Ⅳ祝福の代償
セントリア、AEGIS総本部。
医療区画の検査室で、ダルトンが椅子に座っていた。
右腕に取り付けられていた器具を、医療員が一つずつ外していく。
「検査は以上です。右腕にも問題はありません」
最後の器具が外された。
ダルトンは袖を下ろし、椅子から立ち上がる。
「長い間、世話になった」
「それが私たちの仕事です」
医療員が検査結果を記録用紙へ書き込む。
「でも、あまり無理はしないでくださいね」
「ああ。次は定期検査だけで済ませる」
ダルトンは医療員へ頭を下げ、検査室を出た。
廊下では、ラディスとシンが待っていた。
「おぉ、もう怪我治ったんか」
「現場へ戻っても問題ないそうだ」
「それはよかったです」
シンがダルトンの右腕を見る。
「まだ時間がかかると思っていました」
「医療員たちがよくしてくれた。二人にも心配をかけたな」
「せやけど、ちょうどよかったわ」
ラディスが廊下の奥を指す。
「修理に出しとったあんたのガレリア、直ったらしいで」
「そうか」
「自分たちも研究区画へ向かうところです」
「なら、一緒に行かせてもらおう」
「ほな、行こか」
三人は医療区画を出て、総本部の奥へ続く連絡通路へ入った。
「葬儀のあと、ミロの家へ行ったんやってな」
「ああ。預かっていた私物を届けた」
「両親には会えたんか」
「二人ともいた。ミロが最後まで任務を続けたことを伝えた」
「何て言われた」
「父親は、ミロが自分でAEGISを選んだと言った」
三人は階段を下りていく。
「最後までやり通したのなら、それがあの子の選んだ道です、と」
「母親は?」
「ずっと泣いていた」
階段の途中で、ダルトンの足が止まった。
「それでも最後に、息子がお世話になりましたと、俺に頭を下げた」
ラディスとシンも、数段先で立ち止まる。
「頭を下げるのは、俺の方だった」
ダルトンが再び階段を下り始めた。
「ミロが死んだことを、仕方がなかったで終わらせるつもりはない」
「せやな」
「次に同じような判断を迫られた時、必ず思い出す。だが、立ち止まるつもりもない」
ラディスが前を向く。
「ほな、戻る準備からやな」
連絡通路の先に、研究区画の扉が見えてきた。
ラディスが認証盤へ手を当てると、扉が左右へ開いた。
三人は研究区画へ入り、作業室まで進んだ。
ネヴィアが作業台に向かっている。
「来たねぇ」
ネヴィアは手を止め、作業台に置かれていたガレリアをダルトンへ差し出す。
「修理は終わったよ。動作確認も済んでる」
ダルトンがガレリアを受け取る。
「助かった」
手元のガレリアを確かめる。
「出力をもう少し上げられるか」
「上げられるよ。ただ、右腕への負担も増える」
「それでも頼む」
ダルトンがガレリアをネヴィアへ返す。
「次は必ず捕まえる。ミロを死なせた男を」
「……分かった。調整が終わったら連絡する」
「それで、ラディス。頼まれてたCodeだけど」
「分かったんか?」
ネヴィアが一枚の資料を取り出す。
「結論から言うと、特定はできなかった」
「結局、分からんかったんか」
「似た現象のCodeはいくつかある。でも、どれとも違うんだよね」
「分かっとることは?」
「右手で触れる。それくらいかな」
「粒子になるんは?」
「それが能力の本体なのか、一部なのかも分からない。報告だけじゃ、これ以上は追えないね」
コンコン。
作業室の扉が開き、研究員が入ってきた。
「ネヴィア所長。移送された三名の検査結果です。捜査部から聴取記録も届いています」
「ありがとう。そこに置いて」
研究員が三冊の検査資料と聴取記録を作業台へ置き、部屋を出ていく。
「何の検査や?」
「ネグラ教会の関係者だよ。捕まえる時に、三人ともCodeに似た力を使ったんだ」
ネヴィアが検査資料を開く。
「一人は身体強化。一人は皮膚を岩みたいに変える。もう一人は、瞬間的な加速」
「Codeやないんか?」
「精密検査でも、コアは見つからなかった。現象の規模だけなら、どれもレベル一程度だけどね」
「本人らは何て言うとるんや」
「神から授かった“祝福”だって。捜査部の聴取でも、それ以上は話してないみたい」
ラディスが聴取記録をめくる。
三人目。
瞬間的に身体を加速させた男の記録で、手が止まった。
「次の聴取、俺も入れてもらえんか?」
「誰から話を聞くの?」
「こいつやな」
ラディスが三人目の記録を指す。
