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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第五章 救いのかたち
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Ⅰ新たな局面

 AEGIS総本部。


 上層階の会議室には、大きな円卓が置かれていた。


 その中央には大陸全図が広げられ、各地から集められた報告書が重ねられている。


 席に着いているのは、三人の室長だった。


「この忙しい時期に、全都市の室長をセントリアへ呼びつけるとはね」


 短く整えた明るい茶髪の細身の男が、背もたれへ体を預けた。


「よほどの話なんだろう?」


「呼ばれた時点で、それだけの事態だと分かるだろう」


 向かいでは、白髪混じりの短髪をした大柄な男が答える。


「分かっているよ。ただの愚痴さ」


 ウラヌが二人をなだめる。


「まあまあ。ジョエル室長もバーグ室長も、始まる前から疲れる話をするものではないよ」


 会議室の扉が開いた。


 入ってきたグランツとカレンを見て、三人が席を立つ。


「お疲れさまです」


「座ってくれ」


 グランツが入口正面の席へ着く。


 その隣で、カレンが報告書を一部ずつ配っていった。


 グランツが口を開く。


「諸君。異例の招集となった理由を、カレン室長から報告してもらう」


「はい」


 カレンが立ち上がる。


「発端は、グランディアで発見された偽AEGIS武器です」


 広げられた大陸図には、グランディア周辺を中心にいくつもの印が付けられていた。


「製造、流通経路を追った結果、グランメル商会の関与が判明しました。その後の捜査で、人身売買にも関与していたことが確認されています」


「その後、確保したホンを狙い、正体不明の武装集団が襲撃してきました。グランメル商会代表、ザイルからの情報提供により、初めて組織名が判明しました」


 開かれた頁に、その名が記されていた。


 ――ヴェルクス。


「現時点では、構成員、本拠地、指導者を含め、組織の全容は分かっていません」


「今回の襲撃による死者は十二名。重軽傷者は六名です」


 ジョエルの表情から、先ほどまでの軽さが消える。


「以上が、現時点で確認されている被害です」


 誰も口を開かない。


 カレンは報告書を閉じたまま、顔を上げなかった。


「今回の被害は、私の――」


「カレン室長」


 グランツがその先を遮る。


「ここは責任を問う場ではない」


 グランツが三人の室長を見渡した。


「今は、次の被害を防ぐことだけを考えろ」


「……承知しました」


 カレンが席へ戻ると、ジョエルは報告書をめくり、ヴェルクスの名が記された頁で手を止めた。


「偽武器に人身売買。それだけのことをして、名前一つ出てこなかったわけか」


「情報の切り分け方が徹底しているね」


 ジョエルの言葉に、バーグが報告書から顔を上げた。


「問題は、こちら側にどこまで入り込まれているかだ」


 ジョエルが続ける。


「各都市に協力者がいても不思議ではない」


「それで」


 ジョエルがカレンへ顔を向けた。


「対策と言っても、相手の顔すら見えていないんだろう? 名前以外の手掛かりは?」


「ザイルから情報提供を受けています。しかし、取引は徹底して分断されていました。ザイル自身も、組織の主要人物については姿も名前も把握していません」


 ウラヌが手元の資料へ目を落とす。


「捕らえた者たちも同じですね。ほとんどが、金で雇われただけの人間です」


「組織について知っている者はいない、と」


 カレンが答える。


「現状では」


 ウラヌの指が、報酬額の欄で止まる。


「ただ、提示されていた額は、どれも随分と高い」


「情報だけじゃない。金も持っているわけだ」


「そういうことだ」


 グランツが大陸図へ手を置いた。


「統制された情報網と、それを維持できるだけの資金がある。だが、それだけの金を動かせば、どこかに痕跡は残る」


「各都市で洗い直せ。不自然な資金移動、違法武器の流通、Code保持者の失踪。正規物流に紛れた不審な荷や、高額報酬で集められた傭兵もだ。過去の未解決事件を含め、ヴェルクスとの繋がりがないか調べろ」


