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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第六章 祝福の値段
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Ⅸ名前と花言葉

 グランディア近郊、北東の山道。


 磨かれた黒い車体に、銀色の金具。


 馬車は傾斜の続く山道を登っていた。


 窓の外を眺めていた教祖が、小さく息を吐く。


「この風景を見ると、帰ってきたって感じがします」


「本部ってのは、山の奥にあるんだな」


 カイも窓の外へ目を向けた。


「もっと便利な場所はなかったのか」


「山は、神に近い場所とされていますから。ネグラの本部を置くなら、ここが一番ふさわしいんです」


「そういうものなのか」


「戻ったら、ずっと本部で過ごすのか?」


「はい。また祝福を授けに各地を巡る時以外は」


「こないだみたいな奴が、また来るんじゃないのか」


「あんなことは初めてでしたよ」


 教祖は困ったように笑った。


「カイさん、とても頼りになりましたよ」


 座席にいる金属の蜘蛛にも声をかける。


「あ、ニムさんもですよ」


 蜘蛛が一本の前脚を上げた。


 山道の先に、大きな外壁が見えてきた。


 開かれた門の向こうには、いくつもの建物が並んでいる。さらに奥には、城のような巨大な建物が山肌に沿ってそびえていた。


「……すごいな」


「昔はもっと小さかったんですけどね」


「毎年、人が増えすぎちゃって。今じゃ、こんなに大きくなっちゃいました」


 馬車が門をくぐる。


 多くの信徒が集まっていた。


「教祖様!」


「お帰りなさいませ!」


 次々と声が上がる。


 教祖は窓の外へ手を振り、カイへ向き直った。


「これで、本当に終わっちゃいました」


「カイさん」


「教祖って、本当は名前を教えちゃいけないんです」


「そうなのか? 変わったしきたりだな」


「はい。教祖は教祖ですから。個人の名前は必要ないんです」


 教祖は声を落とした。


「でも、カイさんには、名前で覚えていてほしくて」


「ルベカっていいます」


「ルベカか」


「はい」


 ルベカは嬉しそうに笑った。


「来年も、カイさんたちに護衛してもらえるように頼んでみますね」


「依頼が来ればな」


「最後に、一つお願いしてもいいですか?」


 ルベカが少し恥ずかしそうに言った。


「『ルベカ、頑張れ』って、言ってもらえませんか?」


「そんなことでいいのか」


 ルベカがカイの方へぐっと身を乗り出す。


「それがいいんです」


「ルベカ、頑張れ」


 ルベカの顔がぱっと明るくなった。


「はい! 頑張ります」


 馬車がゆっくりと止まった。


 信徒が扉を開ける。


 ニムがカイの肩へ上り、ルベカは馬車を降りた。


「ありがとうございました」


 二人へ頭を下げ、待っていた信徒たちの中へ進んでいく。


 ルベカの姿は、すぐに白い法衣の中へ紛れていった。


◇


 帰りの馬を借り、カイは山道を下っていた。


 肩にはニムが乗っている。


 木々の切れ間から、グランディアの街が小さく見えた。


 ダンに襲われた時、ルベカは祭壇側へ下がっていた。


 ただ怯えていただけだったのだろうか。


 カイは街から目を離した。


 ……護衛には関係のないことか。


◇


 メリディア支部。


 ソラ、ヴェイン、アニカは、担当してくれた三人の前へ並んでいた。


「三人とも、お疲れさん」


 ラディスの言葉に、三人が頭を下げる。


「アニカちゃん、よう頑張ったわ。あの追跡、よかったでぇ」


「こちらこそ、ご指導いただきありがとうございました。憧れのラディスさんと働けて、ほんまに光栄でした」


「褒めすぎや」


 ラディスが笑った。


「またオクシリアへ行ったら、挨拶するさかい。よろしくな」


「はい。よろしくお願いします」


 シンはソラへ向き直った。


「ソラ君、お疲れ様でした。授与式のときは、君を持ち上げすぎだと言いましたが……あれは撤回します」


「君は立派な捜査員になれます。これからも頑張ってください」


「はい! 一週間、ありがとうございました」


 ソラはシンと握手を交わした。


 ダルトンがヴェインへ声をかけた。


「一週間、助かった」


「俺、生意気なことを言って、すみませんでした」


「謝るな。お前が納得できなかったのは分かってる」


