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答えのない世界で、それでも僕らは歩き出す  作者: UTARO
第三章 揺らぐ境界
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Ⅻ花の街レストラ

 冬の朝。


 メリディアの古い教会では、礼拝が行われていた。


 エイドは祭壇の前に立ち、訪れた信徒へ祈りを捧げていた。


 左の袖は、肩口で折りたたまれている。


「事故に遭われたと聞きました。もう、お身体は大丈夫なんですか?」


 祈りを受けた女性が尋ねる。


「ああ。心配かけたねぇ。見ての通り、もう動けるよ」


「無理はなさらないでくださいね」


「分かってるよ。ありがとう」


 最後の信徒が礼拝堂を出る。


 長椅子に座っていたノアが立ち上がった。


「もう司祭の仕事に戻っていいのか」


「祈りを捧げるくらいなら、片腕でもできるさ」


「そういう話じゃねぇよ」


「医者からも許可はもらってる。しばらく現場へ出られないだけさ」


 エイドは祭壇脇の棚から封筒を取った。


「ノア。レストラへ行ってくれ」


「レストラ?」


「タリッサに預けて、調べてもらった」


 エイドが封筒を差し出す。


「俺が持ち帰った武器、AEGISの標準装備を真似て作られたものだったよ」


 ノアが封筒を受け取る。


「どこから来た」


「工場から出た荷を追った。グランメル商会を経由した箱の荷札に、レストラとあった」


「だから、まず向こうの教会で話を聞いてきてくれ」


「で、俺はレストラで何を見てくればいい」


「最近、妙な荷が動いてないか。まずはそれを聞いてきてくれ」


「見つけても追うなって顔してるな」


「よく分かってるじゃないか」


「分かりやすいんだよ」


「向こうの人間と、今後どう情報を集めるか決めて戻ってこい」


「随分、慎重だな」


「今回はね。余計な危険を冒すなよ」


「……分かってる」


「本当かねぇ」


「ガイルスとルシアは?」


「二人にはメリディアで別の任務を頼んでる。今回はお前一人だ」


「さみしいのか?」


「確認しただけだ」


 ノアは封筒を上着の内側へ入れた。


「行ってくる」


「ああ。頼んだよ」


 礼拝堂を出る前に、ノアは一度だけ振り返った。


 エイドは片手で聖具を片づけていた。



 メリディアから、さらに南へ。


 レストラは、冬にも花が絶えない街だった。


 大通りには低い建物が並び、店先や窓辺を色とりどりの花が飾っている。


 切り花を積んだ荷車が行き交い、細い路地の先にも小さな花壇が見えた。


「……こんな時期にも咲くんだな」


 ノアは街の南側にある教会へ向かった。


 石造りの小さな教会だった。


 入口へ続く道の両側にも、白や青の花が並んでいる。


 扉を開ける。


 礼拝堂では、数人の信徒が祈りを捧げていた。


 その奥で、一人のシスターが祭壇へ花を飾っている。


 肩まで伸びた青い髪。


 ノアに気づいて振り返る。


 瞳も、髪と同じ青色だった。


「こんにちは。教会の方ですか?」


「メリディアから来た。ここのマザーに用がある」


「メリディアから?」


 シスターの視線が、ノアの司祭服へ向く。


「お名前を聞いてもいいですか?」


「ノア」


「ノアさん……エイド司祭から、何度かお名前を聞いています」


「ろくな話じゃなさそうだな」


「そんなことはありませんよ。イリヤスと申します。マザー・マルタを呼んできますね」


「その必要はないよ」


 礼拝堂の奥から、しわがれた声がした。


 白髪の混じる長い髪を無造作に後ろで束ねた女が歩いてくる。


 片目を眼帯で覆い、口には火のついていない煙草をくわえていた。


 マルタはノアの前まで来ると、頭から足元まで眺めた。


「でかくなったじゃないか」


「煙草くさいな」


「久しぶりに会って最初がそれか」


「事実だろ」


「口の悪さは変わってないねぇ」


「マザー」


 イリヤスがマルタの口元を見る。


「ここでは吸わない約束です」


「まだ火はつけてないよ」


「くわえるのも駄目です」


「細かい子だねぇ」


 マルタは煙草を耳へ挟んだ。


「これでいいかい?」


「……しょうがないですね」


 マルタは奥の部屋へ顎をしゃくった。


「向こうで聞こうか。エイドがあんたを寄越したんだろ?」



