Ⅰ偽りの刃
AEGIS総本部。
最高司令官室。
コンコン。
「入りたまえ」
「失礼します」
扉が開く。
正面には、セントリアの街並みを見渡せる大きなガラス窓。
その手前に置かれた机で、一人の男が書類に目を通していた。
短く整えた銀灰色の髪を後ろへ流し、鋭い灰色の目を持つ男。制服には、わずかな乱れもない。
AEGIS最高司令官、グランツ。
入ってきたのは、黒に近い焦げ茶の髪を肩の辺りで切りそろえた女だった。
片側の髪を耳にかけ、手には黒いケースを提げている。
「特別情報室のKです。至急、ご報告したい件があります」
「聞こう」
Kは机の前まで進み、黒いケースを置いた。
留め具を外し、ふたを開く。
中には、AEGIS Bladeの柄が収められていた。
「最近、裏で流通しているAEGIS Bladeの偽造品です」
グランツが柄を手に取る。
「起動しても問題ないか?」
「短時間であれば」
グランツはセルを差し込み、起動させた。
柄の先から漆黒の刃が伸び、中央に青い光が走る。
「外見は正規品と変わらんな」
「はい。ですが、中身は別物です。出力、安定性、耐久性。そのすべてが正規品を下回ります」
「これで人を殺せるのか?」
「殺せます」
グランツが起動を止めた。
Kは一枚の資料を机へ置く。
「同じ型の偽造品は、大陸の複数地域で確認されています。加工の跡と輸送記録を追った結果、製造元は二か所まで絞れました」
グランツが資料に目を通す。
「メリディア南部と、グランディアか」
「はい。メリディア南部の工場は、すでに閉鎖されています。グランディア北東部の工場は、今も動いている可能性があります」
「流通経路は?」
「複数の集積拠点と中継拠点を通しています。運び先も広く分けられており、すでに相当数が流れている可能性があります」
グランツが柄をケースへ戻す。
「隊員が見れば判別できるか?」
「難しいでしょう。専門の検査が必要です」
グランツはケースに収められた柄を見る。
「これが犯罪に使われれば、民間人にとっては本物も偽物も同じだ。AEGISの武器で人が殺された。その事実だけが残る」
「はい」
「関係する各支部へ緊急捜査令を出す」
グランツがKを見る。
「グランディア支部には、北東部の工場と確認済みの物流拠点を同時に押さえさせろ」
「君は引き続き、製造元とその背後を洗え。狙いも含めてな」
Kがケースのふたを閉じた。
「承知しました」
◇
翌朝。
グランディア支部、大会議室。
朝から降り続く雨が、窓を細かく叩いていた。
カレン室長の招集を受け、多くの捜査員が集まっている。
壁際にまで椅子が並び、普段は広い室内が狭く見えた。
各席には、数枚の資料が置かれている。
リアナたちも席へ着いた。
「室長直々の呼び出しなんて、よほど重要なことなんでしょうか」
隣に座るクラネスが腕を組む。
「今抱えている仕事を止めてまで、これだけ集めたんだ。気にはなるな」
ネアが椅子の背にもたれた。
「もしかしたら、何かいい報告かもしれないっすよ」
「いい報告なら、これだけの捜査員を集める必要はないだろ」
前方の扉が開いた。
長い黒髪に眼鏡をかけた女性が、会議室へ入ってくる。
グランディア支部室長、カレン。
「皆さん、お疲れさまです。急な招集にもかかわらず、集まっていただきありがとうございます」
カレンは捜査員たちを見渡した。
「さっそくですが、本題に入ります」
前方の机へ資料を置き、大きな地図を広げる。
グランディア北東部の三か所に、印がつけられていた。
「今回は、本部からの緊急命令です」
「グランディア北東部にある工場と、二か所の物流拠点へ強制捜査を行います」
カレンが工場の位置を示す。
「この工場には、AEGIS Bladeの偽造品を製造している疑いがあります」
指先が、残る二つの印へ移る。
「一つは、工場から運び出された荷を集める集積拠点。もう一つは、その荷を各地へ送る中継拠点です」
