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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第六章 祝福の値段
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Ⅲ視線の先

 夜明け前、エステリアのネグラ教会。


「おい、起きろ」


「……もう少しだけ寝かせてくれ」


「役割を忘れるなよ」


 ノアがユゼラを見る。


「服も着崩れてるぞ。部屋を出る前に直して、顔でも洗ってこい」


 ユゼラは頭を押さえながら身体を起こした。


「……飲み過ぎたみたいだ」


 服を整えながら、ふと隣の寝台を見る。


「なんで私がこっちで寝てるんだ?」


「酔っぱらってたからだろ」


「何か言っていたか?」


「……すぐ寝たよ」


「そうか。すまなかったな」


 ユゼラが立ち上がる。


「それより、昨日聞き出したこと教えろよ」


「ああ。顔を洗ったらな」


 しばらくして、ユゼラが部屋へ戻ってきた。


 長い黒髪の上半分を後ろでまとめて留める。


 机の上の水を手に取り、一口飲んだ。


「昨日の話だが、収穫はあった」


 ノアが椅子へ座る。


「聞かせてくれ」


 ユゼラは水を飲みながら、シュロスから聞いた話を説明した。


「祝福は、信仰だけで選ばれるわけじゃない。金を出して受ける道もあるらしい」


「金を出せば……祝福をもらえるのか」


「確証はない。だが、シュロスの話を聞く限り、間違いではないだろう」


「ほかには?」


「祝福を使ったあと、薬を飲んでいた。症状を抑えるもので、かなり高価らしい」


 ノアが少し考える。


「その薬も、祝福を受けた奴しか知らないのかもしれないな」


「ああ。このまましばらくシュロスと交流して、もう少し情報を聞き出そうと思う」


「それがいいな」


 ユゼラが空になった杯を机へ置いた。


「一度、レイモンさんにも報告しておくか」


「今日なら途中で抜けられそうだ。鳩は出しておく」


「頼んだ」


◇


 朝の礼拝堂。


 ユゼラとノアは隣に並び、祈りを捧げていた。


 礼拝が終わり、信徒たちが席を立ち始める。


「ユゼラさん」


 振り返ると、シュロスが近づいてきた。


「昨日はありがとうございました」


「こちらこそ。楽しい時間でした」


 シュロスが嬉しそうに笑う。


「また上物が手に入りましたら、すぐに声をかけますよ」


「楽しみにしています」


 シュロスが人の流れへ戻っていく。


 入れ替わるように、ケイが二人のもとへやってきた。


「ユゼラさん、大丈夫ですか?」


 ユゼラが首を傾げる。


「大丈夫ですが……何かありましたか?」


「昨日、シュロスさんの部屋から赤い顔で出てこられたので。何かあったのかと思って」


「お恥ずかしい。美味しいワインがあると言われて、つい釣られてしまいまして」


「姉さんはワインに目がないんだ」


 ユゼラがノアの腕を軽く小突く。


「男の方と二人きりでしたから、少し心配になってしまって。余計なお世話でしたね」


「いえ。お気遣いいただき、ありがとうございます」


「シュロスさんとは、普段どんな話をされるんですか?」


「他愛もない、お酒の話ですよ」


「そうですか」


「私もワインはいけるので、今度よければ混ぜてくださいね」


「ええ、その時はぜひ」


「あっ、私、朝食当番でした」


 ケイが慌てて頭を下げる。


「それでは失礼します!」


 そのまま礼拝堂を出ていった。


「元気な人だな」


「それくらいの方が可愛げがあっていいじゃないか」


「姉さんも酔ったら、だいぶ雰囲気変わるけどな」


 ユゼラがノアを見る。


「……どういう意味だ、ノア?」


「昨日の自分に聞いてみなよ」


「おい」


「ほら、行くぞ」


 ノアが先に歩き出す。


 ユゼラはこめかみを押さえながら、その後を追った。


「……まだ頭が痛い」


◇


 ソラが受付へ着くと、シンはすでに待っていた。


 片手には、湯気の立つコーヒーを持っている。


「シンさん、おはようございます」


「おはようございます、ソラ君」


 シンが時計を見る。


「まだ集合時間より三十分も早いですが」


「そういうシンさんこそ」


「自分は癖です。ラディスさんによく待たされるので、待つ間にコーヒーを飲むことにしています」


「なるほど……」


 シンはコーヒーを一口飲んだ。


「改めて、今日からよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「今日は、治安維持の応援として巡回を行います」


