Ⅵ伝えたかったこと
グランディア支部、捜査会議室。
レナードは机の上へ、各都市から届いた報告を並べていた。
「最近、各都市で『粛清』と書き残された殺人事件が起きている」
「以前、俺たちが保護した人間が殺された時も、同じ言葉が残されていた。ネグラ教会の関係者が関わっている可能性がある」
ハインが手元の報告書を開いた。
「グランディアで起きた事件については、いずれも窒息死です。同一犯の疑いがあるため、特定を急ぎます」
「祝福についても、確認できたことがあります」
リアナが続ける。
「Codeと似た現象を起こせますが、コアは検出されませんでした。現行の制度では、使用したというだけで拘束するのは難しいです」
「前回、信徒に襲撃された際にも、コアは検出されなかったな」
レナードが報告書へ目を落とす。
「リアナたちは、引き続き祝福について調べてくれ」
「分かりました」
「祝福について、もう一つ補足があります」
クラネスが手を上げた。
「エステリアでは教祖に支部への同行を求め、任意で登録のための検査を行ったそうですが、コアは確認できなかったとのことです」
「教祖もか」
ハインが顔を上げる。
クラネスは小さくうなずいた。
「ネグラ教会が主導して粛清を行っているのか、その確認も必要ですね」
「別の視点から、各地でネグラ教会の金銭の流れも調べています」
リアナは手元の資料を机へ置いた。
「今はリノちゃんとネアちゃんに調べてもらっています。取引先が大手のエッカート商会なので、任意で協力を得るのは難しいかもしれません」
「分かった。新しい情報が出たら報告してくれ」
レナードが資料をまとめた。
「今日はここまでだ」
ハインとレナードが会議室を出ていく。
クラネスも席を立つと、リアナが声をかけた。
「クラネスさん、このあと外を回るんですか?」
「いや、支部で資料整理。今日はそれで終わりかな」
「私もこのあと支部にいるので、仕事が終わったら着替えて、お店に向かいますね」
「俺も、片づけたら向かうよ」
二人は会議室を出た。
◇
クラネスは自分の机へ戻り、時計を見た。
「少し時間ができたな」
ネアが担当したとされる、過去の事件資料を取り出す。
ネアが登録情報を閲覧していたCode保持者の名前があった。その人物も、既に死亡している。
担当者の欄にはネアの名前があり、治安維持との合同調査になっていた。
もう一件も同じだった。
「去年か。覚えてるといいんだけどな」
クラネスは二件の資料を手に、治安維持室へ向かった。
扉を開けると、並んだ机には空席が目立っていた。
「あれ、クラネスじゃないか」
机に向かっていた男が顔を上げた。
「珍しいな。どうした?」
「お前に聞きたいことがあって」
「なんだよ。お前からだと気持ち悪いな」
「同期のよしみだろ」
クラネスは男の机へ、二件の資料を置いた。
「過去の捜査資料をまとめてたんだけど、この二件、覚えてるか?」
男は資料を手に取り、頁をめくった。
「覚えてるよ。どっちも悲惨な現場だったな。犯人が暴れ回って、拘束できずに排除されたんだ」
「合同調査になってるけど、担当した捜査員は覚えてるか?」
男の手が止まった。
「いや、俺が両方担当したから覚えてるけど、捜査員は入ってなかったぞ」
「入ってない?」
「どっちも現場で犯人が排除されてるだろ。俺たちだけで処理した事件だ」
クラネスは資料を覗き込んだ。
「……そりゃそうか。すまない、気づくのが遅れた」
「合同調査って、どこに書いてあるんだ?」
「ここ。担当者の欄にも、捜査部の人間が入ってる」
男が指された箇所を読む。
「なんだ、これ」
「資料の間違いってことだな」
「その資料、俺が作ったから間違えるわけないんだけどな」
男は二件を見比べたあと、クラネスへ返した。
