Ⅷ開演前夜
花の街、レストラ。
夕方。
ソラとシンは、捕まえた二人をレストラの隊員へ引き渡し、支部で治療を受けていた。
受付の横には黒門が一つ。その奥に数部屋が並ぶだけの、小規模な支部だった。
「ソラ君。一人で確保させることになって、すみませんでした」
「いえ。あの時は、あれが最善の判断だったと思います。捕まえた二人はこれからどうなるんですか?」
「これから一人ずつ取り調べを行います。ここからは正規隊員の仕事になりますので、ソラ君は休んでいてください」
「シンさんは? まだ背中、痛むんじゃ……」
「自分は大丈夫ですよ。取り調べと報告がありますから」
「シンさんも、無理しないでくださいね」
「ええ」
シンはゆっくり身体を起こした。
「今夜は支部の方で泊まる部屋を用意してくれたそうです。鍵は受付でもらってください」
「分かりました。明日はどうすればいいですか?」
「朝、またここに来てください。一緒にメリディアへ戻りましょう」
「はい。明日もよろしくお願いします」
ソラは受付へ向かった。
カウンターにいた女性が、ソラの隊服を見る。
「学院生のソラ君よね」
「はい。寮に泊めていただけると聞いて」
「そんな大層なところじゃないのよ。すぐそこのアパートの一室に、布団を置いてあるくらいなんだから」
「十分です。ありがとうございます」
「部屋は、あの建物の二階よ」
受付の女性が窓の外を指し、鍵を差し出した。部屋番号の書かれた札がついている。
「せっかくレストラまで来たんだし、街を見てきたらどう?」
「いいですね 少し見て回ってみます」
「この先に商店街があるから、行ってみるといいわ」
「ありがとうございます。行ってきます」
ソラは頭を下げ、支部を出た。
◇
通りへ出ると、店先にも窓辺にも花が飾られていた。
商店街では、まだ買い物客が店を行き来している。
ソラは、花を使ったアクセサリーや小物を並べた店の前で足を止めた。
「AEGISのお兄ちゃん」
店の年配女性が、ソラへ手を振っている。
「せっかくレストラに来てんだったら、お土産でもどうだい?」
「どうして、僕がよそから来たって分かったんですか?」
「小さい街だよ。顔を見れば、すぐに分かるさ」
「すぐ分かっちゃうんですね」
ソラは店先に並んだ飾りを覗き込んだ。
「これ、中に入ってるのは本物の花ですか?」
「そうさ。押し花にして、透明な飾りの中に入れてるんだよ。花の街ならではだろう?」
ソラが一つ手に取って見ていると、壁のボードに掛けられた青い花のネックレスが目に入った。
「あの青いのも、見せてもらえますか?」
「気に入ったかい?」
年配女性がネックレスを手に取った。
「こうしておけば、枯れずに残るからね。花にはそれぞれ意味もあるんだよ」
ソラは青い花を見た。
「誰かに渡すなら、きっと相手も喜ぶよ」
「はい! これをください」
「はいよ」
女性がネックレスを包み始める。
「そういえば、この街でおすすめの食べ物ってありますか?」
「花の形をしたお菓子が人気だよ」
「ありがとうございます。探してみます」
女性が包み終えたネックレスをソラへ渡した。
「プレゼントかい。頑張んな」
「頑張る? ……分かりました!」
ソラは包みを受け取り、店を離れた。
「明るい子だねぇ。ブルースターを選ぶなんて……うまくいくといいねぇ」
ソラは少し街を見てから、寮へ向かった。
◇
翌朝。
レストラ支部の受付前では、シンが待っていた。
「おはようございます、ソラ君」
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
ソラは受付の女性へ向き直り、部屋の鍵を返した。
「お世話になりました。昨日、街も見てきましたよ」
「楽しめた?」
「はい。お土産まで買っちゃいました」
「よかった。今度は仕事抜きで遊びに来てね」
「また来たいです。ありがとうございました」
荷物を持ち、シンと馬車へ乗り込む。
「あの二人の移送はどうなったんですか?」
「レストラ支部の皆さんが、ご厚意で引き受けてくださいました」
「そうなんですか」
「帰りは、ゆっくり戻りましょう」
「手綱は僕が握りますよ」
