Ⅴ見えない顔
強制捜査から数日後。
グランディア支部、指揮室。
机の上には、工場、集積拠点、中継拠点から押収した書類が積まれていた。
カレンが一番上の報告書を開く。
「各班、進捗を報告してください」
イネスが手元の記録を確認する。
「工場班から報告します。偽AEGIS武器の製造は、強制捜査に入る前にほぼ終わっていました。大半の完成品は搬出済みでしたが、一部は工場内に残されていました」
「押収できたものは?」
「完成品と製造途中の部品、余った材料、加工時に出た端材です。規格から外れた部品と、特殊なセルも加工前のものと加工に失敗したものを押収しています」
イネスが報告書を一枚めくる。
「図面、契約書、製造記録もあります。製造数と工場から搬出された日までは確認できました」
「工場裏の監視は?」
「強制捜査のあとも雨が二日続き、昨日ようやく上がりました。ですが、午前十時になっても男は現れていません」
「分かりました。監視は継続してください」
「はい」
カレンがレナードを見る。
「集積拠点の記録とはつながりましたか?」
「一部はつながっています」
レナードが帳簿を机へ置く。
「工場の搬出日と、集積拠点の搬入日は一致しています。ただ、搬入した時点で荷の番号が付け替えられていました」
「同じ荷を複数に分けて搬出した記録もあります。工場から集積拠点までなら追えますが、その先は中継拠点の記録と照合する必要があります」
「中継拠点は?」
ルークが数枚の書類を机へ並べる。
「こちらでも、集積拠点とは別の番号が使われていました。荷は複数の商会や運送業者へ振り分けられています」
「グランメル商会の名前もありますが、実在する業者と、実態の確認できない業者が混在しています。同じ荷でも、発注書と運送記録で依頼元の名義が異なるものがあります」
カレンは三か所の記録へ目を通した。
「拠点を通るたびに荷を分け、番号と名義を変えているということですね」
「はい」
レナードが答える。
「照合が終わったものから、業者の実態確認へ人を出しています。ただ、このまま書類整理へ人員を割けば、現地調査が止まります」
「通常の事件も止められません。支部の人員だけで両方を進めるのは無理です」
カレンが机の上の書類を見渡した。
「捜査員にしかできない作業は、どこまでですか?」
「業者の調査と、記録から捜査対象を判断する部分です」
レナードが答える。
「日付、数量、重量、名義を抜き出して並べるだけなら、監督をつければほかの者にも任せられます」
「照合する条件をこちらで指定すれば、問題ないかと思います」
ルークが続ける。
「一致した記録だけ担当員へ回してもらえれば、その先はこちらで確認できます」
カレンが報告書を閉じた。
「学院へ応援を要請します」
レナードが顔を上げる。
「学院生を入れるのですか?」
「今年から、二年生は実務課程に入ります。捜査の判断はさせません」
カレンが積まれた書類を示す。
「現役のAEGIS員が監督し、記録の整理と照合だけを任せます。判断が必要なものは、すべて担当員へ回させてください」
「分かりました」
「各班は、学院生へ任せられる作業を切り分けておいてください。固定班を組む余裕はありません。必要な人数を作業ごとに受け入れます」
カレンは次の報告書を取った。
「続けてください」
◇
翌朝。
学院二年目の初日。
ソラは昨年と同じ教室の最前列に座っていた。
隣にあるレオンの席だけが空いている。
教室の扉が開き、オリヴィア先生が教壇へ立った。
「はーい。皆さん、二年生への進級、おめでとうございます」
「代わり映えしませんが、二年目もよろしくお願いしますねぇ」
全員を見渡してから、空席へ目を向ける。
「レオン君は、事情があって一週間ほどお休みです」
ソラは隣の空席を見る。
「一週間もですか?」
「はい。詳しいことは聞いていませんが、ちゃんと連絡はもらっていますよぉ」
オリヴィア先生が黒板へ向き、大きく文字を書く。
二年次実務課程。
「二年目からは、学院内の授業に加えて、AEGIS員の仕事へ同行する実務課程が始まります」
「捜査の判断まで、学院生に任せるわけではあるまい?」
リーゼが尋ねる。
「もちろんです。皆さんが活動する時には、必ずAEGIS員か講師が監督につきます」