「三か所への強制捜査は、同時刻に始めます」
イネスが手を上げた。
「カレン室長。対象の戦力は、どこまで分かっていますか」
「詳しくは分かっていません。ただし、偽造されたAEGIS Bladeを持っている可能性があります」
カレンが地図へ視線を戻す。
「これから各班の責任者を任命します。名前を呼ばれた方は、前へ出てください」
「工場担当――イネス一級員」
「集積拠点担当――レナード二級員」
「中継拠点担当――ルーク二級員」
イネスとレナードに続き、銀髪の男が前へ出た。
前髪を下ろし、淡い青の目をした、穏やかな顔立ちの男だった。
ネアが声を落とす。
「あの人、グランディアにいたっすか?」
「ううん。私も見たことはないかな」
クラネスが前方を見る。
「セントリアから応援に来てるらしい。名家のセレス家の人だぞ」
「へぇ。そうなんすね」
「以上三名を、各班の責任者とします」
カレンが捜査員たちへ向き直る。
「班の編成は、各席に配った資料で確認してください」
「質問がなければ、全体での説明は以上です。各班に分かれ、詳細を確認してください」
「では、各班よろしくお願いします。くれぐれも慎重に」
カレンが会議室を出る。
イネスが前方から声を上げた。
「工場班は前方へ。集積拠点班は中央、中継拠点班は後方へ。それぞれ分かれて集まってくれ」
捜査員たちが席を立ち、指定された場所へ移動していく。
「リアナ先輩、私たち工場班っすね」
クラネスも席を立った。
「俺はレナードさんと同じ集積拠点班だ。またあとでな、リアナ、ネア」
「はい、クラネスさん」
リアナとネアは前方へ移動した。
すでに十数人の捜査員が集まっている。
「工場班が一番多いっすね」
「製造現場だからね。人手が必要なんだと思う」
全員が集まったところで、イネスが地図を広げた。
「工場班の配置を伝える」
地図の一点を指す。
「場所はグランディア北東部。この工場だ」
「私とリアナが正面から入る。残りは工場を包囲してくれ」
「逃げる者がいれば、身柄を確保。抵抗がなければ敷地を押さえ、証拠品の捜索と関係者の聞き取りに移る」
イネスは地図を指しながら、配置につく捜査員の名前を順に呼んでいく。
「三班とも、強制捜査は同時刻に始める。情報が他へ回るのを防ぐためだ」
「移動時間を含め、開始は夕方。それまでに準備を済ませておけ」
打ち合わせが終わり、捜査員たちが準備へ散っていく。
「リアナ」
「はい」
「正面から入れば、相手がどう出るか分からない。油断はするな」
「はい。気をつけます」
◇
激しい雨が、川沿いの広い草地を叩いていた。
その中には、いくつもの工場が並んでいる。
今回、強制捜査に入る工場も、その一角にあった。
リアナとイネスは、隊服の上から雨具を着て工場を見ていた。
ほかの捜査員たちは、すでに周囲へ散っている。
イネスが隊服を起動し、リアナもそれに合わせる。
雨具の下で、二人の隊服に青いラインが走った。
イネスが端末へ目を落とす。
「時間だ。行くぞ、リアナ」
「はい!」
二人は工場へ向かって歩き出した。
正門の脇には、小さな守衛室があった。
中にいた男がこちらに気づき、窓を開ける。
「AEGIS? 何の用ですか?」
イネスが足を止め、端末に捜査令を表示した。
「強制捜査だ。責任者を呼び、従業員用の入口を開けろ」
「……はい」
男が守衛室の中から連絡を入れる。
だが、工場の建物にある従業員用の入口は開かなかった。
「すみません。現在、入口は中央管理に切り替わっています。私の権限では開けられません」
「責任者からの返答は?」
「まだありません」
イネスが従業員用の入口へ向かう。
扉の横にはセキュリティ装置があり、ロックがかかっていた。
中から人が出てくる気配もない。
「どうするんですか、イネスさん」
「構わん」
「え?」
イネスが一歩下がる。
青い光を帯びたブーツが、扉の中央を蹴り抜いた。
ドンッ!!
