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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第六章 祝福の値段
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Ⅴ裁きの跡

 エステリア、ネグラ教会。


 朝の礼拝を終え、ノアとユゼラは団らん室で朝食を取っていた。


 ユゼラは周囲の席を確かめてから、声を落とした。


「ノア。レイモンさんから返事が来ている」


「今日、会うのか?」


「ああ、今日は私たちが野菜の買い出し担当だから、マーケットで会うことになってる」


「あそこ、人が多くて嫌いなんだよな」


「そうか? 私は活気があって好きだが」


 入口へ目を向けたユゼラが、顔をそらした。


「どうした、姉さん」


「静かにしろ」


「これは、ユゼラさん。ノア君も、おはようございます」


 シュロスが二人の卓へ近づいてきた。


「おはよう」


「おはようございます」


 ユゼラも顔を上げる。


「例の話で進展がありましてね。今夜、お酒でも飲みながらいかがですか?」


 シュロスはノアへ顔を向けた。


「ノア君、お姉さんを借りてもいいかな?」


「構わない」


「勝手に返事をするな」


 シュロスがユゼラを見る。


「ご都合が悪かったですか?」


「いえ。私の口から直接、お返事をしたかったので。今夜はよろしくお願いします」


「ええ! では、準備をしてお待ちしています」


 シュロスは嬉しそうに笑い、卓を離れていった。


 ユゼラがため息をつく。


「……買い出しに行くぞ」


「分かってるよ」


◇


 居住区と商業区の境目には、露店が続いていた。


 今朝揚がった魚や、土のついた野菜が店先に並んでいる。買い物籠を提げた人々の間を、二人も歩いていく。


「うちが安いよ! ちょっと見ていかない?」


「今朝採れたばっかりだよ。ほら、見てごらん!」


 ノアの前へ、土のついた野菜が差し出された。


「いや、俺は……」


「すまない。行く店は決まっているんだ」


 ユゼラが断り、ノアを連れて先へ進む。


「どうしたんだ。さっきから様子がおかしいぞ」


「あんなに寄ってこられても、どう返せばいいか分からないんだよ」


 ユゼラが笑った。


「こういうのは苦手なんだな」


「悪いか。買い物は任せる」


 店に着くと、ユゼラは並んだ野菜と値札を見比べた。葉の具合を確かめ、店主に値段を聞きながら籠へ入れていく。


 買い物を終える頃には、ノアの持つ籠までいっぱいになっていた。


「あの予算で、こんなに買えるのか」


「どうだ。姉さんは頼りになるだろう」


「はいはい」


「こうして見ると、本当に姉弟にしか見えないねぇ」


 声をかけてきたのは、旅装の男だった。眼鏡をかけ、頭には布を巻いている。


「レイモンさん……?」


「どうだい。僕だって分からないだろ?」


「……分からなかった」


「じゃあ、こっちへ行こうか」


 レイモンは市場の脇道へ入っていった。


 二人も籠を持ち直し、そのあとに続く。


◇


 道の先には、大きな公園があった。


 高台から居住区の屋根が見渡せる。振り返ると、城が大きくそびえていた。