 教会の奥にある小さな部屋。


 ノアはエイドから預かった封筒を、机の上へ置いた。


 マルタが中の書類を読む。


 その隣に座ったイリヤスも、内容を横から確認していた。


「AEGISの武器の偽物ねぇ」


「見た目だけじゃ、正規品と区別できないらしい」


「厄介な物を作ったもんだ」


「荷札には、レストラ地区と書かれていた」


 マルタは書類を机へ置いた。


「心当たりがないわけじゃないよ」


「何かあったのか」


「ここ数週間、集積所へ入る荷が急に増えてる。普段と比べても妙なくらいにね」


「中身は?」


「ほとんどは花や日用品です」


 イリヤスが答えた。


「ただ、夜になってから別の馬車へ積み替えられる箱があります」


「どこへ運んでる」


「行き先までは分かりません。行き先を示す印がないんです」


「ただ、馬車は街の南へ向かってるよ」


 マルタが続ける。


「御者も毎回違う。決まった日に来るわけでもない」


 イリヤスは椅子から立ち上がり、棚から一冊の手帳を持ってきた。


「私が見かけた日だけ、書き残してあります」


 日付の横には、馬車の台数と時刻が記されている。


「どうして気づいたんだ」


「夕方、教会へ戻る途中に、何度か同じ形の馬車を見たんです。気になって、それから記録するようにしました」


 ノアは手帳をめくる。


 数日続けて現れたあと、数日間空いている箇所もあった。


 話している間も、イリヤスは何度か礼拝堂の方を見ていた。


「誰か待ってるのか」


「あ……教会の子が、まだ戻っていないんです」


「どこへ行った」


「近くに住んでいるおばあさんへ、食事と花を届けに行きました。お昼を過ぎる前には戻るはずだったんですけど」


 イリヤスは手帳を閉じ、壁の時計を確認した。


「遅いですね。少し捜してきます」


「行ってきな」


 イリヤスが入口に掛けていた外套へ手を伸ばした時、礼拝堂の扉が開いた。


「ただいま……」


 幼い声が聞こえる。


 イリヤスが礼拝堂へ出ると、入口に十歳ほどの少年が立っていた。


 ノアとマルタもあとへ続く。


 服には土がつき、右袖が破れている。


 裂けた布の下から、血がにじんでいた。


「どうしたんですか?」


 イリヤスが少年の前へしゃがむ。


「転んだだけ」


「右腕を見せてください」


「大丈夫だよ」


「大丈夫かどうかは、見てから決めます」


 イリヤスが破れた袖をまくる。


 腕には長い傷が走っていた。


 まだ血が止まっていない。


「痛いですか?」


「少しだけ」


「すぐに治しますね」


 礼拝堂には、まだ祈りを捧げている信徒がいる。


 イリヤスは少年の傷へ右手を当てた。


《アフェリア》


 両手が淡い光に包まれる。


 右手を少年の腕に当てたまま、左手で自分の右腕に触れる。


 少年の傷が消えていく。


 同時に、イリヤスの右腕へ同じ傷が現れた。


 白い袖に血がにじむ。


 少年が自分の腕を見る。


「痛くない……」


「もう大丈夫ですよ」


 イリヤスは立ち上がり、少年の頭についた土を払った。


「お前……こんな目立つところで使うな」


 ノアが言う。


「でも、傷ついている人が目の前にいます」


「それで、お前が傷ついてどうする」


「この子が痛いままよりはいいです」


「イリヤス。先に血を止めな」


「はい」


 マルタが棚から布を取り、イリヤスの右袖をまくった。


 傷口へ布を当て、そのまま腕へ巻いていく。


 手当てが終わると、イリヤスはニコへ向き直った。


「ニコ、どこで転んだんですか?」


「街の南」


「おばあさんの家とは反対ですよね」


「……帰りに、イリヤスがよく見てた馬車がいたんだ」


「私が?」


「うん。集積所の近くで、何度か見てたやつ」


「それを追いかけたんですか?」


「どこに行くのか気になって……」


「ニコ」


「少しだけだよ」


「少しでも駄目です」


「……ごめんなさい」


「どこまで行ったんですか?」


「街の外にある、古い教会」


 眼帯に覆われていないマルタの目が細くなった。


「南の廃教会かい?」


「うん。馬車が近くにとまってた」


「ほかに誰かいましたか?」


 イリヤスが尋ねる。


「赤い服の人がいた。ほかの人は箱を運んでたのに、その人だけ外に立ってた」


「その人に何かされたのか」


 ノアが聞く。


「ううん。でも、急にこっち向いたんだ」


「気づかれたのか?」


