Ⅷ救いを求めて
ソラは人混みを押し分け、ひたすら走った。
遠くにホンスーン支部が見える。
足はもう限界だった。
息を吸うたび、肺が痛む。
それでも止まれない。
(ノアを助けなきゃ)
(家族を助けなきゃ)
支部へ駆け込む。
受付には女性職員が一人いた。
「どうしたの、君?」
「た、助けてください!」
声がかすれる。
「友達が……家族が、危ないんです!」
言葉の途中で咳き込む。
「すぐ隊員を呼ぶから」
女性職員が水を差し出す。
ソラは一口飲む。
「ソラ君!」
「リアナさん……!」
奥からリアナが走ってきた。
「助けてください!」
「ノアが、変な大男に……!」
「黒い球を飛ばしてきて……」
息が続かない。
「ソラ君、落ち着いて」
「ゆっくりでいいです」
「何があったか教えてください」
ソラは大きく息を吸う。
丘で起きたことを順番に話した。
ノアの右手のことだけは言えなかった。
「分かりました」
リアナが端末を操作する。
「応援は呼びました!」
「私は先に子どもたちを探します!」
「リアナ!」
受付の女性が声を上げる。
「一人で行くのは危ないよ!」
「戦うつもりはないよ」
「ノア君たちを見つけたら、すぐ戻るから!」
「でも……!」
「大丈夫!」
リアナがソラを見る。
「ソラ君はここにいてください!」
「……はい」
隊服に刻まれた青いラインが光る。
ブーツにも青いラインが走った。
地面を蹴る。
リアナの身体が一気に前へ押し出された。
◇
「間に合って……!」
リアナは人混みを避け、建物の間を駆ける。
(三級員が殺された相手……)
それでも足は止めない。
やがて、丘の中腹へたどり着いた。
「……!」
ユリィが地面に倒れていた。
赤い衣装は血に濡れている。
胸には、大きな穴が開いていた。
リアナは首元へ指を当てる。
「……」
脈はない。
端末を取り出す。
状況を支部へ送った。
「ユリィちゃん……ごめんね」
「もう少しだけ、ここで待ってて」
「今度はノア君を探してくるから」
――ドォンッ!!
丘の上から轟音が響いた。
教会の方角。
リアナは駆け出した。
◇
教会の大扉が轟音とともに吹き飛んだ。
砕けた木片が礼拝堂へ飛び散る。
その向こうから、大柄な男が入ってきた。
「……マザー」
「俺がやるよ」
エイドが前へ出る。
「いいえ」
「私がやります」
「ブラザー・エイド」
「子どもたちを集会室へ避難させてください」
「……もしもの時は、分かっていますね?」
「……そうならないことを祈ってるよ」
「あなたの役割に、神の祝福がありますように」
エイドは礼拝堂を離れた。
エレナは男へ向き直る。
焦点の合わない目。
口元では、何かを呟き続けている。
その前に黒い球体が浮かんでいた。
「……苦しかったでしょう」
返事はない。
「ドルディアですか」
エレナは胸の前で両手を重ねる。
《オラシオ》
黄色い光が身体を包む。
光が背後へ集まる。
巨大な腕へ形を変えた。
黒い球体から、小さな黒い球が放たれる。
黄色い腕が前へ出た。
ガンッ!!
黒い球を受け止める。
さらに黒い球体が生まれた。
一つ。
二つ。
三つ。
小さな黒い球が次々と放たれる。
ガガガガガッ!!
黄色い腕が受け止めていく。
一つが弾かれた。
礼拝堂の柱を貫く。
石片が床へ落ちた。
「無駄です」
「その程度では、私の祈りは破れません」
「きょぉぉぉかぁぁいぃぃ……!!」
男が床を蹴る。
石床にひびが走り、一気にエレナへ迫った。
振り下ろされた拳を、黄色い腕が受け止める。
ドンッ!!
衝撃で長椅子が吹き飛んだ。
ステンドグラスへ激突する。
ガシャァァン!!
色ガラスが砕け落ちる。
男の前に新たな黒い球体が生まれた。
至近距離。
小さな黒い球が一斉に放たれる。
黄色い腕が削られていく。
その背後から、もう一つの腕が現れた。
「――終わりです」
巨大な拳が振り抜かれる。
ドゴォォォンッ!!
男の身体が宙を舞った。
礼拝堂の壁へ激突する。
石壁が砕けた。
男が倒れる。
しばらく動かない。
やがて腕をついた。
一歩。
また一歩。
何かを呟きながら、エレナへ向かってくる。
黒い球体は、もう残っていない。
エレナが歩み寄る。
「もう……戻れないのですね」
手を差し伸べる。
「あなたを救――」
淡い緑色の粒子が舞った。
「……!」
男の腹に、ノアの右手が触れていた。
触れた場所から身体が崩れていく。
淡い緑色の粒子が溢れ出す。
「こいつが……!」
「ユリィを……!」
「よくもぉぉぉっ!!」
男が膝をつく。
ノアは右手を離さない。
「まだだ……!」
「殺してやる……!」
「ノア!」
黄色い腕がノアの手首を掴む。
男から引き離した。
「離してよ!」
「もう終わっています」
「どいてよ、マザー!!」
「こいつがユリィを殺したんだぞ!!」
「分かっています」
「だったら!」
「それでも、もう終わったのです」
「……」
「その手を離しなさい、ノア」
「許せない……」
「こんなやつ……全部消してやる……」
エレナがノアの肩へ手を置く。
「ノア」
「今のあなたを、ユリィが見たらどう思いますか」
「……」
ノアの右手を包んでいた緑色の光が消えていく。
エレナはノアを抱きしめた。
「今は、泣いていいのですよ」
「マザー」
エイドが礼拝堂へ戻ってきた。
「もう時間だ」
「AEGISが来る」
「この状況を見られたら、ここには残れない」
「みんなで逃げよう」
エレナはノアを抱いたまま答える。
「ブラザー・エイド」
淡い黄色い光がノアを包んだ。
「……マザー?」
ノアの身体から力が抜ける。
そのまま意識を失った。
「この子を連れて、みんなと行ってください」
「ソラも……きっと大丈夫です」
「まさか……」
「これが、私の役割なんです」
エイドは何も言わなかった。
やがて頭を下げる。
「あなたのことは……ずっと尊敬していました」
胸に手を当てる。
「あなたの役割に、神の祝福がありますように」
「ありがとう、ブラザー・エイド」
「あなたの役割にも、神の導きがありますように」
エイドはノアを背負う。
そのまま礼拝堂を後にした。
エレナは一人、祭壇へ向き直った。