「記録管理の方で、写し間違えたか?」
笑いながら言う。
「そうかもな」
クラネスは資料を受け取った。
「助かった。ありがとう」
「おう」
治安維持室を出る。
クラネスは、手にした資料へ目を落とした。
提出済みの担当記録を、ネアの権限で変更することはできない。
捜査室へ戻ると、机に広げていた資料も鞄へまとめた。
「あれ、クラネスさん。どこかへ?」
近くの席から声がした。
「少し外に出てくる。すぐ戻る」
鞄を持ち、席を離れた。
◇
夕方。
支部へ戻ったクラネスは、残っていた仕事を終えた。
更衣室で私服に着替え、装備を保管室へ戻す。
返却の書類に署名を済ませ、鏡の前へ立った。
少し伸びた緑の髪を整え、ジャケットを羽織る。
「あれ、クラネスさん。おしゃれして、どこ行くんですか?」
廊下へ出たところで、書類を抱えたレオンが声をかけてきた。
「大事な用だ」
「すごい真剣な顔ですね」
クラネスは髪へもう一度手をやり、支部を出た。
◇
グランディア、繁華街。
賑やかな通りから少し外れたところに、その店はあった。
煉瓦造りの外壁に木製の扉。大きな窓からは、暖かな明かりが漏れている。
入口の上に掛かった木製の看板には、小麦と葡萄と書かれていた。
店の前には、既にリアナが立っていた。
白いブラウスに、膝が隠れる丈のベージュのスカート。
いつもは二つに結んでいる栗色の髪をほどき、肩へ流している。
クラネスは思わず見入った。
「……何か変ですか?」
リアナが不安そうに、自分の服へ目を落とす。
「いや、そんなわけじゃない。いつもと違って、大人の女性に見えて」
「いつもは子供ってことですか?」
「違う違う。そういうことじゃなくて」
「分かってますよ」
リアナが笑った。
「お店に入りましょう」
店内の照明は、少し落とされていた。
二階の端の席へ案内されると、窓の向こうに通りと街の明かりが見えた。
向かいに座ったリアナを、クラネスはつい見てしまう。
「本日はご来店いただき、ありがとうございます」
きちんとした身なりの給仕が、二人の前へ紙を置いた。
「ご予約いただいた、おすすめのコースをご用意しております」
二人は渡された紙へ目を落とした。
食前酒から始まり、シェフの一品、前菜、スープ。魚料理と肉料理のあとにも一皿あり、最後はデザートになっている。
「どうぞごゆっくりお楽しみください」
食前酒が運ばれ、飲み物のメニューも渡された。
「ご用の際は、こちらのベルでお呼びください」
給仕が頭を下げ、席を離れる。
クラネスはコースの紙を見直した。
「リアナ。ここ、すごくいい店なんじゃないか……?」
「クラネスさん、緊張してます?」
「こういう店、あんまり来ないからな」
「私に任せてください」
リアナは飲み物のメニューを開き、ベルを鳴らした。
戻ってきた給仕へ、一つを指す。
「こちらのワインを、ボトルでお願いします」
「かしこまりました」
ワインが運ばれてきた。
「ホンスーン産の赤ワインでございます」
二人のグラスへ注がれ、ボトルは卓の脇のクーラーへ置かれた。
「まずは乾杯しようか」
「はい」
二人はグラスを合わせ、口へ運んだ。
すっきりとした味のあとに、優しい甘みが残った。
「お、おいしい」
リアナも一口飲み、うなずいた。
「リアナがワイン好きだったとはな」
「普段はあまり飲まないんですけど、ホンスーン育ちなので、ワインには詳しいんです」
「なるほどな」
前菜が運ばれてきた。
クラネスは前菜を口に運びながら、リアナへ尋ねる。
「そういえば、俺がグランディアへ異動してきた時には、リアナはまだこっちにいなかったよな」
「そうですね。もともとは、ホンスーンの捜査部にいました」
「忙しかったのか?」
