Ⅴ語られた秘密
久しぶりに禁を破って外へ出た夜は、昼間とは違う空気が流れていた。
丘の上にある大岩へ登ると、満天の星空が広がる。
まるで手を伸ばせば届きそうなくらい、星々は近くに感じられた。
「それで、話って?」
僕が尋ねた、その瞬間だった。
「わぁっ!」
突然、後ろから大きな声が響く。
「うわっ!」
僕とノアは驚いて足を滑らせ、大岩から転げ落ちた。
「ふふっ! ノアのそんな顔、なかなか見られないね!」
笑いながら現れたのはユリィだった。
「……いつからついて来てたんだ。」
ノアが尋ねる。
「あんたたちの考えてることなんて、お見通しなんだから。」
得意げに胸を張るユリィ。
「それで? 何を見せてくれるの?」
僕も気になっていた。
ノアがこんなふうに改まるなんて、初めてかもしれない。
ノアはしばらく夜空を見上げていた。
やがて僕たちへ向き直る。
「……二人には、まだ話してなかったことがある。」
そう言って右手を差し出し、その上へ小さな石を置いた。
ノアの右手が淡い緑色の光に包まれる。
石は細かな光の粒となり、夜空へ昇っていった。
ノアはうつむいた。
「昔から、これができる。」
「教会では……Codeって呼ばれてる。」
笑おうとして、笑えなかった。
「だから……誰にも見せてこなかった。」
「二人にも、嫌われたくなかったから。」
僕とユリィは顔を見合わせる。
「……きれい。」
思わず口から漏れた。
「うん! すっごくきれい!」
ユリィも目を輝かせてうなずく。
「……それだけ?」
「それだけって?」
「気味悪いって……思わないの?」
ユリィは首を傾げた。
「それがノアにできることなんでしょ?」
「だったら、それがノアの役割なんじゃない。」
僕もうなずく。
「みんな喜ぶと思うけどな。」
「……。」
ノアは少しだけ目を伏せた。
「マザーにも同じように見せたことがあるんだ。」
「初めて、自分でもできるって分かった時だった。」
ノアは目を閉じた。
◇
その時、マザーはひどく驚いた顔をしていた。
だけど次の瞬間には、とても悲しそうな表情になって――
「これはあなたに与えられた役割です。」
「ですが、まだその時ではありません。」
「誰にも見せてはいけません。」
そう言うと、何も聞かずに僕を強く抱きしめてくれた。
◇
ノアは静かに目を開いた。
夜風だけが、吹き抜ける。
「でも……。」
「二人には隠したくなかった。」
ユリィはじっとノアを見つめていた。
「わたしは!」
「よ! ば! れ! て! な! い! け! ど!」
ノアは思わず吹き出した。
「ごめん。」
「ユリィにも、あとで話すつもりだった。」
「……それなら、いいけど。」
ぷいっと顔を背けたユリィの耳は、ほんのり赤かった。
(……そういうことか。)
僕たちは並んで腰を下ろし、しばらく何も話さず夜空を眺めていた。
星は相変わらず、手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見えた。
あの夜のことを、僕はきっと忘れない。
## 翌朝――
収穫祭の日。
教会の中は、朝早くから子どもたちの慌ただしい足音であふれていた。
「マザーー! 次のブドゥパイ、まだ焼けないのぉ?」
食堂の奥からユリィの元気な声が響く。
「はいはい。もうすぐ焼けますよ。」
オーブンの扉を開けながら、マザー・エレナが答える。
焼きたてのブドゥパイの甘い香りが、食堂いっぱいに広がる。
子どもたちはパイを箱へ詰めたり、野菜スープをカップへ注いだり、それぞれの役割を忙しそうにこなしていた。
その様子を眺めながら、ブラザー・エイドは大きなあくびをする。
寝ぐせだらけの黒髪は、今日はいつも以上にひどかった。
「今日は一段と張り切ってんなぁ。」