◇


 繁華街を歩きながら、ソラは周囲を見回した。


 店先では朝から酒を飲む客たちが笑い声を上げている。


「朝からお酒を飲んでる人もいるんですね」


「そういった街なので。酒が入ると判断が鈍る人もいますし、揉め事も増えます」


「大変そうですね」


「節度を持って飲んでもらえれば、それでいいんですが」


 繁華街を巡回している途中、近くにいた男がシンへ駆け寄ってきた。


「AEGISさん! 向こうで喧嘩してるよ!」


「場所はどちらですか?」


「あっちだ!」


 男が指した先へ、シンとソラが向かう。


 通りの端では、二人の男が向かい合っていた。


 髪を金色に染めた細身の男。


 もう一人は、肩幅の広い大柄な男だった。


「あんなブスばっかの店で、こんな金払えるかよ!」


「散々飲み食いして遊んどいて、今さら何言ってんだ!」


 二人の間には、割れた酒瓶が転がっている。


 シンが近くにいた店員へ目を向けた。


「何がありました?」


「うちの店で散々女の子に飲み食いさせたのに、高すぎるから払わないって言い出して……」


「分かりました」


「だからこんなしょぼい店の店員なんだよ」


 金髪の男が吐き捨てる。


「なんだと?」


 大柄な男が拳を握った。


 握りしめた拳から、白い蒸気が漏れる。


「落ち着いてください」


 シンが二人の間へ入る。


「AEGISです。Codeは使用しないでください」


 大柄な男がシンを見る。


「拳を開いてください」


 男はしばらく黙っていた。


 やがて拳を開く。


「……分かったよ」


 金髪の男も視線を逸らした。


「ソラ君」


「はい」


「あちらから話を聞いてください。自分はこちらを確認します」


「分かりました」


 ソラは金髪の男のもとへ向かった。


 二人から聞き取りを終えると、客と店員は一度メリディア支部へ連れていくことになった。


 支部では客の登録情報を確認し、店側からも注文内容や支払いについて話を聞く。


 注文内容と料金を確認したが、請求に誤りはなかった。


 シンは客の住所を控え、店側と支払いについて話を進めた。


「一括での支払いが難しいのであれば、分割にすることはできます」


 客が渋々頷く。


 店側もそれを受け入れ、今後は分割で支払うことで話がまとまった。


 最後に、双方が内容を確認して書類へ署名する。


「これで終わりです」


 シンが書類をまとめた。


「ソラ君もお疲れ様でした。もう夕方ですし、今日はここまででいいでしょう」


「はい」


「明日は商会の立ち会いが入っています。朝が早いので、今日はゆっくり休んでください」


「シンさんは?」


「自分は今回の報告書をまとめたら上がります。気にしなくて大丈夫です」


「分かりました。お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「ソラ君」


「はい」


「明日は今日より忙しくなると思います」


「……分かりました」


「では、また明日」


◇


 翌朝。


 メリディア、商業区。


 日の出前、ソラが待ち合わせ場所へ着くと、シンはすでに待っていた。


「おはようございます、ソラ君」


「おはようございます」


「眠くないですか?」


「昨日早く帰れたおかげで、よく寝られました」


 ソラはシンの顔を見る。


「シンさん、少し疲れてませんか?」


「あのあとラディスさんに捕まりまして」


「えっ」


「一件、調査に付き合っていたら日付が変わっていました」


 シンが持っていたセルの入ったポーチを差し出す。


「これはソラ君の分です」


「ありがとうございます」


 ソラはポーチを受け取った。


「……大丈夫なんですか?」


「もう慣れていますので」


 シンが歩き出す。


「今日の仕事は、商会間の金貨輸送に立ち会うことです」


「治安維持からも何人か参加します。気負いすぎずに行きましょう」


「はい!」


◇


 商会の前には、三台の馬車が並んでいた。


 中央の馬車には、金貨を収めた木箱がいくつも積まれている。


 その前後を別の馬車が挟み、周囲には治安維持の隊員たちが配置されていた。


「金貨は中央の馬車から商会へ運びます」


 シンが建物を見る。


「保管が終われば、商会側の責任者から出発の指示が出ます。それまでは全車ここで待機です」


「分かりました」


 商会の男たちが金貨箱を台車へ載せていく。


 一人の男が台車を押し、順番に建物の中へ運び込んでいた。


 最後の金貨箱を載せた台車が、建物の中へ入っていく。


「中には入らないんですか?」


「金庫に関わる場所は商会側の機密です。許可がない限り、AEGISでも入れません」


「そうなんですね」


 ソラは周囲を見ながら、ふと先頭の馬車へ目を向けた。


 御者が何度も商会の二階を見ている。


 入口ではない。


 視線の先には、一つの窓があった。


「……?」


 その窓が少しだけ開き、すぐに閉じた。


 先頭の御者が手綱を引いた。


 馬車が動き出した。


「シンさん」


「あの御者、窓が開いたあとに馬車を出しました」


 シンが通りの先へ目を向ける。


「まだ合図は出ていません」


 後ろの馬車から、商会側の責任者が降りてきた。


「おかしいな……なんで先に出たんだ?」


 商会へ目を向ける。


「入った奴も遅いな。台車を戻したら、すぐ出てくるはずなんだが」


 シンが尋ねる。