オリヴィア先生が黒板の文字を指す。
「皆さんは、監督するAEGIS員の指示に従って活動してくださいねぇ」
ミレアが手を上げる。
「学院の授業はどうなるんですか?」
「授業を受ける日もあれば、一日支部にいる日もあります。任務が長引けば、何日か学院を離れることもありますよぉ」
「班も、今までと同じですか?」
「任務によります。必要な人員で組み直すこともあるので、いつもの班で動くとは限りません」
オリヴィア先生が教壇の上から一枚の書類を取る。
「そして昨日、グランディア支部から学院へ捜査協力の要請が届きました」
「グランディア支部で、何かあったんですか?」
ソラが尋ねる。
「先日、工場と二か所の物流拠点へ、同時に強制捜査が行われました。三か所から押収した製造記録や帳簿、運送記録の照合に、人手が必要だそうです」
「記録から怪しい相手を見つけたら?」
「自分たちで追わず、担当員へ報告してください。そこから先はAEGIS員の仕事です」
オリヴィア先生が要請書を閉じる。
「支部に着いたら、その場で必要な作業へ振り分けられます。今日の授業は、後日きちんと補講しますよぉ」
「はーい。支度してください。グランディア支部へ向かいますよぉ」
◇
グランディア支部。
入館手続きを終えたソラたちは、首から入館証を下げて受付前に集まっていた。
正面の階段を、書類の束を抱えた捜査員が下りてくる。その横を、封の施された木箱を載せた台車が通り過ぎた。
廊下の先では、別の捜査員が工場関係者を聞き取り室へ案内している。
「立ち止まっている方が邪魔になりそうじゃのう」
リーゼが壁際へ寄る。
「その通りです。皆さんも、呼ばれたらすぐに移動してくださいねぇ」
一人の職員が、学院生の名前を記した用紙を持って近づいてきた。
「学院生の皆さんですね」
「はい。よろしくお願いします」
オリヴィア先生が一礼する。
「作業ごとに分かれてもらいます。集積拠点の搬出記録を担当する方は、三階の第一会議室へお願いします」
職員がリーゼとヴェインの名前を呼ぶ。
二人が前へ出ると、次の作業へ移った。
「工場の図面と聞き取り記録は、二階の第二会議室です。ソラ君、エリオ君――」
ソラとエリオも前へ出た。
残った学院生たちが、運送記録や押収品の整理へ振り分けられていく。
「では、皆さん。担当員の指示に従ってくださいねぇ」
オリヴィア先生が全員を見る。
「勝手に別の資料を開いたり、部屋から持ち出したりしてはいけませんよぉ」
学院生たちは、渡された案内札を確かめ、それぞれの部屋へ向かった。
◇
第二会議室。
長机の上には、工場から運び込まれた資料が積まれていた。
奥の机でも、別の担当員が学院生へ資料を配っている。
リアナが図面の束を取り出した。
「これは工場から押収した図面の写しだよ。同じ部品の図面をまとめて、古い順に並べてみてね」
「分かりました」
ソラとエリオは図面番号を確かめ、同じ番号のものを机の上へ重ねていった。
部品ごとの束ができたところで、今度は受領印の日付を古い順に並べていく。
「……これ」
エリオの手が止まった。
「リアナさん。図面番号は同じですけど、こっちは改訂番号が一つ増えてます」
二枚を並べると、部品の形はほとんど同じだったが、留め具の位置が変わっていた。
「同じ部品の修正版みたいだね」
ソラは二枚の受領印を見比べた。
その日付に、一日のずれがある。
机の端には、工場から押収した訪問予定の一覧が置かれていた。
「……予定日の次の日になってる」
「どれ?」
ソラが一覧と図面を並べる。
「この図面。持ってくる予定だった日の次の日に受け取ってる」
「ほかにもあるかもしれないね。予定とずれているものがあったら分けておいて」
三人で残りを確認すると、予定日の翌日に受け取った図面がもう一件見つかった。
「取引相手とは、連絡を取れなかったんですよね」
「うん。会う日と時間は最初にまとめて決めていて、晴れていなければ翌日の午前十時に延期する決まりだったみたい」
ソラが二つの日付を見る。
「この二件も、天気が悪かったんですか?」
「……そこまでは確認してなかった」
リアナは奥にいる担当員へ、工場長の確認へ行くことを伝えた。
