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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅹ疑いの輪郭

 グランディアを出てしばらく進んだところで、馬車は街道を外れた。


 細い道の先に、一軒の教会が見えてくる。


 黒を基調とした小さな建物だった。外壁にはネグラ教会の紋章が掲げられ、周囲の草木まで綺麗に手入れされている。


 馬車が止まり、カイが先に降りた。


 入口には、二人の信徒が立っている。


 カイは横目で二人を見た。白い法衣の下には、武器らしき膨らみがある。


 続いて教祖が馬車を降りると、信徒の一人が扉を開けた。


「どうぞ、お入りください」


 二人が中へ入ると、背後で扉が閉まった。


 中は広い礼拝堂になっていた。


 ほかの教会にあるような長椅子は、一つもない。中央には何も置かれておらず、奥にネグラの紋章を掲げた祭壇だけが設けられている。


 カイが左右を見渡した。


「椅子はないんだな」


「ここは礼拝ではなく、祝福の儀式を行うための場所ですから」


 カイは今入ってきた扉へ目を向けた。


「出入口はここだけか?」


「はい」


 教祖は申し訳なさそうにカイを見た。


「カイさん。祝福の儀式は、教会でも最重要の秘密なんです」


「護衛をお願いしておいて、こんなことを言うのも心苦しいのですが……」


「そちらの決まりなら従う。儀式の間は外に出る」


「ありがとうございます」


「その前に、ここへ入ってくる人間だけ確認させてくれ」


「わかりました」


「ほかに中へ入るのは?」


「祝福を受ける方だけです」


 バンッ!


 礼拝堂の扉が勢いよく開いた。


 色褪せた旅装の袖や裾には、点々と赤い染みがついている。右手には、血のついた刀が握られていた。


「邪魔するぜ」


 教祖が息をのみ、祭壇側へ一歩下がった。


「……何者ですか」


 ダンは教祖へ顔を向けた。


「あんたが、祝福をくれるって教祖様かい」


 血のついた刀を担ぐ。


「ひとつ、俺にも見せちゃくれねぇか」


 カイが教祖の前へ出た。


「下がっていろ」


「カイさん……」


「ニム。教祖から離れるな。合図したら動け」


 肩に乗っていた金属の蜘蛛が床へ飛び下り、小さな脚を鳴らしながら教祖のそばへ移動した。


 ダンの目が、カイの刀へ向く。


「お前さん、面白い刀持ってんな」


 鍔のない刀を眺め、笑みを浮かべた。


「ちょいと見せてくれよ」


 カイは答えなかった。


「つれねぇな」


 カイが床を蹴った。


 一息で間合いを詰め、抜き放った刀をダンの首へ走らせる。


 ダンの刀が、その軌道へ滑り込んだ。


 ギィンッ!


 二本の刃が噛み合う。押し込んでも、ダンの刀は動かない。


「悪くねぇ」


 ダンが踏み込み、刀を振り下ろした。


 カイは上体を反らす。


 ブォンッ!


 刃が目の前を通り過ぎる。ダンは止まらず、カイが避けた方へ刀を横に薙いだ。


 カイは迫る刃へ刀を斜めに当て、頭上へ流す。その勢いのまま床を蹴り、身を捻りながらダンへ斬り込んだ。


 ガギィンッ!


 振り上げられた刀に弾かれ、カイの刃が大きく跳ね上がる。


 着地した瞬間、柄を握る手から腕まで痺れが走った。


「やるじゃねぇか」


 カイは刀を構えた。


「お前も面白いな」


 ダンが腰を落とした。


「次は俺の番だな」


 刀を鞘へ納め、柄へ手をかける。


 床を蹴った。


「っ……」


 速い。


 カイの目の前で、鞘から刃が走る。


《セグレイン》


 刀身が鞘からわずかに抜けたところで止まった。


 カイは正面へ踏み込み、刀を振り下ろす。


 ダンは半歩だけ身体をずらして刃をかわし、カイの腹へ蹴りを叩き込んだ。


 ドンッ!


 カイの足が床を滑る。強く踏み込み、勢いを殺した。


 停止の解けた刀が鞘を離れ、その胴へ迫る。


 カイは上体を反らして刃をかわし、そのままダンの足を払う。


 ダンは迫る足を跳び越え、空中から刀を振り下ろした。


 カイは咄嗟に後ろへ跳ぶ。


 ズガンッ!


 刀が石床を叩き、足元まで亀裂が走る。


 ダンが床から刃を抜いた。


「いいCodeじゃねぇか。こいつぁ驚いた」


「驚いてるようには見えないがな」


 カイは深く息を吐いた。


 肩の力を抜き、刀を構え直す。


 低く踏み込み、下から刀を斬り上げた。


 ギィン!


