Ⅱ街の歩き方
初夏。
六月も終わりに近づいた頃。
グランディア学院、二年生の教室。
「なんか全員集まるの、久々じゃね?」
レオンが教室を見回した。
「俺は現場の方がいいけどな。学院にいるより退屈しねぇし」
ライゼルがそう言うと、レオンは椅子の背にもたれた。
「まあ、テストのこと考えなくていいだけ楽だな」
「でも結局、どこかでテストはするんじゃない?」
ソラが言うと、ミレアが口を挟んだ。
「あんたたち、呑気なこと言ってないで、もう少し学院生って自覚持った方がいいわよ。現場だって、同行させてもらってるだけなんだから」
「ミレアちゃん、ちょっと言い方きついよ」
ルーナがたしなめる。
「わらわは違うぞ。どこの現場でも活躍しておるからのう。のう、ヴェイン!」
「俺に聞くな」
机に図面を広げていたエリオは、鉛筆を走らせたまま口を開いた。
「なんか、この騒がしさ久しぶりだなぁ」
教室の扉が開いた。
「皆さん、おはようございます」
オリヴィアが教室へ入ってくる。
黒い手袋には、桃色の花が刺繍されていた。
「二年生になってから、初めて全員揃いましたね」
オリヴィアが教室を見渡す。
「新学期から大きな事件もありましたからね。これからも色々な現場へ行くと思いますが、大きな怪我だけはしないようにしてくださいね」
「先生もじゃぞ」
「そうですね。お互い様ですね」
オリヴィアが笑った。
「先生、今日は何をするんですか?」
ミレアが尋ねる。
「今日は、前にお話ししていた地域同行実習についてです」
オリヴィアが手元の書類を開いた。
「皆さんも卒業後、希望した支部へ必ず配属されるとは限りません。ですから今回は、一週間、グランディアを離れ、各地の支部へ行ってもらいます。現地では、実際の活動に同行してください」
「新しい都市か。心の準備が――」
「レオン君は、お休みしていた分の補習と課題がありますので、学院に残ってくださいね」
「……まじかよ」
「はーい。それでは発表しますよ」
オリヴィアが書類へ目を落とす。
「ソラ君はメリディア支部の捜査部。ヴェイン君も同じですね」
「ライゼル君はエステリアの治安維持部。リーゼさんはエステリアの捜査部です」
「ミレアさんはオクシリアの捜査部。ルーナさんはオクシリアの医療班ですね」
最後に、オリヴィアがエリオを見る。
「それからエリオ君は、セントリアの中央研究所から直接指名が来ています」
「すげぇじゃねーか!」
ライゼルが声を上げる。
「そんなことないよ。ネヴィアさんに見てもらってるからじゃないかな」
「中央研究所から直接声がかかる機会は、そうありませんよ。せっかくの機会ですから、たくさん学んできてくださいね」
「はい!」
「それでは、皆さんに乗車証を渡しますね。行き先はちゃんと確認してくださいねぇ」
オリヴィアが順番に乗車証と書類を配っていく。
「ソラ君。向こうでも、くれぐれも無茶しないでくださいね」
「無茶するつもりはないんですけど……」
配り終えたオリヴィアが教壇へ戻った。
「集合場所と時間は、一緒に渡した書類に書いてあります。地図も入っていますから、自分で確認して遅れないようにしてくださいね」
「こういうところも、社会に出るためのお勉強ですよ」
「では、午前中は各自の課題に取り組んでください。終わった人から、地域同行実習へ向けて必要な準備を進めてくださいね」
それぞれが机の上へ課題を広げる。
リーゼは手元の書類を眺めながら、頬杖をついた。
「メリディアなら、兄さまに会えたのじゃがのう」
「ルークさん、セントリアに戻ったんじゃないの?」
「一時休暇でメリディアの家に戻っておる!」
リーゼがソラを見る。
「わらわもメリディアに行けたら、家に招いてやれたのじゃがのう」
「リーゼの家か。行ってみたいな!」
レオンが顔を上げた。
「お主まで来たら、家が騒がしくなるじゃろ」
「俺、そんなにうるさいか!?」
「レオン君」
オリヴィアが声をかけた。
「課題、進んでますか?」
「はい……」
◇
課題を終え、ソラは寮へ戻るため学院を出た。
演習場の外を通りかかったところで、ベンチに座るルーナを見つけた。
「ルーナ?」
ルーナが顔を上げる。
「ソラさん」
「まだ帰ってなかったんだ」
「少し考え事をしていて」
ソラが隣へ腰を下ろした。
「医療班、希望したの?」
「はい」
ルーナは膝の上に置いた書類へ目を落とした。
「私にも助けられる人がいるなら、もっとちゃんと学んでみたいなって思ったんです」
「ルーナなら向いてると思う」
「そうでしょうか?」
「うん。僕も負けないように頑張るよ」
ルーナが微笑んだ。
