Ⅳ光は誰のもの
五月半ば。
セントリアへ向かう汽車の中。
ソラは向かいに座るハインを見ていた。
「すまなかったな。あの時、お前一人に全部押しつけて」
「謝らないでください。僕も、自分の身くらい守らないと駄目だったので」
「ソラ君」
隣のオリヴィアが口を挟んだ。
「そもそも、危険な場所へ自分からついていくのが駄目なんですよぉ」
「はい……」
「オリヴィアさん、そこは褒めてあげてください」
「学院生だってことを忘れるくらいの働きでしたから」
「ハインさん!」
「あっ、すみません」
ソラの目が、オリヴィアの手元で止まった。
黒い絹地に、桃色の花が刺繍された手袋を着けている。
「先生、それ」
「気づきましたか?」
オリヴィアが両手を持ち上げた。
「この前、お見舞いに来てくれた友達にもらったんです」
「すごく似合ってます」
「ありがとうございます」
オリヴィアが嬉しそうに笑った。
「でも、褒めても今回の行動については、ちゃんと反省してもらいますからね」
「はい……」
ハインは何も言わず、窓の外を見た。
「それにしても、学院生で功績章を授与されるってのはすごいな」
「私が教員になってからは初めてですよぉ。学生の頃、同級生がもらったことはありましたけどねぇ。今じゃずいぶん出世してますよ」
「ソラ君も、出世頭になるかもしれませんね」
「僕、この授与ってよく分かってないんですけど」
「こういう説明は、正隊員になった時にされるものですからね」
「今回の作戦に参加して、生還した隊員には、所属支部を通して全員《従戦章》が授与されます。それとは別に、個人の功績に贈られる章もあるんですよ」
「個人に贈られるのは、《勇翼章》《銀盾章》《金冠章》……その上が《天翼章》ですねぇ。報奨金だけじゃなく、昇格の評価にも関わります」
「章をもらえば、そのまま昇格するんですか?」
「そうとは限りません。今回のハインさんと私は、これまでの功績も含めて判断されたんです」
ハインが続ける。
「二級員以上はガレリアを持てる。その分、上へ行くほど実力だけじゃ通らない。正式に認められた功績も必要になるってことだ」
「《天翼章》だけは別格ですけどね。一階級の即時昇格が認められることもありますし、報奨金も桁が違います」
「そんな章まであるんですね……」
「授与自体は各支部で済ませることもあるんですけど、今回はセントリア総本部で行われるんですよぉ」
ソラが窓の外へ目を向ける。
窓の向こうには、セントリアの街並みが見え始めていた。
「もうすぐですね」
◇
セントリアの駅には、数人のAEGIS隊員が待っていた。
三人は隊員に案内され、総本部の集会所へ向かった。
大きなホールは、各支部から集まった隊員たちで埋まっている。
舞台の見える控室へ通されると、オリヴィアがソファーへ座った。
「ど、どうしましょう。緊張してきました」
「あんなに人がいるものなんですか」
「私もセントリアでの授与は初めてなので……こんなに人が集まるとは思いませんでしたよ」
ソラは姿勢を固くしたまま、舞台を見ていた。
「ソラ君?」
「は、は、はい」
会場のざわめきが収まり、舞台へ一人の男が上がった。
短く整えた銀灰色の髪を後ろへ流し、鋭い灰色の目をしている。
隊服に身を包んだAEGIS総司令官、グランツが立っていた。
演台に備えられたセル式の拡声装置を確かめ、会場を見渡す。
「本日は、各支部から集まってもらったことに感謝する」
グランツの声が、ホールの隅まで届いた。
「まず、先日のグランディアでの作戦について話しておきたい」
「この作戦で、十二名のAEGIS隊員が命を落とした」
グランツは、亡くなった十二名の名を一人ずつ読み上げた。
「黙祷を」
隊員たちが頭を下げる。
しばらくして、グランツが顔を上げた。
「今回の襲撃が最後とは限らない。今後も、同じ組織による妨害や攻撃が予想される」
「些細な違和感でも構わない。必ず上長へ報告してほしい」
「今回の作戦において、特に功績の認められた三名を表彰する」