「二人は、ほかにもないか見てみて。分からないことがあったら、奥の担当員に聞いてね」
「はい」
◇
支部の聞き取り室。
呼び出された工場長が、机を挟んでリアナの向かいに座っていた。
「何度もすみません。もう少しだけ、確認させてください」
「はい。構いません」
リアナが二枚の図面を机へ置く。
「この二件は、どちらも予定日の翌日に図面を受け取っています。延期になった日の天気を覚えていますか?」
工場長が一枚目の日付を見る。
「こちらは雨でした」
リアナがもう一枚を示す。
「こちらは?」
「……確か、曇っていました。雨は降っていません」
「その翌日は?」
「晴れていました。いつも通り、十時に現れました」
「遅れた理由について、何か話していましたか?」
「何も言いませんでした。こちらも、余計なことは聞きませんでしたから」
リアナが手帳へ書き留める。
「もう一つ、以前話していただいた顔の見え方について、詳しく聞かせてください」
工場長がうなずく。
「ぼやけていたというのは、具体的にはどんなふうに?」
工場長が自分の顔の前へ手をかざした。
「顔の辺りだけ、空気が揺れているように見えたんです」
「揺れている?」
「暑い日に、遠くの景色が歪んで見えるでしょう。あんな感じです」
「顔の後ろも?」
「はい。向こうにある景色まで歪んでいました」
「見る角度を変えたら?」
「歪み方も少し変わりました。ですが、どこから見ても目や鼻は分かりませんでした」
リアナが最後の証言を書き留めた。
「ありがとうございます」
◇
リアナが第二会議室へ戻ってきた。
手には新しい聞き取り記録と、過去の天候を調べた資料がある。
「お待たせ。この二件も、決めていた通り晴れるまで延期されてたよ。一件目は雨、もう一件は曇り。その次に晴れた日の午前十時に来てる」
ソラは天候記録へ目を落とした。
「晴れてないと会わない……」
「最初からそういう条件だったみたいだね」
「でも、なんで晴れじゃないと駄目なんだろう」
ソラが聞き取り記録を見る。
「工場長は、相手の顔だけじゃなくて、後ろの景色まで歪んで見えたって言ってたんですよね」
「うん。見る角度でも歪み方が変わってたって」
「……日差しを使ってたんじゃないですか?」
リアナが天候記録へ目を落とす。
「顔を隠すために?」
「晴れてないと使えないCodeなら、取引を晴れの日だけにした理由にもなる」
リアナが資料をまとめる。
「イネスさんに報告してくるね。残りをお願い」
「はい」
「分かりました」
◇
支部の指揮室。
机の上には、三か所から集められた報告書が並べられていた。
扉が叩かれる。
「入れ」
「失礼します」
リアナが新しい聞き取り記録と天候記録を机へ置いた。
「工場の取引相手について、気になる点があります」
イネスが二枚の記録を取る。
「聞かせて」
「顔の見え方と、晴天に限って取引していたことが関係しているかもしれません」
イネスが記録へ目を通す。
「……研究所へ照会する。リアナも来い」
◇
支部一階の通信受付。
イネスが記入した用紙を窓口へ差し出す。
「長距離通話を申請したい」
通信係が内容を確認する。
「接続先は中央研究所。目的は登録Codeの照会。捜査員長名義で間違いありませんか?」
「間違いない」
通信係が用紙へ印を押す。
「許可します。第二通話室へどうぞ」
都市をまたぐ長距離通話には、各地の支部に置かれた専用設備とセルが必要になる。
通信係がイネスを奥の廊下へ案内し、リアナは通話室の外で待った。
◇
第二通話室。
窓のない部屋の壁際に、大型の通信機が据えられていた。
通信係がセルを差し込み口へ押し込む。
カチッ。
内部に青い光が灯り、通信機の奥から低い駆動音が響いた。
やがて呼出音が途切れる。
『はいはーい、研究所ですぅ』
「グランディア支部のイネスだ。登録Codeを照会したい。条件を伝える」
『うん。どうぞ』
「顔の周囲だけ、空気が揺れるように見える。輪郭は確認できるが、目や鼻は判別できない」
『顔の後ろにある景色は?』
「同じように歪んでいた。見る角度によって歪み方も変わっている」
通信機の向こうで、端末を操作する音が始まった。
『それなら、認識へ働くものは外していいねぇ』
