マドラサの民と兵士達は救おう。が、将軍や兵士長クラスは別である、と冷静に見ていた。
釈放し、マドラサに住まわせておけば、彼等を担ぎ上げて反乱が起こるとも限らんし、野に放てばきっと王への忠誠心故に虎となり帰って来る。
研ぎ終わったのだろうか。
側に剣をニギニギと握って、くるくる回しているアステルドが立っていた。
「で、どうするんだ青二才」
どうするんだ、書類を貰ったが、実際にヴァレンシュタイン殿と話し合い、更に講和条件の細部について深めるか、という意味が含んである。
「いんや、彼と会っても…この手紙と同じ事を言うじゃろう」
意味がない。無駄に彼の生涯のキャリアに傷を付けるだけだろう。
ヴァレンシュタイン将軍は負けたながらも敵軍からの招集には応じず、紙きれを以てして勇敢にもあしらった。
と、する方が良い。
コレはホスロがマラレル式の教育を受けた事に由来する。敵陣に赴く…つまり、軍門に下った…と、マラレルでは見做され蔑まれてしまう、それはあってはならんと少年は嘆くように言った。
加えて
「ヴァレンシュタイン殿は……公衆の面前では斬らん、が、内密にな」
内密にな、と、ホスロは言った。
せめてもの、最大限の敬意を表すらしい。
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その晩、ヴァレンシュタイン・ドールは死んだ。
本国から繋いで貰ったポータル口に申し訳無さそうに入ってゆく仲間の将軍達を一人ひとり労いつつ、最後まで送り届けた。
ソレをホスロは、どうせ批判されるだろうから、ダンテや仲間には敢えて知らせず黙認した後に、彼をマドラサ城の小部屋へと案内し、胴体と頭部を分けた。
彼は斬られる寸前
「ホスロ殿、マドラサ城内には私の十六になる娘が居ります、用兵系統の魔術に秀で、ジルレド将軍より直々に兵法を学んでおりました」
何を言い出すのかと、ホスロは驚きつつ剣を少し下ろした。
「なるほど…その御息女に言伝ですかな?」
と、多少頭も下げつつ敬語で、ありきたりな返しをする……が、ヴァレンシュタインは首を振って
「いえ、公国の兵として用いて下されば……と、もしあの子が従軍を希望した時は…ですけどね」
「……?」
おや、良いのか。思わずホスロは、そう喉から声が出かかる。
「娘はここで生まれ育ったので、陛下に会った事も無ければ……忠誠心も薄いでしょう」
(いや、それもあるけど……なにより…)
「御息女は、私を…その、仇と見做すでしょう」
「なぁに、それよりドール家の存続の方が大事だと、あの子は割り切る……そういう育て方をしたので」
なるほど、それは当主としてご立派ですな。
ならば、もう口出しはすまい、とホスロは再び剣を構える。
「ははっ、承知致しました、では、息女殿から申し出がありましたならば、そのようにしましょう」
「有難う御座いまする」
最期の言葉は、娘に向けて「大器となれよ」と僅かに聞こえる声で言ったのみである。
だが、聴こえて尚もホスロが振り下ろす仕込杖『ラヴェンナ』の速度は止まなかった。
全身に血を浴び、少年はギィィ……と部屋のドアを開けて外に出る。
コツコツ……と剣にも残る血を煩わしそうに払いつつ、ホスロはマドラサ城…いまや彼の主、エレノアの城の階段を、ゆったりと降りてゆく。
石窓から覗く月が完全に丸い、アヴェルナ教圏では『満月』と言うらしい。
「…終わったか、青二才」
そのままコツコツ、と降りてゆくと、途中でアステルドとヨナタンが更に開けた大きな階段の途中で左右に分かれ、腕をドーンと組んでコチラを見ていた。
(いや、教会の前に置かれてる双子銅像かよ)
何故か不動明王立像のようにポーズを決めて左右に立つ二人を無視して行こうとするが、ヨナタンが…なんであろう、一応気にかけたのか
