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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅵ与えられた役目

 ノアたちの馬車がエステリアへ入ると、街道沿いの景色が変わった。


 白い石造りの建物が並び、その一階には工房や小さな店が軒を連ねている。開け放たれた戸口から、木を削る音や金属を打つ音が通りまで響いていた。


 露店の間を観光客が行き交い、古い石像の前で足を止めている。街並みの向こうには、城のような古い建物も残っていた。


「ずいぶん賑やかな街だな」


 御者台で、ノアは通りを眺めた。


「観光と職人の街だからな」


 ユゼラが人通りを避けながら馬車を進める。


「古い建物も多い。歴史を見に来る人もいれば、ここの工芸品目当てで訪れる人もいるくらいだ」


「都市によって、こんなに雰囲気が違うんだな」


 店先で品物を並べる職人を目で追っているうちに、馬車は大通りへ入った。


 大きな商店が並ぶ中、ひときわ目を引く教会が見えてくる。周囲の街並みと比べると新しく、その規模 も大きい。


「こんな街の中にあるのか」


「政庁も近いからな。影響力があるんだろう」


 馬車は教会の外門を抜けた。


 正面には噴水があり、その向こうに広い庭と教会が続いている。


 二人が馬車を降りて中へ入ると、礼拝堂には多くの信徒が集まっていた。


 ノアが知るメリディア教会とは、広さも信徒の数も違っていた。


 ユゼラが近くにいた信徒へ声をかけた。


「すまない。レイモン神父はいるか?」


「レイモン神父なら、滅多に礼拝堂では見ませんよ」


「お急ぎなら、シスター・カミラに聞いてみてください。あちらにいます」


「ありがとう」


 信徒が示した先では、一人のシスターが書類を確認していた。


 肩ほどの長さの明るい栗色の髪。清潔な修道服を身につけ、信徒から受け取った書類を一枚ずつ確かめている。


「忙しいところ、すまない」


 呼びかけに、シスターが顔を上げた。


「今日からこちらに配属されたユゼラと」


「ノアだ」


「増員のお二人ですね。お話は聞いて――」


 カミラの手が止まった。


「……今日だったんですか?」


「レイモンさんには話が通ってると思うが」


「申し訳ございません! 私、日程までは聞いてなくて……!」


 カミラは勢いよく頭を下げた。


「こちらへどうぞ。二階に執務室がありますので」


◇


 カミラが執務室の扉を開ける。


 中には大量の書類が積まれていた。机の上では、淡く文字の浮かんだ書類がひとりでに動き、いくつもの束へ分かれている。


「すみません、慌ただしくて。そちらにお掛けください」


「気を遣わせてすまない」


 ノアとユゼラが椅子へ座る間にも、書類は机の上を移動していた。


「なんか忙しいんだな」


「すみません。まだ部屋の準備もできてなくて」


「部屋の準備なら、私たちでやります」


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 カミラが頭を下げる。その間にも、机の上の書類は次々と棚へ収まっていった。


