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第二十六話:公国の興亡


アッディーン公国は、アヴェルナ教の代表的な国家である。古くから貿易大国として栄え、大海に面し、王都まで流れるアヴェルナ川は青く澄み渡り、街を鏡の様に映し出す。美しい国。

『弱者に施しを』『強者に敬意を』『王の血を我が血とせよ』


公国は強者を尊び弱者を救う。それでこそ、敬虔なアヴェルナ教徒の証であり、絶対の決まりである。

精強な兵達と代々の賢き王達の元で、公国は六百年もの間安寧を享受してきた


________


「ローズバリア・カルテミヌス、貴殿を打ち取り、この戦争を終わらせよう」


「ガッハッハ、小僧……お前のその、生っちょろい腕で"アッディーンの剣"を折れるとでも?」


一面の、燃えつき、原型すら留めぬどころか家だったかも分からぬ様な廃墟。四肢が爆ぜ、斬り伏せられ、悪臭を放つ騎士や魔術師……更に市民の死体の山々。

そんな、この世の地獄とも呼べる様な場所で、マラレル騎士団の服に身を包み、王家の霊剣を携えた少年、ライオリックは大男と向き合っていた。


スキンヘッドの、右頬に大きめの火傷跡が痛いたしく残り、太い眉毛に、キリッとした両目の、何とも奇妙な見た目の初老である。

東洋の僧侶が好む長い垂れた服を来て、右手に大槍、左手に大斧を持ち、ドンッと直立する風貌は、まるでおとぎ話に出てくる鬼の様。


「ローズバリア、五十将は既に大半を打ち取り、貴殿麾下の王宮騎士団もほぼ壊滅状態……」


部下を皆失った老人に向けて、どうやら投降を勧めるらしい。が、当たり前の様にローズバリア・カルテミヌスは断った。ゆったりと首を左右に振り、驚くほど大きな口を開け、歯をガラリと見せつけながら


「ふむ…それで?」


馬鹿にしたように笑う。


「まだ、儂がおる、儂がおる限り…貴様らは陛下と相まみえる事など無いだろう」


ドンッ、とローズバリアは威嚇をするように、自身が立っている床を踏んだ。

老人が降らぬ理由…それは明確である。

背後そびえ立つ…王が居座るアッディーン家の宮殿、逆にここで降る方が珍しいだろう。


また、ドンッ!!と踏む。あまりの威力に、石製の階段に足が少しめり込んだ。


パラパラと持ち上げた足から石屑が落ちる。


「そうか……残念だ、貴殿程の人物を殺す事になるとは………」


「フンッ、殺してから言えぃッ!」


問答は終わったらしい。


続けて、老人は右手に持つ大槍を掲げると、ズァァアッと何やら禍々しいどす黒い色の、液状の黒い物体が溢れ出た。スライムのようにネバネバとしており、おまけに浮遊している。


「『操陰そういん』」


固有能力では『操鉄』より格上の、最強格の能力で、水銀を超える密度を持つ黒い液体を産み出し、操る。

液状化を解いて固めて武器にするのも良し、膨大な密度と質量を活かして不断の盾とするも良し。

攻守共に完璧なのが特徴である。


それを見て、ライオリックは苦り切った顔をしながら、渋々能力を全開放した。


「……使いたく…無かったが…」


「操風、操鉄……ゴボッ…くっ…『獅子心ライオンハート』」


少々吐血し、固有能力の二つに加えて、心力系統能力の同時発動を行う。


既に長旅により満身創痍のライオリック。

だが、それはローズバリアとて同じ事。後ろに控える王を守る為、石像の如くこの場から動かず、近付く不届き者を潰し殺して来た。その証拠に、階段の左右には動かぬ死体がわんさか転がっており、その全てがマラレル兵である。


本来ならば、どちらも疲労で戦いドコロでは無い……が、使命が、決意が、彼らに力を与えた。


「「参る 来い」」


ほぼ同時に武器を構え…そして、カチ合った


________



ドドン…ズズ……と、宮殿が軽く震えている。

パラパラと石屑が降り落ち、柱にヒビが入ってゆく。元々外観に重きを置き、耐震性についてはからっきしだったセイもあるが…それにしても揺れ過ぎな程に、鳴っている。


元々アッディーン公が座る間は、豪華絢爛としか表現しようの無い程に、美しく、明るい。

数多の屈強な忠臣達が左右に居並び、活気に溢れていた。


だが、戦争中までもそうでは無いらしく、中では、頭鹿族ペリュトンの騎士……ヨナタンが、何やら高貴そうな黒装束に身を包んだ白髪の、威風ある男に、寂しく一対一で訴えていた。