「お互い、頑張りましょうね」
ソラは少し考えてから、ルーナを見る。
「誕生日より少し遅くなっちゃうけど、帰ってきたら……この前話してたお出かけ、行かない?」
「もちろんです!」
「じゃあ、また連絡するね」
「楽しみにしてます」
ソラはルーナに手を振り、寮へ戻った。
自室で、机の上に乗車証と書類を広げる。
集合は明日の午後。
「朝の列車で行けば大丈夫かな」
◇
翌日。
グランディアを出た列車は、昼過ぎにメリディアへ到着した。
駅を出ると、ソラは初めて見る街並みを見渡した。
「ここがメリディアなんだ」
「行くぞ」
先を歩き出したヴェインを、ソラが追いかける。
メリディア支部へ着くと、受付近くの椅子には、一人の少女が座っていた。
小柄で、少し小麦色に焼けた肌。赤茶色の髪を、左右二つのお団子にまとめている。
「地域同行実習で、グランディア学院から来ました。ソラです」
「ヴェインです」
受付の女性が二人を見る。
「お待ちしていました。担当の方には声をかけてありますので、そちらに座ってお待ちください」
「分かりました」
二人が椅子へ向かうと、先に座っていた少女がこちらを見た。
受付の隣にある黒いゲートの向こうから、三人の男が歩いてきた。
「遠いところ、ご苦労さん」
先頭を歩くラディスが手を上げる。
「ほな、こっち来いや」
三人の学院生が集まると、ラディスが順番に顔を見た。
「知っとる奴もおると思うけど、いちおう自己紹介しとこか。ラディスや。よろしく」
隣に立つ大柄な男を指す。
「ほんで、こっちのでかくていかついおっさんが――」
「ダルトンだ」
太い眉に、白髪の混じった短い黒髪。
「一週間、よろしく頼む」
「シンです。何かあれば、自分に聞いてください」
「二人とも固いなぁ。初日くらい優しくしたらんかい」
ラディスがソラを見る。
「そう思うよな、ソラ君」
「えっ……僕ですか?」
「実習に来ているんです。必要ありません」
「こういうとこや」
「そっちの子から挨拶してもらおか」
「は、はい! うち、オクシリア学院から来ました。アニカっていいます! よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる。
顔を上げたあとも、アニカはラディスを見たまま動かなかった。
ラディスも、アニカの顔をじっと見返した。
「……どっかで会ったことあったか?」
アニカがさっと顔を逸らす。
「女性の顔をじっと見るのは失礼ですよ」
シンが言う。
「配慮がないな」
ダルトンまで続けた。
「なんで俺が悪いみたいになっとんねん」
ダルトンがヴェインへ顔を向けた。
「ヴェインです。グランディア学院から来ました。一週間、お世話になります」
「同じ学院のソラです。今日からよろしくお願いします」
「担当決めるで」
「ソラ君はシン。ヴェイン君はダルトン。それで、アニカちゃんは俺やな」
「ラディスさん」
シンが口を挟む。
「なんや?」
「実習生をちゃん付けで呼ぶのは、どうかと思います」
「ええやん、別に」
「あ、うちは……その呼び方でも大丈夫です」
アニカが少し照れながら答える。
「ほらな」
「本人がいいなら構いません」
ラディスが満足そうに頷いた。
「メリディアでも腕の立つ三人や。運がええで」
「グランディアの捜査に参加する予定で、自分とラディスさんは、担当案件を持っていないだけです」
「それ言うたら締まらんやろうが」
「本格的な実習は明日からや。今日はせっかくやし、メリディアの街でも案内したるわ」
「自分は事務処理がありますので、ここで」
シンが支部の奥へ戻っていく。
「俺も現場の応援に行ってくる」
ダルトンも、そのあとに続いた。
「おいおい、二人とも置いてくんかい」
ラディスが背中へ声をかけるが、二人はそのまま行ってしまう。
「しゃあないな。ほな、行くで」
ラディスを先頭に、四人は支部を出た。
商業区の通りには多くの人が行き交い、店先から威勢のいい声が飛び交っている。
通りの先には、ひときわ大きな派手な門が見えた。
「あれが歓楽街や」
ラディスが門を指す。
「メリディアでも一番でかい。夜になったら、もっとすごいで」
「大きいですね……」
「その分、酔っ払いの喧嘩やら揉め事も多いけどな」
向こうからスーツ姿の男が歩いてきた。
「ラディスさん、お疲れ様です」
「おう、お疲れさん」
少し進むと、今度は店先の男がラディスへ手を上げる。
ラディスも軽く手を上げて返した。
アニカがその様子を見ている。
「ラディスさんって、すごく顔が広いんですね」
ソラもヴェインへ小声で話しかけた。
「ラディスさんって、面白い人だよね」