「ありがとうございます。では、お願いします」
ソラが手綱を握り、シンも隣に腰を下ろした。
馬車はレストラを出て、メリディアへ続く街道へ入った。
「事情聴取は、どうでしたか?」
「足の速い方はキートというんですが、『口が軽いから何も喋らない』と言って、そのまま黙り込んでしまいました」
「口が軽いから、喋らないって……?」
「そのあとは、本当に何も喋りませんでした」
「もう一人のオズマは、取り調べに応じていました。誰かに計画を教えられて、それに乗っただけだそうです。その男は見返りも求めなかったそうです」
「……その人には、何の得があるんだろう」
「分かりません。オズマの話では、髪が真っ白な若い男だったそうです。物腰も柔らかかったと」
馬車が揺れ、シンが背もたれから身体を離した。
「背中の傷、まだ痛みますか?」
「少しだけです」
「それにしても、ソラ君は噂通り、事件に巻き込まれるんですね」
「そんなつもりはないんですけど」
「それとも、自分から巻き込まれに行ってるのか」
「違いますよ!」
「冗談です」
ソラがシンへ顔を向ける。
「シンさんが……冗談を……」
「自分も、たまには冗談くらい言いますよ」
ソラは笑った。
馬車は街道を、メリディアへ向かって進んでいった。
◇
メリディア教会の近くを流れる小川のそば。
デリクは木陰に座り、新聞を広げていた。
近くでは、ガイルスが片足で立ち、両手に持った重りを肩の高さまで持ち上げていた。
「ふんっ、ふんっ!」
ガイルスは片足で立ったまま、デリクを見た。
「新聞なんか読んで、何か分かるのかよ」
「うんうん。新聞は情報の塊だからな」
「各地で、人を殺して『粛清』って書き残す事件が起きてるらしいぞ。何かの陰謀じゃないかってさ」
ガイルスが両足をつき、重りを下ろした。
「……誰がやってんだよ、そんなこと」
「さあな。Codeが使われたと見られるって書いてあるけど、殺され方が違うんだ。全部同じ奴の仕業とも思えないな」
「各地で別の奴がやってんのか?」
「かもしれないな。メリディアでも起きてる」
「そんな話、全然聞かねぇけどな」
「この街、どれだけ広いと思ってるんだよ。俺たちの知らないところなんて、いくらでもあるだろ」
「おっ、さすがだね。ちゃんと情報を集めてるじゃないか、デリク」
教会からエイドが歩いてきた。
煙草を取り出して口にくわえると、デリクが火をつける。
「ありがと」
「ガイルスも新聞くらい読んでみなよ。見えてくるものが違うぞ」
「読めばいいんだろ」
ガイルスはデリクから新聞を受け取った。
記事を読み、眉を寄せる。
「なんだよ。今、デリクが言ったことしか書いてねぇじゃねぇか」
「デリク、説明してあげて」
「分かりました」
デリクは新聞の一箇所を指した。
「被害者が襲われた場所も書いてあるだろ」
「おう」
「ほかの都市では、人が少ない時間や場所で起きてる。でも、メリディアは人通りがあって、すぐに見つかるような場所なんだ」
ガイルスが記事を読み直す。
「……こっちの奴は、見つけてほしいってことか?」
「その可能性はあるね」
エイドが答えた。
「ルシアもあちこちで調べてるよ。こっちにも一つ、気になる話が入ってきてね」
「何か分かったんですか?」
「劇場の座長をしてる信徒に、手紙が届いたんだ」
「『明日の公演で、お前の罪を観客の前に晒す』。最後には『粛清』と書かれていたらしい」
「……新聞の事件と同じじゃねぇか」
「それで教会に相談してきたんだ。本人は何の心当たりもないって言ってるよ」
「座長は、今どこに?」
「劇場だよ。明日の準備で、今夜は泊まり込むらしい。そこでなんだけど、二人に今夜から護衛を頼みたいんだ」
「明日の公演なら、見張るのも明日でいいんじゃねぇのか?」
「手紙に書いてあるのは、観客に見せる時だよ。殺すのが明日とは限らない」
「……今夜、先に殺しておくってことか」
「その可能性もあるね」
「分かった」
「分かりました」
デリクは返された新聞を畳み、立ち上がった。
「エイドは来るなよ」
ガイルスが言うと、エイドは片手を上げた。
「任せるよ」
教会へ戻っていくエイドを見送り、デリクがガイルスへ顔を向ける。
