↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
PR
48/62

Ⅴとまり木

 ノアがエステリアへ発つ日。


 メリディア教会の前に、一台の馬車が止まった。


 教会の正装をした二人が降りてくる。デリクは荷台から鞄を下ろし、周囲を見渡した。


「うんうん。ここが俺の新しい職場か」


 教会の建物を見上げる。


「のどかでいいところじゃないか」


「失礼のないようにな」


 ユゼラが先に教会へ向かう。


「分かってるって」


 デリクは鞄を担ぎ、その後を追った。


◇


 礼拝堂には信徒の姿はなく、エイドたちだけが集まっていた。


 司祭の正装をしたエイドの前で、ユゼラとデリクが頭を下げる。向かいには、同じく正装したノア、ガイルス、ルシアが並んでいた。


「ファザー・エイドですね」


「ああ。遠いところ、ご苦労さま」


「グランディア教会から参りました。ユゼラと――」


「デリクと申します」


 デリクが一歩前へ出た。


「こちらのデリクが、今後こちらでお世話になります」


「話は聞いているよ」


 エイドはデリクの前に立ち、右手を上げた。


「これからの君の役割に、神の導きがありますように」


「ありがとうございます」


 デリクが顔を上げる。


「これからよろしくお願いします、エイドさん」


「こちらこそ。頼りにしているよ、デリク」


「こっちがメリディアのオルド。ガイルスとルシアだ」


「おう! よろしく頼むぜ!」


「……よろしく」


「デリクって呼んでくれ」


 デリクが差し出した手を、ガイルスが強く握った。


「あとで稽古場で実力見せてくれよ」


「言っとくけど俺、強いぞ?」


「大丈夫だ。俺も強い!」


 二人の握手を見ていたルシアが、ぽつりと言う。


「……ガイルスと同じ匂いの人かも」


「どういう意味だよ!」


「仲良くやれそうでよかったな」


「それで、こっちの目つきの悪い銀髪が、一緒に行くノアだ」


「余計なこと言うなよ」


「ノア君、よろしく頼む」


 ユゼラが手を差し出した。


「ノアでいいよ、ユゼラさん」


「私もユゼラでいい」


「分かった。よろしく、ユゼラ」


 ノアもその手を握った。


「荷物を取ってくる」


 短く告げ、礼拝堂の奥にある階段を上っていく。


 ノアの姿が見えなくなると、エイドがユゼラへ声をかけた。


「ノア、結構無茶するから頼んだよ」


「分かりました、エイドさん」


「レイモンさんの下とは、苦労するな」


「ええ。まったくです」


 ユゼラが苦笑した。


◇


 教会で馬を休ませたあと、ノアが鞄を荷台へ載せ、紐で固定する。


「これで全部か?」


 ノアがうなずいた。


 教会の前には、エイドたちが並んでいる。


「じゃあな、ユゼラ。こっちは任せろ」


「頼んだ」


 ノアが馬車へ乗ろうとすると、エイドが呼び止めた。


「たまには顔見せるんだぞ」


「気が向いたらな」


「元気でね、ノア」


「ルシアも、ガイルスとエイドのこと頼んだぞ」


 ルシアがうなずく。


「またな、ノア!」


 ガイルスが大きく手を振った。


 ノアは御者台へ乗り、ユゼラの隣へ座った。


 馬車が動き出し、教会の前から離れていく。


 ノアが振り返ると、教会の前ではみんながまだ二人を見送っていた。


 ノアは片手を上げ、前へ向き直った。


 馬車はメリディアを抜け、街道を進んでいた。


 しばらく手綱を握っていたユゼラが口を開く。


「エイドさんとは長いのか?」


「気づいた時には、もうそばにいたな」


「父親みたいなものか」


 ノアは少し考えた。


「……兄貴かな」


「だらしなくて適当だけど、たまに頼りにはなるよ」


「長く一緒にいたなら、離れると少し寂しいんじゃないか?」


「……まあ、少しはな」


 馬車はエステリアへ続く街道を走っていった。


◇


 休日の朝。


 グランディア学院の女子寮で、ルーナは鏡に向かっていた。


 胸元まで伸びた黒髪へ櫛を通し、毛先を整える。少し離れて服装を確かめると、机に置いた小さな箱を鞄へしまう。