「ジルレド殿の『操毒』付きの矢を受けたのに…どうやって解毒した?」
と、心配するような目つきである。
「……ん、自然治癒じゃ」
「そんな訳無いだろう、本当の事を言え」
「あぁ…解毒薬をな、さっき打った」
流石に『操天狗』の事は言わない、いえば更に心配を掛けてしまう恐れがある。
すると、今度はアステルドが
「青二才は……人を斬って、罪悪感は無いのか?」
「ふむ?」
ホスロは、一瞬止まる。
(急にどうしたんだ)
と、少年は人狐騎士の質問の意味が分からなかった。
いや、これは…アステルドが悪かろう、彼は人をいたわる心はあるが、直線的過ぎる。とヨナタンは同僚の突拍子も無い発言に驚きつつ聞いている。
きっと、「ヴァレンシュタインを……直接一対一で人を殺して、辛かろうがあまり気を病むな」と言う風に話を進めたいのだろう……が、当然ホスロは別の受け取り方をした。
(罪悪感……か)
幼き頃より、人を殺す為の剣を、人を焼き踊らせる為の魔術を機械人形のようにして、だが「宮廷魔術師になる!」との確固たる信念の下で習ってきた。
確かに、多少心苦しくはあるが……
「あぁ……無い事はないけど………」
殺らねば、私が殺されてしまう。
ホスロにとって、神はマラレル神でも、アヴェルナ神でも無い。自分である。
ただし、この表現は、決して極度の自己中心主義者、という事ではない。
ホスロは伝記が好きで、本の中の神話の英雄を夢見てきた。故に、強くなろうとした。生まれつきの、ある程度の才能も相乗し、その夢と先人達への敬意はいつの日か肥大化し、プライドともなった。
ホスロは最終的に自分が世界で一番強くなると確信している。故に、彼は自身の成長姿を神格化し、ソレ以外の一切を信じていない。
彼の尊敬する英雄の一人、マラレルの赤ヒゲと呼ばれた将軍、バルバロッサの言葉に『途上の花を愛せ』とある。
自分を成長途中の花のように愛で愛し、成長後を目標とし生きろ……という少々ナルシスティックな言葉である。
幼少期のホスロは何故か(自分の才能を世界一だと思い込み、ネロやライバルの貴族達などを小馬鹿にしていた時期だからかも知れない)この言葉を尊敬した。今も、先程心力系統を得れず、己の才能に疑心を抱いた後でも、していた。
(殺される訳にはいかんのだ、こんな成長途上で)
と、道半ばで斃れ、夢が砕かれるのを極度に恐れる……だから敵を殺すのだ。
その旨を、仲間二人に遠回しに、婉曲に言おうとした……なのに。
「そりゃ…『ラヴェンナ』の為じゃ」
「ラヴェンナの……いや、でも、なんで……」
(何を言っているのだ、俺は)
思わず口が開き、『ラヴェンナ』という言葉が出た。それは水のようであった。「俺が強くなる為に相手を殺す、じゃけん罪悪感はない!」と堂々と言ってやろうとしたのに、出た言葉は違った。
信念が曲がったのだろうか、否、そんな事があって良いはずが無い。
(人は変わらん、根本は)
そう、自然の摂理のハズである、とホスロは思う。
「…?」
「誰だ、その、ラヴェンナとやらは」
アステルドが片目を開けて聞いてきた。
「親友の……名じゃ…」
なんの為に、言った。意味が無いだろう、何故、人を殺す事がラヴェンナの為になるのだ。
忘れよう、私の信念は変わらない。
人間は変われないハズだ。
「あぁ、いや、忘れてや、兎に角……ヴァレンシュタイン殿は丁重に…後ほど埋葬するわ」
今は兎に角、エレノア様に報告後、彼の人を迎えに行き、新たに要塞都市マドラサを拠点とし立国する。
目の前の仕事が優先である。今はただ、少年は短い目を欲した。
少年は、二人の騎士から逃げるようにして階段を駆け下りてゆく。




