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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅶ水面下

 ノアとユゼラがエステリアへ来てから、一週間が過ぎた。


 夕方。


 ノアは街のパン屋を出ると、パンの入った紙袋を抱え、教会へ向かった。


 店を閉め始める職人の横を、観光客の一団が通り過ぎていく。教会までの道には慣れたが、人の多さにはまだ慣れなかった。


 教会へ戻ると、そのまま二階の執務室へ上がった。


 扉を開けると、カミラが机に積まれた書類を一枚ずつ処理していた。


「パン買ってきたけど」


「何か手伝うか?」


「ありがとうございます。もう少しなので、先に食べててください」


「そうか」


 ノアはソファへ座り、テーブルの上へ紙袋を置いた。


 少しして、ユゼラが三人分の紅茶を載せた盆を持って入ってくる。


「ノア、戻ったのか。買い出し助かった」


「これくらい、いいよ」


 ユゼラはテーブルへカップを並べ、残る一つをカミラの机へ置いた。


「ありがとうございます」


 しばらくして、仕事を終えたカミラもカップを持ってテーブルへ移った。


 ノアが紙袋を開き、三人でパンと紅茶を囲んだ。


「まだオルドとしての仕事はないのか?」


「そうですねぇ。最近は特に少ないですね」


「AEGISが優秀なのか?」


 ノアはパンをかじりながら尋ねた。


「他の都市と、そこまで変わらないと思うんですけど……」


 執務室の扉が開いた。


「いい匂いがするねぇ」


 レイモンが何事もなかったように入ってくる。


「どこに行ってたかは、もういいです」


 カミラがカップを置いた。


「せめて一日一回は来てください! 仕事が溜まるんですよ!」


「いやぁ、なかなか忙しくてね」


 レイモンは空いている椅子を引き、三人の輪へ加わった。


「そうそう。さっきの話、聞こえたけど」


「最近はネグラの連中が、街の見回りや揉め事の仲裁までしてるんだよね。おかげで、オルドに回ってくる話も減ってるくらいだよ」


 テーブルのパンへ手を伸ばしかけ、カミラに見られて引っ込める。


「それをAEGISは容認しているのか?」


「やっていることは、今のところ見回りや人助けがほとんどですから」


 カミラが答える。


「市民からの評判もいいですし、止める理由がないんだと思います」


「祝福はCodeと同じようなものだと、僕は見てるんだけどね」


 レイモンが続ける。


「祝福を受けた人間を検査しても、コアは確認できないし、Codeの反応も出ないらしいんだよね」


「コアがないのに、どうやってCodeを使ってるんだ?」


「うーん。それが分からないんだよねぇ」


「それで、イラニたちに祝福を受けた連中を探らせたんだけど、誰も詳しいことは話さないらしくてね」


「外から追えるのは、ここまでか」


「そういうこと」


「そこでなんだけど、二人ともまだこっちじゃ顔も割れてないだろ?」


「……それは、どういう意味だ?」


「ちょっとネグラ教会に入信してきてくれない?」


 ユゼラが紅茶にむせ、口元を押さえた。ノアもパンを口へ運びかけた手を止めた。


「本気で言ってるのか?」


「本気だよ」


「二人は姉弟ってことでさ。住み込みの信徒として入って、祝福について少し調べてきてよ」


「オルドに、ネグラの信徒になれと?」


「潜入してる間だけね」


「入信の手順も、イラニたちが調べてくれてる。資料はあとでカミラに渡すよ」


「急にそういうことを言われても……私も今、初めて聞いたんですけど」


「じゃあ、その辺も含めて今から決めようか」


 レイモンは紙袋からパンを一つ取った。


「食べながら続けよう」


◇


 グランディア支部、夜。


 昼間の慌ただしさが引き、廊下を歩く人の姿も少なくなっていた。


 記録管理室へ向かっていたクラネスの前から、私服姿のリアナとネアが歩いてきた。


「二人とも、お疲れ」


「お疲れ様です」


「お疲れっす」


「今日はもう上がりか?」


「はい。ほんと疲れたんで、私はお先に失礼するっす」


 ネアはそのまま支部の出口へ向かった。


 ネアが去ると、クラネスはリアナへ顔を向けた。


「店は決まったか?」


「すみません。ここ最近、捜査でバタバタしてて……今度までには決めておきます」


「急がなくていいよ。楽しみにしてるから」


「私もですよ。美味しいもの、いっぱい食べますから」


「覚悟しておくよ」


「じゃあ、お先に失礼します」


「お疲れ」


 リアナと別れ、クラネスは記録管理室へ入った。


 室内には、紙をめくる音だけが聞こえていた。


 クラネスは空いている机へ鞄を置き、これまでに集めた資料を取り出した。


 中央に置いたのは、トーマとエリンの保護記録だった。


 二人は保護施設を出たあと、別名義で借りた家へ移されている。その二日後、家の中で殺害された。


 外部へ連絡した記録はなく、家を出た形跡もない。周辺で不審な人物や馬車を見た者もいなかった。


 クラネスは貸家の手配書を開き、その横に移送記録を並べた。