 待ち合わせの時間にはまだ少し早かったが、ルーナは部屋を出た。


◇


 学院の門前では、先にソラが待っていた。


「ルーナ、おはよう」


「お、おはようございます、ソラさん」


「今日は付き合ってくれて、ありがとうございます」


「うん。みんなでは行けない場所なんだよね」


「はい。今だけの展示があるんです」


 二人は学院を出て、街へ続く橋を歩き始めた。


「ソラさんが元気になって、本当によかったです」


「もう普通に歩けるよ。寝てる間にそんな大事になってたなんて、僕もびっくりしたけど」


「本当に心配したんですからね」


「ごめん」


「もう無茶しないでくださいね」


「気をつけるよ」


 ルーナは返事をせず、ソラをじっと見る。


「……本当ですかぁ?」


「……ルーナ、目が怖いよ」


「それくらい心配してるんです」


「……気をつけます」


 橋を渡り、二人はアート街へ向かった。


◇


 幻想館の前には、催しを知らせる看板が立っていた。


「カップルフェア?」


「今の期間だけ、二人一組で入る展示があるんです」


「僕でいいのかな」


「もちろんです!」


 ルーナの声に、近くにいた客が振り返る。


「あ……その、ソラさんがよければ」


「僕は構わないよ」


「よかったです」


 二人で館内へ入る。


 薄暗い通路を、セルの光が流れていた。青や紫の光が重なり、頭上では細かな光の粒がゆっくりと形を変えている。


 奥には、人と見間違えるほど精巧な人形が置かれていた。光を受けた瞳が、きらきらと輝いている。


「本物みたいだね」


「近くで見ると、細かいところまで分かります」


「本当だ……」


 次の展示には、透明な球体と、その両側に一つずつボタンが置かれていた。


『二人で同時に押してください』


 二人は球体を挟んで向かい合う。


「同時に押してみようか」


「はい」


「せーの」


 二人がボタンを押すと、二筋の光が球体の中で絡まり、一本の木となって天井へ伸びた。枝の先に、次々と光の花が開いていく。


「わあ……」


 ルーナが咲いた花を見上げる。


 視線を戻すと、透明な球体の向こうにソラの顔があった。


 思わず、目が止まる。


「ルーナ?」


「あっ……次も見に行きましょう!」


 ほかの展示も見て回り、二人が外へ出た頃には昼を過ぎていた。


「楽しかったよ、ルーナ。連れてきてくれてありがとう」


「ソラさんにも楽しんでもらえたなら、よかったです」


「私、この近くにもう一軒、行きたいところがあるんです」


「どこ?」


「穴場の喫茶店です」


◇


 大通りから小道へ入り、少し歩いた先に古びた看板が掛かっていた。


 ――とまり木。


 扉を開けると、木を基調とした店内に、カウンターと数席のテーブルが並んでいた。奥には引き戸がある。


 壁には、細身の古い剣が一本飾られていた。


「いらっしゃい」


 カウンターにいた六十歳ほどの男が声をかける。


「好きな席座りな」


「ありがとうございます」


 二人は窓際の席へ座った。


「コーヒーを二つと、こちらのケーキを二つお願いします」


「あいよ」


 男が準備を始めると、ルーナは鞄から小さな箱を取り出した。


「ソラさん、これ」


「え?」


「退院祝いと、受章のお祝いです」


「ありがとう。開けてもいい?」


「どうぞ」


 箱の中には、小さな三日月をかたどった銀色のピンが入っていた。その先端には、青色の石が一粒はめ込まれている。


「ソラさん、いつも怪我するので……ちょっとしたお守りになればいいなって」


「嬉しいよ。大事にする」


 ソラは箱からピンを取り出し、胸元へ留めた。


「似合うかな?」


「似合ってます!」


「よかった」


「お待ちどう」


 男がコーヒーとケーキを運んできた。二人の前へ皿を置く。


「お二人さん、恋人か?」


「えっ、違います」


「そうか。まあ、冷めないうちに飲みな」


 男はそれだけ言って、カウンターへ戻っていった。


「カップルに間違えられちゃったね」


「私は別にいいんですけど……」


「何か言った?」


「い、いえ! 何も!」