控室の扉が開かれた。
「グランディアAEGIS学院二年生、ソラ」
「は、はい!」
ソラは立ち上がり、舞台へ向かった。
「学院生でありながら、他の隊員を守るためCode保持者へ一人で立ち向かい、これを制圧した。その功績をたたえ、《勇翼章》を授与する」
グランツから章を受け取る。
《勇翼章》の中央には青い星があり、その左右に銀色の翼が広がっていた。
「正隊員になってからが楽しみだよ、ソラ君」
「あ、ありがとうございます!」
ソラは一礼し、控室へ戻った。
「グランディア支部、ハイン三級員」
「はい!」
今度はハインが舞台へ上がる。
「三級員でありながら、崩れた部隊を立て直し、現場の指揮を執った。自ら危険へ踏み込み、学院生を守った功績をたたえ、《銀盾章》を授与する」
ハインが章を受け取る。
《銀盾章》は、中央の青い星を二枚の銀色の盾が挟んでいる。
「これまでの功績も踏まえ、二級員への昇格を認める。これからも頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
ハインが一礼した。
「グランディア支部、オリヴィア二級員」
「はい!」
オリヴィアが舞台へ進み、グランツの前に立つ。
「敵側の指揮官を食い止め、壊滅的な砲撃を阻止した。部隊の壊滅を防いだ功績をたたえ、《金冠章》を授与する」
オリヴィアが章を受け取った。
《金冠章》は、中央の青い星を二枚の金色の盾が挟み、その上には金の冠があしらわれている。
「これまでの功績も踏まえ、一級員への昇格を認める。おめでとう。今後の活躍にも期待している」
「教員に、そんな期待しないでくださいよぉ」
グランツが微笑んだ。
「それなら、兼任で頼むよ」
オリヴィアが一礼した。
オリヴィアが控室へ戻ると、グランツが会場へ向き直った。
「以上をもって、集会を終了する」
グランツは一礼し、舞台を下りた。
◇
「終わりましたねぇ」
控室へ戻ったオリヴィアが、ソファーへ深く腰掛けた。
「よかったです……どっと疲れました」
ハインが立ち上がった。
「俺は昇格とガレリア受領の手続きがありますので、お先に失礼します」
「はい。お疲れさまでした」
ソラも一礼する。
「ハインさん、またよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくな」
ハインが控室を出ていった。
「先生は行かなくていいんですか?」
「私は明日でも大丈夫なので、その時にします」
「そういえば、ソラ君も明日はお休みでしたね」
「はい。ルーナと出かけることになってます」
「それは、すごく素敵ですねぇ」
オリヴィアが口元に手を当てる。
「……なんですか、その反応」
「なんでもありませんよぉ」
その時、扉がノックされた。
「はーい」
扉が開く。
「授与、おめでとうございます」
「おめでとさん」
入ってきたのは、シンとラディスだった。
「ありがとうございます。お二人とも、お久しぶりですねぇ」
ラディスがソラの前へ来る。
「ソラ君、やるやんか」
「ありがとうございます」
「学院生やのに、えらいもん貰ったなぁ。今後が楽しみやで」
「少し持ち上げすぎでは?」
シンが横から口を挟む。
「祝う時くらい、ええやろ」
「事実を言っただけです」
「相変わらず固いやっちゃなぁ」
「僕も、運がよかっただけだと思ってます」
ソラは胸元の《勇翼章》に触れた。
「でも、これに負けないように頑張ります」
「ええ先生持つと、こんなええ子になるんやなぁ」
「ふふっ。嬉しいですねぇ」
「そういや俺らも、今の仕事が片づいたらグランディアへ応援に行くことになっとる」
「そうなんですか?」
「まだ少し先になりますが」
シンが答えた。
「そん時はよろしくな、ソラ君」
「はい。こちらこそお願いします」
「せっかくやし、今日は飯でも奢ったるわ」
「お言葉に甘えますね」
「恐縮です」
シンが頭を下げる。
「お前は別や!」
◇
同日。
グランディア支部。
