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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅲ写真に残る春

 昼過ぎ。


 レストラへ続く街道を、一台の馬車が進んでいた。


 手綱を握るガイルスの隣で、ノアは流れていく景色を眺めている。


「なぁ、ガイルス。なんで今日はついてきたんだ?」


「聞きたいことがあってよ」


「なんだよ、急に」


「お前、エステリアへ行くことに、まだ抵抗があるだろ」


 ノアがガイルスを見る。


「ないよ」


「嘘つけ。見てりゃ分かるっての」


「……」


「エイドのことだろ」


 ノアはしばらく黙っていた。


「……まあ、ないことはないよ」


「ほらな」


「片腕になっても、これからも任務はある。危険がないわけじゃない」


 ノアは空を見上げた。


「ここにいたって、いつも一緒に任務をするわけでもないしな」


「一人で全部考えんなよ」


 ガイルスは前を向いたまま言った。


「俺もいるし、ルシアだっているだろ。俺たちをもう少し頼れよ」


 ノアが横目で見る。


「お前、馬鹿のくせに気は利くんだな」


「馬鹿は余計だ!」


「……頼んだぞ」


「おう。任せとけ」


◇


 街道の先に、色とりどりの花が見え始めた。


 花の街、レストラ。


 街へ入ると、道沿いの花壇には白や青、黄色の花が咲き並んでいる。


「この景色も、しばらく見納めか」


「来たければまた来りゃいいだろ」


「簡単に言うなよ」


「こういうのは勢いで来るんだよ」


「それで来られる距離ならな」


 二人は街を抜け、小さな教会へ向かった。


 入口へ続く道の両側にも花が並び、閉じられた扉の横では、マルタがベンチに腰掛けていた。


「おや。ノアとガイルスじゃないか。最近よく来るね」


「あの後から街はどうだ」


「ブローカーがいなくなってからは、平和なもんさ」


 マルタが煙草をくわえ、火をつける。


「余生を過ごすには、ちょうどいい」


「ずいぶん落ち着いたこと言うな」


「若者みたいにせかせか生きる気はないんだよ」


 マルタが煙を吐き、ガイルスへ顔を向けた。


 ガイルスが手で煙を払う。


「そういや、あんたは《オラシオ》を使えるんだったね」


「俺は最強の使い手だぞ」


「自分で言うなよ」


 マルタがベンチから立ち上がる。


「ちょうど困ってたところでね。二人とも、ついてきな」


「なんだよ」


「見りゃ分かるさ」


◇


 教会の奥にある階段を下りていく。


「なんだ。俺たちの教会にある稽古場と似てんな」


 辺りを見回すガイルスへ、マルタが答える。


「教会の稽古場なんて、どこも似たようなもんさ」


「それで、何を見せたいんだ?」


「せっかちなやつだね。もう着くよ」


 階段の先でマルタが扉を開けると、中にはイリヤスとニコがいた。


「あ! ガイルス! ノア!」


「おう、ニコ」


「ノアさん、ガイルスさん。こんにちは」


 イリヤスが頭を下げる。


「イリヤスもいたのか」


「二人とも、見てて!」


 ニコが両手を合わせ、目を閉じる。


《オラシオ》


 薄い黄色のオーラが、ニコの身体を包んだ。


「……発現したのか」


 ノアが目を見開く。


「そうなんです。でも、まだ扱い方が分からなくて」


 イリヤスがニコを見守りながら続ける。


「最低限の使い方を覚えるまでは、外で遊ばせるのも少し怖くて……。私のCodeとは違うので、なかなかうまく教えられないんです」


 ニコが両手を離した途端、黄色のオーラが消えた。


「大丈夫だよ。先生が来たからさ」


 マルタがガイルスを指す。


「おう。俺が教えてやる」


「ガイルスが先生なの?」


「そうだ。見とけよ」


 ニコの前へ出て、両手を合わせる。


《オラシオ》


 赤いオーラが全身を包んだ。身体の形に沿い、揺らぐことなく留まっている。


「すごい!」


「そうだろ!」


「ニコ。祈った時、力が湧いてくる感じは分かるだろ?」


「うん。なんとなくだけど……」


「今は祈るのをやめたら、すぐ消えるんだよな?」


「残そうとすると、すぐ消えちゃうの」


「無理やり従わせる必要はねぇよ。このオーラは、自分のもんだ」


 ガイルスが自分を包む赤いオーラを指す。


「服を着てんだろ?」


「うん」


「その上から、もう一枚、服を着る感じだ。頭から足まで、全部な」


「えー……よく分かんないよ」


「いいから、やってみろって」


 ニコがもう一度、両手を合わせる。


「祈る時は余計なことを考えるな。いつもの礼拝と同じだ」


 ニコが目を閉じた。


《オラシオ》


 黄色のオーラが再び身体を包む。


「そのまま。祈りをやめても、無理に残そうとするな。当たり前にそこにあるって思え」


「手を離しても、まだその服を着てると思え」