「平和な町でしたから、あまり忙しくはなかったですよ。対応するのも小さな揉め事ばかりで、治安維持の人たちと、仕事もあまり変わりませんでした」
「生まれ育った街だし、働きやすそうだけどな」
「私も昔は、そう思ってました」
リアナはグラスを置いた。
「一度だけ、大きな事件があったんです。その時にイネスさんとラディスさんに会って、私が信じてたものが分からなくなって……」
「信じてたものって?」
「AEGISが守ろうとしてる秩序とか、自分が何を正しいと思ってるのかとか。全部です」
「その時、イネスさんに言われたんです。秩序を守るために、自分にできることを全力で探せって」
「イネスさんらしいな」
「それで、もっと外を見てみようと思ったんです。自分がどう進みたいのか、ちゃんと知りたくて」
「それでグランディアに?」
「はい」
「そうだったのか。俺も何度か一緒に捜査したけど、あの二人が揃うと圧倒されるよな」
「分かります。私も驚くことばかりでした」
「イネスさんもラディスさんも、今じゃ一級員だ。俺も、あの二人には憧れるよ」
「クラネスさんなら、きっとなれますよ」
「そうだといいんだけどな」
クラネスのグラスが空くと、給仕が来てワインを注いだ。
皿が下げられ、次の料理が運ばれてくる。
「何も言わなくても、ちょうどいい時に来てくれるんだな」
「すごいですよね。私も驚いてます」
「リアナも、初めてなのか?」
「ネアちゃんにこのお店を教えてもらったんですよ。先輩と来たって言ってましたけど、実は彼氏なんじゃないかと思ってるんです」
クラネスの手が止まった。
「リアナは、ネアと組んで二年くらいだったか?」
「そうですね。ネアちゃんは出会った時からあんな感じで、今もあまり変わりませんね。かわいい後輩です」
「ネアって、たまに変わったことを言ったり、何かしてたりしないか?」
リアナがクラネスをじっと見た。
「……なんだ?」
「尋問じゃないですよ?」
クラネスはグラスを置いた。
「すまん。つい、仕事の話になったな。今のは忘れてくれ」
「許します」
「じゃあ、ホンスーンで過ごした話を聞かせてくれないか。リアナがどう育ったのか、興味があるんだ」
「私にホンスーンの話をさせたら、長いですよ」
「長くなってもいいから、聞かせてくれよ」
◇
ワインのボトルは空になっていた。
デザートのブドゥパイを食べながら、リアナはホンスーンの話を続けている。
「北部の端で、何もないって言われるんですけど、まだまだ魅力があって。高原を抜けると牧場があるんです。そこの……」
クラネスは窓の外へ目をやった。
通りには、まだ人の姿が多い。
「リアナ。少し待ってくれ」
「あ、すみません。つい語りすぎちゃいました」
「いや。まだ時間も早いし、このあと、もう一軒付き合ってもらえないかと思って」
「いいですよ」
「続きはそこで聞かせてくれ」
リアナが笑い、残っていたパイへ手を伸ばした。
「本当にいい店だったな。ネアにもお礼を言わないと」
「『ご飯、おごってほしいっす』って言われますよ」
「それは高くつきそうだな」
「きっと喜んでくれますよ」
クラネスはベルを鳴らし、会計を頼んだ。
差し出された紙へ目を落とす。
酔いが少し覚めた。
「……こんなにするのか」
いつもの食事屋へ、何十回行けるだろう。
「クラネスさん、私も払いますよ」
「ここは俺が誘ったからな。先に外へ出ててくれ」
リアナが店を出ると、生ぬるい風が頬へ当たった。
時計を見る。
「まだ、こんな時間だったんだ」
少しして、クラネスも出てきた。
「ごちそうさまでした」
「付き合ってくれてありがとう」
「今度は私がごちそうしますよ」
「それは楽しみだな」
二人は繁華街を西へ進んだ。
「俺がグランディアに来てから、通ってる店なんだ。レナードさんに教えてもらってね」