「僕のお気に入りの場所なんだ」


「いい眺めですね」


 ユゼラが籠を足元へ下ろした。ノアも隣に置き、街から吹いてくる風に顔を向ける。


「風も気持ちいいな」


「気に入ってくれてよかったよ。それじゃ、手紙に書いてあった話を詳しく聞かせてもらおうか」


 ユゼラは、シュロスが煙を人の形に変える祝福を使ったこと、その後に身体の負担を抑える高価な薬を飲んでいたことを話した。


「金を出せる者には、祝福を受けるための別の道があるそうです。教会に多くの金を出している信徒には、融通が利くようですね」


「なるほどね。信仰だけじゃなく、お金でも祝福が買えるわけか」


「金額も手順も、まだ聞けていません。今夜、続きを聞くことになっています」


「じゃあ、ユゼラは引き続き、シュロスって人から話を聞いてみて。ノアが祝福を受けられるところまで進められるといいんだけど」


「俺が受けるのか?」


「せっかく姉弟で入ったんだから。弟にも祝福を受けさせたいって話なら、不自然じゃないでしょ。必要なお金は、こっちでも何とかするよ」


 レイモンはユゼラへ向き直った。


「それと、その薬も一つ手に入れられないかな」


「なかなか大変なことを言いますね」


「出どころはイラニたちにも探らせるけど、実物があれば調べられることも増えるからさ」


「分かりました」


「よろしくね。あと、もう一つ頼みたいことがあるんだけど」


 ノアはレイモンへ顔を向けた。


「最近、街の外れで殺人が続いていてね。死体のそばに『粛清』と書かれているんだ」


「粛清?」


「誰かを勝手に裁いてるつもりなんだろうね」


「夜の見回りを頼めるかな」


「それは構いませんが」


「助かるよ。じゃあ、今日からよろしく」


「今日からか」


 レイモンは手にしていた袋を差し出した。


「はい、これ。二人の分が入ってる」


 ノアが中を覗くと、薄手の黒い服と、黒い布が畳まれていた。


「オルドの服を使うわけにはいかないからね。顔はその布で隠して」


「……用意までしてきたのか」


「レイモンさんは、どうされるんです?」


 ユゼラが尋ねる。


「僕はしばらく、用事でルーメンへ行かなきゃいけなくてね。何か分かったらカミラに報告しておいて」


 レイモンは懐から折り畳んだ紙を取り出し、ノアへ渡した。


「これまでの事件から、気になった場所を書いてある。今日の見回りに使ってよ」


「分かった」


 ノアは紙を受け取り、懐へしまった。


「それじゃ、僕は行くよ。また何かあれば連絡してね」


 レイモンは公園の人混みに紛れていった。


「どけどけどけぇ!」


 その声に振り向くと、一人の男が人の間を縫って走ってきた。すぐ後ろを、赤い短髪の少年が追っている。


 少年が着ているのは、見慣れない形のAEGISの隊服だった。


「止まれや! 道を空けろ!」


 男は開けた方へ逃げ、その先の崖際まで走った。


「おい、そっちは崖だぞ!」


 少年の声にも止まらず、男が縁を蹴る。


「うわああああっ!」


「この馬鹿野郎がぁ!」


 少年の隊服とブーツに青いラインが灯った。勢いを落とさず、そのまま男を追って飛び降りる。


 ノアが崖際へ駆け寄ると、少年は落ちていく男の腰へ腕を回していた。


 男を抱えたまま、崖の壁面へ両足をつく。


 ダンッ!