 住所を知ることができたのは、貸家を手配した者、移送を担当した隊員、保護記録を扱った者に限られている。


 閲覧履歴にも何人かの名前が残っていた。


 一人ずつ確認していくが、どの人物にも業務上、住所を見る理由がある。


「これだけじゃ、絞れないか……」


 住所を見た者たちが、過去にどんな資料を閲覧していたのか。そこまで調べれば、何か共通点が見つかるかもしれない。


 保管棚から過去の閲覧履歴を取り出し、机へ並べた。


 ネアの履歴に差しかかったところで、クラネスの手が止まった。


 Code登録情報の閲覧が何件も続いていた。


 捜査部の人間なら、事件に関わるCode保持者の情報を見ること自体は珍しくない。


 クラネスは、その中の一人をCode登録記録から探した。


 記録上、その人物はすでに死亡していた。


 別の名前を確認する。


 その人物も死亡していた。


 さらに次の名前を追う。


「……三人とも、死んでる?」


 三人だけなら、偶然かもしれない。


 クラネスはネアが閲覧していた名前を、さらに追っていった。


 その中に、見覚えのある名前があった。


 メリナ。


 猟奇殺人事件を起こしたCode保持者。遺体は見つかっておらず、今も行方不明のままになっている。


「……これは、偶然で片付けていいのか」


 クラネスは閲覧履歴を持ち、記録管理室の担当者がいる机へ向かった。


「すみません」


「はい」


「ここ数年で死亡扱いになったCode保持者の一覧を見せてもらえますか?」


「死亡者一覧ですか?」


「はい。照合したい記録があって」


「少々お待ちください」


 担当者が保管棚から該当する資料を探し、一冊の綴りを持ってきた。


 クラネスは閲覧履歴を左へ、死亡者一覧を右へ置いた。


 今度はネアが閲覧していた人物を拾い、その名前が死亡者一覧に載っているかを確かめていく。該当する者が見つかるたび、閲覧日と死亡日も照らし合わせた。


 一件。


 頁をめくり、もう一件。


 さらに先でも、該当する名前が見つかった。


 いずれも、ネアが登録情報を閲覧したあとに死亡していた。


 ネアが閲覧していた全員が死亡しているわけではない。それでも、偶然として流すには数が多かった。


 クラネスは二つの資料を閉じ、担当者へ差し出した。


「この一覧と、さっきの閲覧履歴。写しを取れますか?」


「できますが、持ち出しますか?」


「はい。捜査室で確認したいので」


「許可はありますか?」


 クラネスは鞄から許可証を取り出した。


「レナードさんから」


 担当者が許可証の内容を確認する。


「分かりました。写しを作ります。持ち出し記録にも署名をお願いします」


 担当者が写しを用意している間に、クラネスは持ち出し記録へ資料名と自分の名前を書き込んだ。


 できあがった写しを受け取り、鞄へ収める。


 捜査室へ戻ると、人影はほとんどなかった。


 奥では、レナードが一人で書類を読んでいる。


「まだ残ってたんですか」


「仕事が終わらなくてな」


 クラネスは向かいの机へ資料を置いた。


「レナードさん。少しいいですか」


「どうした?」


「トーマさんたちの件です。内部の記録を追ってたら、少し気になるものが出ました」


 レナードが手元の書類を閉じる。


「住所を見た人間を調べたんですが、全員ちゃんと理由がありました」


「それで過去の閲覧履歴まで広げてみたら……」


 クラネスはネアの閲覧履歴を開いた。


「ネアが何人かのCode登録情報を閲覧していました」


「捜査部なら、それ自体は珍しくないだろ」


「俺もそう思いました」


 続けて、死亡者一覧を隣へ置く。


「ネアが閲覧していた人物を調べたら、閲覧日より後に死亡してる人が何人もいました」


「それとは別に、メリナの登録情報も閲覧していました」


「あの猟奇殺人犯か」


「はい」


「閲覧したこと自体は、いくらでも理由がつきます。でも、ここまで重なると引っかかります」


 レナードは閲覧履歴と死亡者一覧を何度か見比べた。


「これだけじゃ、ネアが関わった証拠にはならないな」


「分かってます。もう少し調べてみようと思います」


「そうだな。閲覧した頃に、ネアが何の捜査を担当していたかも確認してみろ」


「今の段階で本人に聞いても、警戒させるだけかもしれない。何か分かったら報告してくれ」


「了解です」


 クラネスは写しを鞄へ戻しながら、レナードへ尋ねた。


「レナードさん、女性に何か贈るなら、何がいいと思います?」


「リアナにか?」


「……まあ、はい」


 レナードは少し考える。


「最近、女性の間で飾りピンが流行ってるらしいぞ」


「飾りピンですか?」


「ああ。いろんな種類があるらしい」


「どこで売ってるんです?」


「幻想館のあるアート街で売ってたはずだ」


「じゃあ、今度見てみます」


 クラネスは残りの書類も鞄へ収め、席を立った。


「じゃあ、お先に失礼します」


「気を付けてな」


 クラネスは一礼し、捜査室をあとにした。


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