「……はい。お世話になりました」


 ヴェインが頭を下げた。


「ほな、皆さん。別れの挨拶も済んだっちゅうことで」


 ラディスが時計を見る。


「列車の時間、もうすぐやで」


「早く言うてくださいよ!」


 アニカが荷物を持ち直した。


「ありがとうございました!」


 三人はもう一度礼を言い、駅へ向かって走り出した。


◇


 オクシリア、宿。


 帰還を翌日に控えた夜。


 ようやく顔を合わせた二人は、どちらも疲れ果てていた。


「……宿に戻るの、何日ぶりかしら」


 ミレアが荷物を下ろす。


「私も、ほとんど医療センターにいたよ」


「ミレアちゃん、すごい匂い……」


「ルーナもね」


 用意されていた宿は、オクシリア支部から近い場所にあった。


 窓の外には、明かりの灯る街並みが広がっている。


「こんなにいい景色なのに、全然見てなかったね」


「見る余裕なんて、なかったわよ」


「大浴場があるみたい。着替えを持って、行くわよ」


「うん」


◇


 大浴場に、ほかの客はいなかった。


 汗と砂を洗い落とし、湯につかったあと、二人は並んで寝湯へ移った。


 頭を大理石の縁へ預けると、ガラス張りの天井の向こうに夜空が見えた。


「……寝ちゃいそう」


「駄目よ」


 ミレアも目を閉じかけた。


 暗闇で光っていた赤いコアが脳裏に浮かび、すぐに目を開けた。


「こんなにいいお風呂があったのね。もう明日には帰るのに」


「もっと早く来ればよかったね」


「その元気もなかったけど」


「……うん」


 ルーナは湯の中で、指をゆっくり開いた。


「すごい一週間だったね」


「グランディアでの生活が、嘘みたいだったわ」


 ミレアは夜空を見たまま言った。


「前の日に話していた人が、次の日にはもういないんだもの」


「……ミレアちゃん」


「卒業したら、ああいう場所でも働くのよね」


「うん。帰ったら、また学院だけど……」


 ミレアは左手を湯から上げた。


 銀色のブレスレットの刻印が、わずかに光っていた。


 濡れた指で模様をなぞる。


「ミレアちゃん。この前は、ごめんなさい」


 ミレアはルーナへ顔を向けた。


「何が?」


「抜け駆けしたこと」


「……な、何のことよ」


「ソラさんと、お出かけしたこと」


「別に、何とも思ってないわよ」


「私ね……ソラさんのことが好きです」


「ミレアちゃんには、ちゃんと言っておきたくて」


「……そうだったの」


 ミレアは天井へ顔を戻した。


「いいんじゃない。抜けてるあいつには、お似合いでしょ」


「それでね、帰ったらソラさんと出かけるの。私の誕生日のお祝いに」


「そう。私も今度、お祝いするわよ」


「ありがとう」


 ミレアは起き上がり、濡れた桃色の髪を払った。


「のぼせたから、先に出るわ」


「うん」


「一階に、ご飯を食べられるところがあるの。あとで行くわよ」


「分かった。私もすぐ出るね」


 ミレアが浴場を出ていく。


 小さい頃から、ミレアを知っている。


 ソラと話すときのミレアは、ほかの同級生と話すときとは表情が違う。


「……私も、あんな顔をしてるのかな」


 ルーナも寝湯から起き上がった。


◇


 グランディア学院。


 ソラは自分のベッドで目を覚ました。


 身体を伸ばし、ゆっくりと起き上がる。


「やっぱり、慣れたベッドが一番……」


 一週間の実習で、思っていた以上に疲れが溜まっていた。


 洗面台の鏡を見ると、黒髪はすっかりぼさぼさになっている。


「整えないと……」


「おっす、ソラ」


「おはよう、レオン」


「メリディアはどうだった? 刺激的な街なんだろ!」


「繁華街は、大人の街って感じだったよ。僕はグランディアの方が好きだけど」


「俺も行ってみてぇな、メリディア」


「来年、希望してみたら?」


「そうするかな」


「レオンはどうだったの?」


「いつも通り。グランディア支部で書類整理して、学院に戻って課題して、その繰り返しだよ」


「……それも大変そうだね」


「だろ?」


「ソラは今日、休みか?」


「うん。久しぶりに街へ出ようと思って」


「いいよなぁ。俺は今日一日、支部詰めだよ」


「頑張ってね」


「くそっ、羨ましいな」


 レオンはそう言いながら、食堂へ歩いていった。


 ソラは着替えを済ませ、ルーナからもらった三日月の飾りピンを胸元へ留めた。


 棚に置いていた小さな包みを鞄へ入れ、部屋を出た。


