目指す未来
「まあ、そんなに急いで決める必要などなかったのですが。」
そんなことをメイドさんが言ったのは、私が願望をさけんで、メイドさんがなんかかっこいい返答をした、すぐ後のことだった。
どういうことか聞いてみると、この空間は時間の流れを急激に速めているため、ここでいくら時間を使おうが、外では全く時間が経っていない、らしい。
なにそれ聞いてない。それなら先に言ってほしかった。
そう言ってみたところ…
「お嬢様が焦って、間違った方向に進むならともかく、結果的に、お嬢様は最低限の条件を示し、他のことは保留するという、素晴らしい判断をなさいました。それなら、言っても言わなくてもそう変わりません。」
とのこと。
まあ、そりゃあ言いたいことはわかるよ?でもさぁ。なんか釈然としないんだよねぇ。
「まあ、いいではありませんか。それより、今から何をなさいますか?」
「今から?」
「はい。時間は有り余っております。何をするのもお嬢様の自由。何かしていれば、将来の明確な像が見えるかもしれませんよ?」
なるほどねぇ。
でも、自由にって言っても、やることないしなぁ。
前世だったら、ネットにつなげば、ゲームやラノベでいくらでも時間がつぶせたのに。
「ありますよ。」
「え?」
「ですから、ありますよ。ゲームもラノベも。」
まじすか。
このファンタジーの世界で、またゲームがやれるとは。
でも、当たり前と言えば、当たり前か。このメイドさん、自分のこと全知全能に最も近いとか言ってたしね。
「そういうことでございます。ですので、お嬢様はダメ元でも無理難題でも、なんでもおっしゃればよろしいのです。私に、不可能なことなど、ほぼ無いに等しいのですから。」
頼もしいなあ。そこまで言われちゃしょうがない。そういうことなら、遠慮なく言っちゃうよ?それじゃあ…
「『なろう』お願いできる?」
『なろう』
それは、日本最大級の小説投稿サイト『作家になろう』の略称。誰かが書いた小説を読んで、評価や感想を送ったりできる。年にいくつか、〇〇賞とかがあって、受賞すれば賞金や、書籍化されたりする。このサイトからプロの作家になる人も多い。
前世、特に学生時代の私は、暇さえあれば『なろう』を開いて、小説を読んでいた。
中でもはまったのは、異世界転生モノ。そのなかにはもちろん、悪役令嬢転生モノもあった。
私は、そこからヒントを得ようと思った。私のように、悪役を押し付けられた主人公が、どんな選択をしたのか、見てみようと思った。まあ、私が読んでた作品は、努力したり、チート持ってたり、現代日本の知識を使って内政チートやったりして、どうにかこうにか悪役から脱却する話が多かったから、現状脱悪役を果たしたであろう私の参考になるかは、わからないけれど。
「もちろんでございます。それでは、こちらをお使いください。お嬢様の前世の世界に限らず、極めて似通った世界の、全ての小説投稿サイトの小説を読めるようにしてあります。感想送信などの機能は必要ないと判断したためついておりませんが、もし必要になれば、お命じください。」
「わかった。ありがとう。」
そこまでしてくれるとは。至れり尽くせりだね。
私のお礼の言葉に、「恐悦至極でございます」と返すメイドさんから受け取ったのは、タブレットだった。見てみると、すでに悪役転生モノの小説が、ずらっとならんであった。
まずは作品紹介のところだけ見ていく。十何個かのあらすじとタグを読んだ辺りで気づいた。あらすじが、すごく分かりやすい。どの作品も、どんな話なのかがわかりやすく表現されていて、補足的に、タグが補っている。そして、必ず悪役に転生した主人公が、どんな選択をしたのかが書いてある。これは、私の勘だけど、もしかして…
「はい。そのとおりですよ。」
「っ!」
考え事をしてるときに、いきなり背後から声をかけられたものだから、驚いた。