 ニコがゆっくりと両手を離し、目を開いた。


「あ……」


 黄色のオーラは、まだ身体を包んでいる。


「できた!」


「できたよ、ガイルス!」


「やればできんじゃねぇか! 筋がいいぞ、ニコ!」


「ありがとう!」


「……お前、本当にガイルスか?」


「どんだけ馬鹿にしてんだ!」


「大したもんじゃないか」


 マルタが手を叩いた。


「受け売りだよ。俺も、こうやって教わったんだ」


「ありがとうございます、ガイルスさん」


 イリヤスが頭を下げる。


「まだ終わってねぇぞ」


 ガイルスがニコの前へしゃがんだ。


「まずは一日一回、三分だけ祈れ。そのあと手を離して、維持できるところまでやってみろ」


「うん」


「無理はすんなよ。いいか、一日一回だぞ」


「分かった!」


「それと、これだけは絶対に約束しろ」


「この力は、誰かを守るために使え。むやみやたらに使うんじゃねぇぞ」


 ニコも真剣な顔で頷いた。


「約束する!」


「よし。いい子だ」


 ガイルスがニコの頭を撫でる。


「また時間があったら、教えに来てやるよ」


「はい! ガイルス先生!」


「先生か」


 ガイルスが頭を掻く。


「悪くねぇな」


「ありがとよ、ガイルス。礼にいいもんをやるよ」


 マルタが声をかける。


「みんな、ついてきな」


◇


 教会の前。


 ノアたちは花壇のそばで、マルタが戻るのを待っていた。


「何を取りに行ったんだ?」


「さあな」


 しばらくして、古びた写真機と一冊の厚いアルバムを抱えたマルタが戻ってきた。


「ガイルス、ニコ。教会の前に立ちな」


「なんだよ、急に」


「いいから」


 二人が並ぶ。


「これでいいのか?」


「動くんじゃないよ」


 パシャ。


 続けて、もう一度シャッターを切る。


 パシャ。


 乾いた音とともに、写真機から二枚の写真が出てきた。


「ほら。一枚はあんたにやるよ」


 マルタが一枚をガイルスへ差し出す。


 そこには、ガイルスとニコが並んで写っていた。


「なんだこれ。ちょっとぼやけてんじゃねぇか」


「それを味って言うんだよ」


「そういうもんなのか?」


「そういうもんさ」


 マルタがもう一枚を手元へ残し、今度はノアへ写真機を向けた。


「ノア。イリヤスと並びな」


「俺はいいよ」


「つべこべ言うんじゃないよ」


「すみません。マザーの趣味なんです」


 イリヤスが苦笑する。


「……分かったよ」


 ノアは諦めて、イリヤスの隣へ立った。


「もう少し寄りな」


「これで十分だろ」


 パシャ。


「もう一枚いくよ」


 パシャ。


 出来上がった写真を見て、マルタが笑う。


「なかなか絵になるじゃないか」


「余計なこと言うなよ」


「ふふっ」


 隣でイリヤスが笑った。


 マルタは一枚をベンチへ置き、もう一枚を厚いアルバムへ挟んだ。


「なんだ、それ」


「思い出だよ。今まで、あたしが撮った写真が入ってる」


「結構、昔からやってんだな」


 ガイルスが横から覗き込む。頁には、古い写真が何枚も並んでいた。


「あっ。マルタ、若ぇじゃねぇか」


「当たり前だろ。あたしだって、ずっとババアだったわけじゃないよ」


「そうなのか」


「ぶっ飛ばすよ」


「ガイルス!」


 ニコが袖を引く。


「向こうで遊ぼうよ!」


「しょうがねぇな。行くぞ」


「こけないでくださいね」


 イリヤスも二人を追っていった。


 マルタがアルバムをベンチへ置く。


 ノアはその隣へ腰掛け、頁をめくった。


 写真の下には、写っている者たちの名前が書かれていた。


 一枚の写真で、頁をめくる手が止まった。


 若い三人が並んだ写真だった。


 左から、紺色の髪を編み込んだ男、今よりずっと若いマルタ、柔らかな笑みを浮かべた金髪の女性が並んでいる。


 三人とも、穏やかな顔でこちらを見ていた。


 三人の下には、メリディア教会――ジル、マルタ、エレナと記されていた。


「……マルタ」


「なんだい」


「マザー・エレナも、メリディアの教会にいたのか?」


 マルタが写真を覗き込む。


「エイドから聞いてなかったのかい?」


「何も」


「エレナは、元々メリディアの教会にいたんだよ」


「……知らなかった」


 ノアは写真から目を離せなかった。


 自分が知っているエレナよりもずっと若く、穏やかに笑っている。


「あの子は当時、教会の中でも指折りの《オラシオ》使いだった」


「マザーが、そんなに強かったのか?」


「そうさ」


「……想像できないな」


「今のエレナしか知らなきゃ、そうだろうね」


 マルタは煙草に火をつけた。


「今じゃ不可侵条約なんてものがあるから、想像もできないだろうけどさ。あのころはAEGISと教会が顔を合わせりゃ、しょっちゅう揉めてた。表に出ないところじゃ、何度もやり合ってたのさ」