◇


 グランディアへ入る手前の橋で、ソラはルーナを待っていた。


 通り過ぎる人の向こうから、よく知る声が聞こえる。


「お待たせしました」


 ルーナは水色のワンピースに、白い羽織を合わせていた。


 片肩の前へ流した黒髪が、羽織の上から胸元にかかっていた。


「その服、似合ってるね。髪型も少し変えた?」


「誕生日の主役ですからね! おしゃれしてきましたよ」


 ルーナがソラの胸元へ目を留めた。


「そのピン。つけてきてくれたんですね」


「うん。気に入ってるよ」


「……嬉しいです」


 ルーナは笑った。


「今日はどこに連れていってもらえるのか、楽しみです」


「楽しみにしてて。行こうか」


 二人は橋を渡り、街へ入った。


 店先を覗く人々の間を通り、アート街の方へ歩いていく。


「こっちは、アート街の方ですよね」


「うん。もうすぐ着くよ」


 通りを抜けると、大きな白い階段が空へ向かって伸びていた。


 先には、巨大な庭園が見える。


「空中庭園ですか……?」


 ルーナが足を止めた。


「ソラさん、ここって……」


「うん。メリナさんの事件から、来てなかったんだ」


「いいんですか?」


「大丈夫だよ。ルーナなら、ここの庭園も好きかなと思って」


 ソラは階段へ足をかけた。


 手すりに手を添え、ルーナと並んで上がっていく。


 途中で振り返ると、グランディアの街並みが見えた。


「いい景色ですね」


「前に来た時は、見てる暇もなかったから」


 二人はしばらく街並みを眺めていた。


◇


 階段を登りきると、入口の前に広場があった。


 ソラが二人分の入園券を買い、受付で渡された案内図を開く。


 園内はいくつかの区画に分かれ、中央にはモニュメントが描かれていた。


「いろいろあるね。どこから回ろうか」


「まずは、真ん中まで行ってみませんか?」


「いいね。行ってみよう」


 入口を抜けると、色とりどりの花が道の両側に咲いていた。


 ルーナは近くの花へ顔を寄せる。


「綺麗ですね。こんなに咲いてるんですね」


 中央へ近づくと、花壇の向こうにモニュメントが見えた。


 あの夜は、白い布に覆われていた。


 ソラは足を止めた。


 今は人々が集まり、順番に写真を撮っている。


「ソラさん?」


「ううん、何でもないよ」


 ソラは案内図を畳んだ。


「向こうに、座れるところがあるみたいだね」


「行ってみましょうか」


 二人は花壇に沿って歩き、庭園の端にあるベンチへ腰を下ろした。


 柵の向こうには、先ほど階段から見た街が広がっている。


「風が気持ちいいですね」


 ルーナが黒髪を押さえる。


 ソラは鞄を開け、小さな包みを取り出した。


「遅くなったけど、誕生日おめでとう」


 ルーナは差し出された包みを両手で受け取った。


「……ありがとうございます。開けてもいいですか?」


「うん」


 包みを開くと、透明な飾りの中に青い花を閉じ込めたネックレスがあった。


 ルーナは指先で飾りを持ち上げた。


「綺麗……」


「レストラで見つけたんだよ。中の花、本物なんだって」


 ルーナは光に透かし、青い花を眺めた。


「つけてもいいですか?」


「もちろん」


 ルーナはチェーンを首へ回した。


 後ろへ両手を伸ばすが、留め具がなかなか合わない。


「……少し、待ってくださいね」


「僕がやろうか?」


「お願いします」


 ルーナが背を向け、黒髪を持ち上げる。


 ソラはチェーンの端を受け取り、留め具をつないだ。


「できたよ」


 ルーナが髪を下ろし、ソラへ向き直った。


 水色のワンピースの上に、青い花が重なっている。


「どうですか?」


「うん。似合ってるよ」


「よかった。大切にしますね」


 ルーナが満面の笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえると嬉しいな」


 ソラも笑った。


「じゃあ、もう少し歩こうか」


「はい。まだ見てないところ、いっぱいありますね」


 ルーナは指先で青い花に触れた。


 頬が赤くなる。


「ソラさん、花言葉って……知らないですよね?」


「花言葉? うん。綺麗だなと思って選んだんだけど」


「……そうですよね」


「どんな意味なの?」


 ルーナはネックレスへ目を落とし、笑った。


「今は、内緒です」

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