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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅸ旅人の剣

 グランディアの繁華街。


 昼間から営業している酒場も多く、通りには酔客たちの騒がしい声が飛び交っていた。


 リアナとネアは、その中の一軒の前で足を止めた。


「この酒場っすね。応援要請があったの」


「うん」


「治安維持も今日は手が回ってないみたいっすね」


「忙しいみたいだね。行こっか」


 扉を開けると、酒と煙草、それに料理の匂いが入り混じっていた。


 店の奥では、一人の男が店主に詰め寄っている。


「だから、こんなに頼んでねぇって言ってんだろ!」


「同じ席から注文を受けていますので……」


「途中から来た奴が勝手に頼んだんだよ。俺は知らねぇって!」


 二人の間には、白い法衣をまとった男が立っていた。


「一度、順番に聞かせてください」


 白い法衣の男は双方の話を聞いたあと、注文を取った店員にも確かめた。


 客は一人で飲んでいたが、途中で知り合いが同じ卓につき、酒や料理を追加で頼んで先に帰ったらしい。


「先ほど帰られた方は、こちらの常連ですか?」


「よく来るよ」


「でしたら、この方にはご自身で頼まれた分だけお支払いいただいて、残りは先ほどの方に確認してはいかがでしょう」


 店主が少し考え、うなずいた。


「……そうだな。あいつならまた来る。その時に聞くよ」


「それなら俺も文句ねぇよ。頼んだ分は払う」


 店主がリアナたちに気づいた。


「AEGISさんか」


「連絡を受けて来ました。怪我をした方や、壊された物はありませんか?」


「どっちもないよ。来てもらって悪いけど、もう解決しちまった」


「分かりました。また何かあれば連絡してください」


 酔っていた男も、間に入っていた信徒へ顔を向けた。


「悪かったな、あんたも。面倒に巻き込んじまって」


「お気になさらず。困った時は、お互い様ですから」


「そう言われると余計に悪いな。おやじ、この人に一杯出してやってくれ。俺が払う」


「はいよ」


 リアナとネアは顔を見合わせ、酒場を出た。


「無駄足だったっすね」


「大事にならなかったなら、それに越したことないよ」


 ネアが先ほどの酒場を振り返った。


「最近、ネグラの信徒を街でよく見るっすね」


「さっきみたいに仲裁してるの?」


「そうっす。困ってる人の相談に乗ったり、喧嘩を止めたりしてるみたいっす」


「話には聞いてたけど、本当にやってるんだね」


 二人は再び歩き出した。


「そういえば、ネアちゃん」


「なんすか?」


「この辺りで、おいしいお店知らない?」


「どんな店っすか?」


「静かで、料理がおいしくて……できれば、ちょっとおしゃれなところ」


 ネアが足を止めた。


「デートっすか!?」


「違うよ。そういうんじゃなくて」


「相手、クラネスさんっすか?」


「……どうしてクラネスさんだと思ったの?」


「やっぱりデートじゃないっすか」


「もう違うってば。この前、手当てしたでしょ? そのお礼にご飯をご馳走してくれるって」


「二人で?」


「……二人で」


「だったら仕方ないっすね。とっておきの店、教えてあげるっすよ」


「こっちっす」


 ネアについて、繁華街を歩いていく。


 賑やかな通りから少し外れたところで、ネアが一軒の店を指した。


 煉瓦造りの外壁に木製の扉。大きな窓からは、暖かな明かりが漏れている。


 入口の上には、木製の看板が掛かっていた。


 小麦と葡萄。


「ここっす」


「いい雰囲気だね」


「料理もうまいっすよ。ワインの種類も豊富っす」


 リアナがネアを見る。


「ネアちゃんは、彼氏と来たの?」


「違うっす、違うっす!」


 ネアが慌てて両手を振る。


「昔、先輩に連れてきてもらったんすよ」


「そうなんだ」


 リアナはもう一度、店の看板を見上げた。


「うん。ここにしようかな」


◇


 数日後の休日。


「こんにちは」


 ソラがとまり木の扉を開けた。


 店内にはまだ客の姿はなく、カウンターの向こうではザッシュがグラスを磨いていた。


「おう。早かったな」


「少し早く着いちゃいました」


「まあ、座って待ってろ。あいつもそのうち来る」


 ソラはカウンター席へ腰を下ろした。


「マスターの昔からの知り合いなんですよね?」


「若い頃、旅先で知り合ってな。何度かやり合ったよ」


 ザッシュが笑った。


「まあ、俺の方が勝ち越してるけどな」


 店の扉が開いた。


「相変わらず、都合のいい記憶してんな」