「皮肉なもんさ。戦う力を一番持っていたのが、戦うことを一番嫌っていた子だった」


「エレナは優しすぎたんだよ。神から与えられた役割だって信じて、ずっと任務をこなしてた」


「ノア。灰色戦争って、聞いたことあるかい?」


「いや」


「そうかい。もう、あんたらの世代には知られてないんだね」


 煙草の先から、細い煙が上がった。


「今から二十年くらい前の話さ。ある町の遺跡で、古い遺物が見つかった。あたしも、どんなものだったかまでは知らないよ。教会の権威に関わるくらい、大事なものだったらしい」


「AEGISにも知られたのか」


「そうさね。向こうも部隊を出してきて、教会も引かなかった。三日もやり合ったそうだよ」


「町まで巻き込んだ、正面からの殺し合いさ。建物は崩れて、煙と灰で昼間でも先が見えなかった。血の匂いが、町じゅうに残ってたって話だよ」


「誰が呼び始めたのかは知らないけど、いつしか灰色戦争なんて名前がついた」


「その遺物は?」


「どうなったのかね。結局、教会もAEGISも持って帰れなかったそうだよ」


 マルタは写真へ目を落とした。


「エレナが帰ってきた時の顔は、今でも忘れないさ。身体はずっと震えてて、何を聞いてもまともに答えなかった」


「ずっと手を洗ってたよ。こっちが声をかけても、聞こえてないみたいでね」


「『こんな血まみれの手で、何を祈ればいいんですか』って」


「ジルも、そのまま帰ってこなかったよ」


 写真の中では、三人とも笑っている。


「それからエレナは、初めて教会から与えられた役割を拒んだ。それまでずっと教会に尽くしてきた人間だったから、無下にはできなかったんだろうね。それで、ホンスーン教会へ移ることになったってわけさ」


「……そんなことがあったのか」


「町の人間も大勢死んだのさ。そのあと、AEGISと教会で不可侵条約を決めたんだよ」


 マルタがアルバムを閉じる。


「あたしが知ってるのは、それくらいさ。ホンスーンへ行ってからの二十年を、あの子がどう過ごしていたかまでは知らないよ」


 表紙を撫でる。


「この写真が、最後になったからね」


 ノアはしばらく黙っていた。


「……ありがとう、マルタ」


「何がだい」


「ホンスーンにいたマザーは、優しくて、厳しくて……温かい人だった」


「そうかい」


「今日、聞けてよかったよ」


 マルタは何も言わず、煙を吐いた。


 それから、ベンチへ置いていた一枚の写真を手に取った。


「これ、持ってきな」


「ん?」


 先ほど撮った、ノアとイリヤスの写真だった。


 真顔のノアの隣で、イリヤスが笑っている。


「……いらないよ」


 返そうとしたところで、イリヤスが戻ってきた。


「どうしました?」


 ノアは手元の写真を見た。


「……なんでもない」


 そのまま懐へしまう。


 マルタは煙草をくわえたまま、にやりと笑っていた。


◇


 日が傾き始めた。


「そろそろ教会を閉めるよ」


「手伝うぞ」


 ガイルスが立ち上がる。


「僕も!」


「じゃあ、ニコはこっちをお願いします」


「うん!」


 それぞれが片付けを始める。


 ノアはイリヤスと一緒に、教会前の道具を中へ運んでいた。


「そういえば」


 イリヤスが口を開く。


「ガイルスさんから聞きました」


「何を?」


「ノアさん、東の街へ行かれるんですよね」


「来月からな」


「……そうですか」


 イリヤスが花壇へ目を向ける。


「しばらく、ここにも来られなくなりますね」


「そうだな」


 二人は黙ったまま、残りの道具を持ち上げた。


「また顔を出しに来るよ」


 イリヤスがノアを見て、柔らかく笑った。


「はい。待ってます」


◇


「よし、帰るぞ!」


 ガイルスの声が教会前に響いた。


「分かってるよ」


 ノアが馬車へ乗り込む。


「またな、ニコ!」


「また来てね、ガイルス先生!」


 イリヤスがノアを見る。


「ノアさんも」


 ノアが振り返る。


 教会の前に、ニコとイリヤスが並んで立っていた。


 ノアは二人へ片手を上げる。


 馬車がゆっくりと動き出し、花の街をあとにする。


 ノアは懐の上から、写真に触れた。


 何も言わず、遠ざかるレストラを見ていた。


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