Ⅶ交わる運命
ジェイはうつむいたまま何も答えない。
「……行きましょう」
「その前に、一つええか」
「ダブリスの居場所、知っとるか?」
ジェイの肩が揺れた。
「兄貴を追ってるってことは……」
「やっぱり、あの時のことか……」
「あの時?」
「俺もあの場にいた」
「兄貴がAEGISの隊員を殺すところを見た」
「それだけじゃねぇ」
「そのあと、兄貴は俺にも撃ってきた」
「外れて壁に当たったけどな」
「……あの攻撃跡か」
「なんで、あなたまで……」
「知らねぇよ!」
「俺が聞きてぇくらいだ!」
「兄貴は俺にだけは優しかった」
「でも、ここ数週間で急におかしくなったんだ」
「一人で喋ってたり、いきなり怒鳴ったり……」
「俺も怖くなって、近づかなくなった」
「今いる場所に心当たりは?」
「……町外れの廃工場」
「多分、そこにいる」
「リアナ」
路地の入口にイネスが立っていた。
「はい!」
「情報は?」
「ダブリスは、町外れの廃工場にいる可能性があります!」
「ここから三十分ほどです!」
「分かった」
「頼む……」
ジェイがイネスを見る。
「兄貴を助けてやってくれ」
「助けられるとは約束できない」
「……」
「だが、できることはする」
「……頼む」
「ラディス、私と来い」
「了解や」
「リアナはジェイを支部まで連れていけ」
「はい!」
◇
広場を離れる頃には、空が赤く染まり始めていた。
「もう帰らなきゃいけないなんて、つまんなーい」
ユリィが頬を膨らませる。
三人は空になった籠を提げ、教会へ続く丘を登っていた。
「今日の役割は終わっただろ」
「毎日お祭りならいいのに~」
「ユリィ、一つくらい籠持ってよぉ」
「今日はレディなんだから、シスターじゃないの」
ユリィが赤い衣装の裾をつまむ。
その場でくるりと回った。
「はいはい、お嬢様」
「またいつものだよぉ」
「また来年も三人で来ようね!」
「ああ」
「うん!」
丘の中腹へ差しかかる。
木々の間から、大柄な男が歩いてきた。
うつむいたまま、何かを呟いている。
「……みんな、急ごう」
三人が道の端へ寄る。
男の前に、黒い球体が浮かんだ。
「……え?」
黒い球体から、小さな球が飛び出した。
「伏せて!」
ノアの右手が淡い緑色に光る。
迫った黒い球へ触れる。
バチッ!
黒い球が弾けた。
淡い緑色の粒子へ変わり、消えていく。
「な……何なのよ、あれ……!」
「籠を捨てて!」
「丘を降りるんだ!」
男の前に、また黒い球体が生まれる。
「ノアは!?」
「僕が止める!」
「二人は助けを呼んできて!」
「でも――!」
「早く!」
ソラがユリィの手を掴む。
二人は丘を駆け下りた。
黒い球体が三つの小さな球へ分かれる。
逃げる二人へ飛んだ。
「っ!」
ノアが二人の後ろへ回り込む。
一つ目に右手で触れる。
バチッ!
続けて二つ目。
バチッ!
三つ目が頬をかすめた。
そのまま後方の木へ突き刺さる。
幹が弾け、黒く焼け焦げた。
男は逃げる二人へ、また黒い球を放つ。
(逃げたら、二人に届く)
右手が震える。
(ここで止める)
(これが僕の役割なんだ)
黒い球が迫る。
右手で触れる。
バチッ!
男の前に浮かぶ球体が少し縮んだ。
(撃つたびに小さくなる……)
ノアが一歩進む。
また一つ。
バチッ!
もう一歩。
(あれがなくなれば……)
(……違う)
(また出されたら同じだ)
男は何かを呟き続けている。
その前に、新しい黒い球体が生まれた。
(止めないと)
ノアは前へ出た。
◇
ソラとユリィは丘を駆け下りていた。
「ソラ!」
後ろからユリィが呼ぶ。
「先に行って!」
「えっ?」
「早く助けを呼んできて!」
「でも!」
「早く!」
ソラは前を向き、足に力を込めた。
ユリィとの間が少しずつ開いていく。
(早く)
(もっと早く)
ノアを助ける。
ユリィは足を止め、丘を振り返った。
木々の向こうで、緑色の光が弾ける。
一度。
二度。
三度。
次の光が来ない。
「……ノア」
ソラの背中は、もう遠い。
「ごめん、ソラ」
ユリィは来た道を駆け戻った。
◇
ノアの息が上がる。
黒い球が迫る。
バチッ!
また一歩進む。
もう一つ。
バチッ!
(あと少し……)
男は動かない。
だが、攻撃は止まらない。
丘を風が吹き抜けた。
足元には乾いた土が広がっている。
(これなら……)
ノアは右手を地面へつける。
淡い緑色の光が走った。
地面が削れ、乾いた土が舞い上がる。
風が土煙を巻き上げ、男の姿を隠した。
ノアは近くに転がっていた籠を拾う。
土煙の中へ放り投げた。
籠が土煙の向こうへ飛び出す。
黒い球が籠を撃ち抜いた。
(今だ!)
ノアが駆ける。
「うああああああっ!!」
土煙を抜ける。
男が見えた。
右手を伸ばす。
あと少し。
男が身体をずらした。
「っ!」
蹴りが腹へ入る。
息が詰まる。
ノアの身体が地面を転がった。
「ぐっ……」
身体を起こす。
男の前に、三つの黒い球が浮かんでいた。
「……」
立ち上がろうとする。
腹に力が入らない。
三つの黒い球が放たれた。
横から何かがぶつかる。
「え――」
ノアの身体が丘を転がり落ちた。
直後、轟音が重なった。
「……っ!」
ノアは起き上がり、丘を駆け上がった。
「ユリィ!」
男の姿は、もうなかった。
ユリィが地面に倒れていた。
赤い衣装は血に濡れている。
胸には、大きな穴が開いていた。
「ユリィ!」
ノアが駆け寄る。
両手で傷口を押さえた。
血が指の間から溢れる。
「止まれ……!」
「止まれよ……!」
「……ノア」
「喋るな!」
「よかった……」
「無事で……」
「ソラが助けを呼びに行ってる!」
「すぐ来るから!」
「だから……!」
ユリィの手がノアの腕に触れる。
「これが……」
「私の役割だったのかな……」
「そんな馬鹿な役割があってたまるか!」
「助かる!」
「絶対助かるから!」
「……ノア」
「ずっと……好きだったんだよ」
ノアはユリィの手を握る。
「また来年も……」
「収穫祭……行きたいね」
「ああ……!」
「行こう!」
「絶対行こう!」
「今度は二人で……」
「好きなもの、いっぱい食べよう」
「……うん」
ユリィの手から力が抜けた。
「……ユリィ?」
返事はなかった。
ノアはその手を離せなかった。