 白髪の混じった短い黒髪。


「遅ぇぞ、ダン」


「時間は決めてなかっただろ」


 ダンは空いている席へ腰を下ろした。


「そっちの坊主は?」


「ソラだ。最近、休みの日に店を手伝ってもらってる」


「ソラです。よろしくお願いします」


「ダンだ。よろしくな」


 ダンが店内を見回した。


「嫁さんは元気か?」


「亡くなったよ。もう八年になる」


 ダンがザッシュへ目を向けた。


「……そうか」


「病気でな。最後まで、この店に立ってたよ」


「旅をやめて、あいつと二人で始めた店だからな。今さら畳む気もないよ」


「お前が旅をやめるって聞いた時は、耳を疑ったもんだ」


「俺だって、あの頃はそう思ってたよ」


「女一人で随分変わったもんだな」


「そうかもしれないな」


 ザッシュがコーヒーを置く。


「で、今度はどこをふらついてたんだ?」


「ベルネーダだ。温泉に入ってきた」


「相変わらず温泉好きだな」


「ベルネーダは酒も旨かったぞ」


「温泉よりそっちが目当てだろ」


「どっちもだ」


 ダンはコーヒーを一口飲んだ。


 ソラの前には、土産の饅頭が置かれている。


「ソラ、食ってみろ。向こうじゃ有名らしい」


「いただきます」


 ソラが饅頭を一口かじり、続けてコーヒーを飲む。


「おいしいです」


「そりゃよかった。旅に出たら、その土地のもんは食っとけ。そういうのも面白ぇからな」


「はい。次にどこか行った時は、探してみます」


「仕事はどうした?」


「若ぇ奴らに仕事は任せてるからな。俺はたまに働く程度だ」


「気楽なもんだな」


 ダンの視線が、店の壁に掛けられた剣へ向いた。


「まだ置いてんのか」


「捨てる理由もないからな」


「もう振らねぇんだろ?」


「残したいのは、剣そのものじゃないよ」


 ザッシュが壁の剣を見る。


「あれで身につけたものを残したいんだ」


 ダンがソラへ目を向けた。


「……なるほどな。お前さんも剣を使うのか?」


「はい」


「ザッシュに教わってんのか?」


「はい。剣を教わってます」


「へぇ」


「せっかくだ。少し見てやってくれよ」


「俺の指導は高ぇぞ」


「じゃあ、コーヒー一杯で頼むよ」


「安く使いやがる」


◇


 店の奥にある道場。


 ソラとダンは木刀を手に向かい合っていた。


「好きに打ってこい」


「はい!」


 ソラが床を蹴った。


 正面から木刀を振り下ろす。


 ダンはソラの木刀を受け流した。


 ソラはすぐに木刀を引き、横から打ち込む。


 ダンがそれを受け、そのまま弾き返した。


 ソラの体勢が崩れる。


 立て直すより先に、木刀の先が首元へ触れた。


「もう一本お願いします!」


 ソラが距離を取る。


「おう、いいぞ」


 今度は正面から踏み込み、振り下ろす途中で木刀の軌道を横へ変えた。


 ダンが正面から木刀を合わせる。


「重い……!」


 ソラの木刀が弾かれ、衝撃が腕まで抜ける。両手が痺れた。


 ダンが続けて横薙ぎに木刀を振るう。


 ソラは正面から受けず、木刀を添えて横へ流した。


 流しただけでも、痺れた手に重い衝撃が残る。


 ソラが木刀を戻すより早く、ダンの木刀が肩へ触れた。


「そこまでだ」


 ダンが木刀を下ろす。


「……ありがとうございました」


「いいものは持ってる。師匠に、流した後は教わってねぇのか?」


「とっさにできませんでした」


「なら、あとは何度もやるしかねぇな。飲み込みは早ぇ」


 二人は木刀を片づけ、店へ戻った。


 ダンが席へ腰を下ろす。


「ダンさんは、弟子とか取らないんですか?」


「俺は生涯で一人しか弟子を取らねぇって決めてんだ」


 ザッシュが口を挟む。


「こいつ、何十年も前から大陸を歩きながらそれ言ってるんだよ」


「それで、その一人は見つかったんですか?」


「おう。ようやく一人、見つけたよ」


 ダンがコーヒーへ手を伸ばす。


「こいつなら間違いねぇって思った。案の定、数年で俺を抜きやがった」


「すごい人ですね。一度会ってみたいです」


「縁がありゃ、そのうち会うだろ」


「それで、温泉帰りにわざわざ俺に会いに来たのか?」


「ついでだ」


 ダンが残ったコーヒーを飲み干した。


「この街に、ちょっと面白ぇもんがあるらしくてな」


「ちょいと見てくる」


「そうか」


「いくつになっても、好奇心だけは変わらないな」


「そう簡単に変わるかよ」


「じゃあな、ソラ。またどっかで会おうや」


「はい!」


 ダンが片手を上げ、店を出ていった。


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