Ⅸ旅人の剣
グランディアの繁華街。
昼間から営業している酒場も多く、通りには酔客たちの騒がしい声が飛び交っていた。
リアナとネアは、その中の一軒の前で足を止めた。
「この酒場っすね。応援要請があったの」
「うん」
「治安維持も今日は手が回ってないみたいっすね」
「忙しいみたいだね。行こっか」
扉を開けると、酒と煙草、それに料理の匂いが入り混じっていた。
店の奥では、一人の男が店主に詰め寄っている。
「だから、こんなに頼んでねぇって言ってんだろ!」
「同じ席から注文を受けていますので……」
「途中から来た奴が勝手に頼んだんだよ。俺は知らねぇって!」
二人の間には、白い法衣をまとった男が立っていた。
「一度、順番に聞かせてください」
白い法衣の男は双方の話を聞いたあと、注文を取った店員にも確かめた。
客は一人で飲んでいたが、途中で知り合いが同じ卓につき、酒や料理を追加で頼んで先に帰ったらしい。
「先ほど帰られた方は、こちらの常連ですか?」
「よく来るよ」
「でしたら、この方にはご自身で頼まれた分だけお支払いいただいて、残りは先ほどの方に確認してはいかがでしょう」
店主が少し考え、うなずいた。
「……そうだな。あいつならまた来る。その時に聞くよ」
「それなら俺も文句ねぇよ。頼んだ分は払う」
店主がリアナたちに気づいた。
「AEGISさんか」
「連絡を受けて来ました。怪我をした方や、壊された物はありませんか?」
「どっちもないよ。来てもらって悪いけど、もう解決しちまった」
「分かりました。また何かあれば連絡してください」
酔っていた男も、間に入っていた信徒へ顔を向けた。
「悪かったな、あんたも。面倒に巻き込んじまって」
「お気になさらず。困った時は、お互い様ですから」
「そう言われると余計に悪いな。おやじ、この人に一杯出してやってくれ。俺が払う」
「はいよ」
リアナとネアは顔を見合わせ、酒場を出た。
「無駄足だったっすね」
「大事にならなかったなら、それに越したことないよ」
ネアが先ほどの酒場を振り返った。
「最近、ネグラの信徒を街でよく見るっすね」
「さっきみたいに仲裁してるの?」
「そうっす。困ってる人の相談に乗ったり、喧嘩を止めたりしてるみたいっす」
「話には聞いてたけど、本当にやってるんだね」
二人は再び歩き出した。
「そういえば、ネアちゃん」
「なんすか?」
「この辺りで、おいしいお店知らない?」
「どんな店っすか?」
「静かで、料理がおいしくて……できれば、ちょっとおしゃれなところ」
ネアが足を止めた。
「デートっすか!?」
「違うよ。そういうんじゃなくて」
「相手、クラネスさんっすか?」
「……どうしてクラネスさんだと思ったの?」
「やっぱりデートじゃないっすか」
「もう違うってば。この前、手当てしたでしょ? そのお礼にご飯をご馳走してくれるって」
「二人で?」
「……二人で」
「だったら仕方ないっすね。とっておきの店、教えてあげるっすよ」
「こっちっす」
ネアについて、繁華街を歩いていく。
賑やかな通りから少し外れたところで、ネアが一軒の店を指した。
煉瓦造りの外壁に木製の扉。大きな窓からは、暖かな明かりが漏れている。
入口の上には、木製の看板が掛かっていた。
小麦と葡萄。
「ここっす」
「いい雰囲気だね」
「料理もうまいっすよ。ワインの種類も豊富っす」
リアナがネアを見る。
「ネアちゃんは、彼氏と来たの?」
「違うっす、違うっす!」
ネアが慌てて両手を振る。
「昔、先輩に連れてきてもらったんすよ」
「そうなんだ」
リアナはもう一度、店の看板を見上げた。
「うん。ここにしようかな」
◇
数日後の休日。
「こんにちは」
ソラがとまり木の扉を開けた。
店内にはまだ客の姿はなく、カウンターの向こうではザッシュがグラスを磨いていた。
「おう。早かったな」
「少し早く着いちゃいました」
「まあ、座って待ってろ。あいつもそのうち来る」
ソラはカウンター席へ腰を下ろした。
「マスターの昔からの知り合いなんですよね?」
「若い頃、旅先で知り合ってな。何度かやり合ったよ」
ザッシュが笑った。
「まあ、俺の方が勝ち越してるけどな」
店の扉が開いた。
「相変わらず、都合のいい記憶してんな」
白髪の混じった短い黒髪。