「取引は屋外で、毎回午前十時。晴れていなければ翌日の同じ時間に延期する決まりだった」
『曇りでも?』
「ああ。確認できた取引日は、すべて晴天だ」
『晴天だけかぁ……ちょっと待ってねぇ』
再び端末を叩く音が続く。
『自然光を使うものから絞ってみる』
しばらくして、操作音が止まった。
『……あった。《ミラゼル》。外から入る光を部分的に屈折させるCodeだねぇ。この条件なら一番近いね』
「登録者は?」
『何人かいるよ。そっちの照会室で確認できるはず』
「分かった。助かった」
『どういたしましてぇ』
通話が切れ、通信機の駆動音が止まった。
第二通話室を出ると、リアナが取引日をまとめた一覧を持って待っていた。
「照会室へ行く」
「はい」
◇
支部一階の照会室。
イネスが事件番号を記した用紙を受付へ差し出す。
「《ミラゼル》の登録者を照会したい」
「本件の照会許可は確認済みです。少々お待ちください」
やがて、七枚の登録票がイネスへ渡された。
工場長の証言と性別が一致する男性は三名。
その中に、セントリア在住のホンがいた。
勤務先はグランメル商会本社。職種は営業。
登録写真には、太った男が写っている。
イネスが男性三名の登録票を受付へ戻す。
「この三名のセントリア通行記録を照会する」
職員が新しい用紙を差し出した。
イネスが三名の氏名と照会期間を記入し、カレンの許可印が入った照会書を添える。
「問題ありません。照会します」
職員が端末を操作する間に、リアナは近くの机へ取引日の一覧を広げた。
しばらくして、三名分の通行記録が届く。
ほかの二名は、いずれも複数の取引日にセントリアを離れていなかった。
一人には一度だけ外出記録があったが、ほかの取引日にはセントリアに残っている。
ホンの記録を取引日の一覧へ重ねる。
確認できたすべての取引日で、ホンはセントリアを離れ、取引後に戻っている。
「ほかの二名は、取引日と合いません」
リアナの指が、ホンの記録をたどる。
「すべての取引日にセントリアを離れているのは、ホンだけです」
「グランディアにいた証拠にはならない」
「はい。ですが、少なくとも取引日にセントリアにはいませんでした」
イネスの指が、最後の通行記録で止まる。
五日前にセントリアを出てから、戻った記録がない。
「強制捜査の前日だ」
「翌日から雨が続いています」
「ああ。強制捜査後もセントリアへ戻っていない」
イネスがホンの登録票を取る。
「グランディアへ来ていたなら、まだ潜伏している可能性がある。カレン室長へ報告する」
◇
支部の室長室。
カレンがホンの登録票と、三名分のセントリア通行記録を確認する。
「《ミラゼル》の登録者は七名。そのうち、工場長の証言と性別が一致するのは三名でした」
「通行記録は?」
「ほかの二名は、取引日のいずれかにセントリア内にいます。確認できたすべての日でセントリアを離れていたのは、ホンだけです」
カレンがホンの登録票へ目を移す。
「グランメル商会本社の営業。登録Codeは《ミラゼル》」
「工場へ来ていた男と同じ現象を起こせます」
「五日前にセントリアを出てから、戻った記録もありませんね」
「はい。強制捜査の前日です」
カレンは聞き取り記録と通行記録を並べた。
「これだけでは、ホンがグランディアにいる証明にはなりません」
「はい。ですが、工場の証言、Code、取引日、セントリアを離れた記録が重なっています。所在を確認し、事情を聴く必要があります」
カレンがホンの登録票を机へ置く。
「ホンを手配対象に指定します。CodeBookへ手配登録してください」
「承知しました」
カレンが机の上の市街図を開いた。
「工場へ来ていたのがホンなら、現在もグランディアに潜伏している可能性があります」
市街図には、駅、市外へ続く街道、貨物の搬出口が記されている。
「各出入口へ検問班を出してください。対象の確認と身柄確保は、正規隊員が行います」
「市内では聞き込みを続け、巡回を増やしてください。正規の道を避ける場合に備え、郊外の旧道にも人員を置きます」
カレンの指が、旧道周辺の農道と水路へ移る。
「学院生は正規隊員の指揮下で、監視と連絡に当たらせてください。対象を発見しても、接触はさせないように」
「承知しました」