通りを外れると、行き交う人の姿が少なくなっていく。
西門の近くで、川に架かる橋を渡った。
橋の先から川沿いの道を進むと、小さな店があった。
看板には、世渡りと書かれていた。
扉の小さなガラス窓から、カウンターと椅子が見える。
奥にはピアノが置かれていた。
「リアナ。少しだけ待っててくれ」
「はい」
クラネスが先に入った。
窓越しに見ると、マスターと何か話している。両手を合わせ、頼み込んでいるようだった。
リアナは窓から顔を離した。
あまり見るのも失礼だ。
空を見上げると、雲のない夜空に星が見えた。
「……綺麗」
こちらへ来てから、ゆっくり空を見上げることがあっただろうか。
ホンスーンの丘から見た星は、もっと多かった。
子供の頃に見た夜空を思い出していると、扉が開いた。
「リアナ、ごめん。お待たせ」
クラネスが扉を押さえる。
「さあ、入って」
店内は少し薄暗く、カウンターの向こうでは、年配のマスターがグラスを拭いていた。
優しそうな顔の男だった。
「いらっしゃいませ」
二人が席へつくと、クラネスはマスターへ声をかけた。
「マスター、あの果実酒をお願い」
「分かったよ」
クラネスがリアナへ顔を向ける。
「ここの果実酒、すごくおいしいんだ。マスターが漬けてるんだけど、中身は教えてくれないんだよ」
「気になりますね」
「この酒、強いからさ。マスター、リアナには飲みやすく作ってくれ。俺はいつもどおり、ロックで」
「分かったよ」
マスターがシェイカーを振る。
赤い果実酒を使った一杯が、リアナの前へ置かれた。
「お口に合うといいのですが」
「いただきます」
一口飲むと、いくつもの果物の味が口に広がった。
甘く、あと味はすっきりしていた。
「これ、すごく好きです」
「それはよかったです」
マスターが笑い、クラネスの前にもグラスを置いた。
「クラネス。曲はいつものでいいかい?」
「お願いします」
マスターは奥へ行き、ピアノの前へ座った。
鍵盤へ指を置くと、心地よい音楽が店内に流れ始める。
「このお店も、すごくいいですね。気に入っちゃいました」
「よかったよ」
クラネスはグラスを傾け、残っていた酒を飲み干した。
「リアナ」
「はい?」
「この前、手当てしてもらったお礼なんだけど」
小さな箱を取り出し、リアナへ渡した。
「開けてもいいですか?」
「ああ」
箱の中には、小さな四つ葉のクローバーをかたどった銀色のピンがあった。
四枚の葉のうち、一枚だけが淡い緑色の石で作られている。
「綺麗……飾りピンですか?」
「最近、流行ってるらしくて」
「ありがとうございます。ぜひ、つけますね」
リアナが指先でピンへ触れた。
「リアナ。聞いてほしいことがあるんだ」
「はい」
「リアナのことが好きなんだ」
ピンに触れていた指が止まる。
リアナの顔が赤くなった。
「急に言われても困るよな。今すぐ返事が欲しいわけじゃない」
クラネスはリアナをまっすぐ見つめた。
「ただ、俺のことを男としても見てほしい」
「すみません。今は、お酒が入っていて……」
「そうだよな。俺も、ちょっと突然すぎた」
リアナは箱へ目を落とした。
グラスへ手を伸ばし、残っていた酒を一度に飲んだ。
「そんなに一気に飲んだら」
リアナは空になったグラスを卓へ置いた。
頭がふらりと揺れる。
「……酔っ払っちゃいました」
ピアノの音が終わった。
マスターがカウンターへ戻り、クラネスを見る。
「気持ちは伝えられたか?」
「……伝えたよ」
会計を済ませ、二人は席を立った。
リアナの身体がふらつき、クラネスが腕を支えた。
「送るよ、リアナ」
「ありがとうございます」
クラネスは扉の前で振り返った。
「マスター、また来るよ」
「俺が忘れないうちに、また来るんだな」
「分かったよ」