って、やっぱりそうだったのね。
「はい。その作品紹介は私が書きました。」
なんというか、すごいな。この膨大な数のを全部か。なんか、これまでで一番すごさがよくわかる。まあこれまでのは、現実味が薄かったからねぇ。
まあとにかく、わかりやすいことはいいことだ。
さっさと続きを見よう。
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とりあえず、ある程度見れた。
ほんとに色んな悪役がいた。
典型的な、知識を利用して、自分鍛えてゴリ押したり、内政チートする悪役。気にせず自分の思うままに生きる悪役。平民になろうとする悪役。様々な悪役がいたけれど、やっぱりほとんどの悪役は、進んで悪役になろうとはしない。当たり前だけど、どうにか悪役にならないように頑張る人の方が、圧倒的に多い。
けれど少数ながら、進んで悪役になろうとする悪役がいた。私のように、好きだった物語の世界を実際に見るため。本来の物語では不遇なキャラを、最高のハッピーエンドに導くため。理由は様々。
そんな悪役を目指す悪役の中でも、特に私が心惹かれた悪役がいた。その悪役は、どの悪役よりもかっこ良かった。どの悪役よりも、輝いて見えた。何があっても、決して後悔しない、常に前を向き続ける。私には、これこそ悪役の中の悪役だと思えた。
そして何より、私もなりたくなった。この、どこまでも欲深く、傲岸不遜な、最強で自由奔放な悪役に。強い憧れを抱いてしまったんだ。
もうね、こんな感じの悪役が出てくる作品を読みまくったよ。これが心奪われるっていうのかな?こんなに集中したのは、初めてかもしれない。
私にできるかどうかはわからない。けれど、私にはメイドさんがついてるんだ。今になって、このメイドさんをこんなに、信頼してもいいのだろうかと思ったけど、裏切られたらそのときはそのとき。メイドさんが私を騙すメリットなんて、わかりっこないんだから。
とにかく、私の将来の夢は、決まった。
「メイドさん。」
「はい。」
「決まったよ。私の夢。」
「それはようございましたね。」
「それで私の夢はね。最強の悪役だよ!」
私は、高らかに宣言する。これから、私はこの道を歩み続けるんだという、決意を込めて。
「なるほど。」
「…反応薄くない?」
「数週間で固めた決意なら、こんなものでは?」
「え、私そんな何週間も読んでたの!?てっきり半日ぐらいだと…」
「ざっと三週間程ですね。」
「ええ!いやいやそんなわけ…」
あれ?そういえば私、数百話とかある小説を、何個も読んでなかったっけ?でも、不眠不休でそんなに読み続けられるわけがないし、さすがに一日ぐらいで気づくでしょ。
いや、待てよ?
「メイドさん。なんかした?」
「はい。睡眠も休養も不用にした上で、時間感覚を伸ばしていました。先ほどまでのお嬢様は、ラノベでよくある長命種のような、数年を数日ぐらいの感覚で扱うような時間感覚をしていました。もう戻しましたが。」
やっぱりメイドさんだったか。
それにしても、驚くようなことを平然とやってくるなぁ。
「メイドはいつも、主の期待を越えるものなのですよ。」
「ほんとにメイドってなんなの?」
「私のことですね」
「…」
ピースしながら、そんなことを言うメイドさんに、私は何も言えなくなったよ。
とりあえず、連日投稿は、これで終わりかな?
後、年内の『冥土』の更新も、たぶんこれで最後だと思います。
なので、たぶんしばらくこっちは間が空くと思います。
できれば年内に、『幽霊少女』と『探求者』の更新や、最近思いついて書きたくなった『今後書くかもしれない、もしくは誰かに書いてほしい小説集』に、ちょくちょくメモしてる新作とかを書くつもりなので、よければそちらも覗いてみてください。
また来年からも、本作品共々、僕、セフィールをよろしくお願いします!