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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第六章 祝福の値段
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Ⅰ差し出すもの

 グランディア支部、捜査室。


 クラネスが入ると、すでに何人かの隊員が席についていた。


 ネアの席へ目を向ける。


 ちょうどリアナがそばに立ち、何か話していた。


 ネアが何か言うと、リアナが笑った。


 クラネスはそのままレナードの机へ向かった。


「おはようございます、レナードさん。今日もお願いします」


「おはよう、クラネス。朝から元気だな」


 クラネスは折り畳んだ紙を差し出した。


 レナードは受け取り、周囲に見えないよう開いた。


『昼、いつものところで』


 レナードは紙を折り、机へ置いた。


 クラネスは自分の席へ戻り、ネグラ教会の捜査資料を開いた。


 資料に目を通していると、リアナがやってきた。


 リアナは少し身を寄せ、声を落とした。


「お店、決まりましたよ」


「どこにしたんだ?」


「あとで机に、場所と時間を書いた紙を入れておきますね」


 リアナは自分の席へ戻っていった。


 クラネスは少し笑って、資料へ目を戻した。


 昨日見た少年のことが、まだ頭に残っていた。


 クラネスは資料を閉じ、ホン襲撃の報告書を確認するため資料室へ向かった。


◇


 昼過ぎ。


 店の中は、今日も騒がしかった。


 料理を運ぶ店員の声。食器のぶつかる音。あちこちから聞こえる客の笑い声。


 安くて早い。それなりにうまい。


 捜査に行き詰まると、クラネスとレナードがよく使う定食屋だった。


 この騒がしさなら、隣の席の会話を気にする者もいない。


「それで、どうしたんだ」


 向かいに座ったレナードが聞いた。


「実は昨日、ネアが一人の少年と会っているところを見ました」


 レナードの目がクラネスへ向く。


「詳しく聞かせてくれ」


「その少年、赤い粒子の中から突然現れたんです。Codeだと思います。ネアは驚く様子もなく、そのまま話をしていました」


 クラネスは少し声を落とした。


「『先日の襲撃』という言葉も聞こえました。それと、少年に書類を渡していたんです。中身までは見えませんでしたが、ネアが情報を流している可能性は、かなり高いと思います」