「それで、レイモンさんは?」


 ユゼラの問いに、カミラの動きが止まる。


「今、どこにいるのか分からないんです……」


「分からないって、どういうことなんだ?」


「あの人、目を離すといつもどこかへ行くんです」


「連絡もなしに?」


「はい……。その間の仕事は、全部私に回ってくるんです」


「それは災難だな」


 カミラは机の上に残った書類へ目を落とした。


「ほんっとうに、もう……転属したい……」


「あっ……すみません。取り乱しました」


「とりあえず、こちらでの仕事について説明しますね」


 カミラが書類へ手を伸ばしたところで、執務室の扉が開いた。


「やぁやぁ」


 入ってきたのは、司祭の正装をした四十代ほどの男だった。


 少し長めの髪を自然に流し、口元から顎にかけて短く髭を整えている。


 男はノアとユゼラを見つけると、片手を上げた。


「ユゼラとノアだね。僕はレイモン。これからよろしく」


 カミラはすぐに机のペンを取った。


 上げられたままのレイモンの手を掴み、その手のひらへ文字を書き込む。


《ティルメ》


 ――止まれ。


 文字が淡く光り、レイモンは手を上げた姿勢のまま動きを止めた。


 抵抗する様子もない。


「どこに行ってたんですか」


「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ」


「レイモンさん!」


「後ろの二人を迎えに行ってたんだよ」


 レイモンの後ろから、一人の女が部屋を覗き込んだ。


 髪を左右の高い位置で大きく二つにまとめ、長い毛束を背中へ垂らしている。腹部の見える服にショートパンツという、教会の中では目立つ格好だった。


 その後ろには、黒いシャツを着た大柄な男が立っている。短い髪に、がっしりとした体格。


「お前ら、なんでここに?」


 イラニは、手を上げたまま固まっているレイモンを見た。


「えー、なにこの状況? 怖いんだけど」


「イラちゃんは俺が守るから大丈夫だ」


「レイモンさーん。ちょっと説明ほしいんだけどぉ」


「どういうことなんですか?」


 カミラもレイモンへ詰め寄る。


「いやぁ、説明するからさ。これ解いてくれない?」


 レイモンは上げたままの腕へ目をやった。


「腕がつらくてさ」


 カミラが《ティルメ》を解除すると、レイモンはようやく腕を下ろした。


「みんな、とりあえず座ってよ」


 レイモンは腕を軽く回しながら、集まった者たちを順に示す。


「僕の両腕、カミラ」


「今日から僕の下で動くユゼラとノア」


「そっちの派手な子がイラニ」


「おっきな人がダリオ」


 最後に自分の胸へ手を当てる。


「そして僕、レイモン」


「まあ、これで一緒に動く仲間ってことで」


 カミラがこめかみを押さえた。


「……頭が痛い」


「両腕だと思ってるなら、最初に説明するのが筋でしょうが!」


「忘れちゃっててさ。今から説明するから」


 レイモンが笑うと、カミラは力が抜けたように椅子へ座った。


「イラニとダリオには、この街で教会に協力するブローカーとして動いてもらう」


「怪しい仕事や情報が回ってきたら、こっちへ流してほしい」


「イラちゃんに危険はないんだろうな」


「集めた情報をもとに動くのは、基本そっちの二人」


 レイモンがノアとユゼラを指した。


「まあ、私たちも文句言える立場じゃないし。命があるだけマシよ、ダリオ」


「イラちゃんがそう言うなら」


「この街で根を張るには時間もかかるだろうから、急がなくていいよ」


「そうね。新参が簡単に仕事をもらえるほど、裏も甘くないし」


「うん。その辺は任せるよ」


 レイモンは椅子に座るカミラへ顔を向けた。


「情報があれば、まずカミラに連絡して。細かいことはあとで打ち合わせてくれる?」


「……分かりました」


 レイモンは今度はノアとユゼラを見た。


「二人には、何かあればカミラから伝えるから」


「それまでは教会と、この街に慣れておいてね」


「分かった」


「承知しました」


 話が終わると、イラニがカミラへ声をかけた。


「じゃ、カミラさん。打ち合わせしよっか」


「……行きましょう」


 カミラは机に手をつき、椅子から立ち上がった。


「ダリオも行くわよ」


「分かった」


 三人が別室へ移ろうとしたところで、レイモンが窓へ向かった。


「それじゃカミラ。僕、ちょっと用事があるから」


「……はい?」


 レイモンは窓を開け、窓枠へ片足を掛ける。


「じゃあユゼラ、ノア」


 二人を振り返った。


「この街を楽しんで。歓迎するよ」


「待ってください、レイモンさ――!」


 カミラが窓へ駆け寄った時には、レイモンの姿は外へ消えていた。


「……はぁ」


 開いた窓を閉め、カミラはイラニとダリオを別室へ案内していった。


 ノアとユゼラだけが執務室に残る。


「私たちも部屋を片付けようか」


「……なあ、ユゼラ」


「どうした?」


「会えば分かるって、こういう意味か」


「面白い人だっただろう?」


◇


 数日後の休日。


 喫茶店とまり木。


 カウンターの内側で、慣れないエプロンを着けたソラは、ザッシュの手元を見ていた。


「準備はいいか。よく見とけ」


「はい!」


 ザッシュが手挽きのミルへ豆を入れ、取っ手を回し始める。


「まず豆を挽く。力任せに回すな。同じ速さでゆっくりだ」


 挽いた豆をフィルターへ移し、少量の湯を注ぐ。粉がふっくらと膨らみ、香りが立った。


「最初は少しだけ注いで蒸らす。あとは中心から『の』の字を書くように。同じ速さでな」


 一杯分が落ちる前に、ザッシュがフィルターを外した。


「最後まで落としきるな。これが基本だ」


 ザッシュは落としたコーヒーを小さなカップへ注ぎ、ソラへ差し出した。


「飲んでみろ」


 ソラは息を吹きかけてから、口へ運んだ。


「……おいしいです」


「よし。次はお前がやってみろ」


「はい」


 ソラはミルを受け取り、教わった通りに豆を挽いた。


 湯を注ぐ。こぼさないよう慎重になるうちに、ザッシュの時よりも随分と時間がかかった。


「できました」


「自分で淹れたんだ。飲んでみろ」


 ソラがカップへ口をつける。


「……苦い」


「なんでだと思う?」


「……分かりません」


「慎重になりすぎだ。湯を落とすのに時間がかかってる」


「遅いと駄目なんですか?」


「時間をかけすぎりゃ、余計な苦味まで出る。さっき、同じ速さでって言っただろ」


「なるほど……」


 店の扉が開いた。


「こんにちは!」


 レオンを先頭に、ミレアとエリオが入ってくる。


「え、みんな。どうして?」


 レオンがソラのエプロン姿を見た。


「意外と似合うじゃないか」


「そうかな」


「ルーナと、こないだ来たんだって?」


「まあ……うん」


「ふーん」


「いい香りだね」


「今、一杯淹れさせてもらったんだけどさ。おいしくなくて」


「この匂いでか?」


「飲むと苦いんだよ」


 ザッシュが三人を見た。


「同級生かい?」


「はい」


「マスターとでも呼んでくれ」


 レオンがザッシュへ頭を下げる。


「ソラがお世話になります」


「なんでレオンが挨拶するんだよ」


「なかなか筋はいいぞ」


 ザッシュは空いているテーブルを顎で示した。


「ちょうどいい。ソラ、三人分淹れてみろ」


「えっ、もうですか!?」


「同級生相手なら、少しは気楽だろ」


「そういう問題ですか……?」


 三人が席へ着く。


 ソラは新しい豆を挽き、先ほどより注ぐ速さを意識しながらコーヒーを淹れた。


 カップを一つずつ運び、三人の前へ置く。


「どう?」


 ミレアが最初に口をつけた。


「……おいしいじゃない」


「普通に飲めるぞ」


「よかった……」


「次は、こっちを飲んでみろ」


 ザッシュが先ほど淹れたコーヒーを、小さなカップへ分けた。


「同じ豆なんですか?」


「そうだ」


 三人が順に口をつける。


「……おいしい」


 ミレアが自分のカップと見比べる。


「全然違うじゃんかよ」


 レオンが声を上げた。


 ソラも二つを飲み比べた。


 自分のコーヒーは、ザッシュのものより薄く感じた。


「一朝一夕で身に付くもんじゃねぇってことよ」


 ザッシュが三人の前へケーキを置いた。


「練習台にして悪かったな。これは俺からのおごりだ」


「ありがとうございます」


「やった!」


 レオンがすぐにフォークを取る。


「ちょっと買い出しに行ってくる。ソラ、店番頼んだぞ」


「はい!」


「客が来たら、三十分くらいで戻るって伝えてくれ」


「分かりました!」


 ザッシュが店を出ると、ソラはカウンターの中に残った。


 レオンは残っていたケーキを口へ運び、ミレアはコーヒーを飲みながら店内を見回す。


「こうしてると、ソラがここで働いてるの変な感じね」


「僕もまだ慣れてないよ」


「そのうち普通になるだろ」


 レオンがまたケーキを口へ運んだ。


「他のみんなは?」


「ルーナとリーゼは、今日は現場同行だって」


 エリオが鞄から丸めた図面を取り出す。


「ヴェインとライゼルは資料室。休みなのに、Codeの勉強をしてるみたいだよ」


「あいつら、なんかあったのか?」


 レオンは少し考えたあと、ケーキを一口食べた。


「このケーキうま」


「話変わるの早すぎでしょ」


「ところで、エリオは何してるの?」


 ソラがテーブルに広げられた図面を見る。


「前に見学へ行ってから、ネヴィアさんと連絡を取ってるんだ」


 何本もの線と数字が書き込まれていた。


「たまに課題みたいなのが届くんだけど、すごく難しいんだ」


「喫茶店でそういうの広げてると、妙に似合うわね」


「え、そうかな」


 エリオが少し照れたように、図面の端を揃える。


 ミレアがカップを置いた。


「そういえば、ソラ。勇翼章、おめでとう」


「ありがとう」


 ミレアは残っていたコーヒーを一口飲んだ。


「私、こないだの作戦でもっとできたと思うの。最後は助けられたし……」


「僕なんて、最初にやられて何もできなかったし」


「俺なんて、それ以前だぞ」


「張り合うところじゃないでしょ」


 ミレアがソラを見る。


「でも、絶対あんたに追いつくから」


「え?」


「追いついて、隣で戦うからね」


 誰も口を開かなかった。


「なにそれ、告白?」


 レオンの横で、エリオがそっと顔を逸らす。


 ミレアの顔が赤くなった。


「ち、違うわよ!」


「えっと……ありがとう」


「ソラも真面目に返すな!」


「うるさい!」


 ミレアが勢いよく立ち上がり、レオンを指さした。


「ここ、あんたのおごりだからね!」


 そのまま店を出ていく。


「えっ、俺!?」


「ごちそうさま」


「エリオまでかよ!」


 エリオは図面を丸め、鞄へ戻した。


「来年には進路も考えないといけないからね。みんな、色々考えてるんだと思う」


「エリオは、やっぱり研究員を目指すの?」


「うん。そのつもりだよ。だから今のうちに、もっと勉強しておきたいんだ」


「俺も、どうするかなぁ」


 レオンがソラを見る。


「ソラは将来有望な捜査員だろうしな」


「まだ決まってないよ」


「勇翼章まで貰っといて、何言ってんだよ」


 レオンは立ち上がり、三人分のコーヒー代をテーブルへ置いた。


「また来るわ。今度はうまいコーヒー頼むぞ」


「練習しとくよ」


「じゃあね、ソラ」


「うん。また学院で」


 レオンに続いてエリオも店を出ていった。


◇


 夕方。


 最後の客を見送ると、ザッシュが店の札を裏返した。


「そろそろ閉めるか」


「はい」


 二人でカップを片付け、テーブルを拭く。


 店内を整え終えると、ソラはエプロンを外し、木刀を持って奥の稽古場へ入った。


「今日は受け流すだけじゃなく、返してみろ」


「分かりました」


 ザッシュも木刀を取り、ソラの前に立つ。


「来い」


「はい!」


 ソラが踏み込む。


 ザッシュは打ち込まれた木刀に自分の木刀を添え、外へ流した。


 そのまま手首を返し、ソラの胴へ打ち込む。


 ソラは正面から受けず、木刀を添えて横へ逃がした。


 そのまま一歩踏み込み、ザッシュの胴へ木刀を返す。


 ザッシュは身体をずらしてかわした。


「今のは悪くねぇ」


 次の一撃が、ソラの肩の手前で止まった。


「返すことばっか考えんな。まず相手を見ろ」


「はい」


 その後も、ソラは受け流しから反撃へつなげた。


 返しは少しずつ速くなったが、一度もザッシュには届かなかった。


「今日はここまでだ」


「ありがとうございました」


 ソラが構えを解く。


「初日にしちゃ上出来だ」


「ありがとうございます。自分では、あんまり分かってないんですけど」


「そういうもんだ」


 木刀を戻そうとしたところで、ソラが足を止めた。


「ザッシュさん」


「なんだ?」


「この剣術って、何流なんですか?」


「流派?」


 ザッシュが少し考える。


「……とまり木流でいいんじゃねぇか。店の宣伝になるし」


「今決めたんですか!?」


「名前なんて、分かりゃいいんだよ」


「じゃあ、とまり木流の弟子になってもいいですか?」


 ザッシュは持っていた木刀を棚へ戻した。


「……しょうがねぇな。名乗っていいぞ」


「はい!」


 ソラは木刀を下ろした。


「そうだ、ソラ。来週の休みに、知り合いがグランディアへ来るんだ」


「知り合いですか?」


「そいつも、なかなか腕が立つ。お前も来られるなら、一度稽古をつけてもらえ」


「いいんですか?」


「あいつなら大丈夫だろ。細かいこと気にする奴じゃない」


「分かりました!」


 木刀を棚へ戻し、稽古場を片付ける。


 店へ戻ったソラは帰り支度を済ませた。


「今日はありがとうございました」


「おう。また次の休みにな」


「はい!」


 ソラはとまり木をあとにした。


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