 ブーツで壁を蹴り、二人の身体が斜め上へ跳ね上がった。


「なにやってんだよぉぉ!」


 追いついてきたもう一人の隊員が、崖の上から叫ぶ。


 ノアは慌てて身を引いた。縁を越えてきた二人が、目の前の芝生へ転がり込む。


「逃げんなっつってんだろ!」


 少年は男の腕を掴んだまま怒鳴った。


「お前も! 勝手に飛び出すな! あと、その言葉遣い!」


 追いついてきた隊員が駆け寄り、男のもう片方の腕を押さえる。


「……なんて無茶苦茶な奴だ」


 隣に来たユゼラが、少年の隊服を見た。


「あの隊服は学院生だな」


「……教える方も大変だな」


◇


 夜。


 ノアは部屋の卓へ、レイモンから受け取った紙を広げていた。


 事件が起きた場所と時間。その横には、被害者の情報や、事件ごとの推測が細かく書き込まれている。


 途中に「ネグラの祝福者?」という一文があった。


 最後には次の犯行が起きそうな場所と、これまでの事件が集中している時間帯まで記されていた。


「……すごいな、レイモンさん」


「エステリアのオルドを任されている理由が分かるだろう」


 ユゼラが向かいから紙を覗く。


「まあ、カミラさんがいてこそだとは思うがな」


 ノアは紙を折り畳んだ。


「それより、ノア。一人で大丈夫か?」


「大丈夫だ」


「シュロスとの約束を、別の日にしてもらおうか」


「俺もオルドだ。心配しすぎるなよ」


「……そうだな」


 ノアは渡された黒い服を取り出し、着ていた服の裾へ手をかけた。


「ここで着替えるのか?」


「ほかにどこで着替えるんだよ」


 ユゼラが顔をそらす。


 黒い服に着替えたノアは、折り畳んだ紙を懐へ入れ、黒布で口元を覆った。


「ユゼラ、窓から周りを見てくれ。人がいなければ、屋根に上がる」


 ユゼラは窓を開け、外へ顔を出した。


 下を通る人がいないことを確かめると、ノアへうなずく。


「行ってくる」


「気をつけてな」


 ノアは窓枠へ足をかけ、上の屋根の縁を掴んで身体を引き上げた。


◇


 ノアは教会の屋根から隣へ跳び移り、足場を確かめながら屋根を渡っていく。


 街の中心部には、まだ明かりが溢れていた。観光客と地元の人々の声が、屋根の上まで届いてくる。


 中心部を離れると、窓の明かりも人の姿も少なくなった。


 屋根の上で足を止め、懐から紙を取り出した。紙に書かれた候補地を確かめる。


 紙を畳み、街の外れへ向かった。


◇


 街外れの遺跡。


 崩れた石壁の向こうに、街灯の立つ広場があった。


「……ここで三か所目か」


 街灯の下に、男が一人立っていた。


 遺跡の奥から現れた別の男が、向かいに立つ。


 二人は何かを話していたが、ここからでは聞き取れなかった。


 ノアは石壁に沿って距離を詰める。


 後から来た男が、相手の首を掴んだ。


 掴まれた男が腕に両手をかける。首元が灰色に変わり、顎へ向かって広がっていった。


「おい! 何してる!」


 ノアが壁の陰から飛び出す。


 男がもがいても、首を掴んだ手は離れない。


 灰色が胸元へ広がり、身体にひびが走った。


 ガラッ……。


 肩が崩れ、続いて胴が砕ける。


 男だったものが、灰色の石の塊となって地面へ落ちた。


 残った男はノアを見ると、遺跡のそばの林へ駆け込んだ。


 追いかけようとしたノアの足元へ、小さな石の破片が転がってくる。


 街灯の下には、崩れた石と服が残っていた。


「……石になったのか?」


「おぬし、何をしておるのじゃ」


 振り向くと、銀色の髪を巻いた少女が広場へ入ってきていた。昼間の少年と同じ、少し形の違う隊服を着ている。


 少女はノアの足元へ目を落とした。


「それは、いったい……」


 ノアは男が逃げた林へ目を向けた。


 姿はもう見えない。


「話を聞かせてもらおうかのう」


 少女が腰の柄を抜いて起動すると、漆黒の刃が伸び、青いラインが走った。


 ノアは左手で右腕を覆う黒布をずらした。


 右手に緑の光が灯る。


「……危なそうじゃの、その右手」


 ノアは声を少し低くした。


「俺じゃない。やった奴は、そこの林へ逃げた」


「だとしても、今、目の前でCodeを使っておるじゃろう」


「……そうだな」


「ならば、拘束させてもらうぞ」


 少女が左手で抜いた銃を、ノアへ向けた。


 ドンッ!


 ノアは右腕を上げた。


 バチィッ!


 触れた弾が緑の粒子へ変わり、腕の前で散る。


 ブーツに青いラインを灯し、少女が距離を詰める。


 胸元へ迫った刃を、ノアは右手で受けた。


 バチィィッ!


 切っ先が緑の粒子へ変わり始める。


 少女はすぐに刃を引き、間合いを取った。


 刃先がわずかに欠けている。


「物によって、消える速さが違うようじゃな」


 欠けた切っ先を、ノアへ向ける。


「消える前に決めればよいだけの話じゃ」


「こらぁぁ! リーゼちゃん!」


 リーゼの肩が跳ねた。


 もう一方の通路から、茶色の短い髪にニット帽をかぶった、太めの中年女性が駆けてきた。


「独断で動くなって、何度言ったら分かるのよ!」


「グレタさん、今はそれどころではないぞ」


 グレタの目が、ノアの右腕から足元の石へ移る。


「……どうしたんだい、この状況」


「見たままじゃ」


「そうかい。あんたがやったのかい?」


「違うって言っても、信じないだろ」


「話は後で聞いてあげるよ」


 グレタが黒い筒状の武器を構えた。


 筒の後部にある取っ手を握り、引き金に指をかける。


「ガレリア・起動」


 先端がO字状に開き、筒の表面を赤い光が走った。


 中央に開いた円形の銃口が、ノアを捉える。


「リーゼちゃん。あの右手について、分かってることは?」


「触れた物を緑の粒子に変えるのじゃ。銃弾はすぐに消えたが、刃は少しずつ消えておった」


「よく見てたね、リーゼちゃん」


 ノアは銃口から目を離さず、右手を前へ出した。


 ガレリア持ちか。厄介だな。


 ドォォン!