「お前、エイドさんに失礼な口ききすぎだぞ」
「だって、エイドだろ」
「……分かってないな」
「なんだよ、その反応」
「準備するぞ」
デリクは新聞を手に、教会へ歩き出した。
「なんか納得いかねぇな……」
ガイルスも重りを拾い、あとを追った。
◇
メリディア、商業区。
周囲の店より一際大きな劇場は、外の照明が落とされていた。
入口の前で待っていた座長が、二人の教会服を見て手を上げる。
「君たちが、教会から来てくれた護衛か」
「おう。何かあったら、俺たちに任せとけ」
「ありがとう。悪戯かもしれないが、よろしく頼むよ」
座長が大扉を開けると、先にはいくつもの扉が並んでいた。
「どれを開ければいいんだ?」
「全部、同じホールへ繋がっているよ」
一つを開けると、円形の大きなホールが広がった。
奥の舞台には豪華な幕が掛かり、客席が何列も並んでいる。
「でけぇ。二階まであるぞ」
ガイルスが上を見上げる。
「劇場は初めてかい?」
「ええ。なかなか来る機会がなくて」
デリクが答えた。
「今夜は、舞台の照明を調整するんだ。光の当て方には、ちょっとうるさくてね」
「俺たちは舞台の近くで待機しておきます」
「ありがとう」
「それで、手紙に書かれていた罪って、何か思い当たることはあるんですか?」
「真っ当に生きてきたつもりでね。教会の信徒でもあるし、神に誓って、心当たりはないよ」
座長は客席を見渡した。
「劇場も、なるべく普通の人が入りやすいようにしているんだがね」
「分かんねぇもんは、しょうがねぇな」
「楽観的だな、お前」
「では、私は作業をするよ」
座長は舞台へ上がり、照明の位置を変え始めた。
色を切り替え、幕に当たる光を確かめている。
数時間が経った。
客席の間を見回っても、聞こえるのは座長の作業する音ばかりだった。
風が入り込んだ。
ガイルスが二階席を見上げる。
窓が開いていた。
「……あそこ、開いてたか?」
舞台の方で足音がした。
白い服を着た男が、座長の背後へ近づいていた。
肩まで伸びた金髪。
身体の表面には、透明な膜のようなものが波打っている。
「誰だね、君は」
「手紙は読んでくれましたか?」
座長が後ずさる。
「……なぜ、私を狙うんだ」
「高貴な者のための演劇を、大衆にまで開いた。それがあなたの罪です」
ガイルスは走りながら、胸元で両手を合わせて祈った。
《オラシオ》
赤いオーラが身体を包む。
床を蹴り、男と座長の間へ割り込んだ。
「お前が、最近『粛清』とかしてる奴か」
男が目を見開いた。
「まさか護衛がいるとは思いませんでした」
「座長、出口に向かってくれ!」
「は、はい!」
舞台から下りてきた座長を、デリクが呼んだ。
「こっちです」
二人が出口へ向かう間に、ガイルスは両手を合わせたまま、赤いオーラを獣腕へ変えた。
獣の拳を男へ叩き込む。
男を覆う膜が胸元へ集まり、赤い拳を受け止めた。
ぐにゅっ。
拳が沈む。男の身体には届かない。
「その程度で、私を止められると思っているんですか?」
「一発防いだくらいで、調子に乗んな!」
男が踏み込むと、胸元の膜がガイルスへ伸びた。
◇
「座長、ここで待っていてください」
デリクが出口へ向かうと、扉が向こうから開いた。
「あら、もう出てきたの?」
長い黒髪をまとめた男が立っていた。
髪には桃色の筋が入り、白い浴衣のような衣の上へ、花柄の羽織を着ている。
化粧をした顔。
手には、血のように赤い細身の剣が握られていた。
デリクは咄嗟に一歩下がり、座長を背にした。
「座長、下がっていてください」
座長は客席の中央へ移り、座席の間に身を低くした。
「うんうん……こいつは、下手すりゃ死ぬな」
《グラセリオ》
身体から、狐の姿をした半透明のエネルギー体が飛び出す。
狐が右腕へ潜り込んだ。
右腕の輪郭に光が走る。
デリクは拳を握った。
「困ったわ……この人は斬っていいのかしら」
デリクは踏み込み、右拳を振るった。
男は深く身を沈め、床すれすれまで顔を下げた。
拳の下から、赤い剣が斬り上がる。
デリクは上体を逸らした。
鼻先を刃が通り過ぎる。
男は剣を止めず、斜めに切り返した。
ギィィッ!