「範囲は?」


「制限は設けん」


 ジョエルが円卓に広げられた大陸図を見渡した。


「随分と大仕事になりそうだ」


「だから君たちを呼んだ」


「それと、ヴェルクスの名についてだ」


「現時点で、この名を知る者は限られている。執行員、この場にいる室長、特別情報室の人間。それと、必要な一級員のみだ」


「執行員はどう動かす?」


「ザイルから提供された情報をもとに、すでに動いてもらっている」


 バーグが続けて尋ねる。


「一般隊員には知らせない、と?」


「知らせない。相手にこちらの手の内を知らせる必要はない」


 異論は出なかった。


「今後、関連案件の有無を月に一度、私へ直接報告しろ。緊急性のある情報は、定例を待つ必要はない」


 グランツが立ち上がる。


「必要であれば、再びこの場へ招集する。以上だ。各自、戻り次第動け」


◇


 グランディア支部、重症治療区画。


 廊下の奥にある病室は、壁の一面が厚いガラスで仕切られていた。


 その向こうで、ソラは眠り続けている。


 ミレアは廊下の長椅子に座り、ガラス越しにベッドを見つめていた。


 隣にはレオンが立っている。


「……後遺症が残るかもしれないって、本当なのか」


「先生がそう言ってた」


「なんで、こんな大事な時に俺はいなかったんだよ……」


「あんたがいたら、けが人が一人増えてたわよ」


「なんだと――」


 言い返しかけたレオンが、ミレアの膝の上で握られた両手を見て口を閉じた。


「……そうだな」


 レオンが長椅子へ腰を下ろした。


 ガラスの向こうを見た。


「おい、ソラ」


 返事はない。


「早く起きろよ」


◇


 一般病棟では、ハインがベッドの背を起こしていた。


「ほかは?」


 椅子に座っていたリノが、手元の資料を閉じる。


「クラネスさんの手術は成功しました。意識も数日で戻るだろうって。オリヴィア先生は一般病棟へ移って、リーゼちゃんは検査入院。ソラくんだけは……まだ意識が戻ってません」