「分かんない。怖くなって逃げたら、柵に腕引っかけた」


 ノアはニコと奥の部屋へ戻り、机に地図を広げた。


「その場所はどこだ」


「ここ」


 ニコが地図の南側を指さす。


「花畑を抜けた先」


「行く気かい?」


 マルタが尋ねる。


「場所だけ確認してくる」


「そうかい」


 イリヤスが地図の南へ指を滑らせる。


「街を出て、この道をまっすぐです」


「しばらく進むと、古い石垣が見えてきます」


「分かった」


「気をつけてください」



 ノアはレストラの南門を抜けた。


 しばらく歩くと、家並みが途切れ、代わりに道の両側へ花畑が広がっていく。


 冬の風に、白や黄色の花が揺れていた。


 さらに南へ進む。


 やがて花畑の向こうに、崩れかけた石垣が見えた。


「……あそこか」


 その奥に、古い教会がある。


 ノアは脇道へ入らず、街道沿いの木々へ身を寄せた。


 しばらく様子を見ていると、車輪の音が近づいてくる。


 一台の馬車だった。


 側面に商会の印はない。


 馬車はそのまま脇道へ入り、石垣の内側で止まった。


 数人の男が荷台へ回る。


 積まれていた箱を、一つずつ教会の中へ運び始めた。


 男の一人が箱を抱え上げる。


 掛かっていた布がずれ、側面の紋章が覗いた。


 ――グランメル商会。


「……当たりか」


 教会の入口には、赤い服の男が一人だけ立っていた。


 荷を運ぶ男たちには加わらず、周囲を見張っている。


 ニコが見たのは、あいつか。


 石垣の崩れた箇所からなら、もう少し近づける。


 箱に残った荷札も見えるかもしれない。


 街道から一歩、足を踏み出す。


 その時、エイドの折りたたまれた左袖が頭をよぎった。


『今回は、余計な危険を冒すなよ』


 足が止まる。


 赤い服の男は、今も入口から動いていない。


「……ここまでだな」


 ノアは来た道を引き返した。



 レストラ教会へ戻ると、長椅子に座っていたニコが駆け寄ってきた。


「古い教会、行ったの?」


「近くまではな」


「中には入らなかったの?」


「入る必要はなかった」


「赤い服の人もいた?」


「いた」


「じゃあ、あの人やっぱり――」


「ニコ」


 イリヤスが奥の部屋から顔を出す。


「ノアさんを困らせないでください」


「はーい」


 ニコは長椅子の方へ戻っていった。


 ノアはそのまま奥の部屋へ入った。


 机を挟んで、マルタが待っている。


「どうだった」


「廃教会に馬車が入った。運び込んでた箱に、グランメルの印があった」


「間違いないかい?」


「布の隙間からでも、はっきり見えた」


「赤い服の男も?」


「入口にいた。見張りかどうかまでは分からない」


 イリヤスが手帳を開く。


「なら、しばらく廃教会を見た方がよさそうですね」


「近づくのはなしだよ」


 マルタが言う。


「馬車が来た時間と数。それだけでも十分だ」


「分かりました」


 イリヤスが新しいページに日付を書く。


 マルタが続ける。


「御者の顔くらいは見ておくさ」


「無理はするな」


「それはこっちの台詞だよ」


 マルタが煙草を指先で転がす。


「何か動きがあったら、メリディア教会へ連絡してくれ」


「分かりました」


 ノアが席を立つ。


「エイドに言っときな。次は自分で顔を見せろってね」


「自分で言え」


「片腕になっても、口だけは変わってないんだろ?」


「前よりうるさい」


「なら安心だ」


 マルタが耳に挟んでいた煙草へ手を伸ばす。


 その前に、イリヤスが手を差し出した。


「……分かったよ」


 マルタは煙草をその手へ置く。


「まったく、誰に似たんだか」


 イリヤスは煙草を棚へ戻すと、礼拝堂へ向かった。


 祭壇脇に残っていた花を数本選ぶ。


 白と青の小さな花を薄い布で包み、ノアへ差し出した。


「よければ、メリディアの祭壇に」


 ノアは花を受け取る。


「持って帰る」


「お気をつけて」



 夕方。


 南の廃教会へ、もう一台の馬車が入ってきた。


 男たちが荷台から箱を運び出す。


 入口近くに、赤い服の青年が立っている。


 カイは街道沿いの木々へ目を向けた。


 やがて視線を戻す。


 最後の箱が、廃教会の中へ運び込まれていった。


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