 円形の銃口から、弾体が撃ち出された。


 速い。


 右手に力を込め、弾体を受けた。


 バチィィッ!


 触れた先端から、緑の粒子が散っていく。


 消え切らない。


 一拍遅れて、弾体が爆ぜた。


 ドォォン!!


「っ……!」


 右腕が大きく弾かれ、ノアの身体が後ろへ押される。


 両足で踏ん張り、地面を滑りながらどうにか止まった。


 右腕に痛みが走る。


 最大出力でも、消し切れなかった。


「俺のCodeは、今見た通りだ。そこの男の状態とは違うだろ」


「危険なのは変わらないさ。右手を下ろしな」


 グレタの銃口は、まだノアへ向いていた。


《アゼリド》


 左手が青白く光る。


 散った緑の粒子が渦を巻きながら左手へ集まり、小さな球体になった。


「気をつけな、リーゼちゃん」


「分かっておる」


 ノアは球体を二人との間の地面へ叩きつけた。


 ドォンッ!


 地面の石が砕け、砂埃が二人との間を覆った。


 砂埃に紛れて林へ走った。


 男が逃げた方角に目を凝らすが、姿はない。


 まだ追いつけるか……。


 そのまま林へ駆け込んだ。


 砂埃の向こうへ、グレタが銃口を向ける。


「……逃げられたかい」


「引き際が早いのう」


「あれは、争う気がなかったね」


 グレタがガレリアを下ろし、リーゼへ顔を向けた。


「それより、リーゼちゃん」


「……ごめんなさい」


◇


 中心街へ戻った時には、追っていた男の姿はなかった。


 通りを行き交う人々の中にも、見当たらない。


 教会へ戻る途中、ノアは屋根の上で足を止めた。


 右手の指を動かした。


 腕を持ち上げると、鋭い痛みが走る。


「……折れてはないな」


 これ以上、右腕を上げるのは厳しい。


 右腕を下ろした。


 教会の屋根へ戻り、周囲に人がいないことを確かめてから窓のそばへ下りた。


 左手で窓を開けると、顔を真っ赤にしたユゼラがこちらを向いた。


「……酒臭いぞ」


「遅い! 何があったんだ」


 立ち上がったユゼラの目が、動かさずにいる右腕へ向く。


「ノア、その右手……」


「大丈夫だ。折れてはない」


「すぐに冷やさないと」


 ユゼラはノアの返事も待たず、部屋を出ていった。


 ノアが黒布を外して卓の前へ座ると、間もなくユゼラが水に浸したタオルと水差しを持って戻ってきた。


 ノアの右腕へタオルを当て、その上から手で押さえる。


「シュロスから、新しい情報はあったか?」


「それより、どうしてこうなったんだ!」


「落ち着け、姉さん。声がでかいぞ」


「弟に何かあったら、心配するのは当たり前だろう」


 ノアは、遺跡で男が人を石のように変えて殺したこと、追跡中にAEGISと遭遇して戦い、結局見失ったことを話した。


「AEGISと戦ったのか……」


「仕方ないだろ」


 ユゼラはタオルを押さえたまま、ノアの顔を見た。


「……お前に何かあったら、どうするんだ」


「いい加減にしろ! ユゼラ、心配しすぎだ」


 ユゼラの手が止まった。


「……すまなかったな、ノア。水でも飲んで、頭を冷やす」


「水なら、目の前にあるけど」


「……すまない」


 ユゼラは水差しから水を飲み、ノアの寝台へ腰を下ろした。


 そのまま横になり、しばらくすると寝息が聞こえてくる。


 ノアはため息をついた。


「……こっちの方が疲れる」


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