「先頭の馬車に出発の指示は?」


「出してない……」


 男の表情が変わった。


 そのまま急いで商会の中へ入っていく。


「AEGISさん! 来てくれ!」


 シンとソラも中へ入った。


 奥の床に、台車を押していた男が倒れている。


 身体が小さく痙攣していた。


 胸元には、細い針のようなものが刺さっている。


「これは……」


 シンが男のもとへ屈む。


 二階で窓の開く音がした。


 ソラは外へ出て、顔を上げた。


「あっ、あの窓……!」


 御者が見ていた窓だった。


 そこから一人の男が身を乗り出す。


 赤茶色のくせ毛。


 片手には、膨らんだ袋を抱えていた。


 男は窓から飛び出し、外壁へ靴底をつけた。


 靴底に、いくつもの小さな車輪が現れる。


 そのまま壁を滑るように走っていく。


 シンは治安維持の隊員に倒れた男を任せ、外へ出た。


 ブーツを起動する。


「ソラ君」


「はい!」


「馬車を一台借りてください」


 シンが通りの先を見る。


「先ほど出た馬車を追ってください。恐らく仲間です」


「分かりました!」


「無理に止めなくていいです。見失わないように」


「はい!」


 ソラは残っていた馬車へ駆け寄った。


「すみません! 犯人を追うため、この馬車を借ります!」


 返事を待たず、ソラは御者台へ飛び乗った。


 手綱を握り、馬車を走らせる。


「すみません! AEGISです! 道を空けてください!」


 大声を上げながら、市内を駆けていく。


 人や荷車の間を抜けるたび、ソラは必死に手綱を操った。


「うわっ……!」


 横切ろうとした男を避け、馬車が大きく揺れる。


「すみません!」


 やがて人通りが減り、メリディアの外門が見えてきた。


 門を抜ける。


 南へ伸びる街道の先に、逃げた馬車が小さく見えた。


「いた……!」


 ソラがさらに馬を走らせる。


 後ろから何かが近づいてきた。


「ソラ君」


「シンさん!」


 片手に銃を持ったシンが、起動したブーツで馬車へ追いつく。


 荷台へ飛び乗ると、その場でセルを取り外した。


「だいぶ使いました」


 新しいセルへ交換する。


「さっきの男はどうでしたか?」


「かなり離されました」


 シンが前方の馬車を見る。


「恐らく、あの馬車へ向かっています」


「やっぱり仲間なんですね」


「移動系のCodeです。長くは続かないと思います」


 シンが銃を構え直す。


「このまま追います」


◇


 キートは息を荒くしながら、街道脇の斜面を走っていた。


「はぁ……はぁ……」


 足を止めず、後ろを振り返る。


 追ってくる姿はまだ見えない。


「急がねぇと……」


《トアレム》


 両足の靴底に、いくつもの小さな車輪が現れる。


「くっそ、マジでもう限界だぞ!」


 木々の間を抜け、再び街道へ出る。


 前方に、一台の馬車が見えた。


「いた……!」


 キートは馬車へ追いつくと、速度を落として御者台へ乗り込んだ。


 手綱を握っていたのは、黒い肌の男だった。細かく編み込んだ髪を、後ろでまとめている。


「はぁ……マジで、もっとCode使う訓練しときゃよかった……」


「普段から訓練しておかないからだ、キート」


「分かってるって……」


「それで、成果は?」


 キートは息を整えながら、手にしていた袋を持ち上げた。


「ほら、オズマ。ちゃんと持ってきたぜ」


 袋の中で金貨が鳴った。


「作戦通り、うまくいったみたいだな」


 オズマは前を向いたまま手綱を操る。


「下準備に時間をかけた甲斐があった」


「あいつの言った通りだったな。商会のやつら、慌ててやがったぜ」


 キートは御者台へ背を預けた。


「あのガキが気づかなければ完璧だったのによ」


「追ってきてるのは数人だろ。邪魔なら倒せばいい」


「そう言うけどさ、AEGISの装備相手はきついって」


 オズマが手綱を差し出した。


「キート、握ってろ」


「りょーかい」


 キートが手綱を受け取る。


 オズマは腰の袋から木の実を数個取り出し、一つを口へ含んだ。


 後ろを振り返る。


 プッ。


 吐き出した木の実が光を帯び、街道へ落ちた。


《デマルグ》


 木の実が浮き上がり、表面から無数の棘が伸びた。


 針山のような球体が、街道に残る。


「ここから設置していくぞ」


「これで少しは楽になるな……」


◇


 朝の光が街道を照らしていた。


 ソラが前方へ目を凝らす。


「シンさん、あれ……」


 街道の上に、針のような棘に覆われた球体が浮かんでいた。


「Codeですね」


 シンが銃を向ける。


「この距離では狙いにくいです。止まる時間も惜しい」


 前方を見る。


「横を抜けましょう」


「分かりました!」


 ソラが手綱を引き、馬車を街道の端へ寄せる。


 棘の球体を避け、その横を通り抜けようとした。


 ドンッ!


「うわっ!」


 土と破片が跳ね上がり、馬車が大きく揺れた。


 ソラが手綱を握り直す。


「触ってないのに……!」


「近づくだけで発動するようですね」


 シンが後ろを確認し、再び前を向く。


「これでは避けるだけでは危険です」


「撃ち落としながら進みます」


 朝日に照らされた道の上には、同じ棘の球体がいくつも浮かんでいた。


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