扉が内側へ倒れ込む。
「行くぞ」
「はい!」
リアナがイネスに続いて中へ入ると、けたたましい警報音が工場内に響き渡った。
二人はそのまま事務室へ向かう。
「AEGISだ!」
机に向かっていた社員たちが顔を上げる。
「強制捜査だ。全員動くな!」
リアナはホルスターへ手を添えた。
「待ってください!」
一番奥にいた男が声を上げる。
「私が工場長です。捜査には抵抗しません」
イネスが端末から包囲班へ合図を送る。
「分かった。社員を全員、荷さばき場へ集めてもらう」
「一人残らずだ」
「……分かりました」
工場長が社内放送を入れる。
しばらくして、工場内にいた社員たちが荷さばき場へ集められた。
出入口にはAEGISの捜査員が立ち、一人ずつ確認している。
一人の捜査員がイネスのもとへ来た。
「逃げた者はいません。全員確認できています」
「分かった。捜索を始めろ」
「はい」
リアナたちは、工場長と社員の一人を連れ、製造区画へ向かった。
加工機械が並ぶ広い区画。
その一部には、途中まで削られた金属部品が固定されたまま残っている。
作業台には組み上がっていない柄や、それに取り付ける部品が並べられていた。
さらに奥には、完成した柄が木箱へ収められている。
別の作業台には、特別な加工をされたセルが残っていた。
イネスが腰のAEGIS Bladeへ手をかけた。
「これだ。この武器を作っていただろう」
「はい。確かに、うちで製造しました」
「AEGISから依頼された新型の試作品だと聞いていました。すでに製造契約は終了しています」
「民間への委託だと?」
「はい。正式に採用される前の試作品だと聞いています」
「誰からそう聞いた」
「依頼を持ってきた男です」
「順を追って説明してくれ」
「分かりました」
工場長は、残された部品へ目を向けた。
「最初に、AEGISの調達担当を名乗る男がこちらへ来ました」
「特徴は?」
「太っていたこと以外は、これといった特徴はありませんでした」
リアナは端末に、聞き取った内容を入力していく。
「身分は確認したんですか?」
「はい。AEGISの認証印が入った製造許可証と、機密契約書を持っていました」
「確認は取ったのか?」
イネスが尋ねる。
「はい。書類に記載されていた窓口に確認しました。問題ないとの返答も受けています」
「その確認先も、相手が用意したものだったということか」
「……おそらくは」
「確認に使った連絡先と、その時の記録も提出してくれ」
「分かりました」
「図面は?」
「男が持ってきました。今、持ってこさせます」
工場長が、そばにいた社員へ声をかける。
「武器の図面だけでなく、部品の指定や加工方法までそろっていました。短期契約でしたが、機密指定ということもあり、かなりの金額を出すと言われました」
「完成品はどこへ運んだ?」
「指定された業者が引き取りに来ました。配送先までは知らされていません」
「その男の顔は覚えているか?」
「それが……」
工場長の言葉が止まった。
「顔を隠していたんですか?」
「いえ。覆面をしていたわけではありません」
工場長が首を振る。
「顔だけが、どうしてもはっきり見えなかったんです」
「顔が見えなかった?」
「輪郭は見えていました。そこに顔があるのも分かります。ただ、目や鼻がぼやけて、どうしても見分けられなかったんです」
「会うたびにか?」
「はい。毎回です」
「理由は聞いたのか?」
「最初に確認しました。機密任務のため、身元を隠していると説明されました」
「それを信じたのか?」
「書類の確認も取れていましたから……」
イネスが短く息を吐く。
「Codeを使っていた可能性が高いな」
リアナが端末から顔を上げる。
「顔を見えにくくするCodeですか?」
「その可能性はある。ただ、この証言だけでは種類までは絞れない」
「顔の見え方については、ほかの社員にも確認してくれ。同じ男を見た者がいれば、全員だ」
「分かりました」
「工場長、図面です」
先ほどの社員が戻り、数枚の紙を差し出した。
「ありがとうございます。これが渡された図面です」
イネスが受け取る。
武器を作る部品の寸法や加工方法まで、詳しく記されていた。