「そうか」


「ソラくんをかばって、自分まで大けがしてたら意味ないですよ」


「かばったことを後悔してるわけじゃない」


 ハインは天井を見た。


「だが、俺が倒れたせいで、ソラ一人に背負わせた。結果が、このざまだ」


「反省して落ち込むのは、あとにしてください」


「……手厳しいな」


「上司ですからね」


「やることは山積みなんですよ。まずは、さっさと治してください」


「……分かった」


◇


「わらわは、もう大丈夫なのじゃ!」


 ベッドの上で訴えるリーゼへ、隣からオリヴィアが答える。


「駄目ですよ、リーゼさん。検査が終わるまで待ってください」


「もう何度も調べたではないか」


「念のためです」


「むぅ……」


 リーゼは頬を膨らませたが、オリヴィアの両手を見て口を閉じた。


 どちらの手にも、厚く包帯が巻かれている。


「先生、その手……」


「痛みは、治療で完全に消せるそうです」


「ただ、火傷の跡は残るみたいですね」


「……そうか」


「でも、皆さんを守れたのなら、これくらいは安いものです」


 扉が開き、花を抱えたネアが、リアナと一緒に入ってきた。


「失礼するっす」


「お二人とも、お元気そうですね」


「わらわは大丈夫なのに、退院させてくれんのじゃ」


「学院生なのに、リーゼさんもソラくんも無茶をしすぎです」


 ネアは花を机へ置き、リーゼの前まで来た。


「リーゼちゃん」


「なんじゃ?」


「そのけがのことなんすけど……ごめんなさいっす」


「私が取り逃がした男が、リーゼちゃんを襲ったみたいなんすよ」


「あの脚は、そういうことじゃったのか」


 ネアは申し訳なさそうに口を結んだ。


「気にせんでよい。あやつの逃げ足まで、ネアさんの責任ではないじゃろ」


「いかにも逃げるのだけは得意そうな顔をしておったしな」


「……どんな顔っすか、それ」


 ネアの口元が、少しだけ緩んだ。


「オリヴィア先生は、どれくらいで退院できそうなんですか?」


 リアナが尋ねる。


「お医者様の話では、一か月ほどですね」


「一か月もですか……」


「その間、生徒たちは現場研修になりますので、しばらくお世話になります」


「こちらこそ、いつも助かっています。生徒たちのことは任せてください」


「ソラくんも……無事に目を覚ましてくれるといいですね」


 オリヴィアが答えた。


「信じて待ちましょう」


◇


 メリディア教会、執務室。


 エイドは椅子へ深く腰掛け、煙草をくわえながら机の報告書を読んでいた。


「ヴェルクスねぇ……聞いたこともないなぁ」


 床では、ガイルスが腹筋を続けていた。


 数日前まで腹部に重傷を負っていたとは思えない動きだ。


「お前、回復が早すぎない?」


「筋トレの成果だな」


「関係あるのか、それ」


 部屋の隅にいたルシアが、ぽつりと言う。


「ガイルス……脳みそも筋肉だから、治るのも早い……」


「どういう意味だよ!」


 ガイルスが勢いよく上体を起こした。


「ヴェルクスも、俺がすぐ見つけてやるよ」


「大陸中探しゃ、そのうち見つかるだろ」


「……お前は一回、頭も診てもらえ」


 扉が開き、ノアが入ってきた。


 左手の上では、細かな粒子がゆっくりと動いている。


「随分、慣れてきたじゃないか」


 ノアが操作を解くと、触れていた粒子がふっと消えた。


「全部分かったわけじゃない。試してみないと分からないことばかりだ」


「焦らず確かめていけばいいさ」


「しばらく訓練に付き合ってくれ」


「構わないが――あと少しの間だけな」


 エイドが煙草を灰皿へ押しつける。


「どういうことだ」


「この前の件が、上の連中にずいぶん評価されたらしい。来月から、東部エステリアへ異動だ」


「……俺が?」


「聖地ルーメンも近い。出世だぞ」


「断れるのか」


「無理だろうねぇ」


「マジかよ」


「お前じゃないぞ」


「馬鹿にしてんのか」


 ルシアは何も言わず、ノアを見ていた。


「俺が抜けたら、こっちはどうする」


「お前の代わりは、グランディアから一人来ることになってる」


「だから心配しなくて大丈夫だぞ」


「心配してない」


「来月からだ。一か月はあるさ」


 ノアは左手を見たまま、何も答えなかった。


◇


 磨き上げられた床に、二人分の足音が響いていた。


 長い廊下の壁には古い装飾と灯りが並び、ほかに人影はない。


 バレッサは、前を歩くブラムの背中を追っていた。


 この本館へ来るのは初めてだった。


 任務は失敗し、トリスは死んだ。


 これから、どのような処分を受けるのか。


 考えるたびに喉が渇く。


「バレッサ」


「は、はい!」


「気にするな。失敗の責任は私にある」


「でも、私にも責任が……」


「隊長とは、そのためにいる」


 バレッサが口を閉じる。


「報告中は余計なことを言わなくていい。ただ前を向いていなさい」


「……分かりました」


 二人は廊下の奥にある大きな扉の前で止まった。


 ブラムが手をかけると、重い扉が低い音を立てて開いていく。


 薄暗い部屋の奥では、一人の男が椅子に腰掛け、本を開いていた。


 肩まで伸びた灰金色の髪に、装飾の少ない統一服。


 壁の灯りを受けて、灰青色の瞳が二人へ向く。


 ブラムが片膝をつき、バレッサも慌てて続いた。


「では、報告を聞こう」


「はい」


 ブラムは顔を上げ、ホンの奪取に失敗したこと、AEGISとの戦闘、そしてトリスが死亡したことを順に報告した。


「……以上です」


 ブラムが頭を下げた。


「どのような処罰であっても、受ける覚悟です」


 男は本を閉じた。


「必要ない」


 ブラムが顔を上げる。


「ですが、任務を果たせなかったのは事実です」


 灰青色の瞳が、ブラムを正面から捉えた。


「君は、私の決定に異を唱えるのか?」


「いえ」


「なら、それでいい」


 静かな声だったが、ブラムはそれ以上何も言わなかった。


 男の視線がバレッサへ移り、胸の奥で心臓が強く鳴った。


「期待しているよ。ブラム、バレッサ」


「はっ!」


 声が出てから、自分も返事をしたのだと気づいた。


「下がっていい。今後は、指示があるまで本館で待機しなさい」


「承知しました」


 男は再び本を開いた。


 バレッサがブラムに続いて部屋を出ると、大きな扉が背後で閉じた。


 バレッサは、握ったままだった手をゆっくりと開いた。


 処罰はされなかった。


 それなのに、自分の名を呼んだ声が、いつまでも胸に残っていた。


 ブラムは何事もなかったように歩き出す。


 バレッサもその後を追った。


 廊下の向こうから、別の足音が近づいてきた。


 白髪の混じった短い黒髪。


 顔には深い皺が刻まれ、肩幅は広い。


 初老に見えるが、その背は真っすぐに伸びている。


 身につけているのは、今とは意匠の異なる古い型の統一服だった。


 ブラムが足を止めた。


「お疲れさまです、ダン様」


「堅苦しい言葉はやめろって、何度言わせるんだ」


「すみません。どうにも癖でして」


 ダンがバレッサへ目を向ける。


「そっちのお嬢ちゃんは?」


「私の部下のバレッサです」


 バレッサは背筋を伸ばした。


「バレッサです! 新参者ですが、よろしくお願いいたします!」


「おう、元気がいいな。よろしく頼むぜ」


「はい!」


 ダンが二人の後ろにある扉を示した。


「あいつに用があってな。いたか?」


「はい。先ほど報告を終えたところです」


「じゃあな」


「お疲れさまです」


 ブラムが一礼し、バレッサも慌てて頭を下げた。


 ダンはそのまま、二人が出てきた扉へ向かった。


 二人も歩き出したところで、バレッサは後ろを振り返った。


「ブラム隊長」


「どうした?」


「今の方は、どういった方なんでしょうか?」


「ダン様か」


 ブラムは前を向いたまま答える。


「私を、この組織へ誘ってくださった方だ」


「ヴェルクスの先代指導者、ダン様だ」


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