 ダンが正面から受けた。


 カイは刀を返し、低く走らせる。ダンも刃を下げ、足元への斬撃を受けに回った。


 二本の刀が重なる直前。


《セグレイン》


 ダンの刀が止まる。


 カイはその脇を抜くように、胴へ刀を斬り上げた。


 ダンは柄から手を離した。止まった刀を残して懐へ入り、カイの手首を下から押し上げる。


 刃がダンの肩口を浅く裂き、頭上へ抜けた。


 停止が解け、落ちかけた刀をダンが掴んだ。


「……強いな、お前」


 カイは一歩退いて刀を構え直した。


 再び間合いを詰める。


 ダンが刀を横に薙いだ。


 カイは刃の下へ潜り、柄を握る右手へ斬り上げる。


 ダンが刀を防御へ回す。


《セグレイン》


 受け止める直前で刀が止まった。


 ダンは柄を離し、斬撃から身を外す。


 カイは振り抜いた勢いで身体を回し、回し蹴りを脇腹へ叩き込んだ。


 ドンッ!


 ダンの身体が後ろへ押し出され、手放した刀が二人の間に落ちた。


 カイが踏み込み、斜めに刀を振り下ろす。


 ダンの足元から円形の波紋が広がった。


《イグレイン》


 刃が届くより先に、ダンはカイの横へ身をかわしていた。


 すれ違いざま、ダンの拳がカイの脇腹へ入る。


 ドッ!


 カイの身体が沈んだ。


 ダンはカイと位置を入れ替えるように抜け、床へ落ちた刀を拾い上げた。


 カイは脇腹を押さえながら向き直る。


「Codeか」


「お前さん相手に、出し惜しみは野暮ってもんだ」


 ダンが刀を振り上げ、カイへ踏み込んだ。


 足元から波紋が広がる。


《イグレイン》


 振り下ろされた刀を、カイは斜めに受け流した。


 胴へ斬り返した時には、ダンはすでに横へ抜けていた。


 追って踏み込もうとした先で、ダンが剣を向けていた。


 カイは足を止めた。


 ダンが刀を振り上げ、斬り込む。


 カイは刀を合わせず、刃を引きつけた。


《セグレイン》


 振り下ろされる刀が、頭上で止まった。


 カイは踏み込み、ダンの胸元へ斬り上げる。


 ダンは柄を握ったまま上体を引き、刃をかわした。そのままカイの脇腹を蹴りつける。


 ドッ!


 カイは数歩下がり、脇腹を押さえた。


 息を吸うと、奥に鋭い痛みが走る。


 波紋が広がってからは、斬り返す前にかわされていた。


 今の回避だけは、刀が止まってからだった。


 こちらの動きを、先に見ているのか。


 だが、刀を止めた後の攻撃までは読めていない。


 カイは刀を左手へ持ち替え、右手で腰の短剣を抜いた。


 黒鉄の短剣。その柄の先には、折り重なった刃が収められている。


「ガレリア・起動」


 ガシャンッ!!


 折り重なった刃が前方へ伸び、次々と噛み合う。


 短剣は幅広の直剣へ変わり、刀身中央の溝に赤い光が走った。


「奥の手ってわけかい」


 ダンの足元から波紋が広がる。


《イグレイン》


 カイは踏み込み、直剣を振るった。


 ダンが刀で正面から受け止める。


 ガギィンッ!


 刃が触れた瞬間、赤い光が弾けた。


 ドンッ!


 ダンが刀ごと後方へ弾かれた。


 カイは直剣を床に落とし、左手の刀で追う。


 着地したダンの懐へ入る。


 ダンが刀を引き戻す。


《セグレイン》


 戻りかけた刃が止まる。


 カイの刀が胸元へ走った。


 ダンは上体を捻り、急所を外す。


 ザシュッ!


 刃が右脇腹を斬り抜き、旅装へ血が広がった。


 ダンは刀を構え直した。


 カイは刀の柄頭で床を三度叩いた。


 カン、カン、カン。


 金属の蜘蛛が、教祖の靴を前脚で叩いた。


 カイは床の直剣を拾い上げ、ダンへ正面から踏み込んだ。


 ダンの刀が刻んだ石床の亀裂へ、直剣を叩きつけた。


 バンッ!


 赤い光が弾け、砕けた石と粉塵が吹き上がった。


 砕けた石を避け、ダンが祭壇側へ下がった。


 カイは直剣を手放し、刀を構えたまま粉塵の中へ入った。


 白く濁った視界の奥から、刃が迫る。


 ギィン!


 受け流した直後、横薙ぎが迫った。


 カイは身を沈め、刃の下へ踏み込む。


《セグレイン》


 ダンの刀が止まった。


 カイが斬り込むより早く、ダンは柄を離して懐へ潜り込んだ。


 拳が、傷めた脇腹へ入る。


「ぐっ……!」


 ダンは停止の解けた刀を掴み、前屈みになったカイの脇を抜けようとする。


 カイは身体を返し、回し蹴りをダンの脇腹へ叩き込んだ。


 ドンッ!