「遅ぇぞ、ダン」
「時間は決めてなかっただろ」
ダンは空いている席へ腰を下ろした。
「そっちの坊主は?」
「ソラだ。最近、休みの日に店を手伝ってもらってる」
「ソラです。よろしくお願いします」
「ダンだ。よろしくな」
ダンが店内を見回した。
「嫁さんは元気か?」
「亡くなったよ。もう八年になる」
ダンがザッシュへ目を向けた。
「……そうか」
「病気でな。最後まで、この店に立ってたよ」
「旅をやめて、あいつと二人で始めた店だからな。今さら畳む気もないよ」
「お前が旅をやめるって聞いた時は、耳を疑ったもんだ」
「俺だって、あの頃はそう思ってたよ」
「女一人で随分変わったもんだな」
「そうかもしれないな」
ザッシュがコーヒーを置く。
「で、今度はどこをふらついてたんだ?」
「ベルネーダだ。温泉に入ってきた」
「相変わらず温泉好きだな」
「ベルネーダは酒も旨かったぞ」
「温泉よりそっちが目当てだろ」
「どっちもだ」
ダンはコーヒーを一口飲んだ。
ソラの前には、土産の饅頭が置かれている。
「ソラ、食ってみろ。向こうじゃ有名らしい」
「いただきます」
ソラが饅頭を一口かじり、続けてコーヒーを飲む。
「おいしいです」
「そりゃよかった。旅に出たら、その土地のもんは食っとけ。そういうのも面白ぇからな」
「はい。次にどこか行った時は、探してみます」
「仕事はどうした?」
「若ぇ奴らに仕事は任せてるからな。俺はたまに働く程度だ」
「気楽なもんだな」
ダンの視線が、店の壁に掛けられた剣へ向いた。
「まだ置いてんのか」
「捨てる理由もないからな」
「もう振らねぇんだろ?」
「残したいのは、剣そのものじゃないよ」
ザッシュが壁の剣を見る。
「あれで身につけたものを残したいんだ」
ダンがソラへ目を向けた。
「……なるほどな。お前さんも剣を使うのか?」
「はい」
「ザッシュに教わってんのか?」
「はい。剣を教わってます」
「へぇ」
「せっかくだ。少し見てやってくれよ」
「俺の指導は高ぇぞ」
「じゃあ、コーヒー一杯で頼むよ」
「安く使いやがる」
◇
店の奥にある道場。
ソラとダンは木刀を手に向かい合っていた。
「好きに打ってこい」
「はい!」
ソラが床を蹴った。
正面から木刀を振り下ろす。
ダンはソラの木刀を受け流した。
ソラはすぐに木刀を引き、横から打ち込む。
ダンがそれを受け、そのまま弾き返した。
ソラの体勢が崩れる。
立て直すより先に、木刀の先が首元へ触れた。
「もう一本お願いします!」
ソラが距離を取る。
「おう、いいぞ」
今度は正面から踏み込み、振り下ろす途中で木刀の軌道を横へ変えた。
ダンが正面から木刀を合わせる。
「重い……!」
ソラの木刀が弾かれ、衝撃が腕まで抜ける。両手が痺れた。
ダンが続けて横薙ぎに木刀を振るう。
ソラは正面から受けず、木刀を添えて横へ流した。
流しただけでも、痺れた手に重い衝撃が残る。
ソラが木刀を戻すより早く、ダンの木刀が肩へ触れた。
「そこまでだ」
ダンが木刀を下ろす。
「……ありがとうございました」
「いいものは持ってる。師匠に、流した後は教わってねぇのか?」
「とっさにできませんでした」
「なら、あとは何度もやるしかねぇな。飲み込みは早ぇ」
二人は木刀を片づけ、店へ戻った。
ダンが席へ腰を下ろす。
「ダンさんは、弟子とか取らないんですか?」
「俺は生涯で一人しか弟子を取らねぇって決めてんだ」
ザッシュが口を挟む。
「こいつ、何十年も前から大陸を歩きながらそれ言ってるんだよ」
「それで、その一人は見つかったんですか?」
「おう。ようやく一人、見つけたよ」
ダンがコーヒーへ手を伸ばす。
「こいつなら間違いねぇって思った。案の定、数年で俺を抜きやがった」
「すごい人ですね。一度会ってみたいです」
「縁がありゃ、そのうち会うだろ」
「それで、温泉帰りにわざわざ俺に会いに来たのか?」
「ついでだ」
ダンが残ったコーヒーを飲み干した。
「この街に、ちょっと面白ぇもんがあるらしくてな」
「ちょいと見てくる」
「そうか」
「いくつになっても、好奇心だけは変わらないな」
「そう簡単に変わるかよ」
「じゃあな、ソラ。またどっかで会おうや」
「はい!」
ダンが片手を上げ、店を出ていった。