「俺には、ふざけてるようにしか見えないけどな」
昼間だというのに、歓楽街では酒を片手に歩く男や、派手に着飾った女たちが行き交っていた。
大通りの両側には色鮮やかな看板が並び、店先から賑やかな声が飛んでくる。
「昼からこんな感じなんだ……」
ソラが辺りを見回す。
アニカも隣で目を丸くしていた。
店と店の間にある細い路地から、小柄な男が出てきた。
頭は短く刈り込まれ、片手には大きな鞄を持っている。
ラディスの姿を見るなり、男の足が止まった。
「ラ、ラディスの旦那じゃないですか」
「トルド君やないかい」
ラディスが笑いながら近づく。
「そんな慌てて、どこ行くんや?」
「いや、その……ちょっと用事が」
「まあまあ、ちょうどええわ。こっち来い」
「え?」
ラディスはトルドを三人の前まで連れてきた。
「この男、トルドいうんやけどな。何してる奴やと思う?」
「えっ?」
アニカがトルドを見る。
「……泥棒ですか?」
「それやったら、もう捕まえとるやん」
「ですよね……」
ヴェインがトルドの持つ鞄を見る。
「運び屋ですか?」
「惜しいな」
ソラはトルドが出てきた路地へ目を向けた。
奥には、小さな質屋の看板が見える。
「盗品を換金してる……?」
ラディスが笑った。
「近いな」
「近くありませんよ、旦那!」
トルドが慌てて否定する。
「俺が扱ってるのは、あくまで訳ありの品です。出どころの分からない品を安く買って、目利きして高く売る。そういう商売なんですよ」
「ほんなら、なんで俺の顔見て慌てたんやろうな?」
「それは……」
「今日の品、よっぽどやばいんちゃうか?」
「旦那、勘弁してくださいよ」
トルドが鞄を抱え直した。
「最近は、こんなとこ来そうにない奴まで品持ってくるんですよ。何で金が要るのかまでは知りませんけどね」
「ほな、もう一個だけ。売りに来るんは、どんな奴や?」
「どんなって……」
「そういや最近、同じような首飾りをつけてる奴が何人かいましたね」
「首飾り?」
「宗教の印みたいなやつですよ」
「ほうか。仕事の邪魔して悪かったな。行ってええぞ」
「失礼します!」
トルドは頭を下げると、鞄を抱えたまま足早に去っていった。
「次行こか。歓楽街はまだ入口やで」
門をくぐってから、しばらく歩いた。
大きな十字路へ出ると、四方へ伸びる通りの先まで人があふれている。
「ここが歓楽街の中心や」
「ここが……?」
ソラが後ろを振り返る。
「こんな大通りが、まだあるんだ……」
「ソラ君、ええ反応するやん」
ラディスが笑う。
その隣で、ヴェインが人混みの中へ目を向けた。
黒いスーツを着た男。
短く刈り上げた黒髪に、黒いサングラス。
そのそばには、黒いドレスをまとった女が歩いている。
周囲の人間とは、どこか雰囲気が違った。
蛇を思わせる女の目が、ヴェインへ向く。
目が合った。
ヴェインはすぐに視線を外した。
「ラディスさん」
「ん?」
「あの二人、雰囲気が違います」
ラディスが二人を一度だけ見た。
「ヴェイン君、一個だけ覚えとき」
二人はそのまま人混みの中を歩いていく。
「怪しいだけじゃ捕まえられへん。ああいう連中ほど、その辺はよう分かっとる」
ヴェインが二人の消えた方を見る。
「何か起きるまで、放っておくんですか」
「おー、熱いなぁ」
「……すみません」
「別に悪いことやないで」
ラディスは歩き出す。
「その気持ちは持っとき。せやけど、現場じゃそう簡単に動けんこともある」
「……はい」
◇
夕方まで街を歩き、四人は住居区へ戻ってきた。
歓楽街の喧騒は遠くなり、通りを行き交う人の姿も少ない。
「同じ街とは思えないですね」
ソラが辺りを見回す。
「宿は静かな方がええやろ」
ラディスが足を止めた。
「今日は疲れたやろ。ゆっくり休んどき。また明日な」
「ありがとうございました」
三人が頭を下げる。
ラディスは片手を上げ、そのまま通りの向こうへ歩いていった。
「はぁ……ラディスさん、ほんまかっこええわ」
アニカが遠ざかる背中を見つめる。
「ソラさんもそう思うやろ?」
「え? あ、うん」
その横をヴェインが黙ったまま通り過ぎ、宿へ入っていく。
アニカがその背中を見る。
「ヴェインさんって、ずっとあんな感じなん?」
「僕も詳しくは知らないんだ。あんまり自分のこと話さないし」
「そっか」
アニカはしばらく宿の入口を見ていた。
「うち、お母ちゃんを事件で亡くしとるんや」
「……そうだったんだ」
「うちは、それでも前向いて生きてくしかないって思っとる」
「……そう思えるの、すごいと思う」
メリディアの街の向こうへ、夕日が沈んでいった。