仕事に復帰したクラネスの机には、何冊かの報告書が置かれていた。
「クラネス。病み上がりなんだから、無理するなよ」
隣の机から、レナードが声をかける。
「もう大丈夫ですよ。ずっと寝てる方が疲れます」
「そういう奴が一番無理するんだ。息抜きもしておけよ」
「息抜きですか」
「今度、リアナと食事に行くんだろ?」
「えっ。なんで知ってるんですか?」
「そういう話は、意外と耳に入ってくるもんだ」
「せっかくだ。仕事のことは忘れて楽しんでこい」
「それなら、レナードさんも少しは息抜きした方がいいんじゃないですか?」
「俺はいいんだよ」
「お子さんまだ小さいんですよね」
「……五歳だ」
「五歳かぁ。仕事しながらだと大変じゃないですか?」
レナードが少し気まずそうな顔をする。
「お前には言ってなかったな。妻とは別居してるんだ」
「あ……すみません。余計なこと聞きました」
「気にするな。捜査員と家庭の両立は大変だぞ」
「そういうもんですか」
「家庭を持つ気なら、ちゃんと家族との時間も作るんだな」
「……肝に銘じておきます」
◇
グランディアの噴水広場。
この日はネグラ教会が事前に集会を告知しており、広場には多くの人が集まっていた。
AEGISからは、リアナとネアが監視にあたっている。
人だかりの中心に、一人のネグラ教会の信徒が立っていた。
信徒の周囲へ、暖かな陽光を思わせる光が広がる。
その中を、光の帯が幾重にも重なり、ゆっくりと揺らめいていた。
噴水の水しぶきにも光が反射し、集まった者たちの顔を照らしている。
ざわめきが静まり、集まった人々の表情が緩んでいく。
人垣を抜け、リアナとネアが前へ出た。
「AEGISです。そのまま動かないでください」
リアナが携帯端末を向ける。
暖かな光は、信徒の周囲で揺らめき続けている。
画面には「Code出力反応なし」と表示された。
「……反応がないっす」
ネアが端末を覗き込む。
「その現象を止めてください」
信徒の周囲から光が消えた。
「これはCodeではありません」
信徒が答える。
「神から授かった祝福です」
「何なのかは確認できていません。詳しい検査のため、支部まで同行してください」
「分かりました」
信徒は頷くと、集まった人々へ振り返った。
「皆さん、聞いてください。AEGISでも、祝福が何なのか判断できていません」
「これが、私たちの授かった祝福です」
「不安に思われる方もいるでしょう」
「ですが、ご心配なく。これから、より詳しい確認を受けてまいります」
信徒は抵抗することなく、リアナたちに従った。
◇
グランディア支部。
信徒の検査結果が、レナードの机に置かれていた。
「コアは確認できませんでした。Code反応もありません」
リアナの報告を聞きながら、レナードが結果へ目を通す。
「登録も非保持者か」
「はい」
「広場で何かの能力を使ってたのは間違いないっす」
ネアが口を挟む。
「あれが何なのか、まだ分かっていません」
「今の規則じゃ、Codeと確認できない以上、拘束はできない」
「……分かりました」
◇
数時間後。
信徒が解放された後、噴水広場には先ほどよりも多くの人が集まっていた。
「皆さん! 私は戻ってきました!」
広場の中央で、先ほどの信徒が声を上げる。
「AEGISの検査を受け、そのうえで解放されたのです」
男の周囲に、先ほどと同じ暖かな光が広がった。
集まった者たちの表情が緩んでいく。
「AEGISが証明してくれました。これはCodeではない。神から授かった祝福なのです」
「AEGISが認めたのか」
「やっぱり、Codeじゃなかったんだ」
「違います!」
リアナが声を上げる。
「確認できたのは、Code反応がないことだけです!」
「私たちの言葉、誰も聞いてないっす……」
信徒を囲む人の数は増えていく。
「これが、我々ネグラ教会の祝福です」
男は光の中で両手を広げた。
「神を求める者に、その道は開かれています」
「迷いも恐れも、すべて神へ委ねなさい。信じる者に、恐れるものはありません」