「昨日が初めてじゃない可能性もあるな」


「はい。俺もそう思います。今朝、ホン襲撃の報告書も確認してきました。襲撃者の中にも、移動系のCode保持者がいたとあります」


「同じ奴だと思うのか?」


「断定はできませんが、昨日の少年も、瞬間移動に近い能力を使っていたように見えました」


「ネアには、このことを話したか?」


「いえ、まだです」


「それでいい」


 レナードがテーブルに肘をつく。


「疑う理由は十分ある。拘束するなら、渡した書類だけじゃなく、どんな情報を流していたのかまで押さえてからだ」


「はい」


「直近の閲覧履歴を確認する。ネアが何を調べていたか、そこから渡したものを絞るぞ」


「分かりました」


「俺も動く。何か分かっても、一人で先走るなよ」


「はい」


 レナードはメニューを開き、クラネスへ差し出した。


「とりあえず俺の奢りだ。好きなものを食べろ」


「じゃあ、遠慮なくいただきます」


◇


 エステリア、ネグラ教会支部。


 厨房では、ノアが一人の女性信徒と並んで料理をしていた。


「ノアちゃん、そっちの野菜切っておいてくれる?」


「分かった」


 ノアは野菜を手に取り、切っていく。


 隣では、女性が鍋をかき混ぜていた。


「ノアちゃん、手慣れてるわねぇ」


「孤児院育ちだからな。ある程度はできる」


「あら……苦労したのねぇ。今いくつだい?」


「今年で十七になる」


「そう。私の息子もね、生きてたらノアちゃんと同い年なのよ」


「……そうだったのか」


「寂しいもんよ。旦那にも先立たれてね」


「それで、ここに来たのか?」


「そうよ。ここならいつも誰かいるでしょ。ご飯だって、こうしてみんなで食べられるしね」


 女性は鍋をかき混ぜながら、食堂へ目を向けた。


「いろんな人がいるわよ。私みたいなのもいれば、祝福をもらった人もいるし」


「祝福を?」


「ほら、あそこに座ってる人」


 ノアも女性の視線を追った。


 食堂の端に、三十代半ばほどの男が座っている。


 白い法衣の裾からは、上等そうな革靴が覗いていた。黒髪もきれいに整えられ、周りの信徒より身なりがいい。


「あの人、祝福をもらった人よ」


「ここにいれば、誰でも受けられるのか?」


「まさか。祝福をもらえるのは、ほんの一握りよ」


「そうなのか」


「私なんて、ここに長くいるけど縁がないもの」


 女性は出来上がった料理を皿へ盛りつけていく。


「それにしても、お姉さんはほんと気立てがいいわねぇ」


「姉さんは気が利くからな」


「家事もできるし、料理も上手だし。いいお嫁さんになるわよ」


「ここだけの話、お姉さんに好意を持ってる男の人、結構いるらしいわよ」


「……弟としては複雑なんだがな」


「あら、ごめんなさいね」


「おばちゃん、おかわり!」


 食堂から声が飛んできた。


「はいはい、今行くわよ~」


 女性は皿を手に、食堂へ出ていった。


◇


 夜の礼拝を終え、ノアが部屋へ戻ると、ユゼラは机に向かっていた。


 これまでに得た情報を、紙へ書き出している。


 ノアは向かいの椅子に座り、書類へ目を落とした。


「なかなか情報が集まらないな」


「ああ」


「一般の信徒は、祝福について詳しく知らないみたいだな」


「私の方も同じだ」


 ユゼラがペンを走らせる。


「姉さん。今日、こんな話を聞いたんだ」


「なんだ?」


「姉さんは気立てもいいし、男からも好かれてるって」


「ば、馬鹿を言うな」


「祝福をもらった男から直接話を聞けば、何か掴めるんじゃないか?」


 ユゼラの手が止まった。


「……私に色気を使えと言っているのか?」


「いや、そのままでいいと思うけど」


 ノアは立ち上がり、ベッドへ向かった。


「姉さんなら上手くやれるんじゃないか」


「困った弟だ……」


 ユゼラは書類へ目を戻した。


◇


 翌朝。


 朝の礼拝が終わり、信徒たちが礼拝堂を出ていく。


 ノアがユゼラへ声をかけた。


「あいつだ」


 視線の先には、昨日食堂で見かけた男がいる。


「……ああ」


 ユゼラが嫌そうな顔をした。


「どうした?」


「何度か、部屋に来ないかと誘われたことがある」


「そうか」


「名前は確か、シュロスだ」


「分かってるなら話は早いじゃないか。頼んだぞ、姉さん」


「まったく……」


 ユゼラはシュロスのもとへ歩いていった。


 近づいてくるユゼラに気づき、シュロスが目を見開く。


「ユ、ユゼラさん。どうしましたか?」


「シュロスさんを見かけたもので、声をかけようかと」


「それは嬉しいですな。こちらの生活には慣れましたか?」


「おかげさまで。今では家のように思えます」


「それはよかった。私は来たばかりの頃、食事の時に酒が出ないことに随分困りましてな」


「部屋で飲む分には、問題ないんですよね?」


「ええ。今では部屋に何本か買い置きしてありましてな」


「ユゼラさんも、お酒は嗜みますか?」


「人並みには」


「でしたら、今夜お付き合いいただけませんか?」


「弟もおりますので……」


「ユゼラさんになら、最高級のワインを用意しておきますよ」


 ユゼラは少し考えた。


「……分かりました」


「では、今夜。支度が終わった頃に私の部屋へ来てください。四階の一番左です」


「分かりました」


「楽しみにしていますよ」


 シュロスが笑顔で去ると、ノアが近づいてきた。


「さすがだよ、姉さん」


 ユゼラは小さくため息をついた。


◇


 夜。


 ユゼラが部屋をノックすると、シュロスが嬉しそうに扉を開けた。


「お待ちしていました、ユゼラさん」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 卓には白ワインと二つのグラス、食べやすく切られた何種類ものチーズが並んでいた。