「これが実際のAEGIS Bladeと同じ製造方法なのか、私には分かりません」
イネスは図面に目を通し、後ろにいた捜査員へ渡した。
「関係する図面、契約書、製造記録、出荷記録は、すべて証拠品として押収する」
「分かりました」
「ああ、それと――」
工場長が口を開く。
「本来なら今日、その男が図面を回収する予定でした」
イネスが工場長を見る。
「何時だ?」
「午前十時です」
「受け渡し場所は?」
「工場裏の資材置き場です。これまでの打ち合わせや書類の受け渡しも、そこで行っていました」
「天候が悪ければ?」
「翌朝の十時に延期すると、最初に決めていました。晴れていなければ、また翌日に」
「連絡手段は?」
「ありません。天候が悪い場合は、互いに連絡せず延期する決まりでした」
「今日、現れなかったのか?」
「はい。朝からこの雨でしたので」
イネスがリアナを見る。
「今の内容も記録しておけ」
「はい」
再び工場長へ向き直る。
「残っている材料、余った部品、加工を終えた部品、不良品、削りくずも調べさせてもらう。製造に使った型や専用の工具、セルを加工した設備もだ」
「分かりました」
「ここにいる全員から話を聞く。事情聴取に協力してくれ」
「はい。社員にも伝えます」
イネスは後ろにいた捜査員を呼ぶ。
「証拠品の回収班とは別に、工場裏の資材置き場を監視する人員を残せ。工場から少し離れた場所にも配置する」
「今日の回収に来るはずだった男を待つんですね」
「ああ。明朝十時も監視を続けろ」
「了解しました」
証拠品の回収と、社員からの聞き取りが始まった。
工場には、証拠品を管理し、関係者から話を聞く捜査員に加え、資材置き場を監視する人員が残された。
リアナたちはグランディア支部へ戻ることになった。
外では、相変わらず激しい雨が降り続いていた。
◇
その夜。
グランディア支部、会議室。
強制捜査を終えた三人の責任者が、机を囲んでいた。
机の上には、それぞれの現場から持ち帰った資料が並べられている。
カレンが三人を見る。
「それでは、各班の結果を聞かせてください」
イネスが口を開いた。
「工場で、偽造品の製造を確認しました。ただ、工場側はAEGISから頼まれた試作品だと、だまされていたようです」
「依頼人は?」
「太った男が一人です。顔をぼかすCodeを使っていた可能性があります。今日の午前十時に図面を回収する予定でしたが、雨で明日に延期されています。監視員を残しました」
「分かりました。監視を続けてください」
「はい」
イネスが押収した図面を机へ置く。
「完成品の一部は工場に残っていました。図面や製造記録、加工に使われた設備と合わせて押収しています。すでに運び出された分は、記録を確認中です」
「工場関係者への聞き取りと、Codeの照合も続けてください」
「承知しました」
「集積拠点は?」
レナードが一冊の記録を机へ置いた。
「武器は残っていませんでした。ただ、工場から運ばれた荷を、いくつもの中継先へ分けていた記録があります」
「運び先には、本当に営業しているか分からない会社も含まれています。現在、調査を進めています」
「中継拠点は?」
ルークが一枚の書類を差し出した。
「こちらにも武器は残っていませんでした。輸送記録を押収しています」
「複数の商会や運送業者を使い、各地へ送っていたようです。記録には、グランメル商会の名も含まれています」
「依頼元は?」
「記録上はいくつかあります。ただ、実体を確認できないものも混じっています」
カレンが三人の資料を見比べる。
「運び先をわざと分けていますね」
イネスが書類を手に取る。
「グランメル商会の名もありますが、それだけでは判断できませんね」
「はい。ほかの依頼元や輸送記録と照らし合わせます」
ルークが答えた。
カレンは、三か所から集められた資料を机の中央へ寄せる。
「工場、集積拠点、中継拠点。それぞれの記録を、日付、依頼元、運び先ごとに照らし合わせてください」
三人がうなずく。
「工場の監視は継続。顔をぼかしていたCodeについても、登録情報から候補を洗います」
「承知しました」
「まずは、三か所の記録を照合し、荷の流れを追ってください」
窓の外では、雨がまだ降り続いていた。