大方討ち取られたか、逃げ散ったのであろう。


「公よ…どうか、どうかお逃げ下され……五十将の八割は討ち取られ、王宮騎士団並びに王都常駐部隊も壊滅………今、ローズバリア軍団長殿が単騎で防いで居られます」


どうか、どうかこの隙にお逃げを、とヨナタンは催促する。

が、男はどうやら動かぬ予定らしく。


「ヨナタンよ…我が息子達が、部下達が、皆聖地や公国領内で骨となり、俺だけおめおめと逃げろと……?」


出来ぬ、と拳を握りしめながら、男はキッパリと断る。


「この、ホロロセルス・サラーフ・アッディーン、公国最後の王として、ライオリックの小僧を待ってやるつもりよ」


王の決意は硬いらしい。が、こう言われても、ヨナタンは尚食い下がり


「姫様は…エレノア様はどうなるのですか……貴方がいなければ…まだ、十四ですよ?」


「……お主の報告で、ホスロ君達兄弟が生きている事が分かっている、きっと、大丈夫さ」


「どうやらアーディル君の方は些か状態が怪しいらしいがね……」


「しかし…陛下……!!」


だが、男は頑として動かない。

そのためヨナタンも焦り、臣下の礼すら忘れたように、王の裾をとって必死に、何度も訴える。


しかしながら、王は、ホロロセルスは冷静に、そして尊大に


「くどいぞヨナタンっ!!」


と叱りつけた。


「俺は負けた、負けたんだよ、あぁ……悔やまれる……悔やまれるなぁ……奴らを…同じアヴェルナ教圏と信じた俺が馬鹿だった……とんだ…薄情国家ばかりであった事よ」


外では未だドーン、ドドーンと戦闘の音が鳴り響いている。

恐らくまだまだライオリックとローズバリアが戦っているのだろう。全く、忠義の士よなとホロロセルスは満足そうに続けて言った。


「本当に、本当に馬鹿な男だよ、聖地奪還を主張する部下を抑えきれず、民草を守れず……家族すらむざむざ殺してしまった」


「なぁ、せめて、最期の最期くらい…カッコつけさせてくれよ…ヨナタン」


「陛下……」


ヨナタンはホロリ…と、その毛深い単眼から涙をつたらせる。つたった涙はハラハラと顔を濡らし、彼の服まで浸透する。

暫く間に、哀愁の時が漂った。


更に、再び外の音に耳を済ましてみると、既に止んでいた。

その静寂は…同時にローズバリアの限界と、彼の死を暗示する。

存外に速い、ライオリックが奥の手でも出したのだろうか「見てみたかったなぁ」とホロロセルスは無表情に小声を出した。


「ほれ、泣き虫ヨナタン…我が娘と…ホスロ君達を頼むぞ」


「……」


「早よぅ…はよぅ行け……あ、サラーフの名をホスロ君に与えるのを忘れぬようにな」



「……ハッ」


ヨナタンは心底辛そうに、うねりだす様に返事をすると、名残惜しそうに、暗殺者の様にすぅぅっと消えた。


後には、公王の間にはホロロセルス、ただ一人残る。


玉座に座り、杖をゆっくりと持ち、リュクリークの様に頬杖を付いた。


そして…僅かの後、ガラガラ…という音と共に、王の間の扉が開かれる。

一応何重かには結界を貼っていたのだが、ライオリック相手では無いに等しいのだろうか。


当然のように、突然現れた来訪者は、片手に大きな老人の首を持っていた。


(ローズバリア……有難うな……)


王は心の中で感謝を述べると、毅然とした声で、玉座により深く座りながら来訪者に語り掛ける。


「王の前だぞ、名を名乗れ」


反して、思ったより生き生きとした様子に、来訪者…ライオリックは案外動揺し、見直した様に軽く会釈をした。


「ははっ、これは失礼致しました」


手を前で斜めに振り、四十五度程頭を下げる


「それで…要件は?」


ホロロセルスは玉座で頬杖を付いたまま聞く


「貴方様の首で御座います」


それを聞いて、王は何度か頷き、無表情のまま玉座から立ち、杖を十字に振り、構えた。


「ふむ、ふむ……良かろう………ならば俺が直々に相手をしてやる…勝てたら褒美としてこの首、やるわ」


勝っても負けても、王としての威厳は保ちたいらしい。


待ちかねたようにライオリックもスラリと霊剣を抜いた。


「……アッディーン公国大公……『尊厳公』ホロロセルス・サラーフ・アッディーン」


だが、ホロロセルスと違い名乗りはしない。

アヴェルナの魔術師道精神として、遥かに目上の人間と決闘をする時は自身を卑下して、「自分如きが名乗るなど……」と、遠慮する事が美徳とされる。


ライオリックが良くアヴェルナ教についても学んで居る事が分かるだろう。

そして、ホロロセルスにも伝わったらしい。表情が快活である。


「さぁ、ライオリック……来たまえ」




ブシっ……と。


どちらかとも知れぬ血飛沫が、宮殿中に瞬く間に吹き上がった。



____


王都は燃えている。

城すら燃えている。


王の命も、今、燃え尽きようとしている。


ヨナタンはこの時、逃げながら、何を思っていたのであろうか。

王より託された姫を庇いつつ、敵中を見つからぬ様に抜けつつ、何を考えて居たのだろうか。


ともかく、言える事は、逃げる彼の背後には、燃ゆる街が広がっていたという事だけである。


その日、公国は地図から消えた。



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