「どうぞ、おかけください」


 ユゼラが椅子へ座ると、シュロスも向かいへ腰を下ろした。


「髪をほどいていらっしゃると、また雰囲気が違いますね」


「お風呂上がりだったので。申し訳ありません」


「いえいえ。こちらも素敵ですよ」


 シュロスが白ワインを注ぐ。


「繊細な味ですが、ほんのり甘みがあって飲みやすいんです」


 ユゼラはグラスを持ち、一口飲んだ。


「お、おいしいですね」


「この味を分かっていただけるのは嬉しいですな」


 ユゼラはチーズを一切れ口へ運んだ。


「故郷を思い出します」


「ユゼラさんの故郷は、どちらですか?」


「北部の小さな村です。故郷でもチーズはよく食べていました」


「弟さんも、こういうものはお好きですか?」


「あの子は何でも食べます」


 シュロスは二人のグラスへワインを注いだ。


 話しているうちに、グラスは何度か空になっていた。ユゼラの顔にも赤みが差している。


「ユゼラさんは、本当に美しい。今日、来ていただけただけで、私は幸せです」


「私は、そんな……私より綺麗な方なら、いくらでもいます。大事なのは内面ではないでしょうか」


「私は、きっかけは外見でも内面でもいいと思っています。ユゼラさんにも、私のことを知っていただきたい」


 シュロスが身を乗り出した。


「顔が近いですよ」


「失礼しました」


 姿勢を戻すと、グラスのワインを一気に飲んだ。


「そういえば、シュロスさんは祝福を受けているんですよね?」


「ご存じでしたか」


「少し耳にしただけです」


「でしたら、ユゼラさんにもお見せしましょう」


 シュロスが卓へ目を向ける。


 周囲から煙のようなものが集まり始めた。卓の上で人の形を取り、手のひらほどの小さな人形になる。


 シュロスは目を閉じた。


 ユゼラは、卓の上に立つ人形を見つめる。


 まるでCodeだな。


「これは、どういったことができるんですか?」


「煙を集めて、形を作ったり、動かしたりできるんです」


 人形の頭に煙が集まり、帽子をかぶった姿へ変わった。


 さらに片手に、小さなワイングラスが形作られる。


 人形はそれを持ち上げ、ユゼラのグラスへ乾杯するように差し出した。


 ユゼラもグラスを持ち上げる。


 人形は煙となって崩れ、消えていった。


「楽しんでいただけましたか?」


「感動しました。目の前で祝福を見られるなんて」


「それはよかったです」


 シュロスは薬を取り出し、飲み込んだ。


「どこかお体でも悪いんですか?」


「いえ。祝福を使ったあとの負担を軽くしてくれる薬なんです。ものすごく高いんですがね」


「祝福は、選ばれた方が授かるものだと聞きましたが」


「ええ、その通りです。身も心も教会に捧げてきた、熱心な信徒が選ばれます」


「ですが、私はその方たちとは少し違いましてね」


 シュロスが声を落とした。


「お金を出して、祝福をいただいたんです。普通の信徒には教えていない道もあるんですよ」


「それは知りませんでした」


「私たちは教会に、それなりの金を出していますからね。その分、少しくらい融通も利くんですよ。教会だって、綺麗事だけじゃやっていけませんから」


 シュロスはグラスを卓へ置き、ユゼラを見た。


「祝福のお話に、興味がおありですか?」


「興味がないと言えば、嘘になります」


「でしたら、一度、詳しい話を聞いてみてはいかがです?」


「私でも、そういったお話を伺えるんですか?」


「もちろんですよ。よければ、私から話を通しておきましょう」


「お願いしてもいいんですか?」


「ユゼラさんの頼みとあれば」


「では、お言葉に甘えて」


 シュロスが二人のグラスへワインを注いだ。


「私たちのこれからに、乾杯」


 ユゼラもグラスを持ち上げた。


 二つのグラスが触れ、澄んだ音がした。


◇


 夜更け。


 部屋の扉が開き、ノアは寝台から身体を起こした。


「ユ……ゼラ?」


「私の弟ではないか」


 ユゼラはノアの寝台へ来ると、両手で頬を引っ張った。


「何してるんだ……酒臭いぞ」


「少し飲みすぎてしまった。水を持ってきてくれ」


 ノアは部屋を出て、水を汲んできた。


 戻ると、ユゼラはノアの寝台で横になっていた。


 ノアはユゼラの上体を支えて起こし、水を飲ませる。


「それで、何か掴めたのか?」


「収穫はあった。ただ、今は頭が回らない……明日話す」


 水を飲み終えたユゼラが、ノアの頬へ軽くキスをした。


「おやすみ、弟」


 寝台へ横になると、すぐに寝息が聞こえ始めた。


「俺はいつから本当の弟になったんだよ」


 ノアは部屋の明かりを消し、ユゼラの寝台へ入った。


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