デリクは右腕で刃を受け止めた。
押し返そうとしても、腕がじりじりと下がっていく。
デリクは腕を振り払い、距離を取った。
「……強化してるのに、斬られかけた」
右腕から狐が飛び出し、右足へ潜り込んだ。
右足の輪郭に光が走る。
「なら、速さでどうだ」
右足で床を蹴り、男へ飛び込んだ。
◇
出口の方では、デリクが剣を持った男と戦っていた。
「もう一人いたのか」
「私の護衛ですよ。万が一の保険です」
「お前、頭おかしいんじゃねぇか」
《オラシオ》
背後へ二本の獣腕を作り、左右から殴りつける。
男を覆う膜が打たれるたびに歪む。
獣の拳を引くと、膜も伸びてついてきた。
「なんだよ、そのCode」
「違いますよ。祝福です」
ガイルスが大きく獣腕を振るう。
男は獣腕をかいくぐり、身体を覆う膜をガイルスへ押しつけた。
赤いオーラに透明な膜がまとわりつく。
獣腕は膜に引かれ、思うように動かせない。
「君のオーラごと、包ませてもらいますよ」
ガイルスが獣腕の形を崩すと、赤いオーラは膜を抜けて身体へ戻った。
もう一度獣腕を伸ばすが、再び膜がまとわりついた。
「くそっ、しつけぇな!」
「楽しんでいてください」
男が客席へ歩き出す。
中央では、座長が身を低くしていた。
「さて、殺しましょうか」
「やらせるかよ」
ガイルスは両手を強く合わせ、祈った。
赤いオーラが前方へ膨れ上がり、巨大な闘牛の頭へ変わる。
張りついていた膜が、大きく引き伸ばされた。
ガイルスは一気にオーラを身体へ戻し、両手をほどいた。
膜が縮む前に横へ抜け、床を蹴って男の顔へ拳を叩き込む。
男の身体が吹き飛び、舞台を転がった。
「危ないじゃないですか」
起き上がった男の顔には、透明な膜が張られていた。
「その膜ごと、ぶち抜いてやる!」
ガイルスは再び両手を合わせ、祈った。
背後へ獣腕が伸びた。
◇
デリクの蹴りが、男の顔へ迫る。
男は足の下へ身を沈め、斜めに傾いた姿勢から剣を返した。
赤い刃が、デリクの脇腹へ走る。
蹴り足を引き、後ろへ下がった。
「……なんだ、こいつ」
崩れた姿勢からでも、剣筋が途切れない。
デリクは右足へ力を込めながら、背後を確かめた。
座長は中央付近の座席の間に身を伏せていた。
もう一匹、出すか。
「もっと……もっと……私を楽しませて」
男が赤い剣を揺らした。
デリクは踏み込み、右足を高く振り上げて男へ振り下ろした。
男が身をかわし、足が床を叩く。
ドンッ!
床板が割れる。
赤い剣が右足へ斬り込んできた。
デリクは足を持ち上げ、刃を受けた。
ギィンッ!
剣を弾き、後ろへ下がった。
男は剣を構えたまま、眉を寄せた。
「んーーー……そろそろかしら」
舞台の方へ目を向け、剣を引く。
客席脇の通路から舞台へ走り出した。
デリクもあとを追う。
舞台では、ガイルスが獣腕を構えていた。
「ガイルス、無事か!」
「おう! なんだ、あの女みたいな男」
デリクが隣へ並んだ。
「油断するな。かなり強いぞ」
「マーティンちゃん。残念だけど、そろそろ引きましょう」
赤い剣の男が、金髪の男へ声をかけた。
マーティンは震える手で薬を取り出し、口へ運ぶ。
「分かりました、ムニアさん」
ムニアがデリクへ手を振る。
「またね」
二人は舞台から下り、二階席へ上がっていく。
開いていた窓から外へ出ていった。
「追うか?」
「座長を置いていく気か?」
「……逃がすしかねぇか」
「これだけ騒げば、AEGISも来るだろうな」
「座長。俺たち、壊れたもん片づけとくから、AEGISが来たら追い返しておいてくれ」
「……何とか説明してみるよ」
座長も加わり、三人で散らばった破片や倒れた物を片づけ始めた。
「結構派手にやったな」
座長が壊れた舞台を見る。
「……明日の公演は、無理そうだね」
「命があっただけ、よかっただろ」
コンコン。
ホールの扉が叩かれた。
「夜分にすみません。AEGISです。入口が開いていたので、入らせてもらいました」
座長が二人を見る。
「もう来たか」
「対応をお願いします」
座長は扉へ向かい、少しだけ開けた。
外には、黒髪を後ろへ流した少年と、大柄な隊員が立っていた。
「付近の方から、建物の中ですごい音がしたと通報がありまして」
「すみません。明日の公演準備をしていたんですが、照明を落としてしまって。その音かと……」
ヴェインとダルトンが、扉の隙間からホールの中を見た。
教会服を着た二人の男が、壊れた物を片づけている。
「……そうでしたか」
ダルトンが座長へ目を戻した。
「夜も遅いので、作業もほどほどにしてください」
「分かりました。お手数をおかけして、すみませんでした」
◇
劇場を離れ、二人は夜の通りを歩いていた。
「ダルトンさん」
「なんだ?」
「どうして、あれで引き上げたんですか。照明を落としただけとは思えません」
「俺もそう思う」
「だったら……」
「教会の人間がいただろ?」
ヴェインが黙る。
「不可侵条約がある。Codeを使ったところも見てない。疑いだけで踏み込むわけにはいかん」
「……」
「納得いかないか?」
「はい。従いますが、納得はしていません」
「まあ、そうだろうな」
ダルトンはヴェインを見た。
「怪しいと思ったことは忘れるな。後で何かにつながるかもしれん」
「……分かりました」