「質問されるたび、自分で答える前にほかの二人を見とる。一人にしたら、こいつが一番崩しやすい」
「分かった。捜査部に話を通しておくよ」
「頼むわ」
◇
総本部の聴取室。
捜査部の許可を得たラディスが、机を挟んで男と向かい合っていた。
男の両手には拘束具が付けられている。
シンは隣の机で記録を取り、扉の脇には先に来ていたダルトンが立っていた。
「その力、誰にもろたんや」
「神から授かった祝福だ」
「どこで受けた」
「祝福だ」
ラディスがシンを見る。
「今んとこ、どう残す?」
シンが記録を読み上げる。
「本人は、神から祝福を授かったと主張。授けた者と場所は不明」
「不明ではない」
男が顔を上げた。
「ほな、誰や」
「教祖様だ」
「教祖に会うたんか」
「ああ」
「顔は見たんか?」
「見ていない」
「声は?」
「……聞いていない」
「何で教祖やと分かった」
「案内した者が、教祖様だと言った」
ラディスが椅子へ背を預ける。
「つまり、お前が分かっとるんは、そこで力をもろたことだけや」
「教祖様から授かった」
「相手が教祖かどうかは、案内した奴の言葉しかない」
「嘘ではない」
「嘘やとは言うてへん。お前自身は確かめてへんと言うとるんや」
男が口を閉じる。
「俺は、その力をCodeやと決めつける気はない。お前が祝福やと言うなら、そのつもりで話を聞く」
ラディスが机の上の記録へ指を置く。
「せやけど、今のままやと、誰から授かったかは不明としか残せん」
「教祖様だった」
「なら、そう判断できる話をしてくれ」
男は答えなかった。
ラディスが資料を閉じる。
「シン。本人は、神から祝福を授かったと主張。具体的な人物と場所は不明。そう残しといて」
「待て」
シンのペンが止まった。
「教祖様から授かったんだ」
「それを記録に残すには、お前の話で確かめるしかない」
男の両手が、拘束具の中で握られる。
「……目隠しをされて、馬車で連れていかれた」
「どこへや」
「分からない。着いたあとも、教祖様の顔は見えなかった」
「そこで何をされた」
「教祖様が、ここに手を置いた」
男が顎を引き、額を示した。
「それだけか?」
「身体が温かい光に包まれた。光が消えた時には、力を使えると分かっていた」
「使い方を教わったんやないんか」
「教わってない。最初から分かったんだ」
「力に名前は?」
「祝福だ」
「それ以外には?」
「ない。祝福は祝福だ」
「お前をそこまで連れていった奴は?」
「ネグラ教会の人間だ」
「そいつの顔は見たんやな」
「……ああ」
「名前は?」
「知らない」
「どんな奴やった」
男が答え始める。
シンのペンが再び動いた。
◇
研究区画の作業室。
聴取を終えた三人が戻ると、ネヴィアが新しい聴取記録を受け取った。
「三人とも、力の使い方は最初から分かっていた。でも、誰も自分の力の名前は知らない」
「“祝福”が名前なんとちゃうんか?」
「Codeなら、自分の力の本質を理解した時に名前も分かる。でも三人は別々の力なのに、全員が“祝福”と呼んでる」
ネヴィアが記録を閉じる。
「それは力の名前じゃなくて、教団側の呼び方だね」
作業室の扉が叩かれ、研究員が入ってきた。
「ネヴィア所長。三名の追加身体検査の結果です」
研究員が報告書を渡し、部屋を出ていく。
ネヴィアの手が、二枚目で止まった。
「三人とも、身体の内側が傷んでる」
「捕まえた時の怪我やないんか」
「違う。打撲や裂傷じゃない。筋肉と血管、それに内臓まで傷んでる」
ネヴィアが次の報告書をめくる。
「特に、身体を加速させる人がひどいね」
「祝福を使ったせいか?」
「まだ断定はできない。でも、コアを使わない代わりに、生命活動そのものを使ってるのかも」
「使うたびに寿命が減るいうことか」
「そこまでは分からない。ただ、このまま使い続ければ、身体がもたない」
「ネグラ教会の件、どこが担当しとる?」
「グランディア支部です」
シンが答える。
「どうするつもりだ」
ダルトンが聞く。
「俺らも捜査に混ぜてもらおかな」
「申請はできます」
「誰が行く?」
「ラディス一級員と自分です。ダルトン一級員には、メリディアへ戻っていただきます」
「それなら問題ないな」
「決まりやな」
「許可が下りれば、です」
「そこも含めて、うまいこと頼むわ」
「正規の手順で申請します」