 ダンが弾かれ、祭壇の前へ着地した。


 カイは扉側へ抜け、床に落ちていた直剣を拾う。開いた出入口の前まで下がった。


 粉塵が薄れていく。


 教祖と金属の蜘蛛は、すでに礼拝堂から姿を消していた。


 ダンが開いた扉の向こうへ顔を向ける。


「こいつぁ、一本取られたな」


「俺は護衛だからな」


「惜しいな。時期が違えば、弟子にしたいくらいだ」


 ダンが刀を鞘へ納めた。


「しめぇだ」


「もう終わりでいいのか」


「今日は仕事で来てねぇんだ」


 カイは直剣を向けたまま、ダンを見た。


「お前さん、名前は?」


「カイだ」


「俺はダン」


 ダンが笑った。


「また機会がありゃ、斬り合おうや」


「ああ」


 幅広の刀身が折り重なり、元の短剣へ戻った。


 開いた扉の向こうから、遠ざかる馬車の音が聞こえた。


 カイは短剣を腰へ収め、礼拝堂を出る。


 ダンは一人、礼拝堂に残った。


 右脇腹の血へ目を落とす。


「……随分、歩き回ったつもりだったが」


「まだまだ世界は広いな」


◇


 グランディア、アート街。


 仕事を終えたクラネスは、通りの一角にある装飾品店へ立ち寄っていた。


 店内には飾りピンや耳飾り、ネックレスが並び、クラネスはガラスケースの前でしばらく悩んでいた。


「何かお探しですか?」


 声をかけられ、クラネスが顔を上げる。


 女性店員が立っていた。


「あ……女性への贈り物を探していて。飾りピンが流行っていると聞いたんですが、どれがいいのか分からなくて」


「そうですよね。贈り物だと余計に迷いますよね」


 店員は少し離れたショーケースへクラネスを案内した。


「でしたら、こちらはいかがでしょう。今はこういった飾りピンが人気なんです」


「どういった方に贈られますか?」


「二十代前半の女性です」


「でしたら、可愛らしすぎない、普段から身につけやすいものがよさそうですね」


 店員がいくつか取り出していく。


 クラネスは、その中から一つを手に取った。


 小さな四つ葉のクローバーをかたどった銀色のピン。四枚の葉のうち、一枚だけが淡い緑色の石で作られている。


「……これ、いいな」


「気に入りました?」


「これにします」


「では、贈り物用に包みますね」


「お願いします」


 店を出ると、クラネスは小さな包みを手に夜のアート街を歩き出した。


「贈り物を選ぶのも、楽じゃないな……」


 月明かりの下、店じまいを始めた店が通りに並んでいる。


 その先を歩く人影に、クラネスの目が止まった。


「ネア?」


 私服姿のネアが、一人で通りを歩いていた。


 声をかけようとしたところで、ネアが脇の細い路地へ入っていく。


 クラネスの足が止まった。


 先日調べたCode登録情報の閲覧履歴には、何度もネアの名前が残っていた。


 クラネスは手にしていた包みをしまい、ネアが消えた路地へ目を向けた。


 ネアに気づかれないよう距離を取り、後を追う。


 細い路地をいくつか抜けていく。


 やがて建物の間が開け、小さな広場へ出た。


 広場にはいくつかの彫刻が並び、月明かりの下で長い影を落としていた。


 ネアは広場の中央まで進むと、足を止めた。


「時間よ。出てきたら?」


 誰もいない。


 クラネスは路地の陰から様子を窺った。


 ネアの前で、赤い粒子が舞い始める。


 その中から一人の少年が姿を現した。


「時間ぴったりだね」


「無駄話はいいの。それで、先日の襲撃はなんだったの?」


「僕も詳しいことは知らないよ。興味ないから」


「あんたがいなかったら、この前の男を殺してたわ」


「別に殺しても良かったのに」


 少年は、何でもないことのように言った。


「そういうわけにもいかないでしょ」


 ネアは呆れたように返す。


「それで、別の人間から連絡が来たわ」


「じゃあ、これで最後?」


 ネアが懐から折り畳まれた書類を取り出した。


「ええ。やっとよ」


 少年が書類を受け取る。


 開くこともなく、書類を手にネアを見た。


「あとさ」


「何?」


「後ろ、つけられてるよ?」


 ネアが勢いよく振り返った。


 クラネスの背筋が強張る。


 見つかった。


 そう思うより先に、その場を離れた。


 路地を駆け抜ける。


 振り返らず、明かりと人の声が溢れる大通りまで戻った。


 行き交う人々の中へ紛れ、ようやく足を止める。


 クラネスは息を整えながら、抜けてきた路地を振り返った。


 人混みの向こうに、ネアの姿はなかった。


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