眠たそうな目でユリィを見る。
真っ赤な民族衣装に白い刺繍が入った服は、収穫祭らしく華やかだった。
「当然です!」
ユリィは胸を張る。
「初めてお店を任せてもらえるんだから!」
「その服も似合ってるぞ。」
「でしょ!」
ユリィはその場でくるりと一回転する。
「マザーが作ってくれたの!」
「はい。パイが焼けましたよ。」
「はーい!」
ユリィはスカートの裾をつまみ、芝居がかった仕草で頭を下げた。
「では失礼します、ブラザー・エイド。」
「はいはい、お嬢様。」
◇
教会を出た瞬間、街の空気はもうお祭り一色だった。
収穫祭の広場は、人で埋め尽くされている。
広場の中央に建つ時計塔を囲むように、色とりどりの出店がずらりと並んでいた。
何百もの屋台から、呼び込みの声が飛び交っていた。
「すごい……。」
思わず声が漏れた。
「圧倒されちゃうね。」
隣でノアも街を見渡している。
僕たちはブドゥガーデンの出店へ荷物を運び込んだ。
「おはよう。」
笑顔で迎えてくれたのは、ブドゥガーデンで働く店員のエンメルさんだった。
栗色の髪を後ろで束ねた、優しそうなお姉さんだ。
「二人とも、収穫祭は初めて?」
「はい!」
僕は元気よくうなずいた。
「十歳になるまでは街へ来ちゃいけないので。」
「だから毎年、孤児院のみんなだけで収穫祭をしてたんです。」
「じゃあ、今日が本当の収穫祭デビューなんだね。」
「はい!」
ノアが箱を開けながら尋ねる。
「でも、良かったんですか?」
「自分のお店は。」
エンメルさんはパイを並べながら答える。
「マスターが『子どもたちの勉強になるなら手伝っておいで』って送り出してくれたの。」
「それに、エレナさんにお願いされちゃってね。」
「だから今日は、二人と一緒にお店番。」
「今日は友達と回らないんですね。」
「あはは。」
「みんな結婚しちゃってね。」
「今じゃ予定を合わせる方が大変なの。」
エンメルさんは並べ終えたブドゥパイを眺める。
一つ手に取ると、そのままぱくり。
「やっぱり、エレナさんのパイは美味しいなぁ。」
「それ……商品ですよね?」
「だ、大丈夫。」
口をもぐもぐ動かしたまま答える。
「これは味見だから。」
「さっきも味見してませんでした?」
「えっ。」
ぴたりと動きが止まる。
「……あれは焼き加減の確認。」
「じゃあ今は?」
「味の確認。」
「違い、分かるんですか?」
エンメルさんは少し考え込む。
「美味しい!」
「エンメルさーん!」
聞き慣れた元気な声が響く。
ユリィが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
「準備終わりました!」
「お疲れさま。」
ユリィはふとエンメルさんの手元を見る。
「……。」
「エンメルさん。」
「はい?」
「私が来る前も食べてましたよね?」
「ごほっ!」
エンメルさんは盛大にむせ返った。
「だ、大丈夫ですか!」
僕は慌ててスープを差し出す。
「ありがとう……。」
エンメルさんがスープを一口飲む。
「もう、売り物なんですから食べすぎちゃダメですよ?」
「……あと一個だけなら。」
「ダメです。」
「はい……。」
しょんぼり肩を落とすエンメルさんに、僕たちは吹き出した。
「……でも。」
「二人が来てくれて助かった。」
「今日は賑やかになりそうだなって、楽しみにしてたんだ。」
ゴォォォン……
ゴォォォン……
教会の鐘が、街中に高らかに鳴り響く。
「始まった!」
「収穫祭だ!」
子どもたちが一斉に駆け出していく。
エンメルさんは姿勢を正し、大きく息を吸った。
「ブドゥガーデン特製!」
「焼きたてブドゥパイ、いかがですかー!」
僕はノアを見る。
「僕たちも頑張ろう。」
ノアはうなずいた。