 ルーナはカップを両手で持ち、コーヒーを一口飲んだ。


「おいしいです」


 ソラも口をつける。


「本当だ。おいしい」


「ルーナが前から来たかった店なの?」


「オリヴィア先生に相談したら、教えてくれたんです」


「今度、お礼言っておかないとね」


「はい」


 ルーナはカップを置いた。


「あの、ソラさん。私、もうすぐ誕生日なんです」


「もしよかったら、誕生日の日も一緒に出かけてもらえませんか?」


「もちろんいいよ」


「誕生日プレゼント、何がいい?」


「えっ」


「せっかくだから、欲しいものがあったら教えてほしいな」


「図々しいんですけど……ミレアちゃんのブレスレットみたいな、身につけられるものがいいです」


 ルーナが慌てて続ける。


「もちろん、そんな高いものじゃなくていいので」


「うん。任せてよ」


「ありがとうございます」


 ルーナがケーキへ手を伸ばす。


 ソラは胸元のピンを確かめたあと、壁に飾られた剣へ目を向けた。


 古い剣だが、手入れは行き届いている。ケーキを食べている間も、時折その剣に目が留まる。


「剣、好きなのか?」


 カウンターから声をかけられ、ソラが振り向く。


「え?」


「さっきから、そればっか見てるだろ」


 男が壁の剣を示した。


「飾りじゃないからな。昔、大陸を旅していた頃に使ってた剣だ」


「よく手入れされていますね」


「俺を支えてくれた剣だからな」


 男はカウンターを出ると、奥の引き戸へ手を掛けた。


 戸の向こうには、小さな稽古場があった。奥には外へ続く別の戸も見える。


「近所の子供に、軽く剣を教えてる」


 ソラが椅子から立ち上がる。


「僕の剣も見てもらえませんか?」


「兄ちゃんも剣を振るうのか」


「はい」


「他に客もいないし、一回だけ見てやるよ」


「ありがとうございます!」


「ソラさん……」


 呼び止める声に、ソラが振り返る。


「すぐ戻るよ」


「そういうことじゃないんですけど……」


◇


 稽古場で、ソラは渡された木刀を握った。


「ソラといいます」


「俺はザッシュだ」


 ザッシュも木刀を手に取り、ソラから少し離れて立つ。


「何度か振ってみな」


「はい」


 ソラは構えを取り、教わった通りに木刀を振る。足を運び、角度を変えてもう一度振り下ろした。


「お前さん、AEGISの人間か?」


 ソラが木刀を止める。


「え、分かるんですか?」


「まっすぐで、きれいな剣だ。悪くない」


 ザッシュも木刀を構えた。


「簡単なところから見せてやる。打ってきな」


「いきます!」


 ソラが踏み込み、木刀を振り下ろす。


 木刀がぶつかる寸前、ザッシュは半歩横へずれた。


 振り下ろされる木刀に自分の木刀を斜めに当て、その勢いを横へ流す。


「っ」


 ソラの木刀が脇へ逸れ、引っ張られるように上体が前へ崩れた。


 ザッシュが木刀を返し、下から打ち上げる。


 ソラの木刀が大きく跳ね上がった。


 カランッ。


 握っていた木刀が床へ転がった。


「力をぶつける必要はねぇ。相手が振った分を、そのまま使えばいい」


 ソラは木刀を拾った。


「もう一本お願いします!」


「ソラさん……」


 後ろから呼ばれ、ソラの背筋が伸びた。


「はい!」


「病み上がりなんですから、今日はそれくらいにしてください」


「……はい」


「ずいぶん心配されてるな」


「ザッシュさん」


「また、剣を教えてもらえませんか?」


「いいぞ」


 ザッシュは木刀を受け取った。


「ただし、教える代わりに店も手伝えよ」


「え、店をですか?」


「こっちも暇じゃねぇからな。終わったら見てやる」


「……分かりました! 次の休みからお願いします!」


「おう」


 店を出ると、ルーナが隣を歩きながら口を開いた。


「休みの日まで剣なんですね……」


「せっかく教えてもらえるんだから」


 ルーナは歩きながら、指先にそっと力を込めた。


「たまには、私とも遊んでくださいね」